(^−^) はやい (T_T) ないちゃう。 ○7/30(土) 朝7時台の便で松山→羽田。しかし成田からバンコクの便は午後18時台。時間あまった。東京で撮影だ! はあはあ あつい。 うなぎをたべました。 あつい あつくてしぬ。 昼2時、東京駅から快速で成田へ。16時半、ミズカミ氏と合流。搭乗。 6時間後;タイ時間23時、到着。タクシーでカオサン通りへ。 ゲストハウスが満員。近所のちゃんとしたホテルに宿泊。一泊1000バーツ。 ○7/31(日) 午前中、カオサン通りを散策。ミズカミ氏、おんな遊びのできる店を求めてチャイナタウンへ。同行。 チャイナタウンで迷子。盛大に迷子。あつい。これはしぬ。うう。あせがとまらない。 おんなあそびの店は昼からしか開かない。 昼食は高級中華料理屋。燕の巣、ふかひれ、チャーハン、蒸し牡蠣。シンハビールが美味しいよー。わはは。 タクシーで空港へ。14時半の飛行機でラオスに。 小一時間で着く。水田と森と小さな集落と未舗装の道の国。 ビエンチャン市内へ移動。ゲストハウス;オーキッド。隣はコンビニ。何でもそろう。 すぐ前がメコン川。歓喜のあまりギターをかき鳴らし、くさを求めて外へ飛び出す。 夕暮れの街角で、おっさんに声をかけて交渉すると、大量のくさ(2パケ・600バーツ)を入手。早速、宿に帰って一服。 夕食は肉とか色んなもの。ふらふらする。部屋に戻ってジョイント大量生産。ダウンに入って寝てしまう。ひたすらだるくなる。 ○8/1(月) ビエンチャンにとどまる理由がなくなり、バンビエンを目指す。昼13時半からのツアーバス利用。というのもバスターミナルの公営バス利用方法がいまいち分からなかったため。 片道3時間程度、山を延々抜けてゆく。途中トイレに2度停車し、集落の便所を借りる。発展途上のすばらしき香り。 夕方、バンビエン。小さな観光村。凝縮されたスポット。西欧人の多さが目をひく。みんなレストランの座席でクッション敷いて、テレビで映画観て、だらだらしまくり。時間の流れが止まっている。だらだら。だらだら。だらだら。 日本人旅行者にゲストハウスで出会う。一緒に夕飯。川魚がうまい。わはは。わはははははは。 ○8/2(火) 朝飯を大量に食べ、昼食も大量に食べ、合間にくさをばんばん吸ったら、おそろしくだらだらとダウナーに入り、なにもできませんでした。うう。 夕飯の後、店員と交渉。せいろがんのような茶色いのを買う。飲んだら眠れなくなり、延々と踊ったり日記を書き続ける。ミズカミ氏「お前が暗い部屋でえんえん踊り続けるもんだから殺されるかと思った」それはすまん。 ○8/3(水) 一睡もしていない。眠くなりそうでならない。うう。食欲も大幅にない。ううううう。 洞窟ツアー、サイクリングを計画していたが、現地の若者に振り回され、阿呆のような時間をすごし、なにもしませんでした。てへっ。 夜、また茶色いのを飲む。一睡もしない。てへっ。 ○8/4(木) ミズカミ氏「もうこれで、お別れなんだよなー」 いとしそうに残りのくさを吸う。3〜4本吸う。吸いすぎ。「これ、日本に持って帰れないかなー」やめてください父さん。 朝9時のツアーバスでビエンチャンに即刻戻らないと、バンコク行きの飛行機に間に合わない。これは大変。しかし色んなゲストハウスを回って客を乗せてから出発なので、バンビエンを発ったのは実質9時半以降。間に合うのか。どきどき。 ビエンチャン市内に入るときに空港を通り過ぎたが、「ここでとめてくれ」と言わなかったためメコン川沿いまでわざわざ運ばれ、そこからトゥクトゥクで空港まで行き直すという恐ろしく手間なことをする。ぐはっ。なんやそら。 飛行機に間に合う。はああ。しぬかとおもった。 15時、バンコク着。再びカオサン通りのゲストハウス;マイハウスへ。 食欲がない。とてつもなく体がへんだ。反動がああ。ううう。眠気が段々、おそろしい形でやってくる。脳細胞を全て変な汚水で浸して、腐らせるような気配。これが・・・速度の後の後遺症か。私は仮眠。ミズカミ氏はおんな遊びの店。 7時過ぎ、ミズカミ氏と合流。夕飯にタイスキ。 サヤーム・スクエアの店「MT」でタイスキを。撮影してたらミズカミ氏とはぐれる。ああう。もう夜。まっくら。 食事の後、ミズカミ氏はおんな遊びの店に。私は一人で帰り、眠る。午前3時半、ミズカミ氏が帰ってきた。 ○8/5(金) とうとう最終戦。ここが正念場。 カオサン通りの地元のおばちゃんの店で朝食。白米にカレーや野菜の具を3種混ぜて入れてもらう。美味。 部屋に戻り、ミズカミ氏はおんな遊びの店で知り合った女性とデート。私は・・・後遺症の最大の波に陥って死に掛ける。眠る。目覚めると15時半。もう立ち上がる気力もない。こ・れ・が・速度限界・を・突き抜けた・あとの・すがた・か! なみだがでる。 カフェインを摂る。闘志が湧いたので撮影。イオス5で乱射。 ひたすら歩いたらチャオプラヤ川を横断するプラ・ピンクラオ橋を渡っていて、学校の前の通りにずらっと並ぶ屋台を襲撃。巨大な車道、高架道路が私の脳を刺激する。ああう。再び川を、ラーマ8世橋を歩いて横断。 20時、部屋に戻る。ミズカミ氏は17時には戻ってきていて、待ちぼうけ。わはは。 スクンビット;アソークへ行き、韓国料理を食べる。 二人とも、旅の途中から食べすぎにより胃腸を傷めており、ほとんど食べられない。「ビールは俺の麦茶だ」発言で有名なミズカミ氏も、1瓶空けたあたりで顔が紅潮。「あなた肝臓が弱ってるんすよ」もうぼろぼろ。 ミズカミ氏、最後の力で、よるのおんな遊びに行く。私は一人、カオサンに帰り、西欧人観光客を相手に撮影で戦おうとするも、0時を過ぎると急速に通りは人が減る。期を逃した。残念。 ○8/6(土) 日本帰国の日。朝4時にミズカミ氏、あそびから帰還。「俺の香水がない」「香水ぬすまれた」以後くりかえし。はやくシャワー浴びてチェックアウトの用意してくださいお父さん。 4時半、タクシーで空港。交渉、200バーツ。まあよいわ。もう喋る気力もない。 手続きがスムーズに済む。タイ国内で高額の買物をすると7%の付加価値税が還付される。ミズカミ氏は革靴、シャツ、香水などをたんまり買ったので手続き。これでバーツが現金で渡される。フルーツジュース、ケンタッキーを食す。淫乱な雑誌などがないので本屋は退屈。 6時、搭乗。後はしんだように眠る。全ての疲労と後遺症が体を引き裂く。「おれは おれは ううう」なみだがでる。こんなに泣きたくなった旅は初めてだ。要は会社員なんかしているのがよろしくないのだ。私を高速の瞳として戦わせてくれればよいものを。よいものを。ああ。もういいよ。しらん。 夜22時、松山に着いていた。具体的に意識するのがとてつもなくイヤだったので、全部なかったことにして忘れたふりをします。松山って私、きらい。私は・・・具体的で現実的な自分の人生や生活が 死ぬほど嫌いよ。私は・・・ 東京の山手線沿線か、中央線沿いに住んで、ああ、もう言うのも馬鹿らしい。 次は どこに 行こうか。 そろそろ 写真の 技術と 瞳を 根源的に パワーアップしないと やばい。 自分のパターンに はまってるだけなら そんな写真 いらない。 いらないよう(^−^) わああああああ いやああああ。 もっとなんとか ならんのか!もっとこう 高速の果てを 一瞬で あああ |
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