何度かそうやって病院からタクシーを使って帰ってきた姉。
ある日、姉が切羽詰まった様子でトイレに逃げ込んで内から鍵をかけた。 後から追ってくる声。 祖父の、声。
「○○(姉の名)、出てこい!」
祖父は興奮した声でトイレの戸を叩く。
「嫌や、どっかいってあっちいって来んといて!!」
姉は叫ぶ。 姉の興奮した叫びに、祖父は激昂する。
「はよ出てこい! 病院戻らなあかん! 出て来なこの扉潰すよ!」
姉は涙混じりの声で叫び返す。
「もういいから! どっかいって! もう死ぬから!」
「死ぬんやったら死んだらええ! でもそこで死ぬな!どっか別のとこで死んで! うちの家で死なんといて!」
「そこどいたら死ぬから! あんたがどっか行ったら死ぬから!」
「とにかく出てこい! ほんまに扉潰すよ!」
何度かの遣り取り。 止める母、祖母の声。
「カナヅチ持ってこい! この扉壊したる!」
興奮が収まらない祖父、戸を叩く音が酷くなる。
私は。
私は。
興奮した二人の声と、必死に止める母、祖母の声を聞きながら、 逆にどんどん冷めた気持ちで考えてた。
だったら、今すぐその窓から飛び降りれば良いのに。
そう思ってた。
トイレには窓がある。 死ぬには高さが足りてないけれど、飛び降りる事は出来る。 死ぬという言葉、そのパフォーマンスは充分出来る。
「後で死ぬから。」
なんで?
死ぬと言うんだったら、とりあえずそこの窓から飛び降りれば良いじゃない。
死ぬというのなら、今すぐその行動を起こせ。
暗い気持ちで考えてた。 二人が出て来いだのもう死ぬだのを叫び合う声を聞きながら、 私は逆にどんどん頭の中が冷めていくのを感じながら、 滑稽なほど必死な二人の声を他人事のように聞きながら、 ずっとずっと、考えてた。
死ぬというのなら、今すぐ飛び降りろ。 できないのに死ぬなんて言うな。 貴方の死を期待させるな。
母と祖母が祖父を何とか宥めて別の場所へ連れていくまで、ずっとずっと考えてた。
結局姉は死ななかったけど。 やっぱり姉は死ななかったけど。
私は姉が死ぬのを期待していた。
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