遺書

2016年09月12日(月) 1990 今日という日を愛していました

反射と思考が一致しない
積み上げてきた行動をなぞって
僕という名前をつけて
僕と呼ぶ

ただ、こうしたほうがいいんじゃないか、とか
こうしたほうがいいんだろうなあ、とか
こうだったらいいなあ、なんて
思ったり、思ってなかったり、積み重ねたり、崩したり
笑ったり、泣いたり、死んだり、生きたり、

こんにちは、さようなら、生きていますか?死んでる気がします
僕には僕という人間がいまいちよくわからないんです
ただ、それだと生きていけないんですよね
別に僕、死にたいわけじゃないんで

でも多分、こうやって何もわからなくなった僕こそが、
原初の僕なんだろうなあ、と思います

こんな僕を愛してくれたら最高なんだけど、
そんなうまい話がこの世にあるわけもないので、
僕は死んでおきます

とりあえず、また明日、さようなら
きっと、明日は明日の僕がどうにかしてくれます


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