遺書

2005年01月12日(水) 死神スロット

たとえば生きるということの行動すべてがスロットの目が偶然
あたっただけのできごとだったら
僕の死というスロットは今この瞬間にも回されている
何万回と外れたスロットがとつぜんスリーセブンをだした
そんな風に僕は死んでしまうのだろう
一億人居る僕らの島の中で一日の死傷者がどれだけでるのか
それを元に僕らのスロットのあたる確立を計算して

それを分数にしたとき
死という名のスロットが一年に一回まわるとすれば1/100の確立であたり
それが一日に一回まわるとすれば1/36500の確立で死に、
それが一時間に一回まわるとすれば1/876000の確立で死に、
それが一分に一回まわるとすれば1/52560000の確立で死に、
それが一秒に一回にまわれば1/3153600000の確立で死ぬ。

それを確立にすれば
一年に一回 1%
一日に一回 0.000001125%
一時間に一回 0.00000001875%
一分に一回 0.0000000003125%
の当たり判定がある

ギャンブラー死神がどれだけの運を持っているかは知らない
けれどそれはいつかあたり僕らは死ぬ
それがいつなのか、なんてこのスロットいつスリーセブンがでますか
と聞いてわからないのと同じだ

終止符を打つのは、運だ。

*あとがき
僕が夜道で自転車をこぐとき
とても臆病者の僕は後ろをなんかいも振り向きます
そして曲がり角は常に用心し、人ととおりすがれば身を低くします
そんなとき思いついたのがこれで
僕が今此処で死ぬ確立はスロット回すみたいなものだなぁ、と。


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