MAKE A WISH
funny



 点滴できない体なんて。


ビックリした。
自分がミスった事(汗)より驚いた。

あたしの体、ボロボロなのは、表面のヤク中ぽい(笑)点滴のアザだらけの皮膚だけだと思ってたら、血管や内臓もだった。

もう体が炎症反応だらけでボロボロみたいで、点滴の針が刺せないみたい。(汗)

ネツとか血液検査は何とか大丈夫なんだけど(もともとべ病はデータに出にくい)、そういうデータが大丈夫なのに、体はボロボロってあるんだね。

左腕は膿んで腫れ上がっていて、あまりにも酷いから膿を出す手術も考えられていたけど、あたしの場合、膠原病があるから手術はできるだけ避けたいみたい。

手術して余計に全身状態が悪化する可能性があるから。
(今は薬で治りつつある…かも?(爆))

左腕がダメになったから、最近は不自由だけど仕方なく右腕に点滴刺してたんだけど、血管が破れたり腕が腫れたりする「静脈炎」や皮膚が化膿する「毛膿炎」ってのを繰り返すようになり(左も静脈炎繰り返してたから右腕に替えたんだけど;)、あたしの腕ったらしまいにゃ針刺した「途端に」真っ赤に腫れ上がりやがるよぉになっちまった。(T∇T)
をぃ、腕さんよぅ…まだ刺しただけぢゃんよぅ…。まだ点滴始めちゃいねぇよぅ…。(-_-;)

針刺しプロ(笑)の○○ちゃんやら□□さんが、何度やっても、場所を変えてやっても、時間をあけてやっても、もうお手上げ状態。

こんな酷い静脈炎見たことないぃ〜!って看護師さんたち、あたしを取り囲んだりしちゃって、へんに有名人。(笑)


よってあたしの命綱だった点滴、現在中止中。
もうこの状態だったら足に点滴しても静脈炎起こすだろうから、しばらく血管休めたらまたできるかもしれないから、だって。

うむ。
何事にもお休みタイムは必要なのじゃ。(笑)

しかしまた体重減るな。(汗)
今はほとんど何も食べれないから、点滴がイノチだったんすけどね…;
だから痛くても頑張ってたんすけどね…;


点滴がダメなら「IVH」という、胸に少し穴開ける手術してそこから直接栄養をチューブで流し込むっていうスゲー大変な方法も考えられていたけど、あたしの場合だとこれでも静脈炎を起こすだろう…ってさ;

だからこれも却下。(爆)

まぁ…つまりは…
どうやら今はベーチェット病のアクティブ状態みたいだ。(汗)

ネツや静脈炎、毛膿炎、関節痛みたいな「炎症反応」はべ病の典型的な症状だから。(-_-;)

しかも膝や腕にも白いポツポツがあって、気づくとありゃま、毛膿炎だよ;

さらに気づいてなかったのは本人だけ;
看護師さぁーん;気づいてんだったら言ってよぅ;

「毛膿炎こんだけ出てんだから知ってると思ってた」だって。(>_<)

べ病みたいな膠原病にはストレスが一番の天敵なのに、今カウンセリングとかで体にガンガンストレスかけてんもんなぁー。(;-_-+


ベーチェット病もアクティブだが、発作もアクティブで(爆)、クスリ飲める状態にまで落ち着いてそれからクスリが効くまでは、痙攣しまくるあたしを看護師が必死に支える。(いつもありがとう…)
苦しくてたまらなくて、
だからある意味、
毎日がサバイバル生活。(笑)


未遂した時は無意識だったし、だいたいあたしはもっと確実にヤレる方法知ってるから、ありゃあ色々重なったショックな事をアタマの中から消したかったからやっただけだろな…。
(ホントにヤル時はココにも書かないし。)

だからなぜか友達に電話してたり、偶然看護師さん通りかかるし。
だから、イノチ、拾われちゃった。

その時の記憶、ないの。

覚えてるのは未遂の前の発作と、友達への電話(内容全く知らない;)と、看護師さんのあたしの発見。それだけ。


今回のも、今、カウンセリングで消してた過去の記憶の整理してるんだけど、それと同じしくみで消えたのかな?


昨日の発作、8回。
発作で体力使いまくり。
体力保つために夜7時間眠れる睡眠薬飲んでるのに3時間で起きてるし;
未遂しなくても
死ねる体だったりして。


あたしが今、心身共にギリギリラインにいる事は、皆知ってる。

4つかかってる病院の医療スタッフも、
友達も。
そしてみんな必死にあたしを支えてくれてんだと思う。

今のあたしは体と発作を抑えるだけで精一杯だけどさ。


だけど病気の合併症の治療って大変なんだねー。←結構他人事。(爆)

だって医者も看護師もオールマイティな知識ある訳じゃなく専門家的なトコあるから、だからあたしは4つも病院行くハメに;
センセも看護師もあたしの病気を理解しようと努力してくれてるのは分かるけど、結構解っちゃいないからあたしの方が気を遣っちゃったりして;

もう病人疲れるゼ;(#T-T)


さてさて。
それでも
まだまだ、
生きようとしてる
あたしの心身。

生きようとしてるんだね。
ハイハイ。




2004年11月30日(火)



 多過ぎて

あたしの
病気が
多過ぎて


多過ぎて
多過ぎて


医者と
看護師が

対応できずに
右往左往


あたしは
耐え切れずに

未遂。
ギリギリで見つかったから
未遂。



ミスッた。





2004年11月26日(金)



 面会謝絶と手紙の返信禁止。


ヤイコのドームライブ。
何度頼んでも許可出ない。
即却下。

しかも、自分でもライブに行けないことが解ってる。


手紙。

書きたいのに、書いたらダメだとの指示。


手紙を人生の支えに、
手紙を入院生活の支えに、
生きてきたのに、
手紙を書いたらダメだなんて、
生まれて初めて言われた。

これは治療としての命令。


だから今後は手紙をもらっても、返事書きたくても出せない。


どうしても書きたくなったら、
「出さない手紙」
を書きなさい、と。
そして数年後に渡しなさい、と。


面会謝絶。

家族、友達、知り合いとの面会謝絶令が出た。


もともと、友達には「数年間治療に専念する」、とは伝えて治療に入ったけど、先生に『人との面会謝絶』まで言われるとは思ってなかった。

これも治療としての命令。


手紙の返事の禁止。

面会謝絶。


治療が苦しい。


長いトンネル。
道程。




2004年11月20日(土)



 無題

あたしは

ヤイコの

ライブに

行けない

今週の診察とカウンセリングで
最終決定した。


あたしは
友達に
会えない

あたしは
家族に
会ったらいけない
「治療の一環」

あたしは
自宅に
あまり
帰ったら
いけない
これも治療

全ては記憶が一気に
戻らないように
するため


きっと
クリスマスも
お正月も

独り
ヒトリ
独り

いつも独り

看護婦さん達は優しい。
だけど
お仕事終わったら
帰っちゃう

看護婦さん達は
お仕事終わったら
あたしにバイバイも
言わないで
またねっても言わないで
お仕事に疲れ果てて
帰っちゃう


みんな
自分の居場所に
帰っちゃう
パートナー、家族のところに
おうちに
帰っちゃう


あたしの居場所…
あたしが欲するヒト…
あたしが欲する、
あたしとずっと居てくれるヒト…


帰らないヒト…

あたしは
寂しいから
泣けない




2004年11月12日(金)



 これからどうやって希望を見つけていこうか

先日のカウンセリングで、年末のヤイコのライブに行けない事が決まった。


ライブに行けない事が決まったという事は、大事な友達にも会えないって事。


悲しい事が決まってしまって
あたしはもう涙も出ない。



それから、治療の関係で行動制限が多くなった。


手紙はもらうのは良いけど、自分からはあまり書いたらダメだって。

だから、お返事書こうとはりきってたのに、書けない。

みんな、ごめんね…。

あと、これからウツ状態に入るらしい。
ってか、もう入りかけてるらしい。
この「ウツ状態」は回復過程で必要らしくて、クスリも出してもらえないし、ただひたすら耐えるのみ、なんだって。


そのウツ状態の時期はすごくツライ時期らしくて、あたしと同じような治療を受けてるヒト達はそのウツの時はセンセ達を「鬼」だと罵るらしい。(汗)


何でかってセンセ達がウツになって良かったわねぇ♪なんて回復過程のウツに入った事を喜ぶから。(爆)


今、生きていき続けるのが辛いなぁ…。
何の希望もない。
何でこんな辛い治療を受けてるんだろ…。

あたし、何やってんだろ。

どこに光があるんだろ。
希望って
夢って
喜びって

…あるの?




2004年11月09日(火)
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