スカーレットの心のつぶやき
つぶやき 目次過去未来


2011年04月29日(金) 5月は・・・

昨年12月に一カ月入院して

肝臓がんと静脈瘤の手術治療をした夫が

5月半ばに入院して脾臓摘出手術をすることが決定した。

今週の水曜日に外科受診して一緒に医者の説明を聞いた。

脾臓がどんな役割をしているのか?

何となく血液に関係するとは知っていたが

詳しくは知らなかっただけに

医者の説明で理解できた。

健康な人は脾臓の働きによって

要らなくなった血小板などを捨てる役目をする。

夫の場合、脾臓そのものの働きは正常だ。

ただ、肝臓が悪いために

肝臓へ行く血液が脾臓に集まり

スポンジ状になった脾臓は

普通より大きくなってしまった。

そして、正常な血小板を壊すために

夫の血小板の値はとても低くなっている。

血が止まりにくい。

そしてC型肝炎のインターフェロン治療は

血小板が減少するという副作用があるため

今の夫の血小板の値では治療が出来ないのだ。

脾臓を摘出し

血小板の値が上昇してから

治療を行うことになる。

脾臓摘出手術は開腹しないで良いそうだ。

腹腔鏡でできるらしい。

入院も10日ほどで済む。

体への負担も少ないだろう。

ただ、全身麻酔だからその点だけが少し心配だ。

夫も私も手術や治療について積極的な考えだ。

でも、夫の母はやはり母親だ。

夫の手術をとても怖がっている。

だから、私は言った。

「私は心臓手術しているのよ、開腹しないでの手術は大丈夫よ」と。

これを聞いて少し安心したようだ。

5月の連休が終わったら準備もしないといけない。

入院・手術となると私が家を空けることが多くなる。

アズキのことも心配だ。

ペットホテルにでも泊まらすしかないかなと思っていたら

娘が帰って来てアズキの世話をしてくれるとのこと。

少しほっとした。

それにしても、病気の多い家族だろう。

先日行った夫の病院で知り合いに会い

事情を話したら

私のことをしっかりしているねと言った。

私がしっかりしないとどうするの?

私だって気持ちがめげることがある。

でも、私が気弱になってへこたれたら

夫も娘も義母もアズキも・・

皆私を頼りにしているのだ。

私は病気のプロだから大丈夫よと笑って答えた。

そう、私は生まれた時から病気と付き合っているのだから

少々のことでは動じない。

5月は私にとってひとつの試練の月になりそうだ。


2011年04月28日(木) 四葉のクローバー

今日、ちょっとしたアクセサリーを買ったときに

お店の人が、ラッキーステッカーをくれた。

綺麗な色の四葉のクローバーのスッテカーだ。

黄色は金運、

赤は幸運、

緑は仕事・勉強運、

ピンクは恋愛運。

財布の中に入れておいたり、

クローバーを何かに貼り付けて

身に着けていると、良いことが・・・

と書かれていた。

そして、「四葉のクローバーのものがたり」が書かれてあった。

少年が街でふと見かけた少女に恋をしてしまいました。

心を打ち明けるためにお澪ついたのが

「四葉のクローバー」のプレゼントです。

そこで少年は草原へ「四葉のクローバー」を探しに行きました。

しかし何日経ってもなかなかみつかりません。

もうあきらめかけたとき

突然上空に虹がかかりしばらくすると

「エンジェル」が現れました。

少年が驚きながら見ていると

エンジェルの手から何かが落ちてくるのが見えました。

それは、虹を通過してひらひらと草原に落ちてきました。

少年が急いで落ちた場所にかけつけrと

そこには一枚一枚違う色の葉を持った花のような

「四葉のクローバー」が生えていたのです。

少年は喜んでそれを摘み取り

急いで少女の元に駆けつけました。

少女は今までに見たことのない「四色クローバー」を見て驚き

どのようにして見つけたのかを尋ねました。

少年が虹の話やエンジェルの話をすると

少女は感動し、そして、少年の心を受け入れました。

やがて二人は結婚し、裕福で幸福に満ち溢れた生涯をおくりました。

エンジェルは今日もどこかで、ひとびとの幸福を願って

「四葉のクローバー」を運んでいますす。

虹を見たら、その下に花のような四葉のクローバーが

生えているかもしれません。

それはエンジェルの奇跡のプレゼント。

素敵な話だった。

東日本大震災で被災された方

お亡くなりになった方たちのご遺族

福島原発で家を出て避難生活をされている方たちに

どうか虹が運んでくれる

四葉のクローバーが見つかりますように。

心からそう願っている。


2011年04月27日(水) 暑かった

昨日は暑かった。

朝はそうでもなかったが

お昼になるにつれて段々暑くなってきて

私は朝着ていた服を脱いで涼しい夏のような格好になった。

そのために、朝のうちに掃除が出来なかった。

アズキを病院へ連れて行き傷跡を見てもらった。

順調に回復していると言われ安心。

昨日は一日ほとんどサークルの中で過ごさせた。

今朝は元気にキャンキャンと吠えて起きたので

元気が出てきたのだろうと思う。

アズキも暑いのは嫌だろう。

今までは冬場にアズキが来たこともあり

少しでも暖かくしてやりたくて

南側の窓に背を向けてサークルを置いていた。

でも、昨日のように暑くなると

南に置くのはダメだと思い

ちょっと方向を変えて暑くならないように置いた。

部屋も開け放した。

ゲートを新しく買ってきて置いた。

広々として涼しげになった。

それにしても、まだ4月だというのに

今からこんなに暑かったら夏はどうなるのだろう。

クーラーなしでの生活はできなくなりそう。

東日本大震災のため福島原発事故が起き

そのために電力供給が難しくなり

計画停電もおきた。

今は落ち着いているのだろうが

これから暑くなるのに

夏に停電などになったらたまったものじゃない。

節電と言って冷房を節約したら

老人が熱中症で亡くなるかもしれない。

今年の夏も暑くなるのかな・・・

今日は夫と私の両方の病院へ行くが

予定していた服装は暑そうなので

涼しい服に着替えて行こう。


2011年04月26日(火) アズキの手術

昨日は一日落ち着かない日だった。

アズキを9時前に病院へ連れて行った。

一昨日は、アズキがあまりにも私に甘えるので

何か感じるものがあるのかな・・と思ったりした。

アズキを預けたものの一日何か落ち着かなかった。

午後6時に迎えに行ったが

まだ眠り(麻酔の影響)から覚めていなくて

結局、連れて帰ったのが午後7時だった。

普通なら飛びはねて喜ぶが

昨夜のアズキは遊ぶこともなく

直ぐにベッドで休んだ。

今朝までは水も飲めなかったので

ちょっとかわいそうだった。

今日は朝も夕方も散歩は中止。

今日一日安静にして、様子を見ることにする。

ごはんはいつものようにやっても良いと言われたので

33グラムを入れてやると美味しそうに食べた。

この後、抗生物質の薬を飲まさないといけない。

前の下痢の薬は美味しいらしくて

噛んで食べていた。

抗生物質の薬は飲みやすくないらしい。

柔らかなパンの中に入れてみてやった。

するとパンだけうまく食べて薬を残す。

口を開けて喉の奥の方に入れて

口を押えて飲み込むのを待ったが

やはり吐き出してしまった。

最後の手段で

薬を粉状にしてパンに練りこみ

ミルクにつけて少し柔らかくしてみた。

すると何とか食べた。

良かった。

でも、こんなに難儀するなら

注射してもらう方が良いかなあとも思う。

今日は病院へ連れて行く必要はないが

昨日の今日のことなので

やはり順調かどうか先生に診断してもらおうと思う。

薬の飲ませ方もあれでよかったのか聞いてみよう。

それにしても、無事終わってよかった。

5月6日に抜糸したら

生々しい傷跡もきれいになるかもしれない。

人間の勝手で

本来の生殖機能を取り上げてしまったことを

今も心から良かったとは思えない。

人間が勝手にしたことだもの。

アズキが喋ることが出来たら

やめてと言っていたかもしれない。

それでも成功してよかった。

母にお願いしていたので

今朝は有難うと言っておいた。


2011年04月25日(月) 外周りの掃除

母の家に住み始めて半年が過ぎた。

父も母も綺麗好きで父は特に掃除が趣味のような人だった。

父が亡くなり、母が一人で住むようになり

外回りやサッシや網戸の掃除をする人が居なくなった。

それでも、母がまだ元気なころは

私が腰痛がひどくなったらいけないからと思い

外周りの掃除などしなくて良いよと言っていたのに

母は箒と塵取りを持って

落ち葉を掃いていた。

時には芝生の雑草を椅子に腰かけながら抜いていたこともある。

母が亡くなり、母を祀りながら私一人が住むようになった。

家の中の掃除は毎日隅々まで掃除機をかけ

たまに拭き掃除もしている(二階はしていないけど)

そして、芝生に生えている雑草もたまに抜く。

駐車場、家の周り、玄関周りもほぼ毎日掃いている。

でも、母の家の木々の葉っぱは落ちない。

駐車場に接しているお隣さんの庭の木々の葉っぱが落ちているのだ。

お隣さんは水やりがするが

葉っぱを掃除しているところを見たことがない。

お隣さんと母の家の境界線からこちらにも

お隣さんの葉っぱがいっぱい落ちる。

時には自分で掃いたら?と思うが

母が生きていたら愚痴もこぼさず掃いていただろうと思うので

今朝も頑張ってお隣さんの葉っぱをいっぱい掃除した。

雑草まで抜いた。

これを嫌だと思ったら嫌だ。

でも、私が掃除できるだけの健康があると思えば

有難いことだと感謝できる。

これからもずっとこうしてお隣さんの家の葉っぱを

掃除し続けるのだろうな・・・

お隣さんは私が掃いていることを知らない。

神様しか知らない。


2011年04月24日(日) 美味しくてそして太りました

結局、昨日は家で母が使っていた

ロキソニンテープを貼って痛みを我慢した。

今朝は大分手のひらを伸ばすことができるようになった。

つくづく私って運が良いと思う。

二階へ洗濯ものを干しに上がる時

階段でいつも思うのは

このまま私が足を踏み外し骨折でもしたら

アズキはどうなるのだろう・・・ということだ。

だから、階段の手すりを持ち気をつけて上がったり降りたりしている。

ところで

昨日は友人とランチをした。

エミフルで待ち合わせ

最初は王将でということだったが

とても混んでいて待つ時間も半端じゃなかったので

結局サンタカフェへ行き

グラタンとサラダとスープと

後はパンと飲み物の食べ放題、飲み放題で

何と3時間も店に居て話し込んだ。

最初は食べ過ぎないようにしようと思っていたが

ついついパンを食べて5個も平らげた。

コーヒーや果汁100パーセントジュースのお代わりもしたので

お腹いっぱいになった。

晩御飯は抜くつもりで夫のご飯だけ作っていたが

いつもの時間18時になると

やはり食べてしまった。

最近は吐くこともなくきちんと食べるようになった。

だから、太るのが当たり前。

今朝は一番肥っていた。

やはり気にはなる。

でも、昨日、待ち合わせの時間まで余裕があったので

服を試着していたが

あまりにも痩せていてスカートのウエストも合わず

貧相な自分の体を見て嫌気がさしていたので

太る方がいいのだと言い聞かせた。

でも、きっと秋にバセドウ病の医者は

あなたが食べ過ぎたのですと言うだろうな・・・

私自身の心の中で葛藤が生じているのも確かだ。

太りたいし太りたくない、

この矛盾した気持ちの整理がつけば良い。


2011年04月23日(土) 走りそして転びそして怪我

昨日は本当にひやひやする時間を過ごした。

午前中、私が今住んでいる母家の玄関に

花々の寄せ植えをしようと思い

先日買ってきていた植木鉢と花の土と

そして底に敷く石を鉢に用意していた。

花の苗はいよっこらで昨日の朝買ってきていた。

紫や黄色やピンクや

花の名前は分からないが色とりどりの綺麗な花の苗を買った。

アズキを部屋のサークルから出して

駐車場の柱にリードでつけていた。

首にはみつばちハッチのハーネスを付けていた。

私が作業に夢中になっていて

ふとアズキを見ると柱にリードだけ残っていて

アズキが居ない。

驚いてアズキ!と呼んだがどこへ行ったか分からない。

花を植えるどころではなくなった。

土の着いた手袋をしたまま

アズキを探した。

色々な方向を探したら

アズキが数百メートル先に居た。

アズキと呼ぶと逃げ出した。

もし、道路に出たら車にはねられる。

幸い、アズキは道路の反対側の住宅地へ逃げ込んだ。

300メートル離れた家の前に居た。

それからが大変。

アズキを捕まえようとすると逃げて走る。

その家で飼っている黒い大きな犬がアズキに向かって吠えた。

アズキは何を思ったのか

その大きな犬に向かってワンワンと吠え返した。

ひやひやした。

私はアズキを興奮させないように追いかけるのをやめた。

はめていた作業用の手袋をアズキに見せおびき寄せた。

アズキが逃げ出して10分か15分後

やっとアズキを捕まえることが出来た。

涙が出てきた。

もし、あのままアズキがどこかへ行ってしまっていても

首輪もしていないし、どこの犬かわからないし

きっと迷い犬として処分されているだろう。

車にはねられて死んでいるかもしれない。

そんなことを思うと涙が出てきたのだ。

それと、痛みに気付き急に涙が出てきたのもある。

アズキを追っている時に思いっきり二度転んだ。

左手を突いて手のひらに傷がいった。

そして、夜になって

手の甲が腫れて動きにくくなった。

左の掌を開くことができない。

丸く曲げたままなら痛まないが

伸ばそうとすると痛む。

骨は大丈夫だが、筋をやられたみたい。

今朝も痛みを堪えながら家事をした。

病院へ行ってもシップをくれるくらいだと思うので

行かないことにした。

日が経てば治るだろう。

それにしても、アズキが無事で良かった。


2011年04月22日(金) スーちゃんの訃報

今朝、起きてPCを開けて

田中好子さん、スーちゃんが亡くなったことを知った。

信じられなかった。

55歳、早い死だ。

私より数歳若いだけに残念でたまらない。

キャンディーズで活躍していた頃

ミキちゃん、ランちゃんよりもスーちゃんが好きだった。

ふっくらした顔と少しぽっちゃりした体格

笑顔が素敵でとても可愛かった。

普通の女の子に戻りたいの言葉を残して解散。

その二年後女優として芸能界に復活した彼女は

それから本格的な女優を目指して

色々な映画やドラマに出た。

黒い雨では演技派女優として活躍

アカデミー賞主演女優賞を獲得

涙で会見をした日を思い出す。

良いお母さんのイメージで人気を集め

NHKの朝ドラや映画、舞台で

その人柄は皆を魅了した。

あのちょっと鼻にかかったような声

あの素敵な笑顔

きっと私にとっても忘れられない女優さんとなるだろう。

心からご冥福をお祈りします。

天国で休んでください。


2011年04月21日(木) 避妊手術

私が今、一番夢中になっている存在・アズキが

来週の月曜日に

避妊手術を受けることになった。

アズキは先日18日でちょうど半年になった。

そろそろ発情期が来るらしい。

小さなアズキの体を見ていると

まだまだ赤ちゃんのように思えて

大人に近づいているなんて思えない。

でも6か月から7カ月にかけて

女の子は第一回目の発情期が来て

生理が始まるらしい。

子供を産ませて増やすことを考えてないなら

将来の体のことを思うと

避妊手術が必要だと言われた。

一回目の発情期が来ると

乳腺が張り、乳腺炎になる可能性が大きいとか。

また老年になって

子宮癌や乳がん等になる可能性も大きくなる。

今は可哀想に思えるが

本当はアズキのためになるのだと言われると

受けさせるべきだと思い決心した。

娘はやはり可哀想だと言っている。

避妊手術も子宮を取ってしまうだけのものと

卵巣も取ってしまうものの二種類あり

アズキは後者の手術で

卵巣と子宮を取ってしまう手術になる。

人間と同じで大変な手術だ。

自然に逆らうような気もする。

実は、私も避妊手術をしている。

と言っても

子宮を取ってしまったのではなく

卵管を結び卵子がおりないようにする手術だ。

心臓病があるため

娘を出産した後

これ以上の出産は体に悪いからという理由で受けた。

別に体に支障はない。

アズキとは違う手術だが

アズキも影響がないと良いが・・・

小さな体で頑張ると思うと

愛しくてたまらない。

2キロちょっとしかない体重で

耐えられるのか?心配だが

医者を信じて任せようと思う。

どうか無事で済むようにと祈るばかりだ。


2011年04月20日(水) 嬉しいメール

日曜日に城川へ「内藤あゆ美さんのトークショー」を

姉の運転で聞きに行って来たが

その時、あゆみさんと友達になることが出来た。

そして、私が好きだった絵について

あゆみさんと同じ思いだったことが嬉しかった。

帰宅して夜、あゆみさんにお礼の手紙を書いた。

そして、最後に私の携帯番号と携帯のメルアドを書いていたら

昨日、あゆみさんから有難うのメールが来た。

メールの文面からも

あゆみさんの人柄がにじみ出ていた。

やさしい人だ。

そして、こころの真っ白な純粋で無垢な人だと思っていたことが

やはりそうだと納得できた。

人の縁とは不思議だ。

どんなところにあるかわからない。

今、母の家で過ごしている私は

外出する機会もあまりなく

外出するとしても

友人とランチをするか

姉とどこかへ出かけるか、

後は会の用事くらいだ。

だから、新しい友人などできることはなく

このまま年を取って行くのだろうと思っていただけに

私にとってまた違った意味での

大切な存在となる人と知り合ったことは

神様からのプレゼントかもしれないと思った。

「ひとりじゃないよ」の可愛い絵が好きだったが

それ以外にも色々な素敵な作品ばかりで

一枚を選ぶのは難しいが

「あさがお」を選んだ。

やはり同じように可愛い動物が描かれていた。

その「あさがお」のカードを送ってくれると言う。

嬉しい。

待ち遠しい。

また宝物が増える。

このご縁を大事にしたい。


2011年04月19日(火) 色々な意味で

色々な意味で、最近、自分の意見を言うのが怖くなった。

私自身が感じることで

別に人様に影響のないことなら良いのだが

少しでも、私の発言内容が影響することなら

なおさら怖くなってしまった。

今、日本中東日本大震災

福島原発の放射能漏れによりパニックになっている。

原発事故がいかに日本に大打撃を与えたか?

しかし、真実が分からない。

TVや新聞では色々な人が色々なことを言っている。

ほとんどが大丈夫だという意見、

その中で、放射能の危険性を訴える発言は

人々を不安にさせるので

敢えてそれをしないという情報もある。

また東電からお金をもらっているから

東電を庇う意見が多いのだという情報もある。

誰を信じたら良いのか?

私は分からない。

自分が放射能について色々な本を読み

勉強して、確固たる意見を述べることが出来れば良い。

でも、知識も乏しい状態で

危険だ、いや危険ではない・・

どちらを信じるかは人それぞれだろう。

私はこれらの意見の中で

危険性はない、かえって放射能は健康に良いと言い切った

稲博士を信じていた。

でも、でも、でも・・・

稲博士をとんでもない人だと言う意見もある。

放射能が安全で健康に良いという意見は

極論ではないか?と思うこともある。

そんなことを思っている間に

何もかもに自信がなくなった。

人の上に立ち

人をひっぱっていくこともできなくなりそうだ。

私は何も言えないし、言うのが怖い。

こんな時は貝になるのが一番なのだろう。

色々な意味で、生きることの難しさを感じている。


2011年04月18日(月) トークショー

昨日は、姉の運転で城川へ行ってきた。

今年のかまぼこ板の絵展に出す作品を持って行った。

締切が間近く、もっと早く持って行けるはずだったが

昨日は、内藤あゆ美さんのトークショーが開かれるので

その時間に合わせて行ったのだ。

内藤さんの昨年のかまぼこ板の絵を見て

その絵の持つやさしい

心をふんわかと癒す力に感動していた。

彼女は乳がんと闘っている。

思春期の娘さん二人を持つお母さんだ。

でも、前を見て明るく生きている姿は

皆に勇気と元気を与える。

そして、なんといっても彼女の絵が素敵なのだ。

特に好きなのは猫やひよこなどを描いている絵だ。

ひとりじゃないよと題した三羽のひよこを描いた作品が

私が一番好きな作品で

彼女にそのことを言ったら、彼女も一番好きだと言っていた。

その絵をポストカードにしたものをもらったが

私にとってとても大事なものになるだろう。

トークショーは彼女だけが話すのではなく

会場に来ていたひとりひとりが

感想を含めて、自分自身の話をした。

母の死とかまぼこ板の絵について

浅野館長が触れ

そのあとで姉が母の闘病のいきさつを話した。

引き続いて、私が自分自身の母への気持ちを話した。

母の看護をできた有難さ

母と一緒に過ごす時間をいっぱいもらった喜びを話した。

他の人もご主人を亡くした後

元気で過ごしている人や

また夫がすべてだと思い何をしてもつまらない

暮らしだったが、オレンジの会に入会して

気持ちが変わったと話している人も居た。

娘さんの心の病気との闘いの中で

家族のきずなを再び強くすることができたと

話をしていた人、

学校で登校拒否の子供たちのサポートをしている人の話

などなど、感動、感動、涙、涙の二時間を過ごした。

帰宅して内藤さんに手紙を書いた。

城川として、東日本大震災で被災した

小学校の子供たち

3月11日に板の絵をポストに入れたあと

数日してきちんと届いたが

その子供たちを城川へ招待したいと浅野さんが言っているが

私も大賛成だ。

「絵はこころの手紙です」の言葉の通り

私も大震災に被災した人たちへ

気持ちを込めて描いた板の絵7枚、

姉は10枚描いていたが

義捐金と共にお渡ししてきた。

必ず春は来る

朝の開けない夜はない。

昨日は行って良かった。

つくづくそう思う。


2011年04月16日(土) 学習会

日本会議が毎月行っている学習会、

今まで参加したことがなかったが

今回は領土問題だというので

肩凝りから扁桃腺も腫れてしんどかったが

参加してきた。

隊友会や北方領土問題対策協会に属しているS氏が

数年前に、ビザなし交流で国後・択捉島に行ってきた話をしてくれた。

北方領土は日本の固有の領土であるという証拠もある。

でも、ロシアは北方領土を視察したり

軍備を強化したり

農場を作ったりと不法占拠を合法にしようとしている。

S氏が行ったときはロシアの人も険悪な雰囲気もなく

若い女性が塩とパンで迎えてくれたとのこと。

もし、国後島に住む人たちが

日本に返還された後は

同じように住めるということを知らなかった。

てっきりロシアに帰らないといけないと思っていた。

こういった話はあまり聞かない。

というか、北方領土への関心も少ない。

尖閣諸島は昨年の秋の中国漁船が衝突してきた事件で

国民意識も高くなっている。

S氏の後は会長の話。

やはりビザなし交流に国会議員たちと行ったとか。

S氏よりも4年前に行ったので

その時は険悪なムードもあったそうだ。

終戦を迎えた後で

日ソ中立条約を破棄し

樺太に攻めてきたソ連軍は許せない。

話を聞きながら色んなことを思った。

北方領土の日は

松山でも署名活動をしている。

私も何回か署名したことがあるが

若い人たちは無関心だとのこと。

自分たちの国の領土が不法占拠されていることに

腹は立たないのだろうか。

それとも、北方領土はロシアのものだと思っているのだろうか。

自民党政権も民主党政権も

真剣に取り組むことをしなかった。

そのつけが今来ているように思う。

国民が取り戻すぞという強い気持ちを持ち

ロシアに対して訴えねばならない。

来月は憲法記念日に憲法の話がある。

三島由紀夫義挙に立ち会った人が

「独立国にふさわしい憲法の制定を!」という演題で講演する。

行けたら行ってみたい。


2011年04月15日(金) 嘔吐下痢

今日、本当なら東京へ面接に行くことになっていたのに

娘が嘔吐下痢になってしまった。

昨日の午前中、電話があった。

嘔吐と下痢で死にそう・・・だと。

私はすぐにでも行ってやりたいと思った。

三年前の私なら

何をおいても飛んで行っていた。

友人に笑われても行っているに違いない。

でも、今はアズキも居る。

放っておけない。

それに、私も年を取ったのか

飛んでいく元気がない。

だから、娘に水分補給と体を休めるように言った。

今朝も電話があり

お腹が痛いのは同じだと言っていた。

若いからすぐに元気になると良い。

私が昨年の夏にサルモネラ菌中毒になったときは

本当に高熱と下痢に悩まされ入院もした。

娘は食中毒ではないかもしれない。

このところの疲れと精神的なものが作用しているのかもしれない。

一日も早く体を治して

次の試験に備えないと。

今日の東京行きはやめたと言っていた。

それが良い。

面接が受けれないのは残念で悔しいだろうが

今は体が一番大事だ。

母に早く治るようにお願いしたから

きっと大丈夫、治ると思う。


2011年04月14日(木) 就職活動真っ最中

昨日、22歳の誕生日を迎えた大学四年生の娘が、

今、就職活動真っ最中だ。

昨日も電話があり

週に二度も東京へ面接を受けに行ってきたと言っていた。

娘が挑んでいるのは、映画やTV会社だ。

高校時代からずっと続けてきた演劇部での経験を生かした、

制作部での脚本や演出の仕事をしたいようだ。

でも、世の中そんなに甘くない。

希望する就職先が決まるまでは山あり谷あり

挫折も味わうだろう。

社会で生きることがいかに難しいか

を身を持って感じるに違いない。

私も大学四年生の時に就職試験を二社受けた。

そのうちの一社が私を気に入ってくれ

て是非来てほしいと言ってくれた。

でも、当時の私は拒食症でとても痩せていたし、

仕事などできる状態ではなかった。

会社には申し訳ないが断った。

私こそ社会を甘く見ていた気がする。

今思うと、とても恥ずかしい。

娘が希望する会社へ就職が決まることを祈っているが、

もしダメだったら、

私としては大学院に進学し、

国家公務員になってほしいと思っている。

でも、娘の人生だ。

娘が自分の足で歩いていく道を選ぶだろう。

見守るしかない。


2011年04月12日(火) 書けない

この数日、つぶやきが書けない。

何もしない日々を送っているのではない。

とてもいい講演会も聞きに行ったし

娘のことやアズキのことでは

いろいろ考えることがある。

お天気も良いし

草取りもしたし

家の片づけもしているが

文章を書きたくない気分なのだ。

何故かわからない。

何か焦りがあるのかもしれない。

だから、書けるときに書くようにしたい。

明日は父の月命日だから

お墓詣りに行って来よう。

そして、明日は娘の22歳の誕生日だ。

色んな思いがありすぎて文にならないのかもしれない。

短い言葉で気持ちを表すことはできるのに

長い文や論を書きたくないのだ。

変な私・・・


2011年04月08日(金) バーゲン

昨日は本当にしんどくて

歩くのもやっとだった。

何でかわからない。

バセドウ病のしんどさとは違う。

夜中にしんどくて

情けないけど母を求めていた。

でも、今朝はそうでもなかった。

今日一日普通にできた。

気分転換にエミフルへ行った。

春、何か羽織るものを探しに行ったのだが

麻と綿素材の春でも着れるカーディーガンが

三割引きになっていた。

正札だときっと買わないだろう。

すこしでも下がっていると買いやすい。

薄いグレーで襟にレースがついて可愛かった。

もう一枚ほしいものがあったが

午前中に行ったときはやめた。

でも、午後もう一度行ってみた。

試着して似合っていたので買った。

最後に黒のシフォン調のスカート、

これも正札は高いが半額になっていたので買った。

三点も買って気持ちが少し豊かになった。

バーゲンもたまにはいい。

帰宅して試着して時間を過ごした。

母に見せて似合うねと母が言っている気がした。

ちょっと元気になった。

私ってこんなことで元気になれるなんて

安上がりな人間だなあ・・・


2011年04月07日(木) 大震災への励ましのかまぼこ板の絵

城川から連絡が入り

今回の東日本大震災で被災された人たちへ

励ましのかまぼこ板の絵を描くことになった。

一枚はすでに描いていた。

二枚の板が改めて送られてきたので

これを使って描いてみようと思った。

文字だけでも絵だけでも

絵と文字でも自由に描いて良いそうだ。

まず桜の枝に花が咲き

花びらが舞っている絵を描き

文部省唱歌「春が来た」の歌詞から

「山にも野にも里にも春は来る」と書き添えた。

二枚目は虹を描いた。

言葉をどうかこうかと迷っている。

「明るい明日を信じて」

「明日という字は明るい日と書く」

どちらにしようか・・・

色は何色で書こうか・・・

昨日、絵を描いて文字を書くスペースをそのままにしている。

あと一枚描いてみたい。

言葉は考えている。

「穏やかな日々が訪れますように」と書きたい。

絵は祈りを込めて

お雛様かこけしかお地蔵様か・・

城川の今年の募集期限も迫っている。

姉が一緒に持って行こうというので

作品をまだ送っていない。

来週中には震災お見舞いの作品と

メッセージと募金を一緒に持って行きたい。

今日も朝からとても体がしんどいが

震災の人たちのことを思うと

しんどいと言っていられない。

今日も頑張ろう。


2011年04月06日(水) 自業自得

今の私の体調不良は自業自得と言える。

昨日の朝も顔がむくんでいた。

顔をぐしゃぐしゃに動かしてみても気持ち悪い。

尿が出ない。

体に水分がたまっているような気がした。

この原因は一昨日の夜にある。

苦しい思いをした結果がこれだ。

アハハ・・笑ってしまう。

こんな時は何もしたくない。

外出もしたくない。

人と会うのが嫌だ。

出来たら一日中布団の中に居たい。

でも、それは不可能だ。

昨日も義母さんを病院へ連れて行った。

結果は安心できるもので良かったが

私自身の心も体も診てもらいたい気分だ。

お天気がとても良い。

まさにお花見日和だ。

一昨日はアズキを連れて内子へお花見に出て行ってみた。

私の気分転換のためにもアズキのためにも

外へ出て綺麗な桜を見ることは効果ありと思っていた。

それなのに、一昨日はの夜は最悪だった。

少しずつ自分で立ち直ろうと思うのに

心が付いてこない。

だから、体も良くならない。

今日だって、本当は人と会うつもりだったのに

来客が昼にあるので家に居ないといけない。

自由がない。

ああ〜・・

でも、これは贅沢なことだ。

東日本大震災にあい

また原発で退避している人たちのことを思うと

私ってなんて贅沢なのだろうと思ってしまう、

そう、わがままであり贅沢なのだ。

反省はしているが、自分で自分をどうしようもできないのだ。


2011年04月02日(土) 何か体調不良

この半月ほど

朝起きるのがとても大儀だ。

夜は遅くても21時には寝ている。

起床は4時半。

7時間は寝ているから寝不足ということはない。

でも、しんどい。

バセドウ病のしんどさではない。

薬もあの嫌な医者からもらったのを

言われた通り一日置きに飲んでいる。

バセドウ病のしんどさは言葉にできないくらいで

これはなったことのある人でないとわからない。

この半月ほどのしんどさはこれとは違う。

年のせいか・・・

考えてみると一つだけあてはまることがある。

それは栄養不足だ。

食べていても偏食がひどいので

タンパク質は不足しているし

野菜も生野菜しか口にしないから(家では)

野菜不足になっているのかもしれない。

朝も昼も夜も

トーストとヨーグルトと果物しか食べない日もある。

トーストには何も塗らない。

それをコーヒーに浸して食べるのが好きだ。

だから、食費はほとんどかからない。

夫のごはんはきちんと作る。

栄養のバランスを考えて

おかずも最低三品は用意する。

そお夫のごはんと同じものを食べれば

栄養不足などにはならないはず。

私のわがまま、勝手としかいいようがない。

外食の時には野菜を食べるし

料理もきちんと食べる。

でも、家で食べることができない。

きっとこのために体が信号を出しているのだろう。

きちんとした食生活がとても重要だとわかっているのに

それをしない私は医者に行って言ってみても

きっと解決はできないだろうな・・

しんどい・・眠い・・


2011年04月01日(金) お雛様をしまった

昨日は3月31日

今日から4月だ。

関東地方の人たちは

雛祭りを3月3日に行うが

私の住む地方では旧暦で祝う。

だから、明後日3日がお雛祭りだ。

今日は姉の家で雛祭りをするので招待された。

姉はこの間からお雛様を集めている。

座敷をお雛様でいっぱいにしたいとか。

だから、どのようになっているのか?

知りたいし今日行って見ることにした。

私はまだちょっと早いけど

昨日、お雛様をしまった。

また来年会おうねと語りながら

お雛様とお内裏様を白い和紙で包み

お雛様専用の防虫剤を入れた。

母が好きで砥部で買った立ち雛も一緒にしまった。

華やかだった玄関が急に淋しくなった。

代わりに母の好きだった花を飾り

私が母に出した

黄色い花の絵手紙も飾った。

今日から4月、

石手川の土手の桜の蕾もピンク色になり

ポツリポツリ咲き始めた。

今年の桜を母と一緒に見に行くことはできないけど

せめて母の写真を胸に花見に行こう。


スカーレット