スカーレットの心のつぶやき
つぶやき 目次過去未来


2006年04月30日(日) 何故?

どうしてあんなにも部屋の中が汚いのだろう。

夫の部屋には入りたくない気分だ。

何故?

どうしても理解できない。

出したものを元あった所へ戻せば

いつも部屋の中は片付いている。

今朝も衣替えの季節だし

冬物の服とこれから着るものを入れ替えようと

思い切って夫の部屋に入った。

足の踏み場もないくらい散らかっている。

要るものと要らないものとの区別がつかない。

私が勝手に捨てても良いものかどうかも分からない。

私が夫の部屋の中に入って行くと

夫は邪魔者が来たかのような顔をする。

そして、もう良いから出て行ってと言う。

洗濯物を取りに来たと言っても

夫は洗わなくても良いと言う。

気持ちが悪い。

どんな粗末な服でもちゃんと洗濯していればそれで良い。

私はもっと色んな言葉が出そうになったけれど

ぐっと我慢して部屋を出た。

そして、内心ほっとした。

綺麗に片付いている部屋は気持ちが良いだけではなく

私の心のほっとする場所だ。

私の部屋へ入ってようやく生き返った。

人は人だと割り切ろう。

自分のものだけ片付けよう。

隣の娘の部屋は夫と同じ状態だ。

触ると怒るのでそのまま手をつけない。

ああ〜本当に夫と娘は異星人ではないだろうか。

同じ屋根の下で生活するのだから

我慢も必要だ。

でも、この点だけは我慢できない。

もういい。

放っておこう。

それにしても何故だろう・・・


2006年04月29日(土) 脱ぎ捨てるように

過去の辛かった思い出や

悲しかったことを

一つ一つ脱ぎ捨てながら生きてきた。

時にはフラッシュバックが起きて

とことん落ち込む時もあるけれど

立ち直る時間が段々と短くなり

自分でも不思議なくらい強くなった気がする。

私の人生の中で絶対に消すことの出来ない

二つの思い出は一生抱えて行くのだろうけれど

その二つの思い出に振り回されないようにしたい。

若かったのだ・・

幼かったのだ・・

人生の意味も

人を愛する意味もわかっていなかったのだから。

自分を責めるのはやめよう。

誰が悪いのでもないのだから。

人を恨むのもやめよう。

私を愛してくれた結果なのだから。

これからも心に鎧をつけて

私を傷つけようとする刃から身を守ろう。

そして私の心の中に沁み込んでくる

確かな愛だけを大切にしたい。

幸せを両の手で数え切れないといえるように

不幸は片手で余るといえるように。


2006年04月26日(水) 痛いよ・・・腱鞘炎だった

昨夜から右の手首が痛くてたまらない。

こうしてPCに向い

キーを叩くのも痛みを我慢している。

手首を上下に曲げるとその痛みはますますひどくなる。

じっとしていても痛い。

急に痛みが起きたから

その痛みの原因に思い当たることがない。

ようく考えてみた。

何か変わったことをしていないか?

手首を打ったりしていないか?

心当たりがない。

左の手首とつき合わせてみて比べてみると

心無しか右の方が腫れているような感じがする

内側の方が痛い。

このままにしてしばらく様子をみようか・・・

それとも整形外科へ行って診察してもらおうか・・

このまま放っておいて痛みがひどくなるのも嫌だ。

右手は利き手なので使わないわけにはいかない。

家事も運転も困る。

荷物も持てなくなってしまう。

今日は父の点滴で病院まで連れて行かなきゃならない。

午後は父のお風呂の後の消毒もしてあげることになっている。

明日は父の日赤受診日にもなっている。

しばらく描いていなかった絵手紙も描きたい。

家事をしてみて痛みが治らなくてもっとひどくなったら

思い切って病院へ行ってみよう。

それにしても痛い.・゜゜・(/。\)・゜゜・.


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


病院に行ってきた。

レントゲンは異常なし。

腱鞘炎だとか。

治るまで医者にPCは休むように言われる。

しばらく医者の言うとおりにしてみよう。


2006年04月25日(火) 生命力

花は大好きなのに

何故か育てるのが苦手な私は

毎年季節の花の鉢植えを買って

花を楽しんだ後、

花が終わって枯れて落ちて根っこだけが残っているのを

いつも外へ放り出してしまう。

それらの花の鉢を

夫の母はいつも世話をしてくれる。

今年も二つ三つの鉢の花が

花を咲かせてくれている。

去年の暮れに買ったジュリアンの黄色の花は

見る人に元気をくれる。

地植えしたスズランは毎年可愛い白い花を咲かす。

昨日の朝スズランの花が咲いた。

テツセンもそのままにしておいたら

今年も蕾をいっぱいつけている。

小さなピンクの菊科の花も

冬の間は枯れたようになっていたのに

今花を開いた。

一年草、二年草、多年草の意味も知らない私にとって

こうして花は何故咲く時期を知って咲くのか不思議でたまらない。

花の生命力って凄い。

小さな花に生きようとする力をいっぱい込めて

見る人たちを楽しませようと頑張って咲く。

毎朝散歩している道の端の家々の庭にも

色とりどりの花が咲いている。

家の人の花への愛を感じる。

花は人の愛を裏切らない。

世話をしたらその思いに答えて

綺麗に咲いてくれる。

人も同じなのに・・

今朝も母親殺しのニュースを聞いた。

人の心は荒廃している。

花の生命力と健気さにとても愛しさを感じる。


2006年04月24日(月) 生と死・偶然と必然

人はこの世に生まれてきたからには一度は死ぬ。

人は死を恐れているがそれは必ずやってくる。

自分がどんな親の元に生まれる来るか?

それは誰にも分からない。

両親が何かの縁で結婚し

またその両親の精子と卵子が何かのタイミングによって受精し

母親の母体の中で十月十日をかけて

人として生きる体と心を持って生まれてくる。

これって本当に奇跡と言っても言いすぎではないだろう。

生命の誕生は

今科学がこうして発達した時代でも

神秘で謎のベールに包まれているような気がする。

まさに偶然の賜物と言える。

反対に人の死は必然だ。

だからこそ、偶然に生まれてきた自分自身の命を

必然の死を迎えるまでは

大切にしたいと思う。

愚痴や怒りや悲しみに包まれた人生ではなく

感謝と前向きの明るさと元気な心で

一日一日を大切にして生きていきたい。

死ぬときに

「ああ〜いい人生だった」と思えるような生き方をしたい。

「あれをしておけばよかった」と後悔しない生き方をしたい。

人生は一度きりだ。

そしてその人生は自分だけのものだ。

どんな人でも自分の人生の中では主人公。

その主人公として生きる人生を

明るく楽しいものにするのも

毎日暗い気持ちで過ごすのも

その人の生き方で決る。

私はこの世で生かされている間、

毎日を楽しく希望を持って精一杯生きようと思う。




2006年04月23日(日) 上手い話には・・・

ここにある話がある。

それは投資の話だ。

ある人から話だけ聞いてと言われて聞きに行った。

夫からはくれぐれも

「ミイラ取りがミイラにならないように」と釘を押されていた。

これって何だろう?

そんな上手い話があるのだろうか?

ここには何か落とし穴があるのでは?

色んなことを思いながら

黙って話を聞いた。

確かに今の金利ゼロ時代に

預けておけば数年のうちに莫大な利益を得ることが出来るなんて

夢のような嬉しい話だ。

私に話しを聞いてと言った友人は

もうその気になって契約して

お金も振り込んでいた。

世界を舞台にしたこの投資話が

もし本物であり詐欺行為でもなければ凄いと思った。

信じられない話だが

実際にその投資プログラムを聞くと

ウソだとは思えなかった。

話を聞いて行くうちに

その話に惹きつけられている私が居た。

洗脳ではない。

ただの勧誘に過ぎない。

今100万のお金を投資して

後二三年したら数十万円の利益が出るという。

そしてそのお金は海外の銀行に貯蓄され

ATMで引き出すことが出来るのだ。

パソコンで操作すれば

今自分がどのくらい儲かっているかが一目で分かる仕組みになっている。

友人はパソコンをしないので私に頼んできたのだ。

その会社のHPを見てもなかなか理解できなかったが

話を聞くと何だか凄いものだということだけ分かった。

でも・・・

やはり飛びつくことは出来ない。

上手い話には何かあるような気がするのは

私が素直でないからだろうか・・・


2006年04月22日(土) 羽を伸ばしに

今朝、いつもの道を歩いていると

とても楽しいことに出会った。

毎朝歩く途中の道の端の家に

いつも白い犬が座っている。

時々、その家のおじいさんと散歩をしている姿も見かけていた。

その家の前におじいさんが立って

周りをきょろきょろと見回している。

私はいつものように大きな声で

「おはようございます」と声を掛けた。

すると、おじいさんは「犬を知らんかね?」と聞いた。

私が歩いてきた道には犬は見かけなかったので

そのように答えた。

私「犬が居ないのですか?」

おじいさん「何所へ行ったのかな?いつも居なくなるんじゃ」

私「そうですか・・何所へ行ったのでしょうね」

おじいさん「悪い犬でな、わしが居ないと遊びに行ってしまうんよ」

私「ハハハ・・笑。」

おじいさん「夕方暗くなるまで帰ってこんのよ」

私「羽を伸ばしに行ってるのでしょうか・・」

おじいさん「この近くまで帰って来ても、わしに怒られると思って

      なかなか家の中に入ってこんのじゃ」

私「でも、きっと帰ってきますよ。

  犬も気分転換したいときもあるのでしょう」

そして、私はその場を去った。

人でも犬でも同じだ。

いつも家の中に居るとイライラする。

ストレスもかかる。

気分転換をしたくもなる。

最近多い引きこもりの人たちだって

本当は外で出たいと思っているはずだ。

私はどちらかというと外で働くよりも

家の中で家事をしているのが好きだ。

要らぬ気を遣うこともない。

でも、たまには外へ出て友人と喋ったり、

デパートめぐりやウインドウショッピングを楽しみたいときもある。

誰だって、たとえ犬でもそうだと思う。

私も来月は思いっきり羽を伸ばしに行こう。


2006年04月21日(金) 再会を楽しみに

今から二年半前、メル友さんたちが私に会いに来てくれた。

所謂オフ会だ。

オフ会の経験のない私にとって

彼女たちが来てくれることは

ウソのようでどんな風にお迎えしたら良いか・・

初めての人たちと会って

話が出来るのだろうか・・・

楽しんでもらえるのだろうか・・

でも、駅で会った途端

それまでの不安は吹っ飛んで行った。

初対面なのにまるで数年来の友人のように感じた。

たった二日間だったけれど

本当に楽しい時間を過ごすことが出来た。

今日送っていただいた二日間の楽しい時を写した

ビデオを見直した。

懐かしくて涙が出そうだった。

来月の半ば

娘が高校の修学旅行で家を留守にするとき

私にも少し自由な時間が持てる気がして

思い切ってメル友さんたちに会いに行こうと決めた。

夢にまで見たことが現実となる。

別れる時に約束した再会が出来るのだ。

後ひと月足らずの日々はきっとウキウキの毎日になるだろう。

本当に楽しみだ。

ワクワクしてくる。


2006年04月20日(木) 国と国との付き合い

竹島問題がまた浮上してきた。

韓国では独島、日本では竹島。

名前はそれぞれが自分の国の領土だと思っている証拠。

元々竹島は日本の領土だ。

韓国のものではない。

と私は思っている。

それなのに竹島海域で日本の海上保安庁の調査船が

拿捕されることもありうると言う。

ドイツで行われる国際会議のための調査であり

武器など持って居ないし、

韓国に大して脅威をふるっているわけではない。

でも、韓国にまた反日感情が高まるに違いない。

中国で反日運動が起きたのは一年前。

あの時に比べると今は大分弱ってきてはいるが

いつどんなことでまた反日運動がひどくなるか分からない。

こうした反日感情が起きる元は

東京裁判の誤りであり

敗戦時のGHQ覚書やポツダム宣言の解釈の違いではないだろうか。

戦勝国が正しく敗戦国が間違っていると言った

謝った判断意識を失くさない限り

今後も竹島問題だけではなく

中国や韓国との国交上色々な困難な問題が起きると思う。

総理は冷静な態度でのぞむと言っているが

日本の外交を担う上に居る人たちが

もっと日本愛する心を持って毅然とした態度で対応してほしいと思う。


2006年04月19日(水) 良かった・・・

昨日は本当に冷や汗ものだった。

娘の薬をもらいに病院に行き

保険証がいつもの袋に入っていないのに気付いた。

帰宅して探してみても見当たらない。

見当のつくありとあらゆる場所を探してもない。

そうだ、先日、郵便局へ行った時に身分証明書代わりに持って行ったのを

思い出した。

貴重品の入っているバッグを探したがない。

そして届け印も消えている。

「( ¨)¨)¨)¨)¨)¨)¨) エー!!」

「(-_-)ゞ゛ウームどうしよう・・・」

お昼を友人と一緒にすることになっているので出かけたが

気もそぞろだった。

帰宅してもう一度探しても見つからない。

私のミスで紛失したのだろうと思い

夫に電話して謝った。

念のため郵便局へも電話して忘れてはないかと調べてもらったがなかった。

保険証を使ってサラリーローンを利用することがあるので

紛失していて悪用されてはいけないと思い

警察にも紛失届けを出そうと電話した。

その時、もう一度だけ探してみたらという声が

どこからか聞こえてきた。

探すこと30分、

私のバッグを皆ひっくり返して探したら

何と外出用のバッグの内ポケットの中に入っていた。

そこで分かった。

そう、数日前高島屋のカードを作り直すために

やはり保険証と印鑑が必要で持って行ったのを思い出した。

その部分の記憶が皆欠落していた。

あの声はまさに神の声だった。

半日は生きた心地がしなかったが良い勉強になった。

「神様有難う!」本当に良かった。

これからは念には念を入れて行動しようと思う。

本当に色んなことがあって疲れた一日だった。


2006年04月18日(火) 生きたい

昨夜、「TVのちから」の後半部分を見て涙が出た。

昨年「拡張型心筋症」で命も残り少なくなった少女が

渡米して心臓移植手術を受けるための募金を呼びかけたところ

予定していた金額をはるかに越えて

一億円以上のお金が集まり、

少女は無事移植手術を終え、帰国したということを知った。

日本に居た頃の人工心臓をつけた彼女の姿は痛々しく

一日でも早く移植手術を受けることが出来れば良いと心から願っていた。

そして募金が思っていたよりも早く

またたくさん集まり手術が出来ることを知った時の

彼女の澄んだ瞳からこぼれた涙は

世界中の何物よりも美しく尊いものに思えた。

その彼女は今年の春から高校生となり

再び登校して授業を受けている。

夢にまで見た学校生活は

私たちが思うよりも大変なものになるかもしれない。

でも、人々の善意と好意に助けられた彼女は

きっと皆の思いに答えて楽しい学生生活を送ってくれると思う。

そして、彼女の「生きたい」と願う心は

今、命を粗末にしようとしている人たちに

命の尊さをきっと伝えてくれると思う。

生きていることが当たり前になっている私達は

もう一度生かされているということへ感謝しないといけない気がする。

私の心臓は二回の手術によって

こうして毎日変わりなく過ごすことが出来るようになった。

小さな幸せを感じることも出来る今こそ

もっともっと命の尊さや生きるということを

真摯に考えてみる必要があるように思う。

どうか彼女が元気で今まで出来なかったことまで

楽しんで良い人生を歩んでくれると良いな・・・

彼女が募金をしてくれた人たちへ

心からの感謝の気持ちを込めて書いた本

「生きたい」が皆に読まれることを

心から祈っている。


2006年04月17日(月) 恋人?それとも夫婦?

いつも歩く道の途中にある池の

ちょっとだけ土がこんもりしている所に

以前真っ白な白鷺が一羽佇んでいる姿を見つけた。

その姿は少し淋しそうだった。

仲間とはぐれたのか

それとも孤独が好きな変わり者なのか

見る時はいつも一羽だった。

それが今朝は何と二羽居るではないか!

吃驚した。

そして嬉しかった。

真っ白な羽を休めて

立っている二羽の白鷺は

恋人同士なのかな?

それとももう結婚して夫婦になっているのかな?

なんて想像しながら

しばらく見つめていた。

二羽の白鷺は

付かず離れずと言った感じの距離を置いて

立っていた。

喧嘩をしたわけでもないだろう。

その証拠に時々寄り添っていた。

いいなあ・・・

正直そう思った。

恋人同士でも夫婦でもどちらでも良い、

こうして仲良く寄り添っている姿を見るのって

本当に嬉しくなる。

小さな幸せを感じ取ることが出来る。

私はいつも一人。

孤立はしてはいないけれど

夫とこうして仲良く寄り添うことなどめったにない。

淋しいな・・・

夫婦じゃなくても良い、

白鷺のようにそっと寄り添える相手が欲しい。


2006年04月16日(日) 小さな幸せ

昨日は本当に久しぶりに

家族三人揃っての買い物をした。

13日が娘の誕生日だったが

何をプレゼントして良いか分からなくて

昨日は夫も娘も休めたので

三人でデパートへ行った。

雨の土曜日ということもあり混んでいた。

カップルよりも家族で来ている人の方が多かった。

「日本って平和な国だな・・・」と思った。

そして、その中の一つの家族になれた私たちは

やはり幸せなのだろうと思った。

娘は若い人の好むブランドの服が欲しいというので付き合った。

好きなものが買えて機嫌も良く

付いて行った私たちもほっとした。

夜は近くのレストランで夕食をして

先日できなかった誕生日のお祝いをすることが出来た。

まあ平凡でも小さな幸せを感じることの出来た一日だった。

ちょっと落ち込み気味の私だったけれど

昨日は何か心癒される一日だったように思う。

こんなもので良いのだろう。

あまりにも多くのまた高いものを追いかけていた私が

間違っていたような気がする。


2006年04月15日(土) これでよかった

今の私の素直な心

それは「これで良かった」という思いだ。

今までが異常なことだったのだ。

有り得ない世界の中で

何か夢のようなことばかり考えていた。

何処かが違う、

何か変だと思いながら

ずるずると引きずってきた私の心を

やっと切り捨てることが出来そうだ。

今まで何度もやろうとしてやれなかったこと、

私にとって最大の悲しみに繋がると思うと

思い切れなかった。

やっと・・という感じがする。

これでよかった。

本当に良かった。

人との別れはお互いのものが

バランスをとれたときに訪れると言う。

私の場合もきっとそうなのだろう。

色々な意味で今がその最後のチャンスだったのだと思う。

今日からの私はまた新しい私となって

明るく前を向いて歩いていこう。

もう泣かないし

落ち込まないし、

後ろを見ないように・・・

私って案外強い人なのかもしれない。


2006年04月14日(金) 深刻に

性格的に一途な私は

何事も真正面から捉え

真面目に考える癖がある。

良い時には良いが

あまりにも深刻に考えすぎる傾向がある。

先日もある人から言われたことで

相当落ち込んだ。

生まれて以来親からも夫からも言われたことのない暴言、

「バカヤロウ」という言葉を言われた時、

私はが〜んとなった。

意味が分からなかった。

何故そんな言葉を言われるのか?

でも、相手にそんな言葉を言わせた原因が

私にあったのだろうと思った。

一晩考えてみた。

人と諍いをするのは嫌だ。

もし何か意見が食い違っても

話し合えば分かり合えると思っていた。

だから今回のことも私が謝れば良いと思ったのだ。

「あなたをあんなに怒らせた私が悪かった、ごめん」と言った。

そうすると相手は

「また深刻に考えている」と一笑した。

私が言われたことや事態を深刻に考えすぎていたのだろうか・・・

でも、あの時点では相手の怒りは大きかったように思う。

そしてそのことを真摯に受け止めて

私自身の至らなさを反省もしたのだ。

そんなものなのかな・・

じゃあ、これからは

何事も真面目に受け止めるのはやめたほうが良いのかな?

正直、何かよく分からない・・


2006年04月13日(木) 十七歳


今日は一人娘の17歳の誕生日だ。

17歳といえば青春真っ只中で多感な年、

ボーイフレンドの一人や二人居てもおかしくない年頃、

何をしていても楽しく

昔の人が言うように

「箸が転んでも可笑しい年頃」だ。

でも、娘を見ているとまるで子どもだ。

親は毎日見ているから娘の成長が分からないのだろうか?

たまに会う人には

「随分お姉さんになって見違えた」などと言われる。

体格は私よりも良く背も体重も越してしまった。

その割には精神的にはまだまだ甘えている所が多い。

後二年したら大学生になり親元を離れるのだから

今のうちに少しずつ自分で何でもできるようにしてもらいたいのに

娘ときたら何にもしないし

親にしてもらうことばかり。

母親の私の育て方が悪かったのだと自己反省の毎日だ。

私が17歳の時には好きな人も居たし

親には内緒で学校の帰りにデートもしていた。

高校生活そのものには魅力はなかったけれど

それなりにエンジョイしていたように思う。

毎日のお弁当も自分で作り持って行っていた。

親には何もさせなかったように思う。

でも、あの頃とは時代も違うし娘と私とでは性格も違う。

やはり娘には娘の良い所があるし私には叶わない点もいろいろとある。

これから娘がどういう風になっていくのか楽しみだ。

親が思っている以上に

本人はしっかりとした考えも持ち

将来の道についても自分の中では決めているのかもしれない。

とにかく今日はおめでとう。

夜は娘の好物とケーキでお祝いをしよう。


2006年04月12日(水) 期待はいつも・・・

人生に期待はつきものだ。

きっと何かいいことがあるぞと期待して待つときって

ちょと幸せ気分を味わうことが出来る。

でも、過大な期待はそれが叶わなかった時

それだけ失望も大きいものになる。

だから過大な期待をしないようにしようと思う。

今月の末にフジ子・ヘミングのコンサートがある。

友人を誘った。

元々音楽が好きで自分でもピアノを弾く人だから

きっと行くという返事がもらえると思っていた。

でも、去年チケットを先行予約するときに

「行く?」と聞いてみたら

「行けないと思う」と返事をもらった。

だから半分諦めてはいたがチケットを友人の分まで買っていた。

あれから三ヶ月が過ぎた先月の末に

友人に「やはり行けないかな?」と聞いてみた。

そうしたら意外にも「いつだった?何時から?」という返事。

私は「行けるのなら一緒に聴きに行こう」と誘った。

友人は「期待はしないでね」と言ったので私も「分かってる」と答えておいた。

その友人から昨日「やはり行けなくなった」と連絡が入った。

もし断られても気落ちしないようにしたいと思っていたけれど、

やはりしょんぼり・・気分になった。

考えても仕方ない。

期待しないでねと言われていたのだから。

私がいけないのだ。

期待は必ず裏切られるという私の経験から

過大な期待をせずにその日が来るのを待とうと思っていたのに・・・

ああ〜バカな私。


2006年04月11日(火) 不安

不安は自信のなさから生まれるのだろう。

自分自身が考えたことや

やってきたことに自信を持っていたら

未来に何が起きても

納得済みのことであり

不安や焦りはおぼえないと思う。

勉強でも同じだ。

試験勉強や日頃の勉強をしていないと

いざと云うときに不安になる。

でも、やるだけやったという思いがあれば

結果がどうであれ不安な気持ちにはならないと思う。

上がることと不安は違う。

どんなに一生懸命にやっていても

その場に直面した時

上がって心臓がドキドキすることがある。

どんなに経験を積んでいても

上がることを避けることは難しい。

でも、一度上がったとしても

日頃やっていたら

次第に落ち着いてくる。

上がるのは一瞬のことで

段々と普段の自分を取り戻すことは出来る。

娘が昨日と今日実力テストだ。

今朝の娘は不安でいっぱいな感じがしている。

娘に言いたいけれど

今更言っても仕方ない。

勉強でも何でも早めにきちんとしていた私とは

全く違う娘に

私の気持ちを押し付けてもどうにもならない。

せめて、朝ごはんをきちんと食べて

今日の試験に取り組んでほしいと思う。


2006年04月10日(月) また来年の春も・・・

昨日は姉の運転で

母と親せきの叔母との四人で

ちょっと足を延ばして玉川ダムの桜を見に行った。

途中の道沿いの桜も山に所々咲いている山桜も

皆本当に美しかった。

満開の桜を見ながら走ること30分。

朝早くに行ったのに駐車場もないくらい人出が多かった。

皆思うことは同じなのだ。

ダムの岸に沿って咲いている桜は

前に来たときと同じように綺麗で私たちを楽しませてくれた。

本当ならダムの上にたくさんの鯉のぼりが泳いでいるはずだったが

昨日はダムが満水で鯉のぼりを泳がすことが出来ていなかった。

ダムに吹く風は思ったよりも冷たく

春支度をしていったので風邪を引きそうだった。

お弁当を広げ桜を眺めながら過ごした数時間は

母たちにとっては思い出深いものになったようだ。

年を取ると、

来年の桜を見ることが出来るだろうか?という気持ちになるらしい。

母たちもそんなことを言っていた。

帰りに来年の花見のことを話していたから

きっと来年も元気で見ることが出来ると思う。

叔母も母も元気で居て欲しい。


2006年04月09日(日) モーツァルトを聴きながら

何故今まで私はショパンに拘っていたのだろう。

ショパンの曲が大好きで

家でも車の中でも

また歩きながらもいつもショパンの曲ばかり聴いていた。

でも、今朝歩く時に

モーツァルトを聴きながら歩くと

何だか心が軽くなり

生きていることがとてもステキに思え

空を飛ぶ鳥たちや

池に浮かぶ白鷺や

道端に咲いている小さなスミレたちに

とても愛しさを覚えた。

モーツァルトの音楽はとても不思議な音楽だ。

モーツァルトを牛に聞かせると

ミルクの出がよくなると言う。

花に聞かせるとそれまで咲かなかった花が咲くと言う。

少し痴呆症になった人に聞かせると

表情が豊かになると言う。

美味しいお酒も出来ると言う。

嬉しいときには喜びを数倍にしてくれるし

悲しい時はその悲しみを癒してくれる。

今精神療法の一つとして

モーツァルトを取り入れている病院が多い。

今年はそのモーツァルトの生誕250年だそうな。

世界中でモーツァルトが聴かれるだろう。

可愛いし軽やかで音色がとても美しい。

しばらくモーツァルトの世界に入ってしまいそうな気がする。


2006年04月08日(土) 信頼

信頼されるということは

とても嬉しいけれど

信頼を裏切らないようにとか

信頼にこたえるためにとか

責任のいることだなと思う。

そしてその責任をきちんと認識しないといけない。

昨日、病気で苦しんでいる知人に久しぶりに電話をしてみた。

「お変わりないですか?」と聞いたら

「あれから何度も入退院の繰り返しをしていて、

1月の末にやっと退院した。」という返事。

私はずっと気にはなっていたのだが

父のことで忙しくお見舞いにも二回しか行けなかった。

今は自律神経失調症で苦しんでいるとのこと。

この病気は端から見たのでは分からない。

本人しかわからない辛さがある。

私が核酸を飲み始めて体調も回復が早くなったと知人に話した。

そうしたらご自分も飲みたいと言ってくれた。

セミナーに参加して話を聞いてみてほしかったけれど

体調もよくないからそれは無理だ。

どうしようと思っていたら

「○○さん(私の名前)がそういうのだから

間違いはないと思う。

セミナーには参加しなくてもいいから

今すぐにでも飲む」とのこと。

私の話を信じてくれたこと

私を信頼してくれたことがとても嬉しかった。

だから昨日早速契約して飲むことになった。

これも皆私という人柄を信頼してくれたからだ。

信頼を裏切らない結果が出れば良いな。

でも、きっと体調が良くなると思っている。

私自身がそう確信しているのだから。


2006年04月07日(金) 笑顔に会えた

昨日はメル友さんが遠い所から二人来てくれて

誠さんに会いに行くことが出来た。

姉の運転する車で走ること50分。

右手には穏やかな海を

左手には

今まさに満開の桜と菜の花を見ながら走ることが出来た。

誠さんはあの笑顔で私たちを迎えてくれた。

冬には一時体調を崩されたと聞いていたから心配していたけれど

昨日久しぶりにお会いした誠さんは

とても顔色もよくお元気そうだった。

そしていつもの通り

車椅子に乗り店先で色紙に言葉を書いておられた。

誠さんの笑顔を見ると元気をもらえる。

どんな辛いことでも乗り越えれる勇気をもらえる。

話の途中でハーモニカを吹いてくれた。

曲は「故郷」と「なだそうそう」

どちらも心に染み入るとても素晴らしい演奏だった。

感動した。

息子さんが焼きたてのコッペパンと食パンとオレンジジュースを

ご馳走してくれた。

まことやさんのパンが何故こんなに美味しいのか?

それは添加物が一切入ってなくて

真心がこもっているからだと思う。

二時間があっという間に過ぎた。

皆で写真を撮り

名残惜しいけれどさようならを言った。

また誠さんの笑顔に会いに行きたいと心から思っている。

「誠さん、本当に有難う」

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

誠さんからいただいた詩集第11集を

私のブログ「思うままに」に昨日から載せたので

良かったら読んでみてください。

そして心に思うことがあればコメントをお願いします。


2006年04月06日(木) こんな天気の良い日には・・

このところ雨が多かったけれど

今日は朝からとても良いお天気になってよかった。

道後の桜も今日が満開みたい。

雨にも散らずまだまだ楽しませてくれる。

花見日和だ。

仙台と兵庫から来てくれるメル友さんたちを

迎えるには最良の日になりそうだ。

飛行機も揺れずに飛んでくれるだろう。

車で走ってもきっと気持ちが良いだろう。

私は旅をすることがない。

旅は好きだけれど時間も心の余裕もないから無理。

家事を放り出して旅に出ることが出来ない性分だから

このまま何所へも行けずに終わるかも?

来月、娘の修学旅行がある。

三泊四日だから、少しは自由な時間が出来る。

本当は一泊か日帰り旅行がしたい。

近くで良いのだ。

父のことや家事を忘れて過ごす時間が欲しい。

でも、父の点滴が続いているから

多分来月も今と同じ状態だろう。

私のささやかな望みも叶えられることはないだろう。

愚痴っても仕方ない。

今の私には何が大事なことか・・

今は父のことだから。

気分転換をはかることは必要だけど

今のままなら何所へ行っても父のことを心配するに違いない。

いつか・・

そういつか・・

私が自由に旅に出ることが出来る日が来るはず。

その時まで待つしかない。

今日はメル友さんたちと楽しい時間を過ごそうと思っている。


2006年04月05日(水) 嘔吐下痢

娘の風邪は結局「嘔吐下痢」だった。

昨日も一旦下がっていた熱がまた上がり

今度はかかりつけの近くの病院へ行ってみてもらった。

風邪の症状とは違っているし

吐き気と下痢があったということで

嘔吐下痢症ということになった。

吐き気止めと整腸剤をもらって帰ったが

あまり調子は良くない。

この嘔吐下痢には色んな思い出がある。

娘が小さい頃はこの病気によくかかったものだ。

幼稚園で他の子からもらって帰ることが多かった。

夜、私のベッドで一緒に寝ていた時

突然、本当に何の前触れもなく

まるで噴水のように

食べたものを吐いて

シーツもパジャマも皆汚物まみれになった。

夜中に娘を起こし着替えさせ

その後洗濯機で汚れ物を洗い、

新しいシーツに取り替えて寝る時間もなかった。

下痢のためにトイレが間に合わなくて

下着も何度も取り替えた。

こんな思い出は思い出したくもないのに

今度のことで思い出された。

幸い今回の娘の嘔吐下痢は軽く

シーツやパジャマを汚すようなことはなかった。

でも、吐いたり下痢をするって体力を消耗する。

娘も相当しんどそうだ。

7日の新学期は元気で登校できないかもしれない。

健康の有り難さをしみじみ感じる。


2006年04月04日(火) 頑張ろう

正直疲れた。

今の私の倦怠感はこのところの疲労から来ているのだろうと思う。

父の点滴には休みがない。

先月の初めから毎日続いている。

父はこの点滴のお陰で少しは食べれるようになった。

母も姉も喜んでいる。

勿論父自身が一番嬉しいと思う。

私も嬉しい。

私が出来ることはしてあげたいと思う。

私が今父にしていることなど

私が親にしてもらったことの何分の一にもならない。

もっともっとしても及ばない。

だから、私は頑張れるのだと思う。

でも、年を取ってきて疲れがたまるようになってきた。

出来たら一日何もしなくて良い日があればどんなにいいだろう。

父の点滴が一日おきになっても大分違う。

でも、姉は毎日行かないといけないと言った。

姉は他人事のように言う。

私が両親の近くに住んでいるから

それは当たり前のことではあるが

一昨日の娘の救急病院以来正直疲れている私には

毎日、父を点滴に連れて行くのが辛くなってきた。

しばらくしたらまた何ともなくなるはず。

弱音を吐かず、

愚痴をこぼさず、

頑張らないと!

私の少し弱ったこころに気合を入れて今日も頑張ろう。


2006年04月03日(月) 救急病院

昨日、いつものとおり

午前中父を点滴に連れて行き

待っている時に娘から携帯へ電話が入った。

一昨日の夜寝るときにしんどいとは言っていたが

大したことはないのだろうと思ってそのままにしておいた。

昨日、私が父の病院に行っている間に吐いたらしい。

熱も37・5℃あり死にそうだと言って来た。

父を放っておくわけには行かないので

父の点滴を終えて直ぐに帰宅し

娘を救急病院へ連れて行った。

病院って何でこんなに混んでいるのだろう?

熱があったり弱っている患者がたくさん来ている。

皆しんどそうな顔をしてマスクをかけている。

そういう状況の人たちが長い間待たされる。

私たちも2時間待ってやっと診察、

血液検査や尿検査をしてその後点滴をしてもらって

帰宅したらもう夕方になっていた。

幸い娘は風邪をこじらせただけのことで

三日間位で治るみたいで安心した。

重病の人たちにとっては

待つ時間って相当の苦痛なはずだ。

もう少し何とかならないものか・・・

でも、考えようによったら

日曜日に診察してもらえる病院があるだけでも有り難い。

そう思えば待つ時間の長さは仕方ないのかもしれない。

私は昼も食べる暇もなく父と娘の付き添いで疲れてしまった。

健康の有り難さをしみじみ感じる。


2006年04月02日(日) 本当の愛に生きる

本当の愛って何だろう。

自分が心から愛する人と愛を貫くことが出来たら

どんなに幸せだろう。

ある本を読んでいてつくづく思ったことがある。

それは結婚していてもどんな状況の中でも

自分の心に素直に生きた人の話だ。

彼女のように、

家族を捨て自分が愛する人の元へ行き

自分の心に素直に生きることが出来る人が

羨ましい気がする。

私には到底不可能な話しだ。

もし、私に今心から愛する人が現れたとしても

私は夫や娘を捨ててその人の元へ走ることは出来ない。

人生は長くても80年ほどだ。

成人して自己責任において行動をするようになって

私にも色々なことがあった。

結婚する前は自分のことしか見えなかった。

何をしても何が起きても

それは私自身だけの問題だと思っていた。

両親や兄弟のことを思えば

きっと出来なかったことさえしてきた。

それは私の我儘であり自分勝手な行動であったと思う。

その時には分からなかった。

でも、私の周りで起きる人間関係の中で

改めて考えてみると

私は自由気ままには生きることが出来ないと気付いた。

私には両親を看取り娘を成人させる責任がある。

それが済んだとしても人の道を外すことは出来ない。

心の中では思うように生きたいと願っていても

それは無理な話だ。

自分に出来ないからこそ

実行している人を羨ましいと感じるのだろうか?

人にはしてはいけないことをしたいと思う気持ちが存在する。

それをするかしないかはその人の倫理観の違いで決る。

今の私は倫理が優先しているから

たとえどんな状態になっても自分勝手なまねは出来ない。

でも、今の私が本当の愛に生きているかどうかは疑問だ。

そしてこれは死ぬ時になって結論が出るような気がする。


2006年04月01日(土) 一人旅に

今日からしばらく一人旅に出ることにした。

ずっと前から思っていたが

父の点滴もあり、また家のことも気になって

なかなか実行することが出来なかった。

でも、思い切って行ってみることにしたのだ。

夫と娘にはどうにかしてもらおう。

父のことは当分姉に任そう。

私のための時間も欲しい。

季節も良いし、ぶらっと温泉も良いな。

一人旅って淋しいかもしれないけれど

同行している人に気を遣うことをしないでいいから楽かもしれない。

今はまだ寒いから南の方へ行きたい。

沖縄へ行ったことがないから行くことにした。

飛行機に乗るのが苦手だから船旅だ。

船旅も風情がある。

本当は世界一周の旅を船でしてみたい。

夜になるとダンスパーティーが始まり

着飾った人たちの華やかな世界がおとずれる。

誰かと知り合って恋に落ちるかもしれない。

なんてバカなことを思ったりする。

夫や娘や父や母のことを忘れて思いっきりはめを外そう。

一生の思い出になるかもしれない。

チケットは手に入った。

今晩の船で出よう。

このHPもしばらく休んで、体も心もリフレッシュしてこよう。

私の人生の再スタートを切る良い機会になるような気がする。

残された私の人生をハッピーなものにするための私の船出だ。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
ごめんなさい。

今日は四月一日「エイプリルフール」、私の他愛も無いウソでした(笑)


スカーレット