スカーレットの心のつぶやき
つぶやき 目次|過去|未来
人は自分が求めているものが手に入らないと、
周囲の人を恨み始める。
信頼関係がなりたっていないと、素直に自分を出せない。
母親との信頼関係が薄い子供は、
自分がしたことについて、
いつも母親からの良い評価を求めようとする。
母親からいつも何かやさしくしてもらっていないと不安になる。
本当に母親の愛情を受けて育った子供は、
たとえ親に怒られようとも、
自分の気持を素直に表すことができる。
そこで親子の間に喧嘩が始まるかもしれないが、
信頼関係がきちんと出来ている親子の間では、
喧嘩してもすぐに仲良く、また元のようになれると思う。
信頼関係がないと素直にもなれないし、
我儘も言えない子どもになる。、
自分をありのまま受け入れてくれているという安心感があれば、
子供の心はいつも安定していて、
その安心感や安定から生きる意欲が湧いてくる。
これは子供だけではなく、
男女関係でも同じだ。
男性は自分が自身の母親以上に愛されたとき、
初めて生きる活力を見出すことが出来る。
何かを生み出す力は、
全て自分を受け入れてくれるという
信頼関係の中から作られるのではないだろうか?
自分が無理をしないで、自然体で生きていても、
それを許してくれる人が居れば、
その人はきっと強く生きていけるのだと思う。
言葉は言霊と言われるように、
何気ない言葉の中には、
言った人の魂が宿っているように思う。
やさしい言葉には、
受け取る人の心に愛の花を咲かせる力がある。
私は絵手紙を描きながら、
いつも絵そのものよりも、
添えられた言葉がとても大切に思えて仕方がない。
添えられた言葉に力をもらう時がある。
生きる勇気や元気をもらう時がある。
悲しみも喜びも全て包んでくれる
やさしい言葉に出会ったとき、
私の心は浄化され癒され慰められる。
トラブルは突然降ってきたようにして起きることが多い。
でも、トラブルが起きる時には、
その前に何となく気になることがある。
だから、やっぱりという気持ちになることもあるのだ。
勿論、突然何の前触れもなく起きることもあるが、
多くは自分自身にも原因がある。
トラブルを未然に、また少なく抑えるためには、
何か起きそうな気がしたときに、
言葉で対処することが必要だ。
何となく気になったときには、すぐに行動しよう。
言葉で相手に伝えよう。
自分が相手に何か失礼をしたと気づいたときには、
素直に感じたままを伝えれば良いのだ。
後で言おうとか、まあこのままにしておこうとか思わずに、
直ぐに自分の気持を伝えておけば、
たとえ、相手が不快に思っていることでも、
心を伝えておくことによって、
少しは緩和するかもしれない。
そして、相手側から苦情を言われる前にいうことが大切だ。
自ら気づいたときの謝罪の方が、好意的に受け取られる。
分かっていて逃げるのはやめたいものだ。
これこそがトラブルの原因になることは確かなのだから。
自分が気になったら、やさしい言葉をかけることがとても大切だと思う。
2004年04月28日(水) |
本当の人の値打ちって? |
人の値打ちは何で決るのだろう?
頭が良いから?
顔が良いから?
仕事が良いから?
お金持ちだから?
運動が抜群だから?
絵が上手いから?
歌が上手だから?
ピアノが上手いから?
勿論、これら一つ一つを取り上げれば
優れていることには違いない。
でも、これが全てではない。
本当の人の値打ちは、その人が挫折した時に、
いかに、立ち直ることができるかで決るのではないだろうか?
とことん打ちのめされても、
それを踏み台にして立って歩ける人、
どんなに悲しいことに出会ったときでも、
悲観的にならずに、前向きに生きていける人、
病気になった時でも心だけは元気で居られる人、
人生を諦めず、
自暴自棄にならずに前を向いて歩ける人、
そういう人こそ本当に素晴らしい人に思える。
私は恥ずかしいが、とても投げやりな人生を送ってきた。
ちょっと嫌なことがあると、
すぐに諦めたり逃げたりしてきた。
小さい頃から甘やかされて育ったから、
忍耐する力が養われていなかったように思う。
辛抱する力のない私は、
人生を生きる意味さえ分からず、
今の辛い立場から逃げ出したいという卑怯な生き方をしてきた。
本当に恥ずかしい生き方だった。
私の人として大事な値打ちなんてなかったのだ。
自分自身のことしか考えない、エゴイストだったように思う。
人生を諦めないで、
辛いことや苦しいことから逃げないで、
地に根を下ろしてしっかりと前を向いて歩ける人になりたいと思う。
過ちは誰にでもある。
故意でないものなら、その過失を許すのが本当なのだろう。
相手の心を考えた時、
もしも、私が反対の立場だったら?と思うと、
許されることがいかに嬉しいものかがよく分かるはずだ。
でも、たとえ、何か起きたことが過失によるものであったとしても、
起こした者は相手に対して謝罪する気持ちは大事だと思う。
故意でないから・・・謝らなくても良い・・・というのは変だ。
故意であるか否かに関わらず、
自分がしたことが、相手に迷惑をかけることなら、
即、謝罪すべきものだと思う。
許すことは一番大事なことであると分かっていても、
起こした当事者に謝罪の気持ちがないと知った時、
果たして許すことは可能なのだろうか?
許せない者は心が狭く、
批難される立場になっても、仕方ないと思うべきなのだろうか?
私は神様ではない。
最後には許すであろうことが分かっていても、
相手に謝る気持ちが見えないときには、
心から許す気持ちになれないこともある。
故意でないことだから、
相手を咎めずに許すことができれば
私も相当寛大な心の持ち主なのだが・・・
立場を置き換えてみて、
私が起こす可能性もあるのだから、
今回は黙って許すべきことだったのかもしれない。
でも、なかなか寛大な心を持てない私は
つい、腹を立ててしまった。
そして、相手を責める気持ちにもなってしまった。
やはり、私は黙って「いいよ」と言うべきだったのかもしれない。
歌の文句じゃないけれど、
「笑って許して!」なのかな?
娘が修学旅行に出かけて昨晩で3日目の夜を迎えた。
昼間は夫は仕事、私は友人や母と出かけていたので
家に居る時間も少なくて、
娘の居ない淋しさも全くと言っていいほど感じなかった。
でも、さすが、夜になると、
いつも色んなことを賑やかに話す娘が居ないと淋しい気がした。
夫とはあまり弾んだ会話をするわけでもなく、
そうかと言って喧嘩をしているのでもなく、
只、夕食を一緒に食べることくらいしかすることがなかった。
食事を済ませると、お互いに自分の部屋に入り、
好きなことをして時間を過ごした。
私は借りてきたDVDを続けて見ていたので、
時間の経つのも忘れるほどだった。
娘は今晩帰宅する。
楽しかったお土産話をしてくれるに違いない。
またいつもの賑やかで時にはうるさく感じる日々が戻ってくる。
本当に短い3日間だったけれど、
将来近いうちに訪れる、
夫との二人だけの生活を少し垣間見た気がした。
正直、不安である。
こんな日々が続くときっと私はたまらないのではないだろうか?
静かな生活ではあるけれど、
たまには二人で思い切り笑うこともしたい気がする。
夫の性格を考えると、
私の望んでいる夫との楽しい生活は望めそうもない。
それならそれでいい。
今から、私は夫との静かな生活を
いかに楽しいものにするかを考えていなければいけないと思う。
定年を迎え、子供達も巣立ち、
夫婦二人の暮らしをしている人たちは
一体どんな生活を送っているのだろうか?
やはり、この3日間と同じように、
静かな生活を送っているのだろうか・・・
私は白い色の花が大好きだ。
どんな花でも白い色の花に惹かれる。
庭には私の好きなすずらんや、コスミレ、ベコニアが咲いている。
今日はハナミズキ通りを走った。
道の両端に、ハナミズキの花が満開だった。
ピンクのハナミズキも綺麗だけれど、
やはり真っ白なハナミズキが良い。
空を見上げるように咲いているハナミズキは、
コブシの花と同じように、
ひらひらとまるで躍っているかのように、
心を楽しませてくれる。
花屋の店先で、白いカーネーションを見つけた。
もう直ぐ母の日だが、
何故この白色のカーネーションは
母を亡くした子供が買うのだろう?
私の母も白い花が大好きだから、
母は自分のお葬式には、
白い花を飾ってほしいと言ったことがある。
それも、菊ではなく、
ユリ、カサブランカが良いと言っていた。
私も同じように思うが、
母にこの話を聞いたときは、
何か淋しい気持ちがした。
白色は清楚でつましい感じがするが、
また淋しい感じがするのも確かだ。
だからお葬式には白色の花が使われるのだろうか?
白という色は無垢を表している。
花嫁衣裳も白色だ。
白色のブーケを持ったウエディング姿の花嫁は本当に美しい。
花は白。
心も真っ白。
この白い心を何色にするのもその人それぞれだ。
私の心もいつまでも白くありたい。
白い花を愛する心をいつまでも忘れたくないと思う。
私はいつも今のこのことが一生続くと思ってしまうところがある。
それが良いことでも悪いことでも同じだ。
悪いことの時は本当に悲劇で、
こんなことが一生続くのなら
死んだほうが良いなんて思ってしまう。
反対に、嬉しいことや幸せなことは永遠に続いて欲しい、
そして、続くものだと思い込むので
それが消えるということが信じられなくて
消えるということは最大の不幸だと思ってしまう。
でも、何でも終わりはくるのだなあ・・・
永遠を望むことの方が変なのかもしれない。
人の心は変わる。
信じたくない事実だ。
人を愛し愛される心もいつかは変化し
消える可能性もあるということだ。
悲しいけれど、物事は終わりがあるから良いのかもしれない。
永遠は不滅と同じで
その人の気持の中で希望していることに過ぎないのだろう。
永遠なんて嘘、
人は生まれてきたときから
死に向かって歩いている。
創造と破壊は裏表だ。
私の思いが通じることを神様に祈りながら
小さな小さな幸せを見つけることが必要だ。
永遠を信じることをやめよう。
何にでも終わりはあるのだから。
今日の夜、娘が中学の修学旅行に出る。
この一週間準備で大変だった。
夕べも午後10時過ぎまで最後のチェックをしていた娘。
今晩は船で泊まり後の2泊はホテルでの3泊4日の旅である。
行き先は京阪神方面。
明日は奈良、明後日は京都、最後は大阪である。
奈良は娘が小さい頃に一度訪れたことがあるし、
京都も行ったことがある。
でも、友人との旅行は家族とは違った楽しさがあるだろう。
京都は自分たちが計画した所をタクシーで回るみたいだが、
良い勉強になると思う。
大阪はUSJへ行くことになっている。
友人達はすでに行ったことがある子が多いそうだ。
娘は初めて行くので楽しみにしているみたい。
私は小学校から高校まで一度も修学旅行の経験がない。
心臓が悪いという理由で行かせてもらえなかった。
今ならこれは差別だと問題になるところかもしれない。
友人と一緒に寝起きしたことがない私は、
頭の中で想像するだけでもウキウキしてくる。
どうか、娘が無事に楽しい思い出をお土産にして
帰ってくることを祈りたい。
娘の居ない3日間は、正直ほっとできる日になるかもしれない。
絵手紙を思う存分描くのも良い。
友人とおしゃべりするのも良い。
どこかへ一人でぶらっと行くのも良い。
それとも壁にぶつかっているヴァイオリンの練習をするのも良いな。
でも、やはりいつも居る娘がいないのはきっと淋しいだろう。
お天気が良くて良い思い出をいっぱい作って来て欲しいと心から願っている。
2004年04月22日(木) |
気のすすまないときは |
娘が修学旅行で居ない間、
いつもと比べて自由な時間が多くなるので
どこかへ出かけようかと思っていた。
母と日帰り旅行にでも行こうかとも考えた。
昨日喧嘩した母とも今日はもう仲直りしている。
親子ってこんなものなのだろう・・
どちらも何もなかったように
いつもと同じ感じで話すことが出来る。
そんな母と二人で出かけてみたいと思っていたが、
最近は何か毎日がバタバタと忙しくしていたせいか
何となくしんどさを感じる。
不整脈もまだ治っていないし、
今日のようにまるで初夏を感じる日が続くと
暑さに弱い私はたちまちしんどくなってしまう。
何があってもやりたいとか
行きたいとか思うときは
私は是非実行すべきだと思う。
でも、迷いがあるときや
気の進まないときの行動は
やめたほうが良いような気がする。
若いころは少々の迷いや躊躇いなど
全く気にしないで行うことが出来ていたのに・・
やはり、年を取ったのだろうか?
気持ちだけは若くいるつもりではあるけれど
実際の体は年齢に比例していっているのだろう。
気の進まないときはやめたほうが良いと
私の親友も言ってくれた。
そんな親友とまたおしゃべりをして
時間を過ごすのが良いと思っている。
私は彼女と一緒に居て馬鹿話でも何でも良いから
話が出来ることにとても幸せを感じる。
やはり自分がしたいことをするのが一番良いのだと思う。
気の進まないことはしないに限る。
本当に久しぶりに母と喧嘩をしてしまった。
母とは一卵性双生児のようだと言われるほど仲の良い親子だ。
だからこそ、余計に自分を見ているような時があるのかもしれない。
母は「良かれ」と思って色々なことを私に言う。
私が娘のためと思って言うことに、
娘が時々腹を立てるように。
今日は母の言うことに腹が立ってきて
つい大きな声で反論してしまった。
原因は何でもないことだった。
こんな私でも私自身の考えがある。
人生50年生きてきた私が自分でこうだと思ったことに対して
母には端から口を挟んでほしくないこともある。
そして、それが私の家のことだったから
余計に要らぬおせっかいをやいてほしくなかった。
母は私のためだと言うが、
それは結局、母の思う通りにさせようと思っているのだと思う。
人は皆色々な考え方がある。
だからこそ面白いのだと思う。
でも、この考え方の相違によって
争いごとが起きるのも事実だ。
悲しいことだけれど、
人が生きていく上においては仕方ないことなのかもしれない。
母と喧嘩した日は一日気まずい思いをしなければいけなくなる。
これが嫌だ。
明日はきっと何もなかったように
母と話すことが出来るようになると良いのだが・・・
2004年04月20日(火) |
人のためにできること |
人の人生において、一番最後にできれば良いことは
何かひとのためにすること、
つまりボランティアだそうだ。
勿論、人がみんなできることではない。
私自身がそうであるように、
体に何か障害を持っていたり、
病気を持っている人にとっては
自分が人の手を借りずに自分のことが出来ることが素晴らしい。
私は、娘が幼稚園に上がって以来今まで、
PTAや地区の役員を辞退してきた。
辞退というよりも免除してもらっていたというほうが正しい。
引き受ければやれるとは思ったけれど、
医者にあまり無理をしないようにと言われてもいたし、
もしも、引き受けても途中で何かあって、
やめなければならなくなった時は
かえって、迷惑をかけると思って免除してもらっていた。
私は身障者ではあるけれど、
日常生活は出来ているし
そのほかのことも出来ることは頑張っている。
今年は娘も中学三年生で最終学年になった。
そこで、今年が最初で最後の役をすることにした。
と言っても、PTA役員ではなく地区役である。
経験がないので何をどうしたら良いか何も分からない。
周りの人たちに聞いてアドバイスしてもらいながら
今年一年をつとめようと思う。
今日は初めてのPTAがある。
私もこれで少しだけ人のために働くことが出来る気がする。
2004年04月19日(月) |
立山アルペンルート開通 |
今朝、テレビで立山アルペンルートが全面開通したことを知った。
室堂と言えば、本当に一生の思い出に残っている場所である。
昭和60年9月1日に、この室堂にある「ホテル立山」で
夫との結婚式を挙げた。
それもたった二人だけの結婚式だった。
あの日のことは今も鮮明に記憶の中に残っている。
9月だというのにまだ上は寒くて
夜はコタツが欲しかったし、
外はダウンジャケットが必要なくらいだった。
下はというと34度の気温で猛暑だったのを覚えている。
あの日は二度と戻っては来ないけれど、
あの時に二人で誓った「きっとまたここへ来ようね」の言葉を思い出す。
娘が生まれ、大きくなったら3人でもう一度訪れたいと思っていた。
でも、あらからもう20年近い日が経ってしまっている。
今朝のTVを夫と一緒に見ながら、
二人懐かしく思い出していた。
私は朝食を食べている夫に向かって言った。
「銀婚式に二人だけで行きたいね」と。
夫はいつものように何も返事をしなかったけれど
心の中では私と同じ気持ちであっただろうと思う。
本当に後6年したら夫とあのアルペンルートにもう一度行こう。
夢で終わらさないようにしたい。
2004年04月18日(日) |
自分の置かれた立場の中で |
花は自分が好むと好まないに関わらず、
種が落ちた所に根を下ろす。
そして、不平不満を言わず葉をつけ花を開く。
たとえ、その場所が日当たりが悪く
水はけも悪い環境の中でも
それなりに育っている。
人も、自分自身が置かれた環境、立場の中で
不平を言わず満足した生き方をしたいものだ。
私は先天性の心臓病を持って生まれた。
でも、そのことに悲観したこともないし
健康な人と羨ましいと思ったこともない。
負け惜しみではなく本当にそう思っている。
顔も美人ではない、
頭も特別良くない、
特別の才能もない、
住んでいる家も綺麗な家ではない。
また、生活水準も裕福だとは思わない。
でも、別にこのことについて
嫌だと思ったこともないし、
上を見ることもない。
何故か、これは昔からそうだった。
不満を言っても自分自身の心が辛くなるだけではないだろうか?
その人の心が満足し、
幸せと感じていれば
周りから見て「あの人は・・」と思われてもなんともない。
反対に周りから、羨ましがられるほどの生活をしていても
その人の心が幸せと感じていなければ
それは本当に不幸だ。
「幸せも不幸せも皆、その人の心が決める」ものだ。
自分の置かれた立場、環境の中で
精一杯生きることが一番の幸せに通じる道ではないかと思う。
2004年04月17日(土) |
あくせくしたくないな |
昔に比べると、大分心の余裕が出来たきたと思える私だけれど、
やはり今も時には焦りを感じたり
要らぬ気遣いをしている。
誤解は時に大きな後悔に結びつくのだなあ・・と思うことがあった。
家族だから、分かってくれるだろう?と思うのは間違いだと感じてはいたし
他のことでも失敗しながら勉強をしていた。
でも、やはり無理なこともあるみたい。
相手の気持なんて100%把握することなんてできない。
反対に私の気持を分かってもらうことも難しい。
ちょっとした言葉の行き違いや
ちょとした思いやりのない行動に
お互いが気まずい思いをすることがある。
ああ〜〜嫌だなあ・・・
あくせくしないで、のんびりとゆったりと過ごすことはできないのかな?
お天気も良い日には
家の中にばかり居ずに
外へ出かけてみよう。
きっと、家の中で思っていることが
馬鹿らしく感じるだろう。
そうして心に水をやることもできるはずだ。
気楽に生きたいと願っているけれど、
これも私自身の気持の持って行き方に関わっている。
今日は午後デジカメでも持ってどこかへ出かけてみよう。
誰にも一生忘れられない思い出があると思う。
それはきっと楽しいものに違いない。
私はいつも不思議に思うことがある。
それは、自分が立ち直れないくらい辛く悲しいことがあったことを
いつの日か忘れていることだ。
何故忘れることが出来るのだろう?
楽しかったことや、嬉しかった思い出は
時が経つにつれて、益々大きなものになってくるように思う。
でも、辛さや悲しみはその大きさが段々と減り
最後には何もなかったように零になることもあるのだ。
私が今まで生きてきた人生の中で、
一生忘れられない思い出は
やはりあの青春時代の思い出である。
初めて人を愛し愛された喜び、
人を想うことを始めて知った嬉しさ、
恋を覚えたころのあのワクワクした日々。
そんな懐かしい思い出が、
本当は辛く悲しいことの前兆であったにも関わらず
今は嫌なことを忘れている私が居る。
もう思い出そうとしても記憶の中で時間の経過さえ前後がどうだったか?
思い出すことができなくなっているのだ。
それに比べて楽しい胸が躍った思い出は
今も鮮明に私の記憶の中に存在している。
思い出とはそんなものなのだろう。
これからの私の生きる道に、
あの昔の思い出以上のものを見つけることは出来ないかもしれない。
でも、それでも良いと思う。
私には一生の宝物があるのだから。
「子は親の後姿を見て育つ」と言う言葉がある。
特に父親の後姿、背中は子にとって大きな意味のあるものらしい。
私は、朝起きて直ぐに鏡を見る。
そして、今日も良い一日になるようにとの願いを込めて
にっこりと笑ってみるのが習慣になっている。
また、顔を洗うとき、化粧をするとき、
出かけるとき・・・
気がつけば鏡を覗いている私が居る。
でも、自分の後姿を見ることは殆どと言ってないように思う。
合わせ鏡を使えば後ろ姿を見ることはできる。
美容院へ行き、仕上がると小さな鏡を持って後ろの出来具合を見る。
これと同じように自分でも見ようと思えば見えるのだ。
でも、本当にめったに見ていない気がする。
考えてみたら人には前と同じくらい後姿を見られている。
自分自身が気づかない歩くクセも人は見ているのかもしれない。
前ばかり綺麗にしても後ろに注意すべきなのだろう。
つまり後姿は自分のものであって自分だけのものではないのだ。
子に見せるためだけではなく、
自分自身の後ろ姿にもっと意識を向けるべきだ。
後ろ姿こそ一番大事な自分自身の姿なのかもしれない。
昨日は5時間半かけて今年のかまぼこ板の絵展に出す絵を描いた。
締め切りが20日だったので、内心焦っていた。
去年はラッキーなことに
私の描いた作品に赤い○がついた。
これが結構プレッシャーになっていて、
今年はどんな絵を描こうかと思い続けていた。
気持ちばかり焦っていても仕方ないので
昨日は思い切って姉の家に行き描いてきたのだ。
5時間半、絵に向かい描き続けたのは
正直しんどかったけれど、
好きなことをするのは楽しいものだ。
何でも自分自身が楽しんでできることって
一番大事なことではないだろうか?
勉強もそうに違いない。
学生時代にもっと勉強を楽しいものだと思ってしていたらと後悔している。
人生も同じことだと思う。
毎日を愚痴や不満を持って生きるのと、
平凡でも良い、
自分自身が満足して楽しいと感じて生活することができたら
それが一番だと思う。
同じことでも楽しいと感じるか否かは
その人本人の心にかかっている。
何にでも感謝の心で接していけば
きっと楽しい人生が送れるのだと思う。
楽しい時を過ごしたい。
2004年04月13日(火) |
今日は娘の15歳の誕生日 |
今日は私の一人娘の15歳の誕生日だ。
もうあの日から15年もたったのだなあ・・・・と感慨深い。
私は結婚も出産も考えたことはなかった。
幼い頃からの夢もなかったし、
平凡な幸せさえ望んだことさえ無かった私。
そんな私が夫と大恋愛の末結婚し、
医者や家族の反対を押し切って娘を産んだ。
命に代えても産みたいと思った私のことを今考えてみると、
なんて勝手な人間だろうと思う。
もしも、私が娘を産んだために亡くなっていたとしたら、
娘は自分が生まれてきたことに罪悪感を感じていたかもしれない。
自分のせいで母親が死んだと思い込み
その思い込みは一生の心の傷として
娘の人生の汚点として残っていたかもしれない。
私が無事に出産したことは、
私だけではなく家族皆の幸せなのだと思う。
娘が15歳になるまでのこの15年間、
今まで何度大きな喧嘩をしたことか。
そのたびに私が命に代えて産んだことを後悔したことさえある。
反抗期と分かっていても
つい、娘と同じレベルで喧嘩をしてしまうのだ。
母親としてもっとしっかりしなければいけないとつくづく思う。
娘も今年は高校受験生になる。
親からも自立し、自分自身の頭で考え、決め、行動しようとするだろう。
私は娘のことを心配するのではなく、
干渉するのではなく、
娘に生きている喜びを感じられるように
暖かく見守っていくことが大事なのだと思う。
娘に心からのおめでとうを言いたい。
「お誕生日☆;:*:;☆;:*:;☆“Congratulations”☆;:*:;☆;:*:;☆」
2004年04月12日(月) |
真面目に生きるのと満足して生きる違い |
私は自分で真面目な人だと思っている。
小さい頃からそうだった。
真面目が服を着て歩いているような、そんな人だった。
明日に残すことのないように今日中にしておく。
言われたことは勿論のこと、
言われないことも先にしておく。
勉強でも他のことでもそうだった。
母は私に何も言うべきことがなくて助かったと言っていた。
人生は真面目に生きるのが一番良いのだと信じていた。
50年間そう信じて生きてきたのだ。
でも、今思う。
真面目に生きることが良いとは限らないと。
真面目に生きるのではなくて
自分が満足して生きていくことの方が大事ではないかと。
自分自身が満足した生き方をするということは
物事を自分が考え、決定し、行動をすることである。
真面目に生きるとうことは
一見、満足している生き方に似ていると思えそうだが
実は、違っているように思う。
真面目な人はいつも義務感と共に生きていると思うから。
義務感を持つということは
嫌なことでもしなければならないということだ。
いくら、人に言われなくてもすると言っても
自分自身の気持ちに反することもするときがあると思う。
この積み重ねをしていると
結局は満足しないで、不満さえ心の中に
封じ込めた生き方をしてしまうような気がする。
だから、いつか爆発するかもしれないし
爆発しなければ、違った形で自分に跳ね返ってしまうのではないか?
真面目に生きる生き方ではなく、
自分自身が満足し、納得できる生き方をしたい。
残された人生を楽しく生きるためにも、
真面目な人生ではなく、
満足する生き方をいていこうと思う。
今日は朝から3時間あまりかかって衣替えをした。
季節が変わるたびに、この仕事をすることがあまり好きではない私。
生活も生き方もどちらもシンプルで居たいと思っている。
シンプルイズベストが私の姿勢でもある。
家の中が片付いていないとイライラする。
物が溢れているとたまらなく捨てたくなる。
着る服も飾りのないシンプルなものが好きだ。
色も黒、形も凝ってなくて単純なもの、
スカートも無地のものが好きだ。
たまには柄のスカートを穿くが落ち着かない気分になる。
とにかく、ごてごてしたものが嫌なのである。
人もそうだ。
裏表のある人は苦手だ。
表も裏もない人、
言った言葉に嘘のない人、
飾らない人、
見栄を張らず、そのままの人。
そういう人に心惹かれる。
人生もこうありたい。
ややこしいことのない人生、
人間関係でどろどろとしたものを感じない生き方。
そんな人生を送ることができたらどんなに良いだろう。
若いころは悩んで悩んで心を病むこともあった私が
最近は特にトラブルのない単純明快な人生に憧れるようになった。
これも年をとってきたためだろうか?
それとも私の生きてきたこの50年の間に
人の数倍もややこしいことを経験し
悩み苦しみ、死にたくなるほどの人生を歩んできたためだろうか?
残りの人生をシンプルに明るく楽しいものにしたいと心から願っている。
年を重ねるにつれて、人はずうずうしくなると言う。
若い頃には恥ずかしくて
言ったりしたりすることのできなかったことを
平気でするようになっていることがある。
私は昔からあまり人の思惑を気にしないで生きたいと思っていた。
でも、あの心の病気をした頃や
自分自身の命さえ捨てようと思っていた頃の私は
今思うと、やはり周りの人の気持や思惑に敏感になっていたのかもしれない。
私の娘は今思春期真っ只中の中学三年生。
周りが自分のことをいかに見ているか?がとても気になっているようだ。
時期的なものだといえばそれまでだが、
あまりにもそれが強すぎることがあり
母親としてちょっと心配になることがある。
自分に自信がないのだろうか?
否、そうではなくて、やはり年齢がそうさせているのだろう。
人のことなど気にしないで生活すれば
もっと楽になるだろうと思うのに・・
それができないで、いつも気にしているような感じがする。
こんな娘もこれから成長し、色々なことを体験して
勉強していくに違いない。
そして、いつか今の私のように振り返ってみて
あんなことがあったなあ・・と懐かしく思うときが来るのだろう。
でも、やはり母として娘に言いたい。
「人は人、あなたはあなた、周りがどうであれ、自分をしっかり持って
生きていって欲しい。」と。
昨日、ヴァイオリンのレッスンへ行く途中の土手で満開の桜を見た。
風が吹くとまるで花の妖精が踊っているかのように、
舞い落ちる桜を見ていて、ふと思った。
日本中に桜の種類ってどのくらいあるのだろう?
一年中桜の花を追って旅ができるのだろうか?と。
一番先に咲き始める沖縄のカンヒザクラ(寒緋桜)だそうだ。
花の色が濃く下向きに咲くのが特徴の花だ。
最後に見られる桜は北海道の東端、根室市の清隆寺に咲く千島桜。
5月の下旬に咲き始めると言う。
日本で一番多く見られるのは、ソメイヨシノ。
私はこのソメイヨシノが一番桜として華やかで潔い桜だと思う。
薄いピンク色をしたやや大き目の花が枝にびっしりつき
花が咲くと他の桜よりも華麗な感じがする。
一本の木にどのくらいの花がついているのか分からないけれど
もくもくと枝に咲き誇る桜を見ていると
本当に涙が出そうになる。
森山直太郎の「さくら」を口ずさんでいる私が居る。 ♪「さくら、さくら、今咲き誇る刹那に散り行くさだめと知って・・・」
「さくら、さくら、いざ舞い上がれ 永久にさんざめく光をあびて・・・」
ああ〜いつか桜を追って日本中を旅できたらどんなに良いだろう。
あの美しくもはかない桜の姿に心惹かれる。
まるで命そのものを象徴しているようだ。
桜・・もう満開を過ぎて散り始めている。
あの桜吹雪の中を学生時代に彼と手を繋いで歩いた思い出。
満開の桜の下でお弁当を広げて楽しい時間を過ごしていたあの頃。
桜と共に私も成長したのかもしれない。
今後はどんな桜見をする私なのだろう・・・
この数日HPの更新ができないと思い休んでいた。
朝起きるのがちょっとしんどくなっていたせいもある。
いつも気持ちを張り詰めすぎる私への神様からの休めという命令だったのかもしれない。
いつも見てくれる人たちには悪い気がしたけれど、思い気って休んで心の充電をした。
休むことの大切さをつくづく感じている。
休むことは決して悪いことではないのだと実感している。
今までの私の生き方は、いつも一生懸命に前を見て走っている生き方だった。
そして、そうしていないと何か不安でたまらなかった。
でも、これって何か変だと思った。
この一年間の私を振り返って、特にそう思えた。
情熱は確かに必要だし、とても素晴らしいものだと思うけれど
自分自身の立場を考えてみたとき、間違っていると感じたのだ。
人を想うことは確かに大事だし美しいと思う。
でも、それに夢中になりすぎて回りが見えなくなるこはいけないことだ。
気づいた私を自分で褒めてやった。
少しずつ真実を見つめて心をゆったりと持って生きたいと思う。
今年は娘の受験の年でもある。
私がゆったりと落ち着いて、娘の気持ちが少しでも楽になるような家庭を作ってやろうと思う。
これが私の母親としての一番の幸せではないだろうか?
平凡でも良いから小さな幸せを探していこうと思う。
この数日何かとてもしんどさを覚える。
一昨日は8時に、
昨夜は9時に床についた。
今朝は珍しく朝6時まで寝ていた。
なのに、何となく体がだるくてしんどいのだ。
先日の日、月の神戸行きの疲れが出てきているのだろう。
若い頃は疲れてても、
一晩寝れば疲れは取れていたように思う。
そして疲れが直ぐに表れていたように思う。
でも、最近は何かあっても数日経ってから
影響が出るようになった。
体の反応が遅くなってきたのだろう。
つまりは年のせいだ。
いくら、気持ちは若いつもりでも体力は衰えていることを
しみじみと感じる。
だから、無理はしてはいけないのだと思う。
季節は春、桜も咲き心もウキウキする季節だ。
お天気が良ければ明日はお花見にでも行こうかと思っている。
神戸へ一緒に行った両親を誘おうと思っているが
大丈夫だろうか?
やはり両親も私も自分自身の体を過信しないように
充分な休養を取り、労わることが必要なのだと思う。
明日の花見が無事に出来たらいいなあと思う。
今日は4月1日、「エイプリルフール」だ。
昔、私が子どもだった頃は友達同士で
今日は嘘をついても良いのよねと言いながら
お互いにたわいも無い嘘をついては面白がっていたのを思い出す。
いつの頃からかこんな可愛い嘘をつかなくなったのだろう?
大人になるということは、つまりはこんなことなのかもしれない。
たわいも無い嘘、罪のない嘘、
自分の周りの人たちを傷つけない、
ユーモアのある嘘。
こんな嘘をつける大人に魅力を感じる。
私の性格からすれば、嘘をつくのも真面目に考えてしまって、
面白味もないものになってしまいそうだ。
私は考えた。
じゃあ、嘘をつかない人になろうと。
周りに嘘をつかないというのではなくて、
自分自身の心に嘘をつかないようにしようと思ったのだ。
心のおもむくままに・・・
心を自由に泳がせてみたい。
心の中だけで恋をするのも良いだろう。
夢とは違う。
その心が叶わなくても良いのだ。
心の遊びかな?
こうしなければならないという呪縛から解放された
とても楽で自由な心。
これこそが私にとっての真実だと思える心。
自分の心のまま、素直に表現したい。
それが絵手紙であっても、ヘタなヴァイオリンの演奏であっても良い。
私だけにしかない、私らしいものがあればそれで良いと思う。
嘘をついても許される日に嘘のない心になりたいと願う私。
何となく滑稽な気もするが、
これもまた私の嘘のない素直な心なのだ。
朝こうして自分の心に向き合う時、
年齢に関係なくいつも私らしく居たいと思う。
罪のない嘘をつくのも良いけれど、
嘘のない心をありのまま出すこともとても大事だと思う。
スカーレット
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