スカーレットの心のつぶやき
つぶやき 目次過去未来


2002年12月29日(日) 今年を振り返って

今年も残す所後3日になりました。

私のHPは明日から3日までお正月休みに入りますので
ダイアリーも今日が今年最後になります。

この一年を振り返って考えていると、同じようなことで
悩んだり、怒ったり、泣いたり、喜んだりしたような
気がします。

ということは別段特別に変わったことがなかったということなので
これはとても嬉しいことだと思っています。

高齢の父母のことを思うといついかなることが起きても
おかしくはなく、それに対しての心の準備をしておかないと
いけないのかもしれませんが、
母っ子の私としては、なるべく考えたくないことなので
今年も考えずに終わろうとしています。

一人娘が中学生になったことは我が家にとっては大きな
ニュースです。
今が一番難しい年頃なので、毎日が娘との葛藤の日々だったのですが
来年は私がもっと母親としての自覚を持って
娘との関係を上手くやれるようにしようと思っています。

私自身のことは、体が一番変化する時期にあり、肉体的にも
精神的にも大変な時期に入ろうとしています。

皆に言われながらも実行できない、「無理をしないで休む」と
いうことを来年は自分の課題として頑張ってみようと思います。

パソコンを通じて知り合った方々との交流をこれからも
大切にして、自分の楽しみの世界も充実させたいと思っています。

皆さんどうか来年もよろしくおねがいします。


2002年12月28日(土) わが友よ

ああー今日は友の有り難さを感じ入りました。

松山に住む、私の親友が私のためにわざわざ車で
ここ伊予市までアイスクリームを持ってきてくれたのです。

クリスマスにと思って買ってくれていたそうです。

私の一番の好物がこのアイスクリームなのです。
真冬にコタツの中で食べるのは最高に美味しいし
「ああ。生きていて良かった・・・」と思うひととき
なのです。

気持が嬉しいのです、友の。

彼女は私にとっては一番大切な友で、最高の友です。
小学生の時から、高校は別になったけれど大学も
一緒、何でも話せて気が楽で、ほっとして
それでも、友は私に敢えて苦言を言ってくれるのです。

こういう友が一番の友だと思うのです。

毎日私のHPを見てくれていて、いつも側に居るような
気がすると言ってくれる、そんなさりげない心遣いの
できる親友です。

子育ても私の大先輩で、昔から私に色々なアドバイスを
してくれていました。
今私は彼女が今まで言ってくれたことを、もっと前に実行
していれば、今娘との関係も上手く行っているのでは
ないかとさえ思うのです。

こんな親友が持ってきてくれたアイスクリームを
今晩ゆっくりとコタツはないけれど
暖かい部屋で食べようと楽しみにしています。

有難う!!


2002年12月27日(金) お疲れ様

今日は朝から午後4時までずっと用事で動いていました。

娘が23日のクリスマスパーティーの夜から体調を崩し
吐き気と下痢という状態でした。

去年の今頃、娘はやはり同じような症状で入院したので
今回も心配になって、日赤へ診て貰いに行ったのです。

去年は鶏肉が原因のキャンピロバクター腸炎になり
症状も改善されず長くかかりました。

ちょうど23日にローストチキンを夫と娘は食べていたので
とてもそのことが気になっていました。

今日行って血液検査をしてもらい炎症反応の値も正常で
白血球の数は10000ほどで、心配はいらないと言われました。

それでも、腸炎を起こしているのは確かなので
点滴を一本してもらい、お腹の薬もらって帰りました。

大事にならずに済み本当に良かったです。

やはり元気なのが一番です。

今年もあと少しですが、風邪やインフルエンザにならずにすごしたい
ものです。

自分で自分に「お疲れ様」と言いました。


2002年12月26日(木) お墓参り

今日は朝はとても寒くて、水分をいっぱい含んだ雪や霙が
降っていました。

クリスマスも終わり、年の瀬の忙しい毎日になる前に
両親と一緒に実家のお墓掃除とお参りに行きました。

お墓は松山にあるので、私が住んでいるところからは
車で30分かかります。

お日様が顔を出していると、暖かさを感じるのに
曇ると寒くなり、途中で雪らしきものも降って
変なお天気でした。

お墓はいつもお寺さんがきれいに掃除をしてくれて
片付いていて気持が良いのですが
花をたむけお供えのお菓子やみかんをお供えして拝むと
心がほっとして癒されました。

一年の早さをこの頃は良く感じるのですが、これはきっと私が年を取った
せいだと思います。

お墓へ来て、気持が落ち着くというのも多分私がそれだけ
お墓に入るのが近づいているのかもしれません。

幸い、私は両親が元気で自分たちのことをしてくれるので
安心していられるのですが
いつかは、私が一人、このお墓におまいりする時が来るのだろうと
思うと、何故か淋しく思いました。

一日でも長く、両親が元気で居てくれることを
お墓の中の私の祖父母にお願いして帰りました。

両親はほっとしていたようです、これでお正月の準備に専念できる
ようです。


2002年12月25日(水) お正月の準備

今日は25日でクリスマスですが、一足早いクリスマスをしたので
今日は、お正月の準備の買い物をしに行きました。

玄関お飾りや、お供えのお花を買いました。

この玄関のお飾りは地方によって随分違うようで
お正月旅行をしていていつも斬新なお飾りに驚いていました。

私が飾る玄関のお飾りは、割合シンプルで、縄を編んで丸くして
したが房になっていてウラジロ(しだ)とみかんを一緒にしている
所謂松山飾りです。

大分や福岡は少し違っていました。
京都も違っていました。
所変われば・・・だなあと思いました。

玄関周りの掃除をして片付け、後は部屋の片付けや大掃除が残っています。

お正月を新たな気持で迎えるというこちらに居るものの考え方だとおもうので、何も気にしない人たちはそれはそれで良いと思います。

結局皆一人一人の考え方で、その人がこれで良いと思うなら
お正月を別に気にしないでいても良いと思うのです。

「はじめよければ終わりよし」の言葉の反対の「終わりよければはじめも良い」と思う今日この頃です。


2002年12月24日(火) 有難うございますの気持

今日は、午後1時半に家を出て、母と一緒におまいりに行ってきました。

先日の母のことでのお願いに行っていたので、今日は何事もなく
無事に済んだことへのお礼を言いに行きました。

母と私は毎月8日におまいりに行っています。

「眞の道教会」です。

本当に今私がこうして元気に生きていられるのも、娘が無事に
生まれて、丈夫に育っているのも、両親が高齢なのに
毎日無事に過ごさせて貰っているのも、全て神様のお陰と
信じています。

人間は弱い存在です。
だからこそ、自分自身の心のよりどころとなる何か一つ信じることが
できるものを持っているということは、本当に心強いものです。

「鰯の頭も信心」と言うように、何でも良い、何か一つ信じるものが
あると、心の安定を保つことができます。

私が物心ついたときから、母方の祖母に連れられて、毎月
お参りをしていました。

母は自分が小さい頃に助けられたことへのお礼
私は、無事に娘を出産し、元気で居られる事
心臓が今は安定していること等
お礼を言うことはいっぱいあるのです。

唯ひたすらお願いをすることによって、神様は助けて下さるのです。

何か信じるものを持っていることは、その人にとってはとても強い
ものだと確信しています。

「ありがとうございました。」


2002年12月23日(月) クリスマスパーティー

今日は一日早いクリスマスパーティーを実家でしました。

毎年この23日、天皇誕生日にしているのですが、一日早いクリスマスです。

ツリーを飾り、庭にはライットアップ、光ファイバーのツリーも
暗い部屋で、とても神秘的な輝きをしています。

今まではいつも私の手作りのクリスマスのデコレーションケーキを
用意していたのですが、
今年は、キルシェのチョコ&モカのケーキを予約していました。

料理はチキンやおすし、ホットサンド等、私が今日のために
一生懸命作りました。

お昼を食べて、2時から4時までは、近くのカラオケボックスへ行き
年忘れカラオケ大会をしました。

父は演歌が好きで、お酒なしで、歌い、母も古賀メロディーや「北国の春」
を熱唱?しました。

夫は「人生色々」「季節の中で」等・・・

娘と私は、オーディションの点数を上げようと一生懸命歌いました。
今日は私の方が点数は高くて、88点出たのは嬉しかったです。

夕方になり、お昼の続きで夕食を済ませようとしていたときに
先ほどのキルシェのケーキがないことに気づきました。
なんと、お昼のカラオケに夢中で、お店に取りに行きのを忘れていたのです。
ケーキを好きなのは娘だけだったので、誰もケーキがなくても
全く気がつかなかったのです。

でも、夕食が終わる前に気づいたので、急いでお店に取りに行き
間に合いました。

手作りのケーキも良いですが、今日のケーキは柔らかく
口の中でとろけるようで本当に美味しかったです。

プレゼントは、お互いが500円までのものを用意して
ジングルベルを歌うサンタにあわせて回して行き
音楽が終わったときに自分のものになりました。

私は、レターセットをもらえました。

本当に今日はささやかな、でも楽しい一日でした。


2002年12月22日(日) 腰痛

お恥ずかしい話ですが、昨日から腰痛に悩まされています。

私は体重も軽く、今までは腰痛なんてまったく関係ないと
思っていました。

でも、昨日の夜から、立つときにあっと思った途端、右の方が
痛み、歩くのが難儀になりました。

蒲団の中に入って、いつものように仰向けに寝ようとしたら
これが痛くてできないのです。
背中を伸ばすことができないのです。

仕方ないので、海老のように背中を丸めて横になって寝ました。

しかし、夫は冷たいもので、朝私がこのことを訴えても
腰をねじる運動をすればよいと言って、仕事に行きました。
「あーあ、冷たいなあ・・・」
やはり人に甘えては駄目なのですね。

座るのは良いのですが、立って歩くのがいけません。

絵手紙を出しに、郵便局へ行こうとしたらなかなか歩くことが
大変で、右の手で右の腰に手を置いて、歩いて行きました。

昨日からの冷え込みで腰も冷えたのかもしれません。

温泉にでも浸かって、ゆっくりとマッサージすればよくなるかも
しれないなと思います。

母は腰痛が持病なのですが、自分が実際になってみて始めて
母の辛さが分かりました。

早く良くなると良いのですが・・・


2002年12月21日(土) パンジー

今日は一日雨でしたが、娘と一緒にプランターにパンジーの苗を植えました。

この頃娘は花を育てるのを趣味にしたようで、とても楽しそうに植えていました。

パンジーの学名は Vioia xwittrockiana です。
科名は スミレ科
属名は スミレ属
花期は 11月〜5月

このパンジーは、寒さにも強くて、今から冬に向けて霜にも強く
育てやすい花だと思います。

これからの花壇の主役になるパンジーの種類は豊富で花の色も
紫、青、白、黄色、、赤、橙色、黒と多彩です。

パンジーという名前は花が首を傾けて物思いにふけっているため、
フランス語で「思考」を意味する「パンセ」から名づけられた
そうです。

花言葉には「私を思ってください」という意味がありますが、
その意味を知って、傾いた花の姿を見るとなんだか可愛く
思えて仕方ありません。

今日植えた花の色は、黄色と紫ですが、色々を植えるのも良いかな?って
思いました。



2002年12月20日(金) 絵手紙

昨日の夜NHKの番組の中で、「絵手紙でこころを贈る」というのが
ありました。
絵手紙の創始者である、小池先生も出ていました。

副知事を定年退職した後の、自分の趣味で絵手紙をはじめて
今では全国に100人の仲間がいるという男性、

また91歳になる義母を自宅で介護しながら、
夜、一人で絵手紙を描いて自分の時間を過ごす女性、

そして、夫を亡くして以来、ずっと亡き夫に宛てて絵手紙を
描き続けている女性の日常が放送されていました。

小池先生も妹さんの闘病を毎日絵手紙を送ることで
一緒に戦ったと言っていました。

私は前から、絵手紙は自分の心を相手に伝えるもので
描く時はいつも相手の顔を思い浮かべながら描いています。

昨日の番組を見て、改めて絵手紙の詩晴らしさを再認識しました。

今日は午前中はずっと絵手紙を描きました。

クリスマスに向けてのサンタの絵手紙と
今年の終わりに対しての気持を書いて、庭の千両を描きました。

描いていると心が段々と落ち着いて自分の絵手紙で癒されています。

本当にこうして、絵手紙を描くということを姉から教えてもらい
今の私の心の支えの一つになっていることを
心から嬉しく思っています。


2002年12月19日(木) 叔父の見舞い

今日は」午前中に、私の両親と父の妹の叔母とで、父の弟の叔父の
見舞いに行きました。
叔父の入院している病院は,介護認定されている人を
看護してくれるので、安心しています。

そして、叔父の連れ合いが毎日様子を見に来て
洗濯物を持ってかえってくれています。

私は夏に行ってから少し間が空いたので、気になっていたのですが、
今日叔父が口から何も食べることができなくて
鼻から栄養を入れてもらって居る姿にショックでした。

夏ごろも、飲み込む時に気管のほうに入りそうで、何度も
むせていましたから、先生がこの方法を選んだのだと思います。

でも、口で食べることが出来なくなると、本当に弱ってくる感じが
しました。

痩せて骨が目立っていたし、手をぎゅっと強く握っているので
そのまま硬直状態にならないように、
ハンカチを握り締める形にして、持たされていました。

勿論おむつをしています。
体位も時間が来ると、変えてくれているようでした。
だから、床ずれはできていませんでした。

叔父は今72歳です。
そして数年前に脳梗塞で倒れるまでは、私が言うのも変ですが
とてもかっこよく、賢く、そして女性に大もての人でしたから
今日の叔父の姿を見ると、胸がつまりました。

若いときに、自分が少し勝手な行動をとったために
家族と共に暮らすことはできませんでした。

でも、いいところで働いていたし、紳士的でステキな叔父でした。

今思うとそんなことが全て嘘のような気がします。

叔父は今はベッドの上え何を思っているのでしょうか?

生きていく勇気、や覚悟や色々なものが不足していますが
何とかならないかと?思っています。

やはり、人間は死んでいくときに自分が満足した死に方を
することが一番の幸せではないでしょうか?


2002年12月18日(水) 不整脈

先週の水曜日に、先日行った24時間の心電図の結果が分かるはず
だったのに、
主治医が急な出張で留守とのことで、検査結果が分かるのが
今日でした。

今日は他の人の予約に割り込んだ形になっていたので、
いつもよりも早い時間(7時)に家を出て行きました。

早い時間だと道路の渋滞がなくて、案外短い時間で着きました。

いつものように血液検査を済ませ、9時過ぎの診察が
始まるまで2時間待ちましたが、今日は主治医もちゃんと居てくれて
良かったです。

結果は思っていた通り、不整脈は出ていたようで
クスリがひとつ増えました。

良くない不整脈は一日に2回、そのほかのトトンとなる不整脈は
一日に3000回出ていたそうです。

回数の多さに私は自分でも吃驚しました。

夜横になっていると、脈の乱れがとてもよく分かるのですが
昼間動いていると、紛れるのか気づかないときの方が多いので
まさかこんなに多く出ていたとは思ってもみませんでした。

でも、クスリで良くなるそうなので、一ヶ月飲んでみます。
このクスリには副作用があるらしく、のどの渇き、尿の減少、
胃のムカムカ・・・
何のクスリにも副作用があるのは当たり前なので、我慢しないと
いけないと思います。

今もこうして書いているときにも、脈は止まったり動いたり
しています。

一ヵ月後の心電図の検査があるまで、様子をみたいと思います。


2002年12月17日(火) 緑茶

緑茶が体に良いということが言われて久しいですが、
確かに緑茶はいつでも、どこでも飲めるものです。

一時は中国茶が良いと言われて、プーアール茶やウーロン茶が
流行ったことがあります。
確かに油ものを食べた後に中国茶を飲むと、油が体の外に
出て、太りにくいそうです。

でも、日本人にとっては緑茶は一番飲みやすいお茶ではないかと思います。
この緑茶は最近はどこででも売られいて、始めはお茶を買うなんて
何か勿体無いと思っていました。

でも、娘がこの緑茶が大好きなので、夏でも麦茶より喜んで飲んでいます。
だから、最近は緑茶を買っているのです。
私はポットからの玄米茶も好きですが・・・

この買ったお茶は、味も良く、一度飲むとその美味しさゆえ何度も
買ってきてしまうのです。

でも、定価で買うと何か損をしたような気がするので
安売りの時にまとめて買っています。

今日も2リットル入りのボトルが一本158円だったので
近くのスーパーで5本買いました。

宣伝になるといけないのですが、この緑茶でも好き好きがあり、
私は「伊藤園」の「おーいお茶」が好きです。

この伊藤園のお茶のボトルに、「新俳句大賞」に選ばれた俳句が
書かれているのですが、これを読むのも楽しみです。

今日買ったお茶にはユニーク賞として、5つの俳句が載っていました。
その中で一番いいなって思ったのは 次の俳句でした。

「久しぶり黒髪の私初々しい」この句は15歳の少女の句ですが
15歳で、髪の毛を染めたのでしょうね?
そして、今は元の黒髪が自分でも新鮮な感じがしたのだと思います。

他にも8歳の子の
「かみなりはかみなりどうしでけんかして」がありました。
確かに雷のごろごろという音を聞いていると、雷同士が喧嘩を
しているように思えたます。

こうして、お茶のラベルに書かれたユニークな俳句を読みながら
午後の一服緑茶で過ごしている私が居ます。



2002年12月16日(月) 家族でカラオケ

今日は、家族3人でカラオケに行きました。

夫がカラオケに行くのはとても珍しいことだったので
楽しい時間、2時間が過ぎました。

今日もオーディションの形式で採点してくれるようにしたので
いくら点数が出るかが、楽しみで面白かったです。

今日行ったカラオケボックスは、月曜日はレディーステデーで
部屋代が半額になります。

2時間で1000円、3人が好きな曲を歌って遊べたので、何か
得した気持がしました。

私は先日一人で行き2時間歌い、点数も88点が出ていたので
今日はそれ以上出るように目指しました。
歌った曲の中で一つが87点出ましたが、後の曲は全て86点
でした。

娘は最後に88点が出て気分良く帰りました。

又今度は一人で行って、88点以上を目指そうと思いました。


2002年12月15日(日) 年賀状

今日は年賀状の受付の日でした。
日曜日だったので、受付はしていないと思っていましたが
郵便局へいくと、入り口に仕切られた受付口が備えられていました。

今年も、いつものように家族3人の写真のポストカードを50枚
作ってもらいました。

3人が一緒の写真も最近は少なくなり、今回の写真は
夏に遊びに行った時の写真になりました。

だから3人とも半そでで、夏の格好の写真を使うことにしました。

写真も3人が揃って良いのはなくて、一人がよければ一人が
目を瞑っていたり、髪の毛が変になっていたりして
思うような良いものがなかったので、私はあまり嬉しくは
ありません。

でも、年賀状だけのお付き合いの人はやはり毎年のポストカードを
楽しみにしてくれているので、嬉しいです。

ポストカードも良いですがやはり、年賀状は手作りのものが一番です。
だから、来年の干支のひつじの絵手紙年賀状を20枚描きました。

このひつじは可愛かったので選んだのですが
ひつじは何となく描きづらかったです。

正面から描いたのや横から見て描いたのがありますが
立体的な絵手紙は少し斜めに見て描いたものが
良かったかな?と思いました。

やはり一筆一筆、相手の顔を思い浮かべて、描いたので
絵の上手下手は関係なく、心がこもっている年賀状になったと
思います。


2002年12月14日(土) 法事

今日は、母方のいとこの一周忌でした。

昨年の12月の中旬になくなったいとこは、腎不全でした。

母方のいとことはあまり交流がなかったのですが、
なくなったいとこは、とても賢くものを考える人で尊敬していました。
叔父は教師をしていたのですが、日教組に入って活動をしていたために
息子たちは、折角いい大学を出て、なりたい職業もあったはずなのに
自分の進みたい道には進めませんでした。

なくなったいとこは共産党の党員として、弱者の味方になって
活動していました。
私の父が警察官だったので、あまり親しくはできなかったのですが
父が退職してからは、まあまあの付き合いができました。

彼は松山市議会議員も何期かしました。
いつも弱いものの立場になって考えていた彼を凄いなって思います。

亡くなって、本当に惜しい人材をなくしたと改めて感じました。

彼は闘病が長く苦しかったのですが、最後まで弱音を吐くこともなく
ベッドの上でもいつも、今の世の中を良いようにしたいと考えていました。

本当に一年経ってみて、彼の存在がとても貴重だったと思います。


2002年12月13日(金) 病院疲れ

今日は、本当に疲れました。

母が大腸の検査をするので、朝早く7時すぎに行きました。

受付は一番だったのですが、2リットルの下剤を飲み
お腹が綺麗になってからの検査なので、
午後3時からになりました。

私も大腸の検査は受けたことはあるのですが
母が受けた2リットルの下剤を飲んでの検査では
なかったので、その下剤の辛さは知りません。

でも、母以外の検査を受ける人の表情を見ていても
とてもしんどそうでした。

下剤を飲んで、7〜8回の排便後、水のような状態の便に
なったらはじめて受けることができるのです。

母は今日のために昨日はおかゆ、かたくりの食事をして
備えました。

だから普通よりは早く、お腹が綺麗になったのですが
順番があったようで、結局3時になってしまったのです。

私は母の検査の間中ずっと、神様にお願いし続けました。

そして、母の今日の検査は異常なしとの結果が出ると
本当に安心しました。

この検査はやりたくない検査の一つですが
40歳を過ぎたら、カメラを受けるべきだそうです。

今日は朝7時から夕方の4時すぎまで
病院に9時間いたので、病院疲れしました。

でも、良かったです、本当に安心しました。

自分の健康は自分で守らないといけませんね。


2002年12月12日(木) 疲れました

昨日に引き続いて、今朝からずっとすることがあり
まだ終わっていません。

とてもしんどいです。

疲れました。

何か書きたくても書けないのです。

心が疲れすぎたのかもしれません。


色々なことが多すぎなのです。

私一人のこころでは支えることができないのです。


2002年12月11日(水) 無事で

今日は、先日検査した24時間心電図ホルダーの結果が出る日
だったので、朝早く出かけました。

寒い朝であることも手伝って、時間的に渋滞に巻き込まれて
普通なら35分で行くのに、1時間くらいかかりました。

ちょっとイライラして、それでも病院に着き
受付に行ってみると、今朝急に主治医が出張で留守とのこと。

代理の先生は居たのですが、今回ばかりは主治医でないと
結果の説明や、今後のクスリの処方ができないので
今日は諦めて来週に診て貰う事にしました。

医者は、患者にとっては尊敬できて、安心できる人でないと
不安になります。

私の心臓の手術をしてくれた医者は一回目も二回目も
今は病院には居ません。

国立ですから、転勤があるようで、数年居ると他の地に
変わってしまうのです。

だから、変わるたびに主治医に自分のことを説明しないと
分かったもらえにくいので、大変でした。

でも、ありがたいことに、どの医者も患者の話を聞いてくれて
説明も丁寧にしてくれます。

思うに、医者は仁術と言うように、腕が良いのは勿論なのですが
腕よりももっと大切なことがあると思うのです。
それは患者の身になって考えることができるかどうか?です。

体力だけでなく精神的にも弱っている時に、きつい言葉で
言われると、辛くなります。

患者は医者の言うことに一喜一憂するところがあります。
だから、患者の話をゆっくりと聞いてくれたり
世間話をしながら、柔らかく接してくれるとその後の
しんどい治療や、痛みを伴う手術にも耐えられるのです。

来週の18日で全てがはっきりします。

たいしたことがなければ良いのですが。。。


2002年12月10日(火) 冬本番

今日は昨日に引き続いて寒い一日でした。

昨日は関東地方に雪が降り積雪もしたとか。
こちらは雪こそ降りませんでしたが
北の風がきつくて、本当に寒かったです。

冬本番です。

私は夏と冬とどちらが好き?って聞かれると
やはり冬かなあって思います。

夏は着ているもの全てを脱いでも、まだ暑いです。

でも、冬はこれ以上着られない程着れば
後は段房器具があれば暖かくできるし外ならダウンを
着ていれば暖かいですから。

今は地球の温暖化で、地球全体の温度が上がっているにも
関わらす、やはり今日のような寒い日があると冬だと思います。

子どもの頃の冬の思い出は、小学校へ行く時に友人と
「今日は何枚着てる?」という話題で一日が始まっていました。
確か、6枚とか5枚とか答えていた記憶があります。

今思うと凄いなあって思います。

今は薄くて暖かな下着も上着もあるので、そんなにも重ね着をしなくても
いいようになりました。

ありがたいことです。

昨日の東京の雪のニュースを見ていて、昔の子どもの頃のことを
思い出しました。

雪が降り、積もって、珍しかったのだと思いますが、
嬉しそうな顔をして、雪だるまを作っている写真が残っています。

確かに私の住む地方は雪が降るということはめったにありません。
だから、人々は雪化粧に感激もするのだと思います。

でも、そういっているだけでは済まなくなります。
車も雪に対応しているタイヤを装備している人は少なく
数センチでも積もると、溶けかけの道を通るのは
車は勿論人も難儀します。

雪はちょっとだから綺麗し良いなあって思うのであって
雪国に住む人々にとっては死活問題にまで発展しますから
美しいとか、良いなあとばかり思っていることはできない
はずです。

今日は雪こそ降っていませんが
外は本当に凍りつきそうなほどの寒さを感じさせています。


2002年12月09日(月) 年賀状

今年も残す所20日ちょっとになりました。

年賀状の季節です。

私は相手に元日に届くようにいつも15日に郵便局へ
出しに行っています。

毎年家族3人の写真でポストカードを作り
出しています。

人によると、家族写真の年賀状は嫌だと言う人居るとか。

人それぞれで、それはそれで良いと思いますが
私は、娘が生まれてから、この写真入りの年賀状にしています。

一年に一回の交流しかしていない人は、私の家族の写真を
楽しみにしてくれている人も居ます。

だから、私は毎年続けています。

3人で一緒の写真は、少なくて、今回は夏に久万へ遊びに
行った時の写真を使いました。

でも、私と家族に関係のない方も居るし、絵手紙の仲間も居るので
この人たちには、絵手紙を描いて出しています。

今年は絵手紙仲間と、HPで知り合った方に絵手紙の年賀状を
出そうと思い、今日描きました。

ひつじの置物を見て描きました。

やはり一枚一枚描いていると、心が相手に伝わるような気がして
いいものだなあて思いました。

写真の年賀状は50枚あるので、絵手紙は12枚描きました。

これで年賀状は、15日を待つだけになりました。
一安心です。


2002年12月08日(日) お参り

今日は8日、毎月一度のお参りの日でした。

母が子どもの頃にお陰を受けてそのお礼参りのつもりで
毎月、行っているのです。

私はやはり娘が元気で生まれた時からずっと、
お礼とお願いに行っています。

本当に自分自身の心を見つめると、ここで教えられる
事柄が如何に実行されていないかと気づき
反省するばかりです。

不平を言わない、ものに感謝する、ものを粗末にしない、
心配はしないなどと、当たり前のことが教えです。

でも、毎日の暮らしの中で果たしてこの中でどれが実行
することができているか、考えてみると
何もできていないことに気づきます。

信心は、自分の心の中ですること、誰にでもある
将来の不安や、病気との戦いをしないように
するためのものなのです。

私もお陰で、少し成長しました。
心配性な私が、心配しても結果は同じだから
もっと気を楽に持って、生きていくほうが
良いだろうなと思います。
一度しかない人生の中で 不満ばかり持たないで
又、贅沢もせず、毎日毎日を大切にして
生きていけばきっと神様は認めてくれると
信じてこれからの人生を楽しんで、また日々好日だと
喜んでもらえると嬉しいです。

寒い日はお鍋に限る・・・明日当たりお鍋にしようかな?


2002年12月07日(土) ライトアップパーティー

今日は、雨でしたが、この間ライトアップした母の家で
ライトアップパーティーをしました。

前から、松山に居る叔母に見せてあげる約束をしていたので
迎えに行き、姉も来て、夫、娘との7人で食べたり話したり
しながらのパーティでした。

夕食は、握りずしをとって食べました、母曰く「特上のおすし
にしたから、美味しいよ」、の言葉通り、美味しかったそうです。

というのは私は握り寿司があまり好きでないし、グルメでもないので
いくら上等のお寿司でも、正直言って分からないのです。

でも、娘も叔母も好きなので、美味しいとのことでした。

トロ、あわび、エンガワ、かれい、ぶり等ネタが新鮮で
良いものを使っていたので、美味しかったのでしょぅ。

デザートはメロン、丁度食べごろのメロンで、皮まで実が全て
食べられるほどだったので、私は果汁を楽しむことができました。

話は絵手紙のこと、かまぼこ板の絵展のこと、昔のこと
など、いっぱいあって盛り上がりました。

9時にお開きにしましたが、今晩は本当に楽しい時間を
過ごすことができて、良かったです。

昨日は気持が欝状態でしたが、少し気分が晴れました。

木々のライトが皆の心まで明るく照らしてくれたのだと思います。


2002年12月06日(金) 心が疲れる日

時々、どうしようもなく、虚しく哀しく、消えたい気分になります。

日々のことに疲れ、家事や育児に疲れ、むしょうに旅に出たくなる
そんな今日でした。

何が原因かは自分でも分からないのですが
とにかく心が疲れているのだと思います。

こんな時は何をするのが良いのでしょうか?

寝る、買う、食べる、遊ぶ、読む、歌う・・・

何をしたいのか、何を求めているのか、分からない
きっとわがまま病なのでしょう。

やはりゆっくりと眠るのが一番のような気がします。

人は寝ると、それまでの不安やイライラが少し減って
何か漠然とした安らぎを感じるのでは?と思います。

私には捨てることの出来ない、柵があります。
それは、家族のことであり、両親のことであり、未来のことです。

自由に空を飛んで見たい、自由に行って見たい・・・

私の心は今、迷いと反省とせつなさの複合された大きな
山のような石のようなものでいっぱいです。


2002年12月05日(木) お節料理

今日は「いよてつ高島屋」へ母と一緒に行き
おせち料理の予約をしてきました。

今年のお正月は私の実家でしましたが、それまではずっと7年ほど
お正月旅行をしていました。

年末に忙しくしないで済むし、お正月を温泉に入って
迎えるのはとても楽しく良かったです。

母が大分足腰が悪くなり、体も昔に比べるとしんどくなってきたので
今年のお正月から家で迎えることにしました。

母は「かずのこ」「黒豆」「たつくり(ごまめ)」「酢の物」は
自分流で作るのですが、そのほかはデパートのおせち料理を
取ることにしました。

去年は申し込むのが少し遅くて良い料理が品切れになっていましたが
今日は色々な種類があって、迷いました。

結局、京都のお料理屋さんの御節料理に決めて予約してきました。

3段で30000円でした。
大阪の料亭の御節が何と20万円していたのには驚きました。

私は結婚して初めてのお正月に、自分ですべて手作りのおせち料理を
作ったのを覚えています。
お重は少しつつくと、後が汚くなり良い物でも無残な姿になるし
三が日とも同じ料理に飽きてくるので、
今の若い人たちは御節料理ではなく
焼肉や、すき焼きや水炊きを好むようです。

でも、昔から伝わっている、日本独特の和風の御節は
とても意味のある良い物だと思っています。

♪「もういいくつ寝ると・・・」♪の歌が聞こえてきそうな
今日のことでした。


2002年12月04日(水) オーディション

今日は歌のオーディションを受けました。
オーディションと言っても太田プロではなく、
又ソニー企画でもなく、ビッグサンのオーディションです。

午後1時から2時までの2時間、びっしりと絞られました。
そして、私も一生懸命に挑戦しました。

結果は最高が88点で、最低が84点でした。
この結果は、私の満足する所ではないのですが、
仕方ないと思います。

少し緊張して、いつものペースが戻ってきたのは
もう最後の方の歌で、思い切り歌いました。
ここで最高点の88点が出たように思います。

採点の結果はすぐに分かり、一応は合格点でした。

ここに書いておきます。
「あなた」  87点
「あの素晴らしい愛をもう一度」  88点
「学生時代」  85点
「ベストフレンド」87点
「別れの予感」  86点
「つぐない」  88点
「恋人たちの神話」  86点
「瀬戸の花嫁」  86点
「桃色吐息」  87点
「木綿のハンカチーフ」  85点
「君を忘れない」  85点
「つぐない」  88点
「無縁坂」  85点
「野に咲く花のように」  87点
「秋桜」  85点

以上15曲の結果です。
この中には、2回歌って良い方を取った曲もあります。

私の歌への批評は、、音程やリズム感は90点なのですが
声量がどの曲も少し足らないと言われました。

これでも、20年前にはカラオケ大会で優勝したという
輝かしい記録があるのです。
だから、今も歌は大好きで、気がついてみるといつも口ずさんで
います。

今日のオーディションの採点はまあまあだったと思います。

また次の機会には今日よりもいい点を取りたいと思います。

ここまで読んでくださった方はもうお分かりですね。
そう、今日のオーディションは、カラオケボックスの「ビッグサン」の
カラオケ機械のオーディションだったのです。


ストレス解消になりました。
私だけの私だけのための2時間でした。


2002年12月03日(火) 味噌煮込みうどん

この頃のように寒くなってくると、食事は温かいものが良くなってきます。

私はおでんも得意な料理ですが、先日作ったクリームシチューも
好評でした。

今日は、やはり体中が暖かくなる料理「味噌煮込みうどん」を
作りました。

味噌汁はとても体に良くて、毎日食べるのが良いとか、
私も殆ど毎日、味噌汁を作っています。

中に入れる具を変えれば、毎日作って飲んでも飽きません。

この頃は白菜が美味しいので、具にしています。

豚汁も美味しいのですが、味噌味のうどんは又変わって美味いです。

材料としては

豚肉(これは細切れでいい)
ニンジン・白菜・ほうれん草・えのきだけ・ネギ・大根
アゲ・生しいたけ・卵

等、冷蔵庫に眠っているもの何でも良いです。

だし汁に大根・ニンジン・白菜・しいたけ・豚肉を入れて少し煮込みます。
味噌を半分の量を入れて又少し煮込みます。

前もって味をつけておいたしいたけを入れて一緒に煮込みます。

次にうどんを入れ、最後にえのきだけ・ネギを入れて

残りのお味噌を加えて、少し煮込みます。

この味噌煮込みうどんは、本当に体の中から暖かくなれます。

皆さんも、いちど作ってみてください。


2002年12月02日(月) クリスマス

今日は、クリスマスの色々な飾りや、ツリーやオルゴールを
部屋や家の玄関に飾りました。

毎年12月に入るとすぐに飾りつけをします。

家と屋根の煙突とサンタのついた置物は
娘が3歳の頃に買ったもので
そのオルゴールの蓋を開くと「ジングルベル」が
流れます。

娘が小さい頃は、その蓋を開けたり閉じたりを繰り返して
音楽が流れてくるのを、不思議そうに眺めていました。

その表情はとても子どもらしく可愛いかったです。

ツリーは、娘と一緒に飾りつけをしていました。
天使さま、お星様、トナカイ、サンタクロース、赤いりんご
等、いっぱい吊って、もみの木が重くなってしまいました。

今はツリーにはそんなに関心もないようで、この頃は私が一人で
飾っています。

ポインセチアの花を飾り、赤と緑のクリスマス色でいっぱいです。

ファイバーでできたつりーは、スイッチオンすると回りながら
赤や緑や青や金色に光り、夜暗い部屋でその美しさを見せてくれます。

玄関には、クリスマスリースを飾りました。
そこに、赤と緑の熊ちゃんを一緒に吊りました。

トイレのドアノブに、サンタを下げました。

ドアには小さなリースを飾りました。

そして、玄関の下駄箱の家には、サンタの置物とポインセチアの
植木鉢を置き、陶器の額に入った私のポインセチアを描いた
私の絵手紙を飾りました。

さあ、サンタさん、いつでも来て良いですよ、準備万端揃いましたよ。


2002年12月01日(日) ライトアップ

毎年この頃になると、色々な所でライトアップが見られます。

私の実家も数年前から、庭の木々にイルミネーションライトを巻きつけて
ライトアップを楽しんでいますが
今日は今年最初の取り付けをしました。

両親とも高齢なので、知り合いの電気工事屋さんに頼んで
木に取り付けてもらっています。

今日も朝から来てくれて夕方までかかって付けることが
できました。

母はライトアップが大好きで、他の場所でも楽しんでいますが
やはり我が庭の木がライトアップされて、キラキラと
光っているのは、本当に綺麗だし、心が和みます。

東予地方にある「梅錦ガーデン」のライトアップは有名で
毎年見に行っているのですが、いつも趣向を凝らして
身に来る人たちを楽しませてくれています。

実家のライトアップは庭の木に全部で600個ほどの
小さなライトを点灯させて、ちかちかとつついたり消えたり
しながら、木々を浮かび上がらせています。

この小さな球も毎年駄目になるものが多くて、今年も又新しく
買い足しました。

維持する電気代や、球の値段を思うと、止めたら?と
言いたいのですが、母はとても楽しみにしているので
できるだけはさせてあげたいと思っています。

私も少し手伝いましたが、結構手間の要る仕事でした。

12月を迎え、ライトアップされた木々を見ていると
もうクリスマスが来るのだと、感慨深い一日でした。



スカーレット