わわわんわん



何と別れるのが辛いかといえば

2002年05月31日(金)

いよいよプロバイダとの契約が切れる。三年も同じプロバイダを使い続けた理由には年間契約で便利だったからということもあったし100MBのWEBディスク容量や接続状態のよさなどプラス評価点が多かったこと以上に、なんとなくながら不満がなかったというマイナス評価点の少なさにあった。三年の間にWEBがもはや自前でかなりの経済的負担をしないと使えないものではなくなったという気がするし接続には困らないだろう。何が困るかといえば、長く使用してきたメールアドレスを変更しなくてはならないことに尽きる。


著作物とか著作権とか特にネット上のデータとか

2002年05月28日(火)

2年ほど前に限られた範囲に対して公開したページでポンチ絵を描いたんだけど、そのページはほどなく役目を終えてデータの藻屑となったわけで私の小屋でMOに収まって余生をすごしていたはずでこの世にもはや他には誰も持ってないはずだったのだが先日某氏が自分のために描かれたものだとして自身の関連するものごとの紹介に使用するらしいことをちらりと見せびらかして(一般公開ではないが)くださったがそもそも特定の人物の用を足すために描いたものでもなければ画像はネット上に流れただけでこちらからデータとして別にお渡ししたわけでもなければ事前に使用を打診されたわけでもなければそのちらりと見せたことで私が使用を許可したことになってるつもりかもしれないけれどもそういうのはいかがなものなのか非常に気分が悪い。そんなタチの悪いのに関わってしまった不幸をちょっと嘆くことにする。
ネットに流れるデータはタダで人の考えた物事や成果物はタダでむしろ使ってやるんだ有り難く思えだとか考えられているとしたら始末が悪い。こういう事態を喜ぶ人もいるのだろうがアイディアだとか考えだとか成果物だとか何ごとにしろタダだとは思えないのでど〜んなご立派な方に無断で勝手に使っていただいたとしてもちっとも有り難くない。
タダというのは金を払わないとかそういうことではない、念のため。この場合は「無断で勝手に」ということ。


たかがメールを受ける、ただちょっと便利にと思っただけなのだが

2002年05月27日(月)

転送設定ができるので「●ほー」のフリーメールから携帯のアドレスへ転送設定したんだが、もともと受信字数制限がある携帯端末とかへは対応してないよんメールが設定時に届いていたとはいえ、設定メールは十分に収まっていたのだし試しに登録してみたんだがまったくうんともすんともいかないうえに一般のメーラーから送受信できない状態。数回設定確認と再送信を繰り返してなんとか受信できたとはいえ、せっかく昨日いちんちかけて(おおげさな、せいぜい一晩である)設定したネットスケープが全然ダメで(送信SMTPサーバが1つしか使えないというだけで、他はとても魅力的で非常に悲しい)いろいろ考えたり試したりを繰り返しながらOSに付いてきたMailはかろうじて使えるみたいだしもうこれでいいことにしようとあきらめつつある。ただし、MailはBCC(ブラインド カーボンコピー)が使えない。


記入領域が日本語で書き込めないのですよ、なぜか

2002年05月26日(日)

テキストエディタで書いてからコピーあんどペーストしているのですね。
MacOS-XでiCabという環境が原因でしょうか。


ウイルス感染と頒布の責任はどの段階で発生するのか

2002年05月21日(火)

ウイルス騒ぎに遭遇。幸い自分の使用するマシンではなかったが今日明日と重要なメールを受信するとのことで空きマシンを移動してセットアップしながら、ウイルスで被害者のはずが加害者にもなってしまうのだが迷惑をかけたからと詫びるにしてもどの範囲になるのかはたまた元の感染ファイルが送られて来たところへは何として連絡すればよいのか、いろいろ考えさせられた。安全のために電信八号をインストールしようと窓の杜へゆくと検索にひっかからず、なんだか適当な近似機能のメーラーを入れてウイルスバスターも入っていたので対策はとりあえず万全とはいかないまでも用心しつつ。感染機はアンチウイルスもなくアウトルック使用のWindowsということで、セキュリティへの自覚が足りなさ過ぎだと以前ならば頭にくるところだが私も4月からはおだやかな気分なのでまあフツーに使ってればこんなものさとか思えるようになったしそれでも挙動不振ならばウイルスがあるということはかなり知れ渡っているのだという事実のほうに素直に驚いたりしながらもまあアドレス帳に名を連ねていた人へは全部連絡したほうがよいのかもしれないが元の感染源が含まれている可能性も高いんだなと気が付いて、メールで連絡するわけにもゆかないしそうなると電話だとか直接だとかになるんだとするといやはや何のためのメールだか、ということになってどうどうめぐりをするのだとしたらウイルス作者はメールやインターネットの利用が減ることを願っているトラフィック減少推進に心をくだいている輩なのか、それでもメール流量はぜんぜん衰えないのか、かえってお詫びメールが飛び交ってメール流量は爆発的に増加してウイルスも流れに乗ってさらに繁殖するのか、などと考え込んでしまった。
Macだとつい忘れるけど。


こいぬ

2002年05月19日(日)

小学生の子どもの足下を弾んでゆく白い小さなかたまりが子犬だとわかるまでに少し時間がかかるぐらい離れたところを子どもと子犬がとことこ駅に向かっているのが見えて、その後ろを子どもの両親らしき大人がふたり歩いていた。子犬は、子どもが先を掴んでいる綱につながれているのだろうとは思ったが綱は暗くて良く見えず、ぴょんぴょん跳ねながら子どもの前になり後ろになりよこっちょへ飛び出しくるくる回って、弾力のあるふかふかころころした子犬の手触りが見えるようで、子どもは犬を飼うことのできる家に暮らしているのだろうし子犬は帰宅すると足を拭われて室内でころげまわるのだろうと思われるし子供部屋で子犬のためのふかふかの座ぶとんが用意されているかもしれないことを思うと子どもの両親は子どもが子犬と楽しそうである様子を見るのが楽しみであるのだろうかそれともそうした生活をつくりだしていることに楽しみを見ているのかそれとも本当に犬が好きなのだろうかと、何年も前に死んでしまった飼い犬のことを思い出してしまった。子犬が家にやってきた日のことはあるいは作文に書かれて残るかもしれないが、行末までを見守られるのだろうか。死んでしまった犬も、以前の飼い主の家ではああして可愛がられていたのだといいと思った。


ななつのこ

2002年05月16日(木)

やけに蒸し暑い日がつづいて、昼をすぎたころに暑さとからすの騒ぐ音で目が覚めた夏、工事作業のトラックが停められた敷地では木造の古い家がばりばり崩され、庭の松の木があっというまに倒され、更地になってしまったところにもとはといえばからすの巣があったらしく取り壊された家にはもう何年も住む人もなかったようでからすには楽しいわがやであったはずなのにその夏は暑いなかをからすの集まる声が早朝から続いてからすのひなはもう孵っていたのかと思うと嫌な夏だった。コンビニから帰るとちゅうに、真夜中だというのにからすの鳴き声がするのでそんなことを思い出して、かといって雨戸の戸袋に巣をかまえられるのはからすに限らず困るのがこの季節。


ごがつはものみなあらたに

2002年05月15日(水)

雑誌「編集会議」の「みうらじゅん全一巻」というのをちょろっとみて、ああ表紙がすばらしいけどなんかおぎょうぎのいい本だわと思ってそれでも表紙がよくって中身もそこそこかっちょよくレイアウトされていればそれでなんの問題もなくなんかかっちょいいものとして流通してそれらをかっちょよく読んだりしてそんなことでよいのだろうかとふと考えたり。
なにゆえにかっちょよくスクリーンセーバーな毎日をだれのために送らねばならないなどと思わされているような気になってしまうのだろう。
眠いからおやすみなさい。


ネットワークゲームは都市問題の夢を見るか

2002年05月14日(火)

CRT画面の向こうに都市がつくられはじめたのは1960年代、ROGUEの登場によってだといえよう。画面上のマップでキャラクターを操作するこのゲームはキャラクタ=キャラクタ(文字)という表示環境の制限がもたらした抽象度の高いものであったが、以降のキャラクタ(文字)に画像キャラクタをかぶせたテレビゲームの始祖ともいえるゲームであった。現在でもPalm-OSへの移植がされるなど十分にゲームとして通用している。誕生直後からネットワーク対応がなされていたこれらの仮想都市の末裔がより華麗なグラフィック表示を備えたものがUltima-Onlineなどのオンラインゲームであるといえよう。

はあ、肩が凝った。
私は仮想都市の中の都市イメージと現実の都市の持つイメージはリンクしてると思ってるんだけどね、そろそろオンラインゲームも成熟してるから都市問題として扱っていいんじゃないかと思う。ハマってる人はごく一部だからまだまだ、社会現象ぐらいの扱いはされるけど、既に相互に侵食されてるんぢゃないのか?


書見台2

2002年05月13日(月)

とうとうOS-Xに移行。IcabのOS-X版をメインに、ホットリストも整理しなおして環境は整備できてきました。メーラーの問題は残ってますけど。まあいいや。

新しい環境で何やってるかといえば、例の「奇跡の詩人」関連のニュースを読んでいるだけです。文字表示がすんごいきれいなので読みやすいですね。
あの番組は放送時になんとなーく見てしまいました。目にも止まらぬ早さで文字盤を操作する映像は、確かに理解に苦しむところですが。なにがしかの期待とでもいうようなものはイタイほど伝わってくるような気がしました。障碍があろうとなかろうと、子どもに大きく期待を寄せる親はいるし子どもの可能性やなんかに意識せずおぶさってしまうこともあるだろうなと。二人羽織っぽく見える映像がそういう解釈に拍車をかけるんだろうが、完全に分離していたとしても親の目に見えぬ期待にそってムツカシイ文章を書く子どもは大勢いるし、親の期待を「自発的な」希望だとしている子どもも大勢いる。たとえ手も足も自由に動かせたとしても彼は同じことをしていたかもしれなさそうなところに、なんともいえない気味悪さを感じてしまう。
煎じつめると誰も「悪く」はないので、科学的検証があまり解決の手段にはならないんぢゃないかと思う。番組のいかがわしさを醸し出している部分は「期待型二人羽織臭」だろうから、あれらの言葉が真実彼のものだと科学的に立証されたとしてもつきまとうに違いない。


物欲の砦1デジタルカメラ

2002年05月12日(日)

81万画素のCanon power shot A5を買ったのが1999ごろだったはずなのでおおよそ3年は使い倒してきました。充電池が目に見えてへたってきたのでそろそろ買い替え時ではあるんですね。一昨年AF一眼レフを買ってしまったのでデジカメは長らくおあずけとなっていたんですがそろそろ300万画素クラスでもこなれてきたかなーと物色中です。
もちろん市販の電池でも使うことはできるんですがこれが1個1600円ぐらいするうえに10MBのコンパクトフラッシュ1枚分撮影につき1個と脅威のスピードで消費されてゆきます。フィルムで撮って現像するよりコストパフォーマンスがよいはずだと思ってたんですけど、それも充電池があればこそ。
透過原稿ユニットでフィルムスキャンが可能となった今では現像だけ出したほうがよさそうです。それでも時間がかかってしょうがないから実はコストは同じかもしれないんですね。
さて、ざっと見渡してまあ外観が許せるのはNikonかCanon。こころはCanonに傾いてるんですが(Power Shotが使いやすかったから)、一眼レフはNikonを使ってるのでブランドイメージとかカメラとしてのマットウさに期待するとなやましいところだわ、と眺めてる間に新機種が通り過ぎてゆきます。
Sonyはどうかって?人気があるみたいですね。なんかあの形がちょっと私にはしっくりこないんです。CDプレイヤーもラジカセもテレビもSony使ってんですが。


書見台1

2002年05月11日(土)

いつものブラウザがiCabなのですがフラッシュやCSS(カスケードスタイルシート)、ダイナミックHTMLなどの各種最新?記述への対応がいまいちなためコマーシャルのページを見るためにはIEを起動することになります。ネットスケープも4.7と6.xが、IEも4.5と5.xがOS-X用にもインストールしてあって各種取り揃え万全の体制です。いや、これでも減らしたんですって。
それでもiCabに手が延びてしまうのは起動が早いから。
読み込み表示は、そんなに早くないです。実は。フレームやテーブルの表示はときどき手間取ってます。IEのほうが体感速度は上かも知れません。しかしランチャーのアイコンをクリックしてからがダントツ早い。

それとですね。お気に入りの引越がめんどくさい。
ブラウザの乗り換えに手間取る原因はこれがすべてかも。


てわるさの星:2

2002年05月07日(火)

カバヤの「未来少年コナン」のフィギュアは結構よくできてた。バリも全然ないしね。艶消しの塗装は期待以上。でもラナ、ちょっとこわい。

連休は"Ike"という小さな飛行機を組み立てようと思って出してたんだが箱をながめて終わってしまった。展示やぐらが付いてて足下もかわいい飛行機。飛行中も足をひっこめないタイプなのね。

でも組み立てると邪魔なんだよね。箱に収まらないから。


きんきょう1

2002年05月06日(月)

おそらく数年ぶり、すくなくとも年のスパンで床屋、いや美容院に行った数週間後「その後カミの調子はいかがですか」とブルーナの切手が付いたはがきが届いた。「次回御指名いただければxx%オフ」とかあったので一瞬なんか別のお店からかしらんと焦った。
美容院が増えたとは思ってたが、熾烈な戦いがくりひろげられているのであろう。
ところで、ここのカウンターを回してくださったのは「何か」とか「まゆら」で飛んできた方でしょうか。

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