短いのはお好き? 
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2004年08月14日(土) ぼくのイヴ。










夏のコイン・ランドリーで、僕は初めて彼女と出逢った。




いくつもの乾燥機が無言で誰かのTバックやブラジャーを音もなく左回転させていた。




クリ−ム色をした洗濯機の蓋の上で、あるいは、とまった乾燥機の蓋を開けて、ぼくらは、愛しあった。




少し傾いた丸椅子に彼女を腰掛けさせて、ぼくのうまい棒をしゃぶらせていたことを思い出す。彼女は、抵抗する素振りすら見せず、待っていたようにむしゃぶりついてきた。



それは、いやらしいとかいうんじゃなくて、何か嫌なことを吹っ切りたいとでもいった、激しいしゃぶり方だった。




彼女はいつも同じ時間にやって来た。そして、いつも僕の隣に座った。シャギーみたいにした殆ど金髪のような髪がシャンプーしたてみたいに濡れ光っていて、やけに綺麗だった。



彼女が来ると、辺りにいい香りが漂うのだった。



素足の爪先にのぞく丁寧に塗られた水色のペディキュアに、僕はどきりとして、初めて彼女と逢ったその日に僕は彼女を抱いた。





いつも彼女は、僕にしがみついてきて、ないた。そうして彼女はいつまでもなきつづけた。





だから僕は、彼女の頭をそっと撫でた。なんともいえないベッチンのような柔らかい髪を撫でているだけで気持ちが和らいでくるのだった。





「ねえ、あたしをひとりぼっちにしないで。絶対に独りぼっちにしないで」







彼女の胸の小さな銀の鈴の音をチリリンと響かせながら、彼女の眸はいつも強くそう訴えていた。




そうやってぼくらは、殆ど毎日狭くて暑いコインランドリーで愛し合った。






けれど、別れはあっという間にやってきた。




夏の終りに彼女はもうコイン・ランドリーに姿をあらわさなくなった。





乾燥機たちは、相変わらず僕のトランクスや、人妻だか、女子高生のTバックやらブラジャーを回転させていた。






夕陽を浴びた彼女の後ろ姿のシルエットを思い出す。





セミ・ロングの茶色い髪も、あの肉球にももう二度と触ることは出来ないのだ。







彼女はまた新しい恋を求めて去っていった。





今日も僕は、彼女のお気に入りだった椅子を撫でる。






すると、彼女のあの銀の鈴がチリリンとなった気がした。








2004年08月12日(木) The heart has a chip in the edge.











あの男の声が未だに頭のなかで木霊しつづけている。





「あなたには本当の自分と対峙する勇気がありますか?」





そう言われたぼくは、たぶん泣き笑いみたいなおかしな表情をしていたにちがいない。自分でもそれがよくわかった。




普段ならば滅多に感情を表にだすことなどなかったが、このときばかりはちがった。







勇気を奮ったところで鏡のなかの自分と対峙することなど、到底出来そうにないことはわかっている。







正視できるはずもないからだ。






それでも怖いもの見たさ? で、鏡のなかの自分を上目遣いでチラリと盗み見てみる。





案の定、そいつは、セーラー服を着ていた。それにプリーツのミニスカ。薄化粧。でも、口紅は唇から無残にはみ出し、いぎたなく滲んでいた。





本当にこれが自分なのだろうか。






すると、あまりにもオゾマシイ映像が金属的な音をたてながら、脳裏にフラッシュバックした。







あまりの惨めさに鏡のなかの自分に唾を吐きかけた。






不意に大きな鏡を粉々に叩き割りたい衝動にかられる。





周りを見回してみても叩きつけられそうなものは何もなかった。





やがて、ごく自然に頭を鏡に打ちつけはじめる。






意味もなく涙が頬を伝い降りてゆく。鏡が先に割れるか、額が先に割れるか、どっちに賭けようか…。









頭を打ち付ける鈍い音だけが、がらんとしたパウダールームに響いていた。








2004年08月05日(木) ミネラルウォーター








はじめは、個室のなかで誰かとケータイでしゃべっているのかと思った。




結構そういうやつっているから。




だからただ何気なく洩れ聞こえてくる男の声を聞いていたにすぎなかった。




ところが、おかしなことに気付いた。





男の声に混って女の声が、聞こえてくる。それは会話を成りたたせる言葉などで
はないアー、とかイー、とかウーとか、さすがに?エー、はなかったけれども母
音系の湿ったいやらしい声だ。




その場にたまたま居合わせたおやじは、その喘ぎ声としか思えない声に俺の方を
見て、一瞬ニヤついた。




上の空で手を洗いながら、鏡のなかのおやじを窺う。



話かけてこい、おやじ、ボコボコにしてやる。




おやじは、Hな声で完全にフリーズしていた。気色ばんで動きを止め、耳をそば
だてている。




その生生しさは、まさに生唾ものなのだろう。リーマンおやじは、ハァハァしな
がら妄想で頭が爆発しそうなほどで、薄い板っぱり一枚の厚さすら透視出来得な
い自分を呪っているのではないか、同じトイレという場所を共有しているにもか
かわらず、個室とこちら側とでは、温度差がありすぎて天国と地獄といってしま
いたいほどだ、きっとそんなふうに思ってるにちがいない。




おやじ、お誂え向きじゃん。そんなに逝きたいんなら俺が逝かせてやるよ。




しかし、やはりものごとには程度というものがあるわけで、その女の声はあまり
にも常軌を逸していた。




聞こえるか聞こえないかくらいが、かえって想像力をかきたててエロ〜いってこ
とになるのだろうけれど、この女の場合は、耳を聾さんばかりの大声で、それは
叫ぶとか吠えるというのが、一番相応しい表現かもしれない。




もうエロチシズムもへったくれもない。俺はもう吹き出しそうになるのをこらえ
ているのがやっとで、おやじも苦笑いを浮かべてトイレから出ていってしまった





俺もおやじにつられるようにして、出口に向かう。もうこれ以上笑いを我慢でき
そうになかった。



彼女の声はどんどんクレッシェンドしてゆく。既に人類の声であるとは思えない
ほどの領域に近付きつつあった。いうならば怪鳥にロバを加えて隠し味的にマウ
ンテンゴリラをまぶした、といったところか。



俺はトイレの外に出たところで、笑いを一気に爆発させ、腹がよじれるほど笑っ
た。




笑いがおさまって一息つくと、向かい側の壁にある自販機の投入口に硬貨を落し
込んだ。




弾けるような笑い声に振り返えると、女子高生がふたり出てきて、片方が差し出
してみせたケータイ画面を見て、また爆笑した。







しゃがんで壁に背を付けミネラルウォーターを飲んだ。








遠くで断末魔のような女の絶叫が木霊している…。









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