母のタイムスリップ日記
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2013年02月28日(木) むむむ!


 おとといケアプラン作成のためケアマネが見えた。
その時はなされた事がちょっと気になって頭から離れない。
しばらく 良く考えてみようと思う。むむむ!。

今日は午後会議で出かけた。
会議の終わる前に会場を出て家路についた。
母がデイから戻るまでに帰宅。

「ひょっとすると多少遅れるかもしれません」と外出する旨は伝えておいたが時間前に戻ることができた。

穏やかな表情で帰宅した母。
今日は気温が高くなったので 水分補給をしっかりとってその後夕食。

食後しばらくして眠そうにあくびをしたので 少し早目に就寝。
就寝後のトイレ誘導も順調。


2013年02月27日(水) ショートの後の休息日♪


昨日母はショートステイから帰宅した。
気がかりがふたつ。
手の腫れと便秘。
手の腫れは 改善しつつあった。そして指と指の間が赤くなり始めたのも改善していた。
便秘は 全く解消せずに帰宅した。
便秘の割りに苦しいそうではなかった。

手の腫れは 今日もまだ腫れが残っていた。
便秘は 昨晩の深い時間に2度ほどお通じがあった。

よく声を出して笑い 食欲もあった。

夕食前 椅子に座ってもらってキッチンで夕食の支度を始めるため母のそばを離れた。
ふっと振り向いた時 ゆっくり右に傾斜し始めた…。
母のそばに行きつく前に椅子からゆっくりゆっくり尻餅。
いやはや油断禁物だなぁ。
特に打ったりした場所もなかったのでホッ。

今朝は 笑い声で朝の起床。
お昼前に「大」排出してもう便秘の不安は消えた。
「ご飯にしましょう」と言えば「はいわかりました」と返事が聞こえた。
「おやおや」と驚いて顔をみると「はい」と返事。
ちょこっと外出時のモードかなと思うような話方だった。

夕方になると「んだ」⇒そう「ほんね」⇒違うと方言も出てきて家モードとなった。
手の腫れは 入浴後にみたら大分しぼんでいた。
水分の摂取量も「小」の量も多く どちらが浮腫み解消の要因なのか判らない。

夕食後いつもより30分ほど遅くまで起きていて貰った。
それでも8時半には お布団に入ってもらった。
布団に入ると直ぐにZzz。

就寝後の「小」の量も順調。
実は 昨日 ショートから夕方戻ってから午前零時まで「小」がなくてひやひやしたのだった。
とりあえず 不安のあれこれは改善できたようだ。

昨日 椅子に座位していていて右傾斜で椅子から尻餅をついたので座位が保てなくなったかと心配した。
けれど今日は きちんと座位を保って過せた。
立位介助の時には「痛い」を連発。
丁度 療法士さんの見える日でお聞きしたら 肩甲骨の動きが悪いので其の性でしょうといわれた。
つまりは動かさない事からそうなったということらしい。

夕方までには「痛い」の声も消えている。
長いショートの後はチョコチョコと起きるなぁ。


2013年02月25日(月) 解散後でよかった!


今日は 介護者のある暮らしの中でできるリラックス法・気分転換法で音楽療法を楽しんだ。

周辺にいた人も呼び込んでみた。

お誘いした方 ご主人が90歳という事で少しはなれたところから見えている方だった。
「今日は 温水プールに出かける予定がありますので途中で帰るとおもいます」と言われていたが最後まで楽しまれた。

「ね プールよりもこっちが楽しかったわね。良かった」と言われ ご家族に報告するから…」と携帯のカメラで幾度も記念撮影なさっていた。
そして「ありがとう。とっても楽しかった」と言われた。

ご夫婦共に楽しまれていた。

こちらも善き出逢いができてとても嬉しかった。

会場の片付けを済ませて帰ろうとしたら館内に「地震のためにエレベータを止めます」と放送が鳴り響いた。
こういう経験は初めてで驚いた。

仲間と「解散した後でよかったね」と胸を撫で下ろした。

家に戻るとショート先から電話が入っていた。
「昨日 指示通り便秘薬を服用して貰いましたがまだ出ていない」ということで追加に服用してみてはどうだろうかという相談だった。
ショート先としては 家に帰る前に排便させてあげたいと考えられている様子だった。
母の様子を聞いて心配する事もないように思えたが 明日帰宅するまでは施設にいるので母のためには早くでてたほうが楽かなとも思えた。
「今から薬届けに行きます」と伝えたら「こちらから取りに伺います」といわれわざわざ我が家まで来てくださった。
直ぐそばなので出向いてもたいした事もないのだが お言葉に甘えてそうさせていただいた。

明日の夕方はケアマネもみえるし…。
いよいよ明日母が帰宅する。


2013年02月24日(日) ショート先からの電話


母はまだショートステイ利用中。
昨日夜までに PC作業を70パーセント片付けることができた。

今日は このショート中純粋に私自身のために使えるたった1日の貴重な日。

「寝ていていいよ」と夫から言われて起き出したのが8時半。
夫は仕事に出て行った後だった。

今日は すっかりはき潰しかけている靴を新調にあてたいと考えていた。
それと壊れかけているプリンターの買い替えもしたかった。

娘に車を出して貰って買い物へゴー。
買い物をしている最中 携帯が鳴った。
普段 気が着かない事が多いのに今日はタイミングばっちり。
母のショート先からだった。
「熱か?」「嘔吐か?」
「手が腫れています。痛みもあるようです。どう対応しましょうか?」という事だった。
少し離れた場所にいるので 後で施設に伺いますと返事した。

買い物を済ませて施設に向かった。
時折手に浮腫みがでるし指の痛みを訴える時があるのでその延長かと思ったのだが…ちょっと様子が違っていた。
筋を痛めたか骨折しているかと言った風。
職員は何故そうなったかの状況はつかめていなかった。
寝返りも打てない母なので自ら動いて手を傷めたとは考え難い。

「ショート利用中では初めてのことですので…」と言われたが「家にいるときだってこういう事は起きたことはありませんが…」
「若し筋を痛めたとして通院すれば 冷湿布と痛み止めが処方されると思います。一応痛み止めは 普段緊急用の痛み止めは頓用として持たせていますが確認していただけますか?」と薬の確認をして戴いた。

職員の話し振りは非常に慎重だった。
今朝の夜勤からの報告で腫れを発見したということだった。

私は こういったことに申し入れをしたことはない。
ある程度のことは 想定の範囲内と思っているからだ。
家にいるときだって絶対起きないことではないから。
まだ歩ける頃に 不注意に手招きして母を転倒させて骨折させた事がある。

本当は何故そうした事が起きたかを振り返って欲しいとは思うが。

母の心が荒れていないかと気になって耳元で囁いてみた。
「痛いの我慢して偉いね。大丈夫かな?」と。
母は「ふふふ」と笑った。
痛い場所を探るために少し手に触れてみた。
痛いと思われる場所は特定できた。
手首より手のひらへ向かって腫れがあった。
肌の色には変化が見られない。

母への処置は 持参した使い慣れている消炎剤を服用してもらうようにお願いした。

救急対応の必要性を感じなかったのでとりあえずそれで様子見して頂く事にした。
私は 腫れよりも手をギュッと握りしめていたので指の間が赤くなっていたことの方が心配でそれの対応をしてくださいとお願いしてきた。
対応に関しては 利用時にお願いしてあることだ。
うちにいる間に 指の間がこれほど赤くなった事はない。

土日なので職員の体制も平日と違うと思うので大変なのは判っているのだが…。


2013年02月23日(土) 認知症予防は出来ない


 夜 認知症の医療・介護に当たっている方たちの研修会に出かけた。
講演してくれた精神科医師の話に母のことや介護仲間の話を重ねながらお聞きしていた。
「そうだ。そうだ」と頷く事ばかり。

認知症の人は自分の事を伝えるのは難しいけれど 自分の変化は感じている。その不安が 周辺症状になって現れると認知症の人から聞き取りをして判ったと話されていた。

具体的に事例も挙げておられた。

だから出ている症状が認知症が進行したからと決め付けないでいろんな方向から考える事が大事。
沢山の手立てを持っている方が 認知症の人のより強い味方になれるとも話されていた。

研修を開催した病院長が 
家族が 凄く強い暴力・暴言が出てきて家での対処が困難になったと来院。認知症が進行したと受け止めず 観察を続けた。
痛みがあるように感じて 痛み止めを服用して貰ったら症状が少し緩和した。更に強い痛み止めを使ったら笑顔が戻った。結局は圧迫骨折をしていたと判ったという話をなさった。

暴言を認知症の症状とみる危険性を話されていた。

他にも入浴拒否のことも事例を挙げて話されていた。
とても優しい医師なのだが 自分も間違いをしたことがあると以前話される正直な医師だ。

研修が済んだ時 精神科医のところに参加者が見えて「認知症を予防するには…」と質問をした。
医師は直ぐに「認知症を予防する事はできません」ときっぱり言い切られた。そう そういうことなのだ。
介護予防=認知症予防ではないのだ。


2013年02月22日(金) あちゃちゃのちゃ


 PC作業が続いている。
昨日 鼻水がツルツル。いよいよ花粉症かと思った。
でも 同じような症状が出た時アレルギー検査を受けたがアレルゲン反応はないのだ。
気温差が激しくなると出やすい症状なんだろう。

今日は きのうより大分落ちついている。

夕方から会議。
昨年は逃れたが今年はなり手がいないという事で陰の手伝いのつもりで参加した。
ところがほんとに少ない。
世代交代っていう時期なのかなぁ。
多い時には20名近い人が出て話が纏まらずうんざりするほどだった。

今日は4名。
これで6月のイヴェントを作り上げなくてはならない。
自分の担当は介護に関するところで…のつもりだったのだが…。
逃げ切れなかった(泣)
規模を縮小して本来より仕事量も少なく小回りの効くイヴェントにしていくことでお受けした。
そして母の体調次第では下りる事もある事を了承していただいた。

誰もがそうだろうと思うがいろいろのお役につくのは苦手だ。
仕組み上 役なしと言う訳には行かないので仕方がない。

ほんとに断りベタ。


2013年02月20日(水) しんぼう シンボウ。


1日家に篭ってPC作業。
今月中に3件の作業がある。
のんびりしすぎないようにさび付きつつある脳へ油を垂らしながら作業を続けている。

先日 地域内の特養インフルエンザ流行中ときいたばかり。
母がショートにはいる時にインフルエンザの話は出なかったので 今の所安全という事だろう。
今日もショート先からの連絡はなかったのでとりあえずホッとしている。

今日も寒い1日だった。
でも春へと季節は動き始めたのだから…しんぼう辛抱アメンボウ♪


2013年02月19日(火) 今日の出来事


 母をショートステイに送り出した。
迎えの車が来た時は 雪が降ったり止んだりだった。

母を送り出して 役所が依頼した「家族介護教室」へ出かけた。
その頃になると雪の降りが俄然多くなった。
1歩遅かったら…雪の中送り出す事になっていた。

今日は「介護鬱」について。
予約が必要だったが 前回の出席率が少なめだった聞いており 今日は天気も良くないので参加者も少ない事が予想できたので頭数にでもなれば…とでかけた。
話してくださる講師に敬意を表する意味もあった。

家族介護教室の中身はさておいて 行政で企画運営しており これ以上介護者支援を後退して貰いたくないので出向いた。

参考になる部分もあった。

午後は介護者の会の学習会のための準備での打ち合わせ。
今後の予定も含めて話し合いが出来てよかった。
それぞれ予定があるので日にちの調整が難しい。

打ち合わせを終えて一旦家に戻って片づけを済ませて 今度は秋に予定しているイヴェントのキックオフ会議へ電車に乗って出かけた。

顔合わせを兼ねた会議。
この会議 昨年より早めのスタートだ。

介護中の者で思考力も低下しており参加するだけでもいっぱいいっぱいになってきていて戦力にもならないのだが 勉強のつもりで…。
地域での連携を考える時のヒントがいっぱい転がっている。
今日もまたみんなに学ばせて戴いた。

外出中は絶えず携帯電話を見える場所に置いている。
幸い 変調の連絡はなかった。

こんな感じで今日の出来事は終わる。

追記として 今日はドジをやって額を強く打ってしまった。
領収書を財布に入れていた時歩道の端に立っている標識の柱にぶつかった。
瞬間「何故?痛いのだ!」と思った。
標識があることを認識していなかったのだ。
しばらくして傷みが広がり注意力のなさを猛反省。
たいした事もなくて良かったのだが 情けなさにちょっと落ち込むことと相成った。

さて あれこれ作業もあるので今日はこれまで。


2013年02月18日(月) いい返事です♪


「おはようございます♪」の挨拶ににっこりしてくれた母。
「着替えますよ」といえば少し置いて「はい」と返事が聞こえた。

最近は 着替えの時自分から袖を通すような動作が消えかけている。
だから着替えも早い早い。
これがよいことか…。
時間をかけてゆっくり母の動きを待ってあげるべきなんだろうなぁ。

勿論最低限「こっちの袖通そうね」とか つどつど動作の道順案内はしているけれど。

朝食もしっかり食べ 水分も500ccほど摂取できている。
元気でデイへと出かけて行った。
気温が低い日が続いているが あと少しの辛抱だろう。
庭にはふきのとうが顔を出し始めている。

夕方帰宅した母 顔をみて「うん」と頷いていた。
意識がしっかりしていた。
「入れ歯上下とも外しますので容器に入れておきました」と職員から報告があった。ほかにも連絡事項があった。

家に入ってトイレ誘導。案の定しっかり「大」排出。
でもそれから就寝するまで前屈が強くなった。

食事ができないほどではなく おいしそうに口を大きく開けて良くかんで飲み込んでいた。
「よく噛んでね」と言えば しばらくして「はい」と返事してくれる。
口に物が入っていれば次のものは受け付けない。
母のペースに合わせながら介助。
今日は 副食がおおかったせいか30分ほどかかった。

就寝前も視線が合えば 頷いて存在を確認していた。
割合好調だが 明日からショートステイ。

また雪の予報が出ているけれど…どうかなぁ。
さてさて トイレ誘導の時間だわ。
10時の時には覚醒していたけれど今度はどうかなぁ。


2013年02月17日(日) おっ!


 朝 食事のためテーブルについた時 母の手に温めたタオルを持たせた。母の手も身体もまだ温かかったのだが冷える前にと配慮。
すると「どうも ありがとうござざいます」と言った。
丁度夫もそばにおり「オッ オッ すごいですよ」と驚いていた。
久々のことだった。

起床時も声を出して笑ったりしていたし 久々に意識がはっきりしていた。

昼食前に「そろそろ お昼にしましょうかね」と話しかけたら「はい わかりました」と返事が戻ってきた。

夕食前に入浴した後は 少し疲れたのだろうか言葉も減ってきた。

食事の摂取量も多く穏やかに1日を過せた。
歩行の足取りもよく 介助するのも楽チンだった。

今日は 座位から立位のリハビリを意識して取り入れた。
母が腰を自力で上げてくれた。
できなくなったかと諦めかけていたが 調子がよければまだできると判って嬉しかった。


2013年02月16日(土) のんびりゆったり


本日はデイ利用のない土曜日。
夫が早朝に仕事にでたので 母の睡眠中にお風呂を洗ったり洗濯をしたり…。

冷え込みが強い朝で 部屋が温まるまで時間がかかった。
そんな訳で母には いつもよりちょっと遅れて起きて貰った。

笑い声が響くほどではないが「おはようございます」と挨拶すると
頷きながらにこやかな笑みを見せてくれた。

1日特別困る事もなく穏やかに過せた。
日中尿量が減って夜間に増えていたが 最近はもとに戻ってきている。人間の生理的変化と受け止めることにした。

今日TBSラジオの永六輔の土曜ワイドの中で永氏自身の病気について話す場面があった。
永氏は パーキンソンをわずらっておられる。
「日々の暮らしの中で意識しなくとも凄く調子の良い日とそうでない日とがあるのです」と話されていた。

母も意識がはっきりしている日とそうでない日とがあり そういったことは病の場合くっきりと見えてくるのだろう。

トイレ誘導 食事介助 入浴介助 少しの歩行リハで一日は過ぎた。
食欲もあり ケーキやみかんもたっぷり食べる事ができた。

就寝中も穏やか。最近は寝言も消えた。
トイレ誘導も順調だ。
さて明日は何をやって過そうかなぁ。

昨日書き忘れたが 認知症の人に使う抗精神病薬を減らしていく
と言う記事が目に止まった。
私は朝日新聞だったが 介護仲間は読売新聞を切り抜いて持って来てくれた。
医療機関も含め周辺では随分前から言われている事だし 使ってみて気がついて服用をやめた介護者も私の周辺にはいる。

この薬 医師が必要以上に使う傾向にあると記事では指摘していた。
が以前 現場の医師が家族から「『この症状何とかできないか…』と言われて抗精神薬の功罪について説明した」と聞いたことがある。
単に医師だけの責任だけではなく 家族自身も認知症についてまた薬についてよくよく学んでおく必要があるだろうと思うのだ。

一昔前から比べると認知症介護の周辺は随分さま変わりしてきているとかんじているが…課題も多いなと思う。


2013年02月15日(金) 予報外れてホッ!


昨日は ご近所さんのお通夜だった。

母がデイから帰宅するのは5時。お通夜は6時。
葬祭所まで家から歩いて20分弱。
40分でトイレの手当てと夕食介助。
食後入れ歯を外して軽く口腔ケア。
夫も時間通り帰宅してくれた。

家を出る前に「母を椅子に座位して貰って行きたいが…」とお願いしたが「椅子からずり落ちたら何もしてあげられない」というのでベッドで過して貰う事に。

1時間と思って出かけたが実質40分で家に戻れた。
夫はバトンタッチで再度会社へ。
母には 起きて貰って口腔ケア。

いつもと違うパターンだったので母が落ち着かないかと思ったがとても穏やかだったのでホッとした。

今朝も穏やかに起床しておりデイへと出かけた。
今日は 午後介護者の会があった。
雪の予報にドキドキしながら母を送り出したし介護者の会の場所へも移動した。 幸い 雪にはならず助かった。

デイから戻った母 昨日までとは少し違って元気が今ひとつという感じだった。疲れたのかなと思ったりもした。
みかんを食べたりお茶を飲んだりは普通だがあと少し何かが足りない感じ。

夕食も普通通り食べ終えて口腔ケアを済ませてトイレ誘導で「そうか…」と判った。
腹痛だ。(酷い腹痛ではないと思われた)それで落ちつかかなかったんだな。

…目を瞑って 反応が薄かったり…。
これが 母の調子の良くない時のサインである事は承知しているのだがついつい見逃してしまう時がある。

就寝前には 落ち着いてきて目を開けてにっこり「おやすみなさい。あしたも一緒に遊んでくださいね」と挨拶すると静かに頷いてくれた。

就寝後のトイレ誘導 順調。


2013年02月13日(水) 続き


 昨日の続き。
97歳の方が圧迫骨折なさり 家族の介護を受けるようになった。
認知症の症状のない方。自分の意思を貫くかた。

「デイ・ショートはいや」「痛いからベッドから動かない」
その結果 介助する家族が腰を痛めてしまった。

お逢いしてお話をすると「私が悪いのです。骨折なんかしなければこんなことにはならなかった」とぽりぽろと涙を零されて力なく話されました。
「生きていて申し訳ない」「こんな年まで生きて迷惑をかけて生きていくのは嫌だ。だけれど1人で死ねないし…」と少し言葉を替えながら同じ様なことを訴えられた。

つまり「人から介助される鬱陶しさ また申し訳なさ」をこんこんと話された。

母もきっと認知症でなかったら同じ事を言っているだろう。
初期の頃「私は辛くとも自分から命を絶つことはしませんから そこは心配しないでください」と言っていたなぁと思い出した。
おそらく今だって「お世話かけます」と思っているのだろうなとあらためて感じた。

母もこれ位話せたのに…なぁ。

今日はゆったり1日過した。
用事ができてショートステイの日も移動した。
だから水曜日がズルッとあいた。
でも幾度もプランを変えていくのも悪いので療法もお休みとしたまま。

意識もしっかりして笑顔も多く元気に1日を過せた。
「大」も予定通リ排出できホッとしている。




2013年02月12日(火) ショートより戻った母


介護仲間と施設見学に出かけた。
リハビリデイ2ヶ所(パワリハ対応と作業リハ)。
そして24時間デイサービス。

リハビリデイはそれぞれ特色があり 利用する人の対象が少し違うようだった。いずれも一般のデイよりも利用時間が短い。また規模も小規模で9人程度。理学療法士の方がいる。

24時間デイは 利用する人は幅広いように感じた。
食事等 茶話本舗に近い部分もあった。
夜間は 1人対応なので緊急時は家族対応になるとの事だった。
「おっ!」と思ったのは 特養などに入所の手続きを取っている場合入所できるまで長期にお泊りができるそうだ。
ベストの介護ができるか…そこは 施設見学をした上で判断すべきと思うが…。

それぞれ介護に向き合う姿勢は異なるし 必要とする理由も違うのでよく考えて利用したほうがよいと思う。

施設見学を終えて家に着いたのが母が帰ってくるぎりぎり前だった。
食事の下準備は済ませていたので焦らずに済んだ。

母は 概ね元気で帰宅。
おしゃべりが多かった。座位も保てていい塩梅。
口頭でショートの間の様子を聞いて 排泄関係の薬の使用具合と其の経過をうかがう。

家に入ってまっすぐトイレへ。
出口にたっぷり。それを取り出してお腹すっきり。
まだ残っているように感じるが おそらく下がり始めている気配なので明日まで待っても大丈夫そうだった。

夕食前に苺を食べて貰いその後水分補給。
そして夕食。
しっかり美味しそうに全量摂取。飲み込む速度も普通。

今日はショート先で入浴できたという事で家での入浴は明日へ。
手指の硬縮は酷くなっていなかった。良く対応して下さったのだと思う。

母はぐっすり眠っている。
就寝後のトイレ誘導も順調だ。
大きく変わっていることもなく支えがあれば 足を交互に出してくれた。

今日は施設見学に出かける前にご近所のお宅にちょこっと届け物。
母より1歳年上で認知症ではないが 圧迫骨折で終日ベットの上で過ごされている。
「是非母に逢って欲しい」と言われ ちょこっとお話させていただいた。
この時の様子は明日の日記へ。



2013年02月11日(月) ささやかなお祝いごと。


今日は夫の誕生日。
たいした事もできないけれど…気持ちだけお誕生日をお祝いした。

夫は今日も仕事。
追い込みなので致し方ない。

朝から少し料理の下ごしらえ。
昼近く 娘も手料理を持ってやってきた。

それからプレゼントを買いに出かけた。
あちこちと夫の物を娘と探し廻る。
日ごろ放置してばかり。この所更に拍車がかかっているような気がする。
物を探しながら買い物するって 随分と贅沢なことなんだな。

買い物を済ませて家に戻り それから日常雑貨を購入するために再度家を出て洗剤やオムツパットや薬等補充した。

買い物を済ませて家に戻って程なくして夫も帰宅。

プレゼントを見て嬉しそうな表情の夫をみてちょっと複雑な想いが湧いた。
ささやかなお祝いの食事も喜んでくれて…娘も私もちょこっとホッとした。

娘は 自分の家に帰り夫はzzz。

久しぶりに 料理に時間をかけた。
ご馳走というほどのこともなくほんとにささやかなもの。
いつもこれ位できればいいのだけれど…。

私は明日の準備。
明日は会の仲間と地域の施設見学に出かける。
施設見学が終わって家に戻る頃には母もショートステイから帰ってくる。



2013年02月10日(日) できるかなぁ。


町内のサロン開催日。
世話人の1人から朝電話が入った。
ご近所の方の訃報と風邪気味で出席者が少ないこと。
独り暮らしの高齢者のサポートの件。

留意事項を頭に入れながら会場へとっとこ。

サロン会場に着くと世話人のご主人が机を並べてくださっていた。
そのうち比較的若い男性の参加者み見えて準備を手伝ってくださった。

この男性の参加者が手作りの生チョコを持って来て下さった。
この方時々こうやって手作りの物を運んでくださる。
最初は奥様が作られていると思っていたがそうではなくてご自分が作られているということだった。

この生チョコ風は なかなかの出来栄え。
運転中にラジオで聞き信号停止の時忘れないようにメモをして作ったそうだ。
生チョコ風の本体はサツマイモ。
サツマイモの裏ごしに湯煎したチョコレートを混ぜ合わせて容器に入れて固める。それを取り出してさいの目にカットしてココアをまぶしたそうだ。なかなかの味だった。

ガンの手術を終えた方も久しぶりに見えた。
なかなかお逢いする機会もなく気になっていたが お元気に見えられてみんな拍手で迎えていた。

さてと世話人さんの話。
世話人さんは 母より1歳上のお義母様と同居なさっている。
お義母さま 認知症ではないが昨年から身体介護が必要となった。
「介助で腰痛めないようにね」と話していたのだが・…。
年明けから腰が痛み出し 結局坐骨神経痛になられた。
「はなさんが折角言ってくれたのにね。自信過剰だった」と話された。
この方毎年富士登山をなさっているので体力に自信があったようだった。
介護は 特に身体介助を侮ってはいけない。
自分を大事にしながら…が必要だ。

サロンには いろいろな方が見える。
元気な人もそうでない人も一緒に楽しめる場所に育っていけばいいなぁ。
地域の繋がりを育てて行くための1歩1歩。

今年の目標はサロン参加者の得意なことをみんなに教えて貰い楽しんでいく事。できるかなぁ。


2013年02月09日(土) 変わる街並みに どきっ!


 今日は 他所の介護仲間が集う場所へ出かけた。
皆さんのお話を伺いながら また学ばせて戴いた。

今日 感じたこと。
あちこち 出かけるたびに街並みが変わっていて「ここは何処?」になってしまう。
目印は昔あった建物だ。それが見つかればホッとする。

交通機関(地下鉄)も随分増えて着いたホームからどっちに行けば目的地に行けるのかと一瞬迷う。
勘だけは 多少働くので迷子にはならないけれど…。

回路が複雑になって 案内板も目につき難いような気がした。
単に 自分の能力が衰えただけなのかな?

明日は地域のサロン。
世話人の半分がお休みなので休む訳には行かない…。




2013年02月08日(金) ククッ!クワァ!


 PCの動作が遅くイライラしながらだったがようやく作業完了。
その後 別のPC作業に移った。
これも 夜9時過ぎに終了した。

まだ PC作業は続く。
もう少し先のことだが 母のいない間でないと無理なのでボチボチと取り組んでおこうと思う。
今日ほどの重たい作業ではないから 母の帰るまでには仕上がると思う。

昨日依頼され送信した資料は とても参考になったと会議参加者が言っていたと連絡電話が入った。
役に立てたのなら 苦労も報われる。

ノロスケパソコンにイラッとするが 我が身と似ていると思えば致し方ないように思えてくる。
これも愛情?  ククッ!クワァ!

昨日も今日も1日家に篭っていた。
こりゃ 遺憾ことです。
これから歩こうかな?でも強い北風が吹いてさぶそうだ!


2013年02月07日(木) 気の緩み


母がショート中だと油断して2度寝しまう。
夫を送り出すのにぎりぎり。気の緩みは否めません。
ごめんなさいと少しだけ詫びる妻です。

今日の出来事
今日は時間がいっぱいあるからPCの作業も仕上がる筈だった。
役所から急な依頼があって締め切りが夕方の5時と。
断ってもいいのだが…介護している人の手助けになると思うとそうも行かない。…決まっていた事なのだからもっと早く言ってくれればいいのに…と誰もいない部屋でひとりぼやいてしまった。

平行して作業していたので明日締めの作業が遅れ気味。
でも今晩遅くか明日午前中には仕上がるだろう。
夕方締めの作業は 不出来ながら完成した。
同時に その先にある依頼ごとの作業も少し進めた。

母をショートに託してこんなことやってていいのかと悩むが 結局の所 介護の先輩達だってあれこれと道を作ってくれたのだからできるところまでは取り組んでおきましょう…という気持ちにおさまる。

さて 介護以外に 最近非常に困っている事が固定電話が通話中に切れること。ネットでググってみたら…。
プロバイダーのせいかもしれないと判明した。
他にも点検すべきところもあったので試みるつもり。

気がつけば 庭の紅梅がほころび始めています。
寒の戻りはあるだろうけれどピークは越えている筈。
気持ちを切り替えて過していきたいものです。


2013年02月06日(水) 予定通りに…


今日の出来事。
今日からショートステイ利用予定。
大雪の予報に昨夜から落ち着かなかった私。

夜間のトイレ介助の度にドアを開けて様子をうかがっていた。
2時過ぎまでは変化がなかったが…。
6時前に起きた時には雨。
しばらくするとみぞれに変わり そのうちに雪。

今度は雪の形状と勢いを見ながら時計と睨めっこ。

母のお腹が満たされた頃に電話が入った。
「予定通りショートご利用なさいますか?」
「…はい。その予定です。送迎が無理でしたらこちらで送っていきます」
「自家用車ですか?」
「家の車にするか タクシー利用となるかは未定です」
「ではこちらからお迎えに参りますが 早目になっても良いですか?」
「はい。大丈夫です」
「それでは 施設を出る時間に電話を入れさせて頂きます」
ということで母はいつもより早い時間にショート先へと向かった。
迎えにみえた職員は2名体制となった。

雪をみた母は非常に嬉しそうな表情。「寒いですね」と職員が話しかけた。
母の変わりに「雪国生まれですので これくらいはどうってことないと思います」と変わりに答えた。
母は また笑って職員の顔を見つめていた。

送り出した後 非常に後ろめたい想いがしてきた。
「職員の手をこんなに煩わせてまでショートに送り込んで良いのか」と。
母への想いではなかった。それが更に落ち込みを深くした。

今回のショートステイは雪だから寒いだろうとセーターもズボンも厚手のものばかり。
でも天気予報では明日は気温が上がるというではないか…。
大丈夫かなぁ。

ストレスボールを持たせようと準備したが手から離れて床に転がると入所者の転倒に繋がるから…と言われも足せない事にした。
でも 見ている限り母が利用するフロアでフリーで歩いている人を見かけたことがない。
危険防止のためと言われればそれも仕方ない。

お昼の会議は3月1日に流れた。
が夜の会議は予定通りだった。
夜の会議は こちらが想像していたのと様子が異なっていてどうなるのかなぁと気になる。
まだこれからと思うけれど…。

と言う訳で 気になった雪の影響は殆どなくて夜の会議を終えて家に戻る頃には殆ど雪は消えていた。


2013年02月04日(月) なんでそうなるのぉ!


 今日の出来事。
昨日 母のウールニットのシャツをクリーニングから荷受してきた。

実は 母の残歯が欠けた日に母のニットのシャツにココアが染みて下着まで汚れてしまっていた。
入れ歯が使えないことの方に気をとられて就寝前の着替えまで汚れに気がつかなかった。
「おや 珍しい事もあるな」と滅多に起きない汚れの事を記憶している。

私の脳には「ココアは落ちにくい」とインプットされており翌日の通院の折クリーニングに出したのだった。
いつものクリーニング店は信号を渡らなければならないので普段は使わないクリーニング店に出した。

そして荷受したウールニットシャツを見てココアがそのままくっきりと残っていた。薄くもなっていない。
「駄目だったんですね」とお店の人に言うと「ココアは落ちにくい典型的な物ですので」ときっぱり言い切られた。
…いつも使うクリーニング店では綺麗に落ちるんですけれど…という言葉をグッと飲み込んで「そうですかぁ。処理したのですですからもう落ちないですよね」というのが精一杯。
「そうですよぉ」ととどめの言葉にムッとしながらすごすごと引き下がったのだった。

そして今日 駄目もとでココアの汚れをぬるめのお湯で部分洗いした。
すると…洗剤も使わないのにあとかたもなく綺麗になった。

このニットのシャツ 今年初着用で昨年の冬の終わりにクリーニングにだしていたものでココア以外のところは汚れもない。
もしかしたら洗いもせずにたたみ直しただけ?と思ったり…。

ま 綺麗になったのだからそれで良いのだが ちょっと腹立たしい。
文句のひとつも言いたくなるが 今後利用しなければいいだけと思い直した。

クリーニングの料金だって馬鹿高い訳でもないし…。
大人気ないことはやめておこうと思いとどまった。

このニットのシャツは 薄くてウールなので着膨れせずにあたたかいので貴重な冬のシャツなんだ。だから大事にしていたのだった。
同じ物を探そうとしてもなかなか見つからないのだ。
ほんと また着られる様になってよかった。

でも どうしてこうなるのだろうなぁ。

天気予報では 水曜日に雪と言う予報だ。
先日の雪の倍くらいの降雪になるかも…というのだ。
その日 ショート利用して 午後と夜に会議がふたつ入っている。
今日の夕方夜の会議の主催者から電話が入った。
「雪が降った場合どうするかを当日までに連絡入れます」との事だった。
雪が降ったらショートの送迎だって怪しい。
今週は あれこれと用があるので…ちと心配。


2013年02月03日(日) ♪せつぶん♪


今日の出来事!
「節分」
季節のイヴェントとして家の中でそうっと実施。
大豆を炒って いわしを焼いて…恵方まきはおまけなので今年は夫に買ってきてもらった。
恵方まきは もともとしていないのでちょこっと流行に乗らせてもらっている風。

母はいわしも豆も恵方まきも正当には食べられないゆえにちょこちょことつまむ程度の参加。

昨日・今日は冷え込みがきつくないので入浴も温度差を気にしないで介助できた。
幾度か書いているが 我が家の浴室はバリアフリーではない。
脱衣室と浴室の段差が15センチほど。

この段差で母は右足を出して浴室床に足が着くと左足を下ろす。
右・左と交互に足を出すのは みんなできるのだろうか?
それとも母だけなのだろうか?
母は自立歩行は出来ない状態なので体を支えていなければならないのだが…。

デイの職員の「足が着地するから介助が楽ですよ」という話から想像するとそうできない人もいるということなのかもしれない。

就寝前に「大」排出。
今日も就寝前に痰が絡んだ咳をしてから痰を切っていた。
慌てて綿棒と口腔ケアのガーゼでふき取った。


2013年02月02日(土) ポカポカ陽気


昨日残歯が折れ入れ歯を直したことを記したが。
さて残歯は何処へ?とあの日考えた。
飲み込むことはないだろうと確信している。
母は口の中に異物があるとプッと噴出すからだ。
デイの職員と食事の時から順繰りに話しているうちに車に乗り込むあたりじゃないかと想像できた。
歯科医は残歯を使って入れ歯を直そうとしてかんがえてくれた様子だった。
残っていればそうできたのだろう。

今日・明日はデイを利用しない日。
1日家でのんびり過ごして貰った。

今日気がついたこと。
左手の指の間(付け根)に湿疹が見つかった。
硬縮は起きていないが それに近い症状があって家ではストレスボールを持たせたり 指を広げたりと注意を払っている。
こりゃ もう少し意識しないと駄目かもな。
家以外の場所でも協力を求めて行かなければならないかなぁ。

妙に暖かい1日だった。
暖房を入れたり切ったり忙しかった。
入浴後は 汗がひくまで薄着にし 水分補給をいつもより多い目に。

就寝はほぼいつも通り。
直ぐにzzz。
電気毛布は電源を入れていない。
就寝前痰の絡んだ咳をしていたが…自力で痰を切っていた。
まだ大丈夫だなぁ。



2013年02月01日(金) やれやれ…


しばらくお休みしていました。
月末の忙しさに加えて PCに向かうことも面倒になってしまったということもありました。
他にもあれこれと介護以外の用が続きました。

25日デイから帰った母の立位介助をした時下の入れ歯がポトリと落ち慌てました。何しろ作り変えることも難しい状態ですので大事に大事に使っていたものです。
しばらくご無沙汰しているかかりつけの歯科医が下の入れ歯にワイヤーを2本入れてくださっていたおかげで割れてしまうことはなくて助かりました。
その日は 朝から入れ歯をふかふかと外すことが多く注意しなければならない日だったのです。

その後トイレ誘導している時に 母の口元をみると上の歯をふかふかと外す行為が見られましたので直ぐに外しておきました。

トイレを出てテーブルについてみかんを食べて貰おうと入れ歯を上下装着しました。ちゃんと装着できたのでみかんを口に運ぶと上の入れ歯がまた落ちてきました。「あれ」と思いながら装着しなおしをしているうちにハッとしました。
上の歯茎にたった1本残っていた入れ歯を支えてくれる残歯が消えていました。「いつ?」と連絡帳をみましたが特に記載されていません。
デイに電話する前に 介護仲間に電話をしてちょこっと相談しました。
「もう入れ歯は諦めて歯茎で食べるようにしようかと思うが…」と言ったら
仲間は「自分はそうしたが 入れ歯を治したほうがいい」との返答をくれました。「新しい歯科医があるよ」との情報を戴いていたのでそこの連絡先の番号を聞きました。
(訪問歯科もあるのは判っており連絡の方法もしっていますが…通院したかったのです)

電話をしてみると幸いにも翌日の予約が取れました。
1時間半かけて上の入れ歯をなおして戴けました。
「残歯はぽきんと折れたが綺麗に折れたので心配いりませんよ」と医師。

食事は ミキサー食にしたのが2食のみで直ぐにこれまで通りの形態の食事ができるようになりました。
医師との話し合いもできてこちらの願い通りに仕上がりました。

昔だったら1時間で直すことは無理でした。
現代の治療の代わりぶりに目がシバシバ。

歯のない状態での食事はちょっと大変でした。
でも噛める物を口に運ぶとニコニコしていたので噛めるって嬉しい事なんだなと感じました。

思い切り良く歯科医に通院して良かったです。
友人のアドバイスを聞けてラッキーでした。

その日以降 何の問題もなく食事ができている母です。
予告なくお休みしたので心配くださった方もいるようです。
すみませんでした。


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