いつのまにか、笑うあなたの潔さに魅せられている。
えぇと、 と言いかけて止まる。 あれ、ケータイはどこにいったかな。 何の意味もなくくだらないことを言って時間を稼ぐ。 わかってる僕が好きな人はとても少ない。防衛本能みたいなものだし。 それだけに好きになっていいひととそうでないひととの区別くらいつけられる。 ただ一緒に居ると、なんとなくふやけた気分になるのは悪くないなぁと思うだけ。
だけど、 踏みこんでいいのはここまでだ、と思う。 これ以上踏みこんでたとえどんなにシアワセになっても、 結局僕はここへ戻るのだ。
だから、神様。 節度ある人間にしてくださったことに感謝します。 本当に。
もう今さら、好きだ嫌いだ愛してるってちゃらんちゃら可笑しくって
一日、黒いネクタイをつけたままでいる。
黒のネクタイは人をモノトーンに変えてしまう。 普段のネクタイが何か鮮やかなわけではないけれど。 黒一色のありふれた素朴な綿のネクタイ。 汗も涙もよく吸いそうな。
少し白い煙を吸いすぎた。 喉から乾いた咳が上がってきて、一度軽く、首元を緩めてから締め直す。 要るものと要らないものとの区別が、今ちょっと全体的についてない。 たぶん寒くなってきたからだ。 手触りがよくて僕を暖めるものなら何でも手放せなくなってしまう。 だけどそれはたぶん、間違ってはいないのだと思う。 同時にひどく間違った判断なのだと思う。 要るものと要らないものとの境界は、所詮ひどく曖昧なもの。 僕の中の何百通りもの判断基準が揺らげばそれだけで消え失せるもの。
何故か、 昨日からずっと泣いているような気がする。 涙なんか流さないけど。 頭の奥のほうの白い睡蓮の開く場所で何かが涌いている。
何度も何度もその花びらはこぼれ
ずっと「一人旅のススメ」を読んでいた。 ダメだよ、と。 そう言ってくれる人の在ることに少しだけ安堵した。 行きたい場所がある、やりたいことがある、そのことはどこか楽観的で細かな震えを抑える。まだ僕が生きていてもいいのだと感じさせるから。
明らかに僕は欠陥品だと感じるのは、ヒトのヒトを思う心を感じる時だ。 それは、 真実を知りたいという好奇心に似ている。
すごく旅に出たい、けれど。 どこまで行けば帰れるのかわからない
風邪をひいたらしい。 何故か夜、とても眠れないので、とりあえず氷枕で頭を冷やして肩に温湿布を貼ってみる。 ぐったりと、くたびれて身体は泥のように重く頭もずっしりと澱んでいるのに、目は満月の皓々と光るように冴えて、閉じることができない。
平安がどこかへいってしまったよう
ずっと、目を閉じればすぐに眠ることができていたのに、何が僕に眠りの恩寵を与えないのだろう。 そういうふうに。 考えはいつもゆるやかに巡り、そこかしこで澱み、僕は静かにひそやかに息を殺すように、遠い虫の声を聞いている。
これは風邪、かな。
明け方、虫の声が止むころ、ようやく深く墜落するように眠りは訪れる。 じっとりと汗ばんだ額から重くぬるくなった氷枕を外して、光から目を背けるように僕は落下する。 僕はたぶん忘れないだろうという自覚がある。 僕は忘れられないだろうという自覚がある。 そう、それはもう、長いあいだ何度も何度も繰り返してきたことだから。
*
目を、覚ますと、部屋は朝の光に白く染まっていて、僕は今まで見ていたはずの夢をもう思い出せなくなっているのに気付く。 けれどそれは喪失感と共に安堵を孕んでいて、僕はもう一度、安らぎに浸りながら身体を丸くして束の間目を閉じる。 朝は忘却に相応しい。 そして僕は夕刻までの平安を手に入れる
ひや、と
それは一瞬で零下に冷える。
そうしていつも 僕は朝を思い出せない。 そのイメージは限りなく幸福なのに、それに見合う光の記憶が 僕の中ではどうにも作り出せない。
月明かり、ひとの声はくぐもる吐息にけむり 僕は拒否で目を閉じる
それから
今日ついた嘘のひとつひとつを詫びていく
駅に、降り立つと、 既にそこにはあのひとの気配が満ちていて、僕は息苦しく抑えた呼吸で 改札へ続く階段を上がってゆく。 改札を抜ける前にもう、あのひとは目を伏せた姿で僕の目に一瞬で焼きついて、 僕は切符を手に目を逸らして改札を抜ける。 進まない足を、ゆっくりと機械的に前へ運びながら、 無意識に僕はあのひとまでの歩数を数え、 壁際に立つひとを目の端にとらえたそれだけの姿勢で 一歩ずつ近付いていく予感を諦めとともに受け容れる。 隣に、立つと 目を上げてその視線をとらえ 微笑む、言葉では何を言えばいいのかわからなくてこわい
*
恋なのかな。こういうのが。 だとしたら苦しすぎて思い出すたびに息ができなくなる。 想うだけで胸が詰まって、そんな日は朝が来ない。 もうどこへ行っても逃れようのない、そんな絶望感に満ちてしまうから、 僕の原風景は夜の雨、街外れの高台で潤んだように光る淋しい景色だ。 僕は結局今でもずっと、あの景色を探している
2005年09月06日(火) |
そうしてどこまでもあなたはいとしい |
髪を洗う。 外からは虫の声、秋の夜長も近い。 首筋を伝う水の、Tシャツに染み込んでゆくのをぼんやりと、感じ取っている。
帰り道、不穏な雲の速く流れていくのを見ながら、ここはどんなにか平和だ、と考える。 ここにはとりあえず戦争も、飢えも悲しみも無い。 僕は日本を愛しているけれど、この国、きっと何十年か後には無くなってる気がするな。 それをしみじみと感じながらも何もしないのが僕たちの世代で。 この無気力さは何によって生み出されたんだろうね。 なんだかマニュアル世代の悲劇、みたいなものになりそうでちょっとやだ。
気まぐれに淋しさと怠惰を入れ替えて遊ぶ。 まぁ、それなりに面白がってよ。 だらだらとなしくずしに深みに嵌まってゆくのが僕らしいと言えば僕らしい。
あなたの指輪は僕の指に、 口付けはこの唇に、
そしてこのこころはあなたのそばに。
そうしてどんなにか、優しくしてくれた人のために生きていく。
そういう偽善が人生であってもおかしくない、なんて無様な自己弁護。
イヤなこと、キライなこと、それら全部ゆるせない融通の利かない自分のために自分のためだけに生きる、なんてとても、潔癖な生き方。
わらって、くれますか、
そうやって赦してくれなければきっと死んでしまう。
そんな甘えを口にできるくらいにはしたたかに、君の声を夢枕に聴くよ。
*
すこぉし、遠すぎるね、と言いながらも ひとを抱く夢を見る。 目を閉じて、肩越しには何も見ない。 酔うだけ。 それだけでここは、秋の日のように穏やかに円い。
そうしてどこまでもあなたはとおい
|