こころの大地に種をまこう 春名尚子の言霊日記

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2004年12月30日(木) 宣言と祈り


 私の中に、神さまがいる。
 私の中に、地球がある。
 私の中に、宇宙がある。

 私の中に、川が流れ、海があり、山があり、空があり、風がある。
 あの木々の一本一本が私だ。

 私という身体は、私だけのものではない。
 私というエゴを使って、存在させられているだけのものだ。
 私は、私であって、私じゃない。

 私の中の地球が悲しむことなく、
 傷つくことなく、喜びに満ちあふれるように。
 地球に恥ずかしくなく、誇りを持ち生きよう。

 この手を、世界を傷つけるためには使わない。
 この手は、世界を癒すためにある。
 この口を、世界を汚すために使わない。 
 この口は、世界を美しくするためにある。
 自分自身の感情に責任を持って、一瞬一瞬を生きよう。

 私は神の化身。いつでも神とともにある。
 それを忘れないでいよう。
 そして、ほんとうにやるべきことをまっとうするために、
 こころをひらいて、道を歩もう。


                 【惑星のかけら】未発表より



 すべてを超えてゆくことを可能にする力がある。
 人生の境界線をも。
 容赦なく襲いかかってくる悲しみすらも。

 それは、ゆるし、いやし、いつくしみ、
 つつみこむ、おおいなるやさしき力だ。

 すべてのものはひとつで
 あなたは私であり
 私はあなたである
 すべての生命は自分自身を映す鏡だ

 すべての生命が
 それぞれにその役割を果たしているのだとすれば

 もう誰かを うとむことも うらむことも 
 うらやむことも 必要ではない

 すべてのいのちは美しく
 すべてのものは たったひとつのものなのだ
 
 それを理解するために
 人は祈りを捧げる

 より大きなものと繋がって
 より純粋な光を思い出すために


                【惑星のかけら】未発表より



やっと、涙が出てきた。まだ、泣けなかった。

自分がどうすればいいのかわからないときに、
悲しみに溺れることはできないから。

やっと理解した。
そして、どうすればいいのかもわかった。
私は発言をする、まずはそれだ。




今回の災害は、人災だ。




私たちすべての人間にその責任がある。

世界は人の想いでできている。
私たちのこころの総意で、世界は存続している。
それは、知ってる?

私たちが望んでいないであろう、今の世界。
でもそれは私たちの思いでできあがっている。
私たちの意識と無意識で、この世界はできているの。

私たちは常に、加害者なの。

まずは、それを知ってください。

もう加害者も被害者もいらない。
共存しましょう。
すべての人と、ほかの生命と地球とともに生きようよ。

お願いです。
こころを地球とチューニングしてください。
ほんの数秒でかまわない。

祈ってください。

祈りとは、神になにかを願うことではありません。

祈りとは、より大きな存在とつながって、
自分自身がその一部であり、すべてであることを
想い出すための行為です。

祈りとは、より純粋な光を思い出すためのものです。

光は、自分自身の中に在ります。
闇は、自分自身の中に在ります。

光を選ぶか、闇を選ぶか、
その選択権はいつも、いつも、あなたが握っています。
あなた以外の誰も、そのことを選ぶことはできません。


すべてはひとつです。
あなたと、私もひとつです。

どうか、思い出してください。

そして、
あなたのこころの中に在る宇宙と対話をしてください。
そこでは、いつも地球の女神は微笑んでいます。

いつも笑っていてください。幸せでいてください。

もう誰も、傷つく必要はないでしょ?

気づきのための痛みは、もういらないでしょ?


想い出した人から、一緒にはじめましょう。

私は、できることからはじめます。

ありがとう



2004年12月06日(月) 【 蓮追想 】1 19才の私からの手紙


蓮の花が好きだ。

泥の中で芽を出して、やがて天を目指し葉を広げ
美しく芳しい花を咲かせる。
私はいつまでも蓮の花に憧れる蓮根だった。

蓮の根が花ひらかせるためには、
泥の中からはじまる生命であることを認めなければならない。
私は、その泥を見ないふりをしてここまでやってきた。

けれど、時がやってきた。
勇気を持って踏み出そうと思う。
泥の中から這い出して、さまざまなものと出会い
上へ向かうことを怖れずに、泥水から顔を出そう。

しかしそれでも、美しい蓮の花の根は、泥の中に在る。

すべてをつなぎ、輪を描き、和をもたらす
悟りのうてなに、すべてをゆだねて
私は文字をつづってゆくことにしよう。

【 蓮追想 】


10年前の私から手紙が届いた。

19才の私のノートにつづられた、29才の私への手紙。
それに気づいたのは9年と11ヶ月目の満月の日。

ふとはじめた掃除がきっかけだった。
山のように溜まったネタ帳をぱらぱらとめくっていたときだった。

そのタイミングに身体がふるえた。

日付は、沖縄に移住する直前の1993年6月24日

私はたくさんの不安を抱えていた。
解消できない過去をひきずっていた。

小学3年生のとき両親が離婚して、私は母とふたりで家を出た。
5年生になったとき、5才上の兄と一緒に住むようになった。
以来6年間、私が家を飛び出すまで兄から暴力を受けつづけた。

創価学会信者の母は、それをカルマだといって目をそらし
私は暴力から逃れることはできなかった。
性的虐待を受けずにすんだのが幸いだが、
その間の記憶を失うほどの日々が私の少女時代だった。

15才で音楽と出会い、16才のときスピッツと出会った。
湾岸戦争が起こり、はじめて“声”が聞こえてきた。
私は、声に導かれ、音楽に支えられて家を飛び出した。
そして喜納昌吉と沖縄の強烈な自然に出会った。


19才の私からの手紙の内容に、私は涙した。

19才の私はたくさんの想いを抱えて、
10年後の私にむけて言葉少なに手紙を書いた。

 10年後の私は幸せですか?
 あなたはいまなにをしていますか? 

19才の私からの手紙を受け取った29才の私は、
ちょうど10年後の2003年6月24日に
彼女に手紙を書くことに決めた。

その日以来、私は少し変わった。
精一杯日々を生きていたあの日の私に、
誇りを持って今の自分を紹介できるように。

愛と祈りとともに生きることに決めた。

2003年5月16日から6月24日まで、
まわりの人が驚くくらい清らかな日々を送った。
たくさんのことを教えてもらった。


2004年11月27日の満月の日。
これまでのことを書きはじめなさいと“声”が聞こえてきた。
何からはじめればいいのか、わからないままに、
こんなに日が経ってしまった。

暴力や怨念や憎悪という
悪循環のスパイラルを断ち切るには
私が私を愛するしか方法がない。

愛を発しつづけるしか方法がない。

親から受け継ぐカルマがあるとしても、
私はそれを子には伝承しない。
それが、私の愛だ。

世界を愛で満たすために、私は生きる。

そのことを学ぶために、私の子供時代はあり、
兄もまた加害者ではなく被害者だったことに
11月11日に、気がついた。


私からは、暴力を発しない。
私に限っては、暴力は暴力を生みださない。
苦しみと時間を経て、私の中で学びと愛を生みだした。

けれど、それをもう他の人が学ぶ必要なんてない。
傷ついて“なにか”を学ぶ必要なんてない。

だから私は、すべてをさらけ出してゆこう。
赤裸々に私の通ってきた修羅の道を描きつづけることで、
暴力をこえる愛が存在することを立証しよう。


私のイキザマで実証したいのだ。

愛することは、なによりも美しいことだと。


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