ジョージ北峰の日記
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2003年11月30日(日) 雪女、クローンAの愛と哀しみーーつづき

 そんな彼女の一方的な意見だけでは、私は協力しかねる。君の意見はどうなんだ。 
 私だって彼女を助けたい気持ちは君より遥かに強いと思う。だけど、今君にはどうしても話せない理由があるんだ。
 彼女が死んでも構わないと言える理由がかい?それは一体何なんだ!
 勘弁してくれよ、それだけはたとえ相手が君だとしても、如何しても話せないのだ。
 A子のことだけなら話しても良かったかもしれない。しかし、事態は全く変わっていた。A子は誕生してくる子供がクローンの子供だと、誰にも絶対に知られたくない、と言っていた。私は、C医師なら今回の事情について話し、協力を願っても良いのではないかと思ったこともあったが、A子の意思も無視できなかった。否、むしろ彼女の心配は当然のことだった。
 それじゃ君は他の病院を探してくれ、私は協力できない。そんな無茶なことをしたら私自身、この病院での信頼を失ってしまう。
 私は、彼の言うことも十分理解できた。そうだね、納得せざるを得なかった。一方彼女は、今や子供の誕生と言う希望と自分の死と言う天国と地獄の狭間で、気を落とすこともなく毅然と生きていた。
 私がC医師の話をすると、A子は、即座にそれは予想していたこと、(私は)そんなに弱い人間じゃないわ。私は一人ででも産んでみせると言い切った。

 それから1ヶ月程経って、C医師から電話が入り、私達の決心が固く変わらないことを知ると、自分が主治医として協力すると約束してくれた。私にとって、彼の申し出がどれほど嬉しく心強い言葉だったか想像していただけるだろうか。A子の帝王切開、その後の癌治療などいろいろ難問を抱かえていることを考えると、如何してもC医師の協力が必要だった。もともと私はC医師は、彼の性格上必ず協力してくれるはずと信じていた。
 C医師は君たちの事情は聞かないことにする、君のことだから(私に話すことが出来ない)余程の理由があるに違いない、ただ彼は診察の過程で私達の秘密を知ることになるかも知れないが、その時は許してくれるだろうね、と言った。
 私は彼の真意を理解した。君たちの真実は必ず突き止めてみせる、だから
君達は、今話さなくて結構だ、と言っていたのだ。
 彼はA子のことをクローン人間と知ることになるだろうか?しかし彼がその事実を疑ったとしても、私から話すことは決してしないと再度決心を固めた。彼の思いやりに満ちた言葉に、ややもすれば乗っかってしまいそうな自分の意思薄弱さが怖く、厳しく反省し戒めたかったからだ。
 彼は、A子の妊娠月数が進むにつれて、彼女の年の割には不思議だ、高齢出産のように思える節がある、と指摘することがあった。その度に私の不安(A子の出産のことはもとより)は募り、彼に彼女の真実が知られてしまうのではないか、と背筋が寒くなるのをおぼえた。嬉しいニュースもあった。それは後腹膜腫瘍の増殖が止まったようだと聞いた時だった。彼は、これなら自力で出産できる可能性が高いとさえ断言するようになった。そうなると、私の方も、A子が出産を無事すませ、且つあわよくば腫瘍が消失してくれることを祈るようにさえなった。再度彼女と一緒に人生を共に歩めるのでは、と期待は膨らむ一方だった。


2003年11月03日(月) 雪女ークローンAの愛と哀しみ、つづき

 あなたも気付いていたと思うけれど、もう既に私には老化の兆しが出始めているでしょう?クローン人間は何度でも作り出すことが出来るでしょうが、この子は違う。クローンじゃない。私とあなたの間にしか作れない、世界で唯一の命!この子こそ、本当の私の魂。
 この子を無事に生むことが出来て、私自身は滅びることになるかも知れない。母と同じ運命を辿りそうなのね。でも私は構わない。勿論普通の人間の考えることとして、私もこの子を自分の手で育てて見たい。でも私はクローン人間、寿命が短いかも知れないのでしょう。だから、それは無理な相談かも知れない。
 私は元々、子供さえ産めない体ではとさえ思っていたわ。そう考えれば今 回のことはそれ程悲しむべきことじゃない!
 それに、もし癌でなくても産後、老化が進むことだってあるでしょう。
 それなら同じことじゃない。この子はクローンじゃないのよ!
 あなたには、この子こそ本当の私と思って育てて欲しいの。
 もし私が死ぬことがあっても、この子を通して私はあなたと一緒に生きて いくつもり。決して寂しいと思わないで頂戴。私のことを哀れとも思はな いで頂戴。私の人生は短いかも知れないけれど、あなたのように純粋で、 誠実な人に巡りあえて、本当に幸せだったと思っているの。
 少なくとも姉よりは運が良かったと思っているわ!

 人間が善と考えてきた科学的知識がもたらした悲劇は枚挙にいとまがないだろう。しかしA子の場合こそ、これまで人類が経験したことのない最大の悲劇だった、と言えるのではあるまいか。
 彼女の話を聞きながら、私はやり場のない怒りと、悔しさが込み上げてきて溢れる涙を抑えることが出来なかった。私はただ泣くことしか出来なかった。そして一言、分かったと答えるのが精一杯だった。

 XII
  彼女が生きることを望み、私の仕事のパートナーとして活躍する選択肢を選んでくれるだろうと、私は期待していた。しかし彼女は私の意に反して、クローン人間である自分を現世から積極的に消去する方を選んだのだ。
 もはや私は自分の考えを変える必要に迫られていた。
 私は決心した、事態をもっと前向きに、明るく捕らえなおすべきだと、つまり、まだ私達の夢が全て完全に消え去ったわけではない、子供の誕生と彼女の病気の克服!と言う極めて低い、狭い抜け道を発見するの可能性だって完全に閉ざされてしまった訳ではない、ほんの少しの望みでもあるなら、その扉をこじ開けその道に進入する方法を探って見ることも選択肢の一つだと。
 しかし私の前にはC医師の説得と言う厚い壁があった。彼は明らかに私達の判断に怒っていた。君は医者だろう、それはほとんど100%不可能なことだと分かっているはずじゃないか。しかも君はA子さんを今後も必要としているのだろう。今の段階なら彼女の命を救うことを優先する方が賢明な判断と君なら分かる筈じゃないか。どうして彼女を助けようとしない。何の理由があってそんな無理なことをするのだ。
 私は、彼女の真実を全て話してしまいたかった。そうすれば私の気持ちが少しは楽になるだろう、C医師だってきっと積極的に協力してくれるに違いなかった。しかも彼は友人として、人間として最も信頼の出来る人物だった。
 しかし子供を産むことが彼女の意志なのだ。その為に死ぬことがあっても 仕方がない、と言うのだ。
 で、君はそれを認めるのかい。彼女は確実に死のぞ!


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