人物紹介
紹介
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公立高校を落ちて、無いだろうと諦めきっていたところで、K先輩と偶然に再会しました。 目が合った瞬間、お互いに驚いた表情だったと思います。 K先輩は、前から3番目の座席に座っていて、そこそこ混雑していたので会釈だけして、私は奥に入りました。 後ろから、時々K先輩を見ると、先輩は寝癖の頭をしきりと手でなでていて、その様子がなんとも可愛らしく思えました。
バスが駅に着くと、先に降りた先輩が、私が出てくるのを待っていてくれました。
「まだ、部活やってるんだ?」
K先輩は私の荷物を見ながら言いました。 そして、
「駅まで持ってあげるよ」
と言ってくれました。 相変わらず、K先輩は優しいんだなぁ・・・と思いながら、甘える事はしませんでした。 思えば、K先輩と肩を並べて歩く事すら、中学の時には無かったので、今回が始めてで、ドキドキしました。 K先輩は、私の高校を制服でどこだか、すぐに分かったようでした。 そして、その前の年の夏休みに、偶然スーパーで出会った時の話になりました。
「あん時、まじ、俺ビックリしてさ。変な顔しただろ?ごめんな。」
K先輩が謝るので、私はおかしくなって、笑い出しました。
「そんなに笑うなよ。お袋と一緒だったからさ、みっとも無いとこ見られた気がしてさ」
K先輩は、やはり、恥ずかしかったようでした。 私は、
「そんな事ないですよ。親孝行でいいじゃないですか」
と答えました。 自分でも、こんなに気楽に言葉がスラスラ出てきたことに、正直驚きました。 そして私は、通学時間に会えることは無いと思い込んでいたので、聞いてみました。
「K先輩、いつも、この時間のバスなんですか?」
K先輩は、
「いや、今日は寝坊した。いつもは、2本ぐらい前のバスかな」
と答えました。 本当に、偶然が重なったのだと、嬉しくなりました。 改札を抜け、「じゃ、また」と言って去っていくK先輩の後姿を、私は見えなくなるまで見送りました。 果たして、「また」があるかどうかも分かりません。 それまでも、何回か「また」という言葉を聞いてましたが、どうやら先輩の口癖なんだろうな・・・と思うことにしました。
それ以来、私は同じバスに乗る事も無く、K先輩と会わないまま過ぎていきました。
高校に通う電車では、他の男子校の高校生も乗っていて、毎朝同じ時刻の同じ車両に乗る私たちが会う顔ぶれは、いつも同じでした。 私と一緒に通学をしていた友達であるRは、とても美人で、いつも電車で注目の的でした。 特に、隣中学出身の男子校生は、毎朝、R目当てに同じ車両に乗ってくるようでした。
その頃、その男子校生徒とは、お互いに女子高・男子校ということで、友達の「紹介」で知り合うというのが流行っていました。 その男子高生の中に、私と同じクラスの子の中学からの友達が居て、ある日、話を持ちかけられました。 その男子は、毎朝同じ電車で会う事もあり、私は興味本位でその話を受けました。 それが、O君でした。
彼は、その頃のジャニーズ系で、身長もあり、見た目は悪くありませんでした。 家も、隣中学ということで、比較的近所に住んでいました。 最初は、その友達と私の3人で、お茶をしに行きました。 電話番号を交換し(当時はまだ、携帯電話はありませんでした)今度、遊びに行こうということで別れました。
翌日、紹介者である友人が、O君から電話があの後あったと言われました。
「なんかねぇ、亜乃の下の名前聞いてきたよ」
確かに、紹介してもらった時に、私は下の名前を言いませんでした。 それを聞くということは? どういう事なのか分からないでいると、周りで話を聞いていた子達から
「名前で呼びたいんだよ〜〜〜っ」
とかわかわれました。 それを聞いて、なんとな〜く。私はあまり良い気分ではありませんでした。 いきなり、名前を呼ぶなんて馴れ慣れしい。 そんな風に感じたのかもしれません。 私は、それまで男子からは名字で呼ばれていたので、下の名前を呼ばれる事に抵抗がありました。 なんだか、下の名前で呼ばれる事は、特別な事だという意識があったのです。 あのK先輩でさえ、私を名前で呼んでくれたことはなく。 父親以外の男性に、「亜乃」と呼ばれる事には、もの凄い嫌悪感がありました。 それは、恋人にとっておきたいという想いがあったのです。
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再会
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少し話は前後します。
中学2年の時知り合い、卒業と共に別れる事になったK先輩と、私は偶然会った事がありました。 それは、A美達からの嫌がらせの最中の中学3年の夏休みでした。 母と買物へ行った食料品売り場。 買物袋を詰めてエスカレーターへ向う途中、たまたま目をやったレジに、K先輩の姿がありました。 K先輩も、母親と一緒に買物へ来ていたようでした。
私は、一瞬見間違いかと思い、エスカレーターに上がりながらもK先輩から目を離せずにいました。 正直、好きになってからというもの、まともに顔を見れない事が多かったので、自分の記憶に自信が無かったのです。 エスカレーターからもうすぐ姿が見えなくなりそうな時、K先輩も私に気付きました。 K先輩も、一瞬驚いたような表情をし、次にちょっとだけ恥ずかしそうな笑顔を浮かべました。 お互いに、母親に気付かれないように、軽く会釈をしただけの偶然の再会でした。
私はその頃、まだ自分で洋服を買う事など無かったので、服は全て母が買って来てくれてました。 その日の私の服装は、ピンク地に白の水玉模様のツーピースで、今思えば、フリフリの子供っぽすぎるものでしたが、その頃の私にとっては一番の外出着でした。 以前に、K先輩が突然きてくれた時、みっともない格好を見せてしまったという後悔があっただけに、私はリベンジを果たしたような気分になりました。 そして、高校生になったK先輩が母親と買物に来ていた事と、私を見て会釈をしてくれたことで、やっぱりK先輩は優しい人なんだなぁ・・・という印象が強くなった出来事でした。
K先輩からもらった色紙は、別れた後でも私の部屋に飾ってありました。 ボタンを持ち歩く事はありませんでしたが、大切に布に包んで仕舞ってありました。 私の中で、K先輩はいつまでも憧れの人であり、他にN君を好きになったりもしていましたが、そういう恋心とは別の存在になっていました。
中学を卒業し、私は受験に失敗したために私立の女子高に通う事になりました。 正直、高校生になって、K先輩とまたどこかで会えるんじゃないか?という期待が心の中にありました。 公立を選ぶ時にも、わざとランクを一つ落とし、少し遠い場所を選びました。 K先輩が遠くの高校へ通っているので、早い時間に自分も駅に行けば、偶然に会える可能性があると思ったのです。 でも、受験当日。私はもう凄い具合の悪さもあり、確実だと言われていた高校を落ちてしまいました。 そして、私の浅はかな想いは、殆ど叶わなく無くなったと思いました。
女子高に入った当初、私は物凄い落ち込みようでした。 受験に失敗した時のショックも大きなものでしたが、実際にどこを向いても女ばかりという現実を目の当たりにした時は、なんだか詰まらない高校生活になりそうな気がしたものです。 同じ高校に入った子は、私の他に同じ中学から2名いましたが、殆ど話をしたことが無い子達でした。 私の中で、A美達とのことから、女の子に対する苦手意識が強くなっていたのだと思います。 女しかいない集団の中で、自分が上手くやっていけるのか、自信がありませんでした。
入学した最初の頃、私は自転車で駅まで行き、途中の駅から友達と合流して通学していました。 雨の日は、バスに乗ったりもしていましたが、時間帯が違うのでやはりK先輩に会う事はありませんでした。 春の遠足などがすぐにあり、少しずつ私は女子高生活に馴染んでいきました。 部活は中学と同じ運動部へ入部しました。 最初は走らされてばかりでした。 中学の時の女の先輩達は、あまり部活に出ない人が多く、姉の友達の妹さんがいたりもしたので、楽な方だったのだと思います。 でも、高校の先輩達の中には、当然知り合いも無く、とても厳しく怖い人ばかりに見えました。 特に、3年生と2年生の先輩たちの仲が悪かったようで、そのトバッチリが来るようなこともありました。
毎日部活でヘトヘトで、余計な事を考える余裕も無く、一ヶ月が過ぎた頃。 やっと、道具を持って練習が出来るようになりました。 その日は、晴れていましたが、荷物が多かったので、私はいつもよりちょっとだけ早く家を出て、バスで駅に行く事にしました。
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結局・・・
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私とA美は、待ち合わせをして登校しなくても、毎朝、お互いに決まった時間に家をでると丁度私が角を曲がるところで出会うので、一緒に登校することが多くありました。 A美がN君に告白をしたであろう翌朝は、終業式でした。 いつも通り家を出ると、やはり歩いてくるA美に会いました。
N君と付き合うことになって、きっとA美は上機嫌だろう。 私はそう思っていました。 が、出会ったA美の表情からは正反対に、不機嫌さが滲んでいました。 昨夜、A美に会った時のために、何を言えば良いかを一生懸命に思案していましたが、言葉をかけられる雰囲気ではありませんでした。 私は、勤めて明るく振舞い、わざとその話題に触れないように意味の無いお喋りをしました。
間もなく学校へ着くときになって、A美はふいに言いました。
「N君、私のことなんか好きじゃないじゃん」
一瞬、何のことだか訳が分かりませんでした。 「え?」と聞き返すとA美が続けて言いました。
「付き合う気無いってさ」
私は、自分の耳を疑い、思わず「どういうこと?」と聞き返してしまいました。 A美は、一瞬、私を睨むように見てから
「だから、フラれたんだって」
と吐き捨てるように言いました。 なんで?思わず聞き返しそうになりましたが、抑えました。 その代わり、私の口からは言い訳めいた言葉が出てきました。
「でも、N君、いいよって・・・。」
それ以上、言葉が続きませんでした。 もう、何を言っていいのか分からなくなっていました。
「聞き間違えたんじゃないの?」
A美の口調はきつく、かなり怒っているようでした。 私は嘘は言ってません。本当にちゃんと聞いたのです。 でも、あの電話のN君の答えとは裏腹に、A美は事実フラれたのです。 私が今更何をどう言おうが、それが現実で、信用してもらえる自信がなくなっていきました。
「ごめん。でも、聞いた事は本当なんだ。ごめんね。」
怒ったまま、口を開かなくなったA美の横で、私はひたすら謝るしかありませんでした。
A美がフラれたということは、私の中では想定していない事でした。 でも、ほんの少しだけ。本音を言えば、良かったと思っていたようにも思います。 自分が大好きな相手と、自分が付き合えなくてもいい。 だけど、もし誰かを彼が選ぶのだとしたら、私からみても納得のいく可愛い子にして欲しい。 そんな勝手な想いが、きっと心のどこかにあったのだと思います。
N君が、A美を振った理由は分かりません。 確かに私は「いいよ」という言葉を聞きました。 それは、肯定の意味の「いいよ」に私の耳には聞こえました。 でも、発音が少し違えば、確かに否定の意味である「いいよ」にもなります。 私は聞き間違えをしたのでしょうか? あの電話の時、私は決して平常心とは言えない状態でした。 だからと言って、肝心の言葉の意味を取り違えるほどだったとは、あまり思えません。 それとも、私が心の中で「自分はフラれた方がいい」などと思っていた為に、勝手にN君の言葉の意味を、逆に思い込んでしまったとでもいうのでしょうか?
結局、訳が分からないまま、私はN君に真意を聞く事もなく冬休みに入りました。 それからは、それぞれが受験勉強で忙しく、部活で会う事も無いまま過ぎていきました。
2月に入り。 バレンタインがありましたが、その時、フラれたはずのF子が、N君にチョコを渡したという噂を聞いていました。 F子は、高校に入っても、ずっとN君が好きなままだったと、後で知ることになります。
みんなの受験が終った後、部活で送別会がありました。 A美は、N君に話し掛ける事は無く、私は私でわざと避けました。 そういえば。N君と私が目が合うとき、いつも彼は少し上目遣い気味でした。 下からちらっと私を見上げる。背が私より高い彼のそんな視線が、どういう意味だったのか、結局知ることはありませんでした。 そして、A美は最後の最後まで、私を怒っていたのだと思います。
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告白
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N君は、確かに「いいよ」と言いました。 予想していなかった訳ではありませんが、思わず
「え?いいの?」
と聞き返すと、N君は「うん」と言いました。
これで、私の失恋は確定しました。 震えそうになる声を抑え、「ごめんね。突然電話して」と言って電話をきりました。 職員室の前の公衆電話を使った事が、多分、良かったのだと思います。 先生や生徒が時々通ることによって、私は人目を意識し、自分を保っていられたのだと思います。
電話を切った後も、何か現実感が無く、ただA美の顔を今は見れないと思いました。 取り合えず教室に行くと、仲の良い友達が残っていました。 その子に、今の電話の出来事を報告することで、なんとか気持ちを落ち着かせました。 友達は、N君の見る目が無いんだよ。などと慰めのような励ましのような言葉を掛けてくれました。 でも、彼女が心配してくれるほど、私はショックを受けては居なかったような気がします。
悪い結果を予測するのは、私のクセでした。 予測していれば、大概の事に対してはショックが小さくて済みます。 なので、失恋して悲しいという想いはありましたが、「やっぱりね」「そんなもんだよ」と自分を慰める事が出来たのだと思います。 そして心のどこかで、N君が私ではなく、A美を選んだという事で、ほっとする自分も居ました。 ほんの2ヶ月嫌がらせを受けた。 たったそれだけなのに、私はA美に対して、自分の気持ちの前に、機嫌を損なうような事は極力避けたいと思うようになっていました。
翌朝。 A美と一緒に登校する道で、私はN君に電話をして気持ちを聞いた事を話しました。 A美は、「ほんと?ほんとに『いいよ』って言ったの?」と聞いていました。 その時のA美の表情に、言葉とは裏腹に特に驚いた様子は無く、彼女は彼女でどこかで自信があったのかもしれないな・・・などと感じました。 A美は、私が何故突然N君に電話をしたのかは、聞いてきませんでした。 彼女の中で最初から、私に先に行動(告白)させて、結果を見たいという考えがあったのかもしれません。 だとしたら、私はまんまと、その作戦に乗ってしまったということになります。
でも、私はそうかもしれないな。A美にはめられたのかな。と思っても、それを悔しい等と思う感情は湧きませんでした。 上機嫌のA美を見て、私は「やっと終ったなぁ」という安堵感を持っていました。 これで、もう、A美に嫌味を言われたり、せっつかれたりすることも無くなる。 失恋の痛手よりも、その開放感が数倍、その時の私にとっては大きなものでした。
そして、クリスマスの前日。 放課後、部室へ持ち帰る道具を取りに体育館へ行くと、体育用具置き場の横で話すA美とN君の姿がありました。 私は咄嗟にまずいと思い、引き返す途中で会った後輩に、「先に帰るから」とA美へ伝言を頼み、そのまま荷物を持って一人で家に帰りました。 これで、カップル誕生か。そんなことをボーっと考えていました。
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勝ったのは・・・
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A美の提案に、私は「うん」とは言えませんでした。 N君を好きな気持ちは変っておらず、それどころか「もしかしたら」という可能性を感じていたのも事実です。
私たちは、その頃には受験勉強の追い込みにはいっていて、部活は出なくても良かったのですが、週に1-2回は出ていました。 勿論、それはN君が出ていたという理由もありました。 もしも、N君が本当に部活の誰かを好きであるならば、卒業までもう間が無いのだし、そろそろ彼から告白されてもおかしくないんじゃないか?と。 そんな風に考えると、F子にN君が言ったことは、やはりその場しのぎの嘘だったような気もしたのです。
私の中でN君が好きだという事が、イコール「付き合いたい」という状態にはなっていませんでした。 K先輩の時のように、きっと卒業したら終わりになるのだろうし。だったら、今のままで居た方がいい。 まして、受験を控えている時に振られたりするのは嫌だと思いました。
A美としては、私とは逆に。受験の前に、N君とのことをハッキリさせてしまいたかったのかもしれません。 彼女は成績の良い子だったので、私やN君よりも上の高校を受験することになっていました。 勿論、私とN君も別の高校を志望していましたが、N君は男子校を受験するらしいと聞いていて、それならば付き合いが続くだろうとA美は思っていたようでした。
私は、A美の押しの強さに、切羽詰ってしまったのでしょう。 A美に逆らいきれないと思い込み、次の日の夕方。 部活に行くとN君は来ていませんでした。 他の部活の子に下校したと聞き、一人でN君に電話をすることに決めました。 放課後の人気が少なくなった職員室の前にある公衆電話で、N君の家に電話をしました。
あの時、何をどう考えてあんな言い方をしたのか、今の私には分かりません。 ただただ、私はとにかく、A美が満足するようにとしか考えられなかったのかもしれません。 そこには、友情とかそんな感情は無かったのだと思います。
N君の声は、普段聞くよりも低く感じました。 先に出たのは母親で、多分、側に居たのでしょう。 少し喋り辛そうな雰囲気を感じました。 その時の私に、それを考慮する余裕など無く、いきなりN君に聞きました。
「あのさ、もし、A美がプレゼントくれたら受け取ってくれる?」
N君は、少し驚いたような雰囲気で「え?」と聞き返してきました。
「あのね。クリスマスにA美がプレゼント渡したいんだって。受け取ってもらえる?」
私は重ねて言いました。 N君は、少し沈黙した後、「うん」と返事をしました。 それを聞いて私は、やっぱりN君が好きなのは、私ではなくA美かもしれない。と感じました。 心臓がバクバク言い出し、泣き出しそうな自分を押さえ込みました。 そして、自分は振られたのだと思い込み、半ば自棄になったような気分で、更にN君に聞きました。
「じゃぁさ。A美が『付き合って』って言ったら、付き合ってくれる?」
自分でも可笑しな行動だと思います。 まるで、A美の恋の橋渡しをおせっかいにするかのような言葉が出てしまいました。 このとき、それでもその答えがNOであることを、ほんの少し期待していたのだと思います。 漫画のように、「俺が好きなのはお前だ」と言ってくれる展開を、頭の片隅で期待していたのかもしれません。 見方によっては、とても私の行動はずるいものだったのだと思います。 自分の気持ちを言わずに、N君の気持ちをA美を利用して探ったのです。
言った後に、すぐ後悔しました。 N君の無言でいることが、私を余計に後ろめたい気持ちにしました。 もういいや。そう言って今すぐ電話を切ろう。
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争奪戦
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F子がN君に誕生日プレゼントを渡したことで、A美にとってライバルが新たに一人加わりました。 F子は、N君に対して私から見て積極的なA美より、更に上を行く熱狂振りでした。 N君と私はクラスが近く、同じ階でしたが、違う階のF子を休み時間でもよく見かけました。 N君が通るときゃぁきゃぁ騒ぎ、それは部活中でも同じ状態でした。
F子にも、A美がライバルだということは、すぐに分かったようでした。 N君を見に体育館にF子が来ていると、A美はわざとN君に話し掛け、それはまるで見せ付けているかのように感じました。 私は、なんだかヒートアップしていく2人の戦いに、ただただ圧倒されていました。 どうやら、A美にとっては私よりもF子には絶対に負けたくないっ!という気持ちが大きかったようで、私に対してもF子を蹴散らす協力を求めてくるようになりました。
そんな事が一ヶ月以上続き、N君にとっても、モテるのは嬉しくないはずはありませんが、2人の間に立たされたような状態に困惑している様子でした。 N君が、F子をどう思っているのかを知りたがったA美に頼まれ、私はわざとN君をからかたりもしました。 私が「F子が来てるよ〜」などとN君に言うと、彼は「知らねーよっ」と嫌そうに答え、それを聞いたA美が喜ぶ。 最初、A美は「N君は迷惑がってるのにさぁ、F子しつこいよね。」と嬉しそうでしたが、N君は次第に、A美のことも煙たがるような素振りを見せ始めました。 A美が近づくと逃げるかのように、他の男子部員の中へ入っていったり、別のメニューで練習している私たちの方へ来るようになっていきました。
そんなある日。 F子がとうとうN君に告白をし、振られたという噂が入ってきました。 部活前の廊下で、F子が泣いているのをA美のクラスの子が見て、報告したようでした。 振られた理由は、「他に好きな子がいる」ということだったらしく。 その後、F子が私のクラスを覗きに来た事がありました。 F子と前の学年で同じクラスだった子が廊下に呼ばれ、少し話をしてから私のところへ来ました。
どうやら、振られた時にF子は、かなりしつこくN君に食い下がったようで、 「好きな子っていうのは、同じクラスの子?部活の子?」 なども聞いたそうです。 そこでN君が「部活」と答えたらしく、「それはA美?」と更に聞いた所、「違う」と言ったらしく、それで私かもしれないとF子は思って来たようでした。 でも、だからと言って私は自分の事をN君が言ってるとは、あまり思えませんでした。 F子の手前、嘘をついたということもあるし。 でも、少しだけ、可能性があるような。そんな気持ちもありました。
A美の耳に入ったのは、「同じ部活に好きな子がいる」ということだけで、それがA美では無いと言ったことまでは知らないようでした。 F子が振られたことによって、またA美のライバル心は私に向ってくるようになりました。 ただ、前と少し違ったのは、自分が多少N君に避けられている感じがしたのでしょう。 弱気な感じで、「きっと亜乃のことが好きなんだよ」という事が多くなりました。 時には、「今日もN君と話せてよかったねぇ」などと、半分嫌味が混じったような事を言われる事もありました。
あまりにも、A美が毎日そんな事を繰返し言うので、私の方が逆にN君を、余計に意識してしまうようになりました。 F子が振られる少し前に、一人で渡すのは嫌だからとA美に言われ、K先輩の時と同じように質問の手紙をN君に一緒に渡した事がありました。 その手紙を渡すという事は、その頃の中学では「好き」と言ってるのと同じようなことであり、私がN君を好きだということは、そこでバレているも同然でした。 少なくとも、N君は3人の女子に好かれ、そのうちのF子は振られ、A美は避けられ。 あまり変らぬ態度をとられているのは、私だけ。 A美は次第に、私に「N君に告白しちゃいなよ」とせっつくようになっていきました。
口では、半ば私とN君がくっつけば諦めるような事を言っていたA美ですが、私は嫌がらせを受けた過去が身に沁みていました。 だから、A美の言葉をそのままに受け取ることは出来ません。 一度、誰かに嫌がらせを受けた事がある人なら、きっと分かるかと思います。 その相手に対して、何も悪い事も弱い立場になっている訳でも無いにも関わらず、何故か対等になることは出来なくなるのです。 私は、知らず知らずの内に、心のどこかで恐怖心に似た警戒心を常に持つようになり、下手に出てA美の機嫌を見るような、そんな状態になっていたのです。
もしも。万が一、N君の私の告白への返事がYESだった場合どうなるんだろう? N君と付き合える事になったとして、その喜びよりも、A美とのその後の怖さを方が先にありました。 のらりくらりをA美の要求をかわす私に、A美はしびれを切らせたようでした。
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新たなライバル
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A美に対し、負けたくないと思い始めたとは言っても、当のN君の気持ちが分かりません。 N君と目が合う回数が増えた程度では、A美が言うようにN君が私に好意を持ってるという自信は持てませんでした。 周りの友達は、A美には負けるなっ!と励ましてくれました。 あんな、意地悪な女は、N君は好きにならないよ。とも言ってくれてました。
でも、実際問題。N君が、今回の嫌がらせの大元がA美だということに、気付いているとは思えませんでした。 A美は、特に外見がどうのというより、頭も良く、面白く明るい子で、そのキャラクターで皆に好かれていました。 現に、私は同じクラスだった2年の時から、彼女に夢中だった男子を知っていました。 でも、A美が、その男子を気持ち悪がっていたことも知っています。 私とその彼は、比較的仲が良い方で、色々話をすることが多かったのですが、ごく普通の優しい男の子でした。
彼のその想いは、クラスが変った3年になっても同じで。 その彼に頼まれて、私は、A美にプレゼントを渡すことになりました。 嫌がらせが終わり、A美と徐々に会話が増え始めた10月のことでした。 部活に行った私は、部室でA美にそのプレゼントを渡しました。 でも、その時のA美の反応は、「やだ〜〜っっ気持ちわるーーっっ」で、なかなか受け取ってもらえませんでした。 私は、彼に、その話は出来ませんでした。好きな子がそんな事を言ってるなどと、言えるハズもありません。
そして、結局。 彼はA美に酷い振られ方をしたらしく、かなり激しく落ち込みました。 彼にとって、いや、多分、殆どの周りの人間にとって、彼女は「性格がいい子」として評判でした。 その性格が良い子に、酷い言われ方をしたということは、自分がよっぽど嫌われる存在なんだろう。 彼は、そう思ってしまったようでした。 後から聞いた事ですが、どうやらそのプレゼントを、A美は付き返し、「気持ち悪い」とまで言ったそうです。 私は、自分がA美の性格を知りつつも、彼に言わなかった事を後悔しました。
この件をきっかけに、A美はN君に積極的になっていきました。 自慢とも思えるように、A美が彼を振った話を私にすることで、彼女が「自分はモテる」というような自信を持ったのだと感じました。
中学生の恋愛の場合、本人よりも周りの後押しが強いことで、相手が気づく事が多かったような気がします。 好きな相手が居ると、側に居る友達が背中を押したり、それに恥ずかしがる自分が居たり。 そんな事を、女子がきゃぁきゃぁ騒いでいれば、その男子が気付くのも当然です。 多分、私もそんな感じだったので、N君に気付かれていたと思います。 ただ、私の場合、部活では殆どN君と話すことが出来ませんでした。 それに比べ、A美は何かとN君に話し掛け、その素振りは端から見ていても、女の子だなぁという可愛らしい感じでした。 きっと、N君もそれを意識し出したのでしょう。 部活中のN君は、前のような柔らかい笑顔が少なくなり、厳しい表情が多くなりました。 きっと、かっこつけていたのだと思います。
そして11月の中頃、N君の誕生日がありました。 プレゼントを渡したA美は、私と一緒の帰り道、嬉しそうに報告していました。 私は、その頃にはなんとなくA美には叶わないと思うようになっていました。 A美がN君を好きだということは、周りがほぼ知っている状態になっていて、N君もまんざらでは無いという風に見えたのです。 もう、私がN君に近づける余地が無いかのように感じていました。
その誕生日の翌日。
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ライバル
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Kが、部活の道具を持ってきてくれました。 どうやら、私が部活を辞めると言ったのを聞いた顧問が、何があったんだ?と部員に尋ねたようでした。
Kにしても、ここまでの事になるとは思っていなかったようです。 私の存在が、なんだかおもしろくないという事から、ちょっと意地悪をしてやれ程度の気持ちで、最初はYのやる事に面白半分で乗っていた。 でも、徐々にエスカレートしていくYの嫌がらせは、自分の中の意地悪の限度を越えてきて。 最初は強気に反発しているように見えた私の表情が、さすがに辛そうになっていくのを見て、さすがに罪悪感が込み上げてきた。 だからといって、Yを止められるほど、Yに強く出る事は出来なかった。
実際にKがここまで言った訳ではありませんが、多分、こんな感じなんだろうと私は気付いていました。 元々、Kは物事をハッキリと言える、正義感の方が強いタイプの子でした。 少し、独特の雰囲気も持っていて、周りも、彼女に対しては気を遣っていました。 怒らせると怖いという意味では、YとKは同等で、2人に逆らうような子はいませんでした。 その2人に、A美は可愛がられていたという状態。 私から見て、YとKの性格は分かり易い単純さがあり、怖いと思ったことはありませんでした。 それに比べ、A美は、どこまで底があるのか分からない怖さがありました。
道具を持ってきてくれたKは、「ごめんね」と謝ってくれ、部活に出るように言ってくれました。 私の中で、それで何もかもスッキリした訳ではありませんでしたが、Kの好意を無駄にするのも悪いと思い、部活に出る事にしました。 今から考えると、かなりのお人好しな気がしますが、Kが間もなく転校することを知っていたのも理由でした。 それに、部活を辞めることは、Yの嫌がらせに負けた事になるし、なにより気になっているN君に会えなくなるのも残念だと思いました。
放課後になり、部室に行くとYが居ました。 Yの表情は、決して反省をしたというものではありませんでしたが、一応、謝罪めいた言葉を言ってくれました。 Y曰く、「ちょっとからかっただけなのにさぁ」だそうです。 Yは、いじめを楽しむタイプの子でした。 そして、Yを中心とする嫌がらせは、夏が終る頃まで続き、これをきっかけに終りました。
Yに乗せられ、男子部員も一緒になっていた中に、N君だけは入っていませんでした。 その間中、N君はK先輩の時と同じように、皆を制してくれていました。 それは、A美達女子部員の目には、「なんだか最近N君、怖くなってない?」という風に見えていたようで、そんな会話が部室でされていました。 N君は、私が嫌がらせをされていることに対し、「やめろ」などと具体的な言葉を言う事はありませんでした。 でも、私を気にかけてくれているようで、そういう時には必ずN君と目が合いました。 部活中だけではなく、下校する際にも、気付くとN君に見られていたということが、多くなりました。
嫌がらせが終っても、私はすぐに前のようになれる訳も無く、殆ど口を開きませんでした。 それに対し、気を使うようにKは何かと話し掛けてくれました。 Yは、元々あまり部活に出なかったのに、私に嫌がらせをしている間は楽しかったのでしょう。毎日来てました。 でも、それから間もなくKが転校をすると、部活には殆ど来なくなりました。 A美は、始終、何事も無かったかのように振舞っていましたが、あまり話をしていませんでした。 そして、YとKが居なくなると、徐々に会話が増えていきました。 でも、以前のように気安く話せる状態には、もう戻る事はなく、私はいつでも注意しながら言葉を選んで話すようになりました。
私とA美の共通の話題は、N君のことでした。 嫌がらせをされている間、私はN君への恋どころじゃない心境だったにも関わらず、A美は、ずっと私をライバルとして見ていたようでした。 それもあって、気に入らなかったのでしょう。だから嫌がらせを見て見ぬフリしていたのに、それは逆効果だったとA美は感じたようです。 N君が私を気にかけてくれて、私と目が合う回数が増えたように、A美もN君を見ていたのです。 A美の不満は、N君がなんだか私に対して優しく、好意を持ってるように見えるということでした。
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嫌がらせ
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A美の機嫌を損ねてから始まった嫌がらせは、表面上はA美がというよりも、その友達であるYとKが中心でした。 「いじめ」とあえて書かないのは、本当にいじめに遭ってた子たちと比べたら、まだマシな方だったからです。 それまで、私は誰かに嫌がらせを受けることも、誰かに意地悪をすることも無く学校生活を送ってきていました。
どちらかと言えば、正義感が強かったので、いじめに遭ってる子を庇う事もありました。 遠足などになると、バスの席を決めたりグループを決めたりする際に、そういう子は「汚い」という理由で女子からも嫌がられました。 そういう差別が嫌いな性格だった私は、その子を引き受けていました。 だからと言って、気に入らないという陰口は叩かれても、いじめられっ子の仲間だと嫌がらせを受けるような事はありませんでした。 決して、クラスのリーダーにも人気者にもならない存在でしたが、普通の子がいじめを出来るようなタイプでは無かったのだと思います。 その代わり、不良と言われる数人の子や、リーダー的存在の女子には、多少、煙たがられていた事は事実でした。
その理由は、よく分かりません。 ただ、ふとした時の目が怖いと男子に言われたことがありました。 その年齢にしては、恋愛以外のことについては、大人びた考えだったこともあり、自分の考えを確立していたので、堂々としているように見えたのかもしれません。 理由はつけられないので、表立っていじめは出来ないけれど、なんとなく気に入らない。 そんな感じで、表面上笑顔で取り繕いながら彼女達が接しているのは感じ取っていました。
きっと、部活でも同じような状況だったのでしょう。 だから、YとKは今まで友達であるA美の手前もあり、少々の嫌味程度で済ませていたのだと思います。 それが、私がA美の機嫌を損ねたが為に、彼女達に嫌がらせをする理由を与えてしまったのです。
最初はA美の不機嫌に伴って、彼女達も私を無視するような形でした。 部活は団体競技では無かったので、部室での嫌な雰囲気さえ我慢すれば済む事でした。 擦れ違いざまに、Yに何か言われる事もありました。 最初は無視していましたが、時には腹が立ち、「うるせぇ」と言い返すこともありました。 言い返すと、少し人より高めの私の声を真似して、オウムのように繰り返えされました。 YやKに何かをしたわけでもないのに、そんな嫌がらせをされる事が理不尽で、怒りが強かった私は、負けたくなかったのです。
そんなある日、下級生と一緒にランニングをしている時でした。 A美たち1年から部活をしているメンバーが居る中庭を通った瞬間に
「○○(私の名字)いらねーーーーっっ」
と男子の大声が響いたのです。 それは、ランニングの間中、(多分、10週近かったと思います)続きました。 男子達を誘発したのは、Yだとすぐに分かりました。 走りながら見た時に、A美は下を向いていましたが、Yはにやにや笑っていたからです。 一緒に走っていた下級生の子は、走りながら私に「大丈夫ですか?」と心配してくれました。 彼女達にとっても、何が起きたのか分からなかったのだと思います。 私は、1コ下の下級生たちと一緒に入部し、一緒に練習をする事が多かったので、彼女達にとっては、A美達に比べて親しい存在でした。
それを機に、部活中でも、いきなりそう叫ばれるような事が始まりました。 わざとぶつかられたり、足をひっかけられる等、細かい事は数々ありました。 下級生達も、今までは先輩後輩の分け隔てが殆どなく、一緒にという雰囲気で部活を楽しんでいたのに、彼女達の顔色を伺うようになりました。 同じ2年から途中入部した同級生のほかの2人には、Yが中心で私への嫌がらせが始まったとすぐに分かったようでしたが、関わりたくないという雰囲気でした。
そして、嫌がらせは言葉や態度だけでは無くなりました。 部活の道具が、ある日、部室に行くと無くなっていたのです。 先に来ていたのは、YとKでした。A美はその日、居ませんでした。 私はすぐに、隠されたんだと思い、探し始めました。 そこへ、Kが来てわざとらしく「どうしたの?」と聞いてきました。 答えるのも面倒で無視すると、「無視してんじゃねーよっ」と言われましたが、更に無視しました。 すると、「なんか、探し物?」と聞いてきました。 確実に、Kがやった本人では無くとも、Kは知っているのだと思いました。
私が、無くなった物を言うと、Kは「どこいったんだろうねぇ」と言いました。 空々しくて、吐き気がしました。 無視すると「心配してやってるのに」と言われたので、思わず「自分達が隠したくせにっ」と言い返しました。 すると、Kは、「私は知らないよ。でも、なんでこんなことになるか分かる?」と聞いてきました。 分かるも何も、こんなことをされる理由が例えあったとしても理不尽すぎる。 黙っているとKは言いました。
「Yに聞いてみなよ。」
後から分かった事ですが、全ての嫌がらせはYがしていたことで、Kはそれを止めようとしたけれど、無理だったこと。 A美は、それを知ってか知らずか黙認していたようだという事でした。
部室を出ると、体育館ではYが男子部員と喋っていました。 私を見てニヤニヤ笑いましたが、それを無視して職員室へ行きました。 我慢の限界でした。 職員室の顧問の席に行くと、私は部活を辞めたいと言いました。 理由を聞かれましたが、答えませんでした。 「後、もう少しだから考えろ」と顧問に言われ、その日はそのまま帰りました。 それから、2日ほど、私は部活を休みました。
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N君
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K先輩との恋が終って立ち直るのに、そんなに時間は掛かりませんでした。 振られたことに代わりは無いけど、嫌いな存在にはならず、憧れの先輩という形で私の心の中に残りました。
その少し後から、徐々に私は同じ部活の同級生。 N君の存在が気になるようになりました。 K先輩との事で、それを見ていた他の部活の男子が、事情を知ってか知らずかからかう事がありました。 それを「真面目に部活しろ」という言葉で止めてくれたのがN君でした。 そんな時にN君は、必ず私の目をちらっと見ました。 その行動が、私には庇ってくれているように思えたのです。
私は、相手が自分に好意があると勘付いてから、相手を好きになる。 K先輩の時と同じく、N君の場合も同じだったように思います。 ただ、K先輩の場合は告白をされたからでしたが、N君の場合は違いました。 N君は、後から思えば、誰にでも大概優しい人でした。 たまたま私が困っていたから助けた。その程度のことだったのだと思います。 だから、今回の場合は、半ば勘違いの片想いから始まりました。
それまで、背伸びをして、追いかけていたような状態だったK先輩と違い、同級生のN君は近い存在に感じました。 手を伸ばしたら届く距離にいる。そんな感じがしました。 毎日、部活で顔を合わせ、手合わせをすることもあります。 意識し出すと、不自然になる自分をなんとか抑え、平静を装っていましたが、N君への好き度は次第に高まっていきました。
梅雨に入って間もなくの頃だったと思います。 同じ部活のA美に、私がN君を好きだと言うことが、どっかからか伝わりました。 最初は「ふ〜ん」と言った反応だったA美が
「私も実はN君、いいなぁ〜って思ってるんだ」
と言い出したのは、それから数週間後のことでした。 私は、無邪気にも「いいよねぇ」とA美とN君の良さを共有するような会話をするようになりました。 A美をライバルだとか、そんな風に思いもしませんでした。 多分、私の中ではまだ「付き合いたい」とかそんなところまで、感情が発展していなかったのだと思います。 アイドルを見つけて、一緒にきゃぁきゃぁ騒いでる。そんな感じでした。
そんなある日。 私は、無用心なたった一言で、A美を怒らせてしまいました。 私はN君という共通の話題が出来て、どこかでA美との仲も深まってると勘違いしていたのだと思います。 だから、悪気が無い一言が、そんなことになるとは思いもしませんでした。 たった一言。 部活途中で、乱れたA美の髪型を、ちょっと笑って何か一言、言ってしまったのです。 具体的な言葉は、もう今は覚えていません。忘れたい出来事だったので。 ただ、言えるのは、他の友達同士であれば、そんな事にはならなかった程度だったということです。
それから、A美の態度は冷たくなりました。 と、同時に、その他の同じ部活の同級生も態度を変えました。 元々、A美が1年から仲良かったグループの中に、2年の途中から入っていった形だった私が、A美を傷つけたとしたら。 A美の一言で彼女達がA美を庇うのは当然の事でした。 彼女たちの中には、後から入ってきたのになまいきだ。 例え同級生であっても、部活では先輩である彼女達には、そんな感情が少なからずあったのだと思います。
その中に、いわゆる不良と言われる子が居ました。 その子は、なんとか組の娘でした。それだけで、怖がって近寄らない子も居ました。 学校はサボることが多かったようですが、部活にだけは遊びにくる事が結構ありました。 私にとっては、少し意地悪い程度なだけで、ただの部活の仲間の一人でした。 時々、彼女達と同じように1年から一緒の子が、その子に意地悪をされてるな・・・と思うことはありましたが、その矛先が向く事はありませんでした。 でも、それは、それまでは目をつけられていなかったから。 A美と私が通学を共にしていて、A美に嫌われていなかったから。 それだけの事でした。
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理由
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A美からの伝言で、別れを知ってから、私は何度かK先輩に電話しようと思いました。 悲しいとか悔しいとか、そんな感情の前に、「何で?」という想いが強かったのです。 K先輩に振られる原因は、いくらだって思いつきました。 話も出来ないような自分では、振られて当然。 高校生になって気持ちが変わったというのも納得出来ます。
でも、K先輩は卒業式の時も、あの時も、「連絡するから」と言ってくれました。 「待ってて」と言ってくれました。 思い出せば、K先輩はいつでも優しい声でした。 結局、K先輩が本当はどんな性格で、どんな人なのか知る事が出来ずにいたけれど、優しい人だということだけは、なんとなく嘘では無いと感じていました。 優しい人だから、私を必要以上に年下の子供に見ていたから、だから本当の気持ちを言う事が出来ずにいたのだろうか? その優しさの結果は、返って残酷で、とてもズルい気もするけれど。 最後まで、私を傷つけたくなかったのかもしれない。
そんな事を日々繰返し考え、K先輩の気持ちを想像するだけで、本当の答えが分からないことが、何より苦しかったのです。 でも、振られた立場としては、電話をするのはしつこいと想われそうで、出来ませんでした。 そんな風に2週間過ぎた頃。 K先輩が、また、学校へ来ていました。
部活が終わり、皆が遊び始めた時、K先輩の姿が体育館の外に現れました。 私は、咄嗟に無視して、部室に逃げるように入ってしまいました。 一人先に着替えを済ませた私が、部室から出るに出られずに困っていると、A美が入ってきました。
「K先輩が呼んでるよ」
そう言われ、思わず
「なんで?」
とA美に聞いても仕方無いことを聞き返してしまいました。
「なんか、話があるって。外で待ってるから、早く行きな」
A美の少し強い口調に押されるように、私は部室を出ました。 体育館の出入り口を見回しましたが、姿は見えません。 本当の理由を聞きたくていたのに、いざとなると何をどう聞いて良いのか分かりませんでした。 一体、何を言われるんだろう? 怖さ半分、興味半分というような変な感覚で体育館を出て、そのまま校舎の方へ行こうとすると、後ろから名字を呼ばれました。 ビクっとして振り返ると、体育館脇の水飲み場の暗がりに、K先輩が居ました。
「あ・・・驚かせちゃった?ごめんな。」
私はいいえと首を振りながら、K先輩の側に行きました。 暗がりで、K先輩と一緒に居るというだけで、私はドキドキしました。 もう、振られてしまっているというのに、何かを期待するような自分が居ました。
「呼び出してごめん」
K先輩は、また謝りました。 私は、また声を出さずにいいえと首を振り、K先輩が何かを言いかけたとき、部活の男子がそこへやってきました。 私たちも驚きましたが、その男子も驚いたようで、まずい所へ来ちゃったというように、また体育館へ戻って行きました。 私は、振られる瞬間を人に見られたみたいで、すごく嫌な気分になりました。 そこで、K先輩が、外へ出ようと言ったので外へ出ました。
「この間は、ごめんな」
K先輩は、また謝りました。そんなに謝られても・・・と心の中で想いながら、私は首を振り、
「あの・・・A美から聞きましたから」
と言いました。 K先輩は、どうしてそうなったのかを、私が聞く前に話してくれました。
これからも、あの時点では付き合っていこうという気持ちはあったということ。 でも、私と下駄箱で話した後で、他の一緒に来てた友達に
「中学に彼女なんか置いてんなよっ」
と言われたこと。 それで、A美に「やっぱり付き合えない」と伝言を頼んだこと。
これが、K先輩の気持ちが変わった成り行きでした。 あれから、K先輩なりに考えてくれたことも聞きました。 私は、理由が分かって少し気分が晴れ、
「今日は、一人なんですか?」
と聞きました。 K先輩は、一人でした。わざわざ、私にそれを伝えるだけの為に、来てくれたようでした。 最後に先輩はもう一度、「本当に、ごめんな」と言いました。 私は、K先輩がきっと私の為に悩んでくれたのだろうと思い
「いえ。私、先輩に卒業式の日に振られると思ってたんです」
と、言いました。 前もって分かっていたことだから、もう、謝らないで、気にしないで下さい。 そういう気持ちで言いました。 そして最後に、「高校、頑張ってくださいね」と言って、その場を立ち去りました。
K先輩が、こうして来てくれたことで、私の中で、最後までK先輩は良い人になりました。 理由が人に言われたからであっても、それはそれで納得できるものでした。 K先輩に嫌われたわけではない。 それだけで、私は十分でした。 私のことを一生懸命考えてくれる人が居た。 それがどんな理由だろうと、それだけで、すごく幸せなんだと思いました。
こうして、K先輩との、私の初恋は終わった・・・・・
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そんな終わり
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私は、A美の言葉に耳を疑いました。
「やっぱり、付き合えないからって言ってくれって言われたんだ」
言い放ってA美は歩き出しましたが、私の足は動かなくなりました。
「え・・・・?」
何を言ってるのか飲み込めずに居ると、A美が振り返って
「だから、K先輩にさ。伝言頼まれたんだ。亞乃と会った後で。」
と言いました。 少しだけ、事情が分かってきました。 私がK先輩と下駄箱で会って話をした後に、K先輩はA美に伝言を頼んだようでした。 私が、T子に会って有頂天になって「待ってて」と言われたことを喜んでいたその時、K先輩はA美に私と別れるという伝言を言っていたということでしょうか? 頭が混乱したまま、私は取りあえずA美に近づいていきました。
A美は、申し訳無さそうな表情で言葉を続けました。
「昨日はさ、あんまりにも喜んでたから言いづらくてさぁ」
だから、A美の口数が少なかったんだということに私はやっと気付きました。 ということは、付き合えないと言われたのは本当のことなんだ・・・ それを、A美もこの2人も知ってたから、だから・・・ 私はK先輩と別れるということよりも、昨日から今日の一日を有頂天で過ごしていた自分が、むしょうに恥ずかしくなりました。 何も知らずに、さっき2人に報告したばかりでバカみたい。 ものすごい惨めな気持ちで、一杯になりました。
分かれ際、A美たちに「元気だしなね」と言われ、 「うん。ありがとう」と返事はしたものの、気持ちは複雑でした。 素直に、その言葉を受け止められない自分が居ました。 A美も、きっと言えずに辛かったかもしれない。 でも、「気の毒なヤツ」って一日中思われて、有頂天な自分を見られていたなんて。 そう思うと、明日からどうやって学校へ行こうか?と悩むほど嫌になりました。 自分の滑稽さに腹が立ち、自己嫌悪のどん底でした。
翌日の昼休み。 私は、仲の良い友達とT子に、昨夜の出来事を話しました。 友達の中には、A美を「黙ってたなんて酷いっ」と怒る子も居ましたが、私は自分がバカだっただけでA美も苦しかったんだと思いました。 誰よりも、一番怒っていたのはT子でした。
「あんなに、亞乃、喜んでたのに。どうしてそんなこと出来るんだよっ!」
男っぽいT子は、まるで妹を傷つけられた兄のように、K先輩を怒りつづけていました。 「亞乃がかわいそうすぎるよ」 それを聞いていて、こんなにも私を想ってくれる友達が居るんだ・・・ と、感謝すると同時に、K先輩への疑問がやっと湧いてきました。
「待ってて」という言葉は何だったんだろう? T子が言うように、これじゃぁ、あんまりだ。 結局、私は騙されたの? 言い辛くて、その場限りの嘘をK先輩はついたの? それとも、あの後、何かあって気持ちが変わったの?
それまで、自分の惨めさで一杯で気付かなかったけれど、分からないことが沢山ありました。 でも、別れなんだという事実は変わりようもなく、徐々に悲しみが大きくなっていきました。
でも、元々、大して話をした事も無く、何か恋人らしい思い出がある訳でもなく。 どうせ、学校で会う事も無い相手だし。 付き合ってって言われて付き合ってみただけで、本当に好きだったかどうかも分からないし。 色々言い訳を頭で考えました。 大したことじゃない。そう、自分に言い聞かせたかったんだと思います。
私は、確かに考えた言い訳の通り、K先輩を大して好きじゃなかったかもしれません。 ただ、先輩と付き合ってるという事に浮かれていただけかもしれません。 初めての恋愛に少女漫画の主人公を気取ってただけで、本当の私は違ったのかもしれません。 でも、つい昨日、K先輩を好きだと想っていた気持ちは本物でした。
クリスマスプレゼントを持って来てくれたK先輩を見て、やっとこの恋愛に実感が沸いてきました。 K先輩が他の女の人と一緒だったと聞いて、嫉妬のような感情を抱き、好きだと自覚し始めました。 だから、不安にもなりました。 不安だったので、卒業と同時に別れを言われても仕方ないと想ってました。 でも、第二ボタンをくれて、連絡すると言われて、もっと好きでいたいと思いました。 そして、高校生になったK先輩に会って、すごく好きだと思いました。
付き合う事になってから、一番好きになった次の瞬間に、私は落とされたのです。 初めての恋愛でそんな終わり。 心の対処法が見付からず、数日が過ぎて行きました。
多分、K先輩から理由を聞かなければ、私の中で自分の惨めさを隠すために、いつか嫌いな人になったのかもしれません。
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束の間の幸せ
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K先輩は、申し訳無さそうな表情で
「待っててくれる?」
と聞きました。 私は、予想外の言葉に驚きながらも「はい」と返事をしました。 そして、K先輩は
「電話するよ」
と言って友達のところへ戻って行きました。
「待っててくれる?」 K先輩の言葉が私の頭の中で、こだまのように響いていました。 恋愛においての「待つ」というのが、どういう事なのか知りもしない子供でした。 待っていたら、またK先輩に会える。 私は嫌われなかったし、高校生になったK先輩の彼女のままでいられる。 学校で会えないけれど、その分、休日にデートとか電話とか、きっと出来るようになるんだ。
私の頭の中は、「待った後」の未来の想像が膨らんでいきました。 と同時に、ほんの少しだけ、「待つ」という事に酔う自分も居ました。 きっと、寂しいと思うし不安にもなるだろうし。 でも、その先には楽しい幸せなことが、きっと待ってるんだし。 単純に「これからも続くんだ」という事が嬉しくて嬉しくて、仕方ありませんでした。
K先輩が行った後、しばらくして、T子が下駄箱に戻ってきました。 私は、T子の顔を見た途端、急に緊張から解けたのか嬉涙が出てきました。 私のその表情が、よっぽど幸せそうに見えたのでしょう。 一気にK先輩との会話を話し、報告し終えた私にT子は言いました。
「本当によかったねぇ。そんな嬉しそうな顔、初めて見たよ。」
その頃、私はあまり表情が豊かな方ではなく、喜びとか悲しさとかを他の子に比べて、素直に表現するタイプではありませんでした。 K先輩との事に対しても、いつでも悪い結果ばかりを想像していました。 だから、余計に私の喜びがT子に伝わったのだと思います。 恋愛が始めての私にとって、それまでの人生の中で感じた事の無い幸福感で一杯でした。
その帰り道。 有頂天な私は、A美にK先輩とのことを報告しました。 いつもなら、A美の方がお喋りで、私が聞き役なのに、この日は正反対でした。 A美は「そうなんだ。良かったね」と言いつつも、あまり話したくなさそうな雰囲気でした。 私は、自分が浮かれすぎていたことを、少し反省しました。
家に帰ると、早速、K先輩から貰った色紙を汚れないようにラップに包み、部屋に飾りました。 K先輩の文字を指で何度もなぞったり、「待ってて」という言葉を思い出したりして、その夜は嬉しさのあまり、なかなか眠る事ができませんでした。
翌朝は、案の定、寝不足でした。 でも、それは心地良い寝不足で、もうろうとした頭のまま、その日一日を幸せな気持ち一杯で過ごしました。 A美とは、中3になって別々のクラスになったのですが、家が近い事からその朝も一緒でしたが、やっぱりあまりは話を出来ない状態でした。 いつもなら、そんなA美が気になり、自分が何かしたのかな?と落ち込むところでしたが、その日の私は自分の事で有頂天だったので、大して気にしませんでした。
部活が終わり、その日の帰り道は、A美の他に同じ部活の女の子が2人一緒でした。 その2人は、部活だけが一緒で普段はそんなに仲が良い相手ではありませんでした。 それに、ちょっと意地悪なとこがあり、少し苦手なタイプでしたが、昨日の出来事を聞いて来たので、私は話しました。
「へ〜・・・そんな事いったんだぁ?」
2人の返事は、なんだか嫌な感じでした。 小バカにされているような、からかわれているような。 でも、幸せ絶好調の私は、気分は良くないものの、やっぱり気にしませんでした。
そして、私の家への曲がり角が近づいてきた時に、急にA美が足を止めて言いました。
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思いがけない言葉
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K先輩から貰った第二ボタンを見たA美に言われました。
「これ、学校のじゃないよ」
K先輩に「また、連絡する」と言われ、これからも付き合いが続く嬉しさで、その言葉の意味を深くは考えていませんでした。 翌日、学校で他の友達に見せた時に、やはり同じような事を言われました。 「これ、違うボタンだね。」 私は、K先輩の制服姿を思い出しました。 そう言われてみれば、K先輩の第二ボタンだけは、他のボタンと色が若干違ってました。
まさか、卒業式の日に、他の誰かに上げて代わりのボタンを付け替えた? いえ、そこまでする人では無いと思いました。学校に替えのボタンを持ってくるようなタイプではありません。 ということは、きっと私と出会う前に、他の誰かに上げた事があるということなのでしょう。 それが、何時の事だったのかは分かりませんが。 それでも、少なくとも数ヶ月。K先輩が毎日着けていたボタンです。 それだけで、私には十分でした。 制服のポケットに入れて、大事に持ち歩きました。 授業中でも、時々ポケットに手を入れては、ボタンを握り締めていました。 そうする事で、なんだかK先輩に触れているような、そんな幸せな気分になりました。
4月に入り、中3の新学期が始まって間もなくの事。 間もなく部活が終ろうかという時間に、体育館に卒業生の男の先輩達が数人やってきました。 みんな、新しいそれぞれの高校の制服を着ていました。 その中に、K先輩が居ました。
突然の事で驚いていると、K先輩が近づいてきます。 私は、A美に背中を押され、「こんにちわ」と声を掛けました。 新しい高校の制服を着た先輩は、たった一ヶ月の間に、なんだかカッコよく余計に大人になったように見えました。 K先輩が何かを言いかけたとき、他の先輩達がK先輩を呼ぶ声がしました。 K先輩は
「部活、もう終わりでしょ?俺、職員室行ってるから」
と言い残して、慌てて体育館を出て行きました。 部室に戻り、着替えをする間、私は興奮状態でした。 皆が口々に「よかったねぇ。職員室で待ってるってよ」とはやしたてました。 でも、会って何をどうしたらいいのか分かりません。第一、待ってると言われた訳でも無いし。 すると、A美が「色紙買いに行こうよ」と言い出しました。 K先輩と共に、私の部活の先輩も来ていたので、その人にA美達は何か書いてもらうとのことでした。 そこで、急いで着替えを済ませると、近所の文房具屋へ慌てて買いに行きました。
職員室に行くと、まだ先輩達は先生と話をしていました。 先に来ていた他の同級生も、先輩たちと一緒に話をしています。 K先輩は、部活の顧問の席に居ました。 A美に引っ張られるように、私はK先輩の前に行き「これ、書いてください」と色紙を手渡しました。 K先輩は照れたように色紙を受け取ると、高校名とK先輩の名前を書いてくれました。 それを受け取り、私は職員室から出ました。 他の子達は、まだ、先輩たちと話をしていましたが、どうしたらいいのか分からず、一人で廊下の脇の椅子に座って待つ事にしました。
少しすると、K先輩達が職員室から出てきて私の前を通り過ぎました。 どうやら、自分たちの使ってた教室へ行くようでした。 他の先輩たちの手前なのか、通り過ぎるK先輩は、私の方を見ようともしませんでした。 なんだか、少し悲しくなり、私は職員室に居るA美に「下で待ってるから」と伝え、一人、先に下駄箱に行きました。
部活の生徒も帰った後の、静まり返った下駄箱に行くと、クラスメイトのT子と会いました。 T子は、クリスマスに渡せなかったお菓子を作ってくれた子です。 K先輩に会えて、色紙を書いてもらったことを伝えると、よかったねと喜んでくれました。 T子が職員室へ行くと言って去ってしまった後、A美達はまだだろうか?と廊下に行きかけると、K先輩が一人で現れました。
「一人でどこ行っちゃったかと思ったよ」
K先輩は言いました。どうやら、探してくれたようでした。 私は「すみません・・」と何故か謝ってしまい、しばし沈黙が続きました。 K先輩に色紙を書いてもらった後も、話す事が出来たのに、逃げるように出てきてしまった自分が嫌でした。 それに、わざわざ探してきてくれた理由はなんだろう?と少し怖くもありました。 高校に入って、やっぱり別れようと思ったのかもしれないし。 下を向いたままの私に、K先輩は言いました。
「あのさ、俺、高校が遠いから、朝早いし帰りも遅いんだ。」
一瞬、時間が止まった感覚になりました。 そうだ。K先輩の高校はすごく遠くて、それにきっと忙しい毎日で、新しい出会いもあって。 きっと、もう、私なんかを構ってられる状態じゃないんだろうな・・・ 卒業式に日に「また」と言われて、有頂天になっていた単純な自分が一瞬にして凍りつき、身体が固まるのを感じました。
「しばらく忙しくて、あんまり会えないと思うんだけど・・・」
K先輩は、何をどう言おうとしているのか迷っているようでした。 その戸惑い気味の言葉が、もどかしく、余計に私は怖くなりました。 「けど・・・」の後は何? きっと時間にしたら数秒のことだったろうと思います。 でも、私にはとても長い時間に感じ、その沈黙に耐えられなくなり、
「あの、分かってますから」
とK先輩の言葉を遮るように言いました。 K先輩は、一瞬、びっくりしたような表情をしました。
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卒業式
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先輩たちの受験が終わり、私たちのテストも終った2月の終わり頃。 バレンタインの日以来、初めて学校で下校するK先輩を見かけました。 そのK先輩の首には、白いマフラーが巻かれていたのです。
それは、私が土壇場ですっかり迷っていた事も忘れて渡してしまった、あの手編みのマフラーでした。 使ってくれた嬉しさと、あんなものを渡してしまった恥ずかしさとごちゃ混ぜな気持ちでした。
3月に入り、職員室の入り口で、K先輩とバッタリ会いました。 なんだか嬉しそうな顔をしているK先輩と、私は挨拶だけをして擦れ違いました。 職員室に入り、部活の顧問でありK先輩の担任でもある先生のところへ行きました。 先生は言いました。
「あいつなぁ〜、かなり心配だったんだけど、合格したよ」
K先輩は、無事高校に合格したようです。 K先輩が受けた高校は学区外で、つまりはあまり勉強が出来る方では無かったみたいです。 擦れ違った時の嬉しそうなK先輩の笑顔には、安堵と高校生活への楽しみが含まれていたのでしょう。 私にとっても、先輩の合格は嬉しいものでした。 と、同時に。 K先輩は新しい環境へ。私は中学に取り残される。 そんな感覚に襲われ、ものすごく寂しさが込み上げてきました。
その当時の卒業式の歌と言えば、「春なのに」。 この歌を聴くと、今でも胸が締め付けられるような想いが蘇ります。 きっと、私は卒業式でK先輩に「別れよう」って言われるんだろうなぁ・・・と漠然と考えていました。 でも、それはあくまでも少女漫画の世界の空想と同じような程度のもので、自分の事としての実感は少なかったように思います。 多分、別れを言われたとしても空想が現実になっただけのことで、どこか上の空で受け止めただろうと思います。
卒業式の日。 卒業証書を受け取るK先輩は、珍しく上履きはきちんと履いていたものの、寝癖の頭のままでした。 3年間、椅子で擦られてテカテカに光った学ランの後姿を見ながら、本当に卒業しちゃうんだなぁ・・・とぼんやり考えていました。 「仰げば尊し」を聞いた途端に、涙が込み上げてきました。
卒業式が終った後の廊下や、校庭では先輩たちと記念撮影する同級生が沢山居ました。 中には、憧れだった先輩に第二ボタンを貰いに走っていく友達も居ました。 先輩たちの中には、制服のボタンが全部無くなっている人も居ます。 私も、友達にせっつかれました。 「もう、K先輩のことだから、第二ボタン無いかもよ?」 などと憎まれ口を叩き、なかなかK先輩の教室へは行けませんでした。 K先輩に会うという事は、別れを言われるということだと思い込んでいたので、余計に怖かったのです。
グズグズしていると、K先輩の姿が中庭にあわられ、部活の下級生達に囲まれていました。 もう、行かなければ間に合わない。二度と会えないかもしれない。 私は急いで教室を出ました。 私が下駄箱に着いた頃には、K先輩はもう友達数人と校門を出るところでした。 私が駆け寄って行くと、他の先輩達は「先に行ってるわ」と気を効かしてくれました。 K先輩の前に立ち、私は一気に言いました。
「卒業、おめでとうございます。良かったら、ボタンいただけませんか?」
K先輩は、何故か
「俺のでいいの?」
と聞きながら、第二ボタンを制服から無造作に取りました。 その下の第三ボタンが何故かありませんでした。 私の視線に気付いたのでしょう。K先輩は言いました。
「いや、後輩が欲しいっていうからさ」
もしかしたら、私の為に第二ボタンは残しておいてくれたのかもしれません。 私は、すごく嬉しくなって、どうやってボタンを受け取ったのか覚えていません。 ボタンを受け取ると、私は
「有難う御座います。高校行っても、頑張ってください」
とだけ言いました。 本当は、そのままダッシュで立ち去りたい気持ちで一杯でしたが、私はK先輩の言葉を待ちました。 第二ボタンを取っておいてくれたにしても、次にK先輩の口から出てくる言葉は別れかもしれないのです。 怖いけれど、聞かなければいけない。 周りでは、他の同級生や先輩たちが騒いでいます。その声がものすごく遠くに聞こえました。 そして、K先輩が言いました。
「また、連絡するから」
私は、自分の耳を疑いました。 多分、驚いた顔をしてK先輩を見上げたと思います。 K先輩は、「じゃっ」と言って、そのまま友達のところへ走って帰って行きました。
K先輩の姿が見えなくなるまで見送ると、私はキャァ〜っと言いながら友達の所へ走っていきました。 「また」と言われた事が嬉しくて嬉しくて、終わりじゃ無い事が嬉しくて仕方ありませんでした。 A美も含め、友達数人が、私とK先輩のやり取りを背後から見ていました。 私が走り寄ると一斉に「どうだった?」と聞いてきました。
「また、連絡するって言われたぁ〜〜っ」
と報告した私に、皆、「良かったねぇ」と一緒に喜んでくれました。 そして、「ボタン見せて」と言われ、その時になって初めて私も貰ったボタンをまじまじと見ました。 そのボタンは、少し凹んでいて、思いのほか、軽いものでした。
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バレンタイン
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K先輩に対する不安を抱えたまま、すぐバレンタイン・デーになりました。 私は、姉と手作りのチョコを作ることにしました。 ハート型の大きなチョコだったと思います。
そして、今回もまたもや、マフラーを渡すかどうか迷いました。 クリスマスに渡せなかったマフラーを、私は冬休みの間に一度ほどき、作り直していました。 あの時よりは、まともに出来上がっていました。 それでも自信が無く、ものすごい悩みました。
そして、バレンタイン当日。 私はマフラーとチョコを別々にラッピングして、学校へ持っていきました。 ギリギリまで、渡すかどうか迷っていたからです。 その時が来て、どうしてもダメだと思ったらチョコだけを渡せばいい。 そう思って別々にしました。
その日は、休み時間のたびに、廊下のあちこちでチョコを渡す子を見ました。 私は、先輩たちの教室まで行く勇気が持てずに居ました。 昼休みになり、下校をする先輩達の姿の中に、K先輩を見つけました。 友達数人と、追いかけっこのような事をして中庭を走り回っています。 もしかしたら、クリスマスの時と同じように、私を待っているのかも?と思いました。 側に一緒に居た友達が、「早く行きなっ」と私を突っつきました。 私がグズグズしていると、それを見ていたA美が突然、窓から
「Kせんぱ〜いっ!」
と叫んでしまいました。 当然、K先輩は呼ばれた窓の方を見上げました。 私は、咄嗟に隠れてしまいました。
「ほらほら、K先輩が見てるよっ」
A美にせっつかれ、仕方なく私は窓から顔を出しましたが、私が言った言葉は
「なんでもないです。すみませんっ」
でした。 A美が作ってくれたせっかくのチャンスでも、私には無理でした。 大勢の先輩方が居る中で、K先輩にチョコを手渡す勇気が私にはありませんでした。 K先輩はちょこっとだけ、不信そうな顔をし、しばらくすると帰って行きました。 その手には、カバンの他に紙袋を持っていました。 きっと、他の女の先輩たちからチョコを貰ったのでしょう。 私はその姿を、窓から複雑な気持ちで見送りました。
そして、部活が終った放課後。 私はA美に付き合ってもらい、K先輩の家へ向いました。 バレンタイン当日に渡せなかったら、また私はプレゼントを渡す事無く自分で食べてしまったでしょう。 私の家は学校を出て左へ。K先輩の家へは正反対の右へ行った方向にありました。 私があまり知らない道です。この道をK先輩が歩いている。そう思うだけでなんだか嬉しくもありました。 せめて、家の方角だけでも一緒だったら、もう少し私たちの距離は縮まっていたのかもしれません。
K先輩の家は、同じ部活の友達の家の近所でした。 その子に教えてもらい、K先輩の家の前に着いた時には、心臓が破裂するかと思うほど緊張していました。 K先輩の家は、玄関の前に階段がありました。たった3-4段の階段でしたが、足が震えて思うように上がれませんでした。 ポストに入れて逃げ帰ろうかと一瞬考えましたが、A美に背中を押されました。 寒さもあったのでしょうが、私は歯がガチガチ言うほど震えている手で、チャイムを押しました。
元気な「は〜いっ」という声が聞こえ、出てきたのは妹さんでした。 私は、フルネームで先輩の名前を言い、いらっしゃいますか?と聞きました。 妹さんは一旦、軽く戸を閉めて、
「おにいちゃ〜んっ 女の人が来てるよっ」
とK先輩を呼びました。 少しして階段を下りる音がしてK先輩が玄関の扉を開けました。 確か、ジャージ姿だったと思います。 K先輩は、私が居るとは思っていなかったのでしょう。かなり、驚いた表情でした。 その表情を一瞬だけ見た後、下を向いたまま
「これ、バレンタインなんで・・・」
とプレゼントの入った袋を手渡しました。 その中には、マフラーも入っていました。 私の頭はパニック状態だったので、マフラーを上げるかどうか迷っていた事すら忘れていたのです。 K先輩は、袋を受け取り
「ありがとう。一人?」
と聞きました。 私は、「A美と一緒なんです」と答えると、そのまま頭を下げて転びそうになりながら階段を下りていきました。 A美に、「K先輩が見てるよ」と言われ、玄関を振り返るとK先輩が見送ってくれてました。 私は、再び頭を下げると、A美の手をぐんぐん引っ張って、急いでその場を立ち去りました。
帰り道、A美に「K先輩、なんて言ってた?」と聞かれました。
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