人物紹介
不安
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K先輩達が、大晦日の日に神社に来てた事を知りました。 私自身も部活のメンバー男女数名で初詣だったにも関わらず、K先輩のグループに女性が居た事が気になりました。 多分、自分に先輩の恋人だという自信が無かったせいもあるのでしょう。
中2の自分が、1コ上の先輩たちに比べて、ものすごく子供だと感じていましたし、何よりK先輩と話す事すらもどかしい状態では、先輩も楽しくは無いだろうなと。 普段の自分が全く出せない状態では、K先輩に暗い子だと思われても仕方ありません。 もっと美人で活発で、楽しい人に取られてしまうんじゃないか? そんな事を考え、不安になりました。
それに比べ、部活の男子メンバーと居る時はすごく気楽で楽しくもあり。 普段、制服姿しか見ていないので、初詣で見た彼らの私服姿に、少しドキっとしました。 K先輩とは付き合ってはいるけど、感覚は雲の上の人のようなもので憧れで。 本当に楽しく付き合うとしたら、同級生の方がいいのかなぁ? そんな事まで考えてみたりもしました。
そして、新学期になり。 中3の先輩たちは、学校へ来ることが少なくなっていきました。 たまたま、K先輩の担任が、私の部活の顧問でした。 職員室で、たまたま開いていた志望校のリストで、私はK先輩の受験高を知りました。 その高校は聞いた事も無く、電車で一時間はかかる遠い場所にありました。
部活の顧問は、私がK先輩と付き合っている事を知った時、
「Kか?あいつなぁ・・・・」
と言葉を濁らせました。 かなり気になった私が笑いながら突っ込むと、
「う〜ん・・・あいつ、女好きだからな」
と先生は苦笑いをしながら言いました。
確かに。 私が始めてK先輩と出会った時も、彼は女性数名の中に一人でいました。 でも、実感として「女好き」というのがどういった事であるのかを、その時の私には分かりませんでした。
「女好き」=「モテる」というような認識をしていたのだと思います。
徐々に、私の中で不安が大きくなっていきました。 彼氏とはいえ、デートした思い出も無く、やっぱり恋人同士とは言えないんじゃないだろうか? でも、クリスマスにプレゼントを持ってきてくれた。 それだけしか、私には「K先輩に好かれている」と思えるものがありませんでした。
そんな中、K先輩と学校で会う事は殆ど無く2月に入り、受験の日が近づいてきました。 せめて、「がんばってください」ぐらい言いたい。 私は、受験日の一日前。 学校から帰った夕方、K先輩へ2度目の電話をかけました。
電話には、K先輩本人が出ました。 私が「受験、頑張って下さいね」と伝えると、
「そっちも、テスト頑張って」
と言われました。 私の学年のテストも間近に迫って来ていました。 たった、それだけの1分無いぐらいの短い電話でした。
そう言えば、私は「K先輩」と呼んでいるけど、私の名前を呼ばれたことが無かったのです。 以前は「お前」呼ばわりだったのに、付き合い始めてからはその呼び方すらされていません。 私は、「そっち」と言われたことが、少しショックでした。 今なら、どんな気持ちで言ったのか分かります。 どうやって呼べばいいのか、K先輩だって戸惑っていたのだと思います。 でも、そこまで私の頭は回りませんでした。
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初めての電話
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K先輩が私の家にプレゼントを持ってきてくれた日。 私は、興奮状態でなかなか眠れませんでした。
冬休みに入り、しばらく先輩にも会えない日が続きます。 お礼をきちんと言わなければ。 そう思い、両親が居ない昼間の間に、K先輩宅へ電話をすることに決めました。 なんせ、付き合ってるとは言っても、学校で会話すら殆どしなかった私たちは、勿論電話で話すこともありませんでした。 初めての電話です。
その頃、私の家は朝6時に家族全員が起き、朝食の手伝いや掃除をするのが日課でした。 両親が仕事に出かけた後、私は何度も何度も、手紙のように文章を書き、電話の内容を考えました。 小声で台詞の練習をしました。 顔を合わせる訳でも無いのに、鏡に向って台詞を言ったりもしてました。 そんな事を、朝の8時からお昼までやっていましたが、それでもまだ足りず。 こういう事を考えている時は、時間があっという間に経つものです。 私の予行練習は、午後まで続きました。
そして、午後2時過ぎだったと思います。 意を決して、私はK先輩の家の電話番号をメモを見ながら押しました。 正確に言えば、回しただったかもしれません。そのころはまだ、ダイヤル式の黒電話だった気がします。 番号は、見なくても空で言える程に暗記してました。 好きな相手の家の番号。勿論、住所も。 私にとっては、K先輩がそこに住んでいるというだけで、それを知る事が嬉しかったのです。 好きな人の事は、どんな小さな事でも胸に刻みたい年頃でした。
電話に出たのは、妹さんでした。 私は、母親が出なくて良かったという安心感と共に、K先輩の名前を言うことに緊張しました。 普段は、名字に先輩を付けて呼んでいたので、例え本人相手じゃなくても、下の名前を口に出したのは初めてでした。
電話の向こうで、「おにぃちゃ〜んっ」と呼ぶ妹さんの声が聞こえ、階段を下りてくる音がしました。
「もしもし」
電話に出たK先輩の声は、普段と違って低く聞こえました。 私は名前を言い、挨拶〜お礼の言葉まで、メモどおりに一気に喋りました。
「こんにちわ。昨日は有難う御座いました。すごく嬉しかったです。ちゃんとお礼を言えなかったので。すみませんでした。」
こんな内容だったと思います。 かなり早口で、棒読み状態だったかもしれません。 K先輩は、
「いや、大したものじゃないけど・・」
と言いました。
「いえいえ。本当に嬉しかったです。大事にします。」
半ば興奮状態で私が答えると、唐突にK先輩が聞いてきました。
「あのさ、スキー好き?」
自分で言った言葉が、ヘタなダジャレの様になったことに気付いたのでしょう。
「って、ダジャレじゃなくてさ。」
照れ笑いをしながらK先輩は言いました。 当時、私はスキーをしたことも観たことも、周りでやっている人も居ませんでした。 スキーなどという単語自体、身近で聞いた事も無く、私にとっては未知の世界のものでした。 大体、スキー場というものがどこにあるかも知らなかったぐらいです。
「いえ・・・やったことないんで」
私は、そう答えました。 どうやら、K先輩の親戚がスキー場の側に居るらしく、冬になるとスキーに毎年行っているようでした。 そこで、一つ謎が解けました。 後から分かったことですが、貰ったプレゼントには、有名なスキー場の名称が入っているものもありました。 先輩が学校を休んでいたことがあったので、その時に買って来てくれたのでしょう。
「今度、受験終ったら一緒に行かない?」
K先輩は誘ってくれました。 現実問題を考えたら、友達同士の泊りすら許してもらえなかった家庭事情では、スキーなど行けるはずもなく。 でも、私は誘ってくれたことが嬉しくて、「はい」と返事をしました。 そして、最後に
「受験勉強、がんばってください。」
と私が伝えると、「ありがとう」と先輩は答えてくれて、電話を切りました。
電話を切った後、先輩の声を頭で何回もプレビューしました。 行ったことも無い、知りもしないK先輩の家の階段を下りてくる図を想像したり、 勝手に自分の家と同じように玄関に電話があると考え、電話をしている先輩の姿を想像しました。
そして。 私は、せっかくK先輩が誘ってくれたのに、行けそうにも無いスキーの誘いのことを考えはじめました。 親に、なんて言い訳して出かけよう? 大体、そのスキー場はどこにあるんだろう?
私は、地図を引っ張り出して場所を探しました。 そこは、自分だけで県外に出た事も無かった私には、あまりにも遠い場所でした。 日帰りなど出来る場所ではありません。 というこは、泊る事になります。 どう言い訳したら、親は許してくれるだろうか? わざと喧嘩して家出してみようか? スキー場では、二人っきりなんだろうか?それとも他の友達も一緒なんだろうか? K先輩と手すら握ったことがなかった私は、想像だけがどんどん膨らんでいきました。
その冬休み中、K先輩に会うことは勿論、電話する事もなく過ぎていきました。
年が変わり、元旦の日。 私は同じ部活のメンバーで初詣に行きました。 本当は、K先輩と一緒に行きたかったのですが、誘う勇気がありませんでした。
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プレゼント
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(昨日の日記にクリスマスイブの土曜日だったと書きましたが、23日の終業式の日のことでした。)
K先輩に渡せなかったお菓子を食べきって、ボーっとしていると、玄関のチャイムが鳴りました。 扉を開けると、そこにはK先輩が居たのです。 私が、驚いて声も出せずにいると、K先輩は袋を差し出します。
「これ、クリスマスだから・・・」
K先輩が学校に遅くまで残っていたのは、やはり私を待っていたようでした。 私が先輩から隠れて会おうとしなかったので、わざわざ家まで持ってきてくれたのです。
「あ・・・有難う御座います。」
私は、かすれた声でお礼を言い、プレゼントを受け取りました。 心の中はパニック状態で、かなり焦ってしまっていました。 そして、またもやトンチンカンな余計な事を私は口走りました。
「あの・・・プレゼント用意してたんですけど、渡せなくて・・・」
その場で、そう言うからには、自宅に来てくれた先輩に渡すべきだったのです。 でも、私は、その前に全部食べてしまっていたし、マフラーは包装もせずに放置していたので渡せるはずもありません。
K先輩も、かなり緊張している様子でした。 私の訳の分からない言い訳など、耳に入っていないような感じでペコリと頭を下げると、そのまま玄関から立ち去って行きました。
私は、放心状態のまま玄関を閉め、今のは夢じゃないだろうか?としばしその場に立ち尽くしていました。 多分、1-2分程度の事だったとは思うのです。 急に我に帰り、慌てて玄関から外に出て、先輩の姿を探しました。 K先輩が帰ったはずの方向を見ましたが、姿はありませんでした。
家に入ると、私は途端に恥ずかしさが込み上げました。 自分がプレゼントを渡させかった事は勿論そうですが、その時の服装が部屋着だったからです。 上着のポケットの端が破れているような、あまり人には見られたくない服装でした。 その姿で、K先輩の前に立ったかと思うと、普段、学校へ行く時に綺麗にしていたのが全て台無しになった気分でした。
さらに、時間が経って気づいた事は。 その頃、私の家はバス停のすぐ側にありました。 K先輩の家から私の家までは、歩くと相当な距離があります。 きっとバスで来たに違いない。 私は慌てていた為に、K先輩は歩いてきたと勝手に思い込みバス停を見ませんでした。 そのバス停の影に、K先輩はまだ居た可能性があったのです。 玄関先だけなら、K先輩は私の全身を見なかったかもしれないけれど、外にでた無防備な私を、K先輩は見ていたかもしれないのです。 考えれば考えるほど、その可能性がすごく高い気がしました。
K先輩が来てから間もなくして、両親が帰ってきました。 バス停に居たとしたら、私の両親もK先輩は見たのだと思います。 それも、なんだか恥ずかしいと思いました。 両親が帰ってくると、夕飯の手伝いでバタバタと時間が過ぎ、やっと落ち着いたのは夕食後でした。
その頃になると、全てが夢だったような気持ちになっていました。 でも、現実に目の前にプレゼントがあります。 やっと、私は嬉しさが込み上げてきました。 と同時に、K先輩は、どうして私の家を知ってたんだろう?という疑問が出てきました。 私の部活の女の先輩の中に、姉の友達の妹が居ました。 知っているとすれば、彼女しか思いつきません。 K先輩が、わざわざその女の先輩に私の家の場所を聞いてくれたのかと思うと、ますます私は嬉しさが込み上げました。
それまで、なんだか「付き合ってる」という事に実感が無かったのですが、このとき初めて、自分はK先輩の彼女なんだなぁ・・・と思いました。 そして、男性に想われる幸せのようなものを知った気がしました。
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クリスマス
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文化祭の前には、体育祭もありました。 私は、中学の3年間、毎回応援団をしていました。 部活の後、中庭で上級生、下級生達と共に踊りの練習を遅くまでしていました。 もしかしたら、その姿をK先輩も見ていたのかもしれませんが、私の記憶にはありません。 ただ、体育祭本番の時に、どこかで観ているだろう先輩の目を意識していた事だけは覚えています。
秋が終る頃になると、先輩たちはいよいよ受験勉強の追い込みになります。 それまではフラフラと顔を出していた部活にも、全くK先輩の姿は見れなくなりました。 本当に何日かに一度、廊下で姿を見れる程度。 会いたいと思った時には、放課後になると下校するK先輩を見に、下駄箱へダッシュしていました。 そして、相変わらず。私からK先輩に声を掛ける事も無く、日々過ぎていきました。
12月に入ると、クリスマスプレゼントの話題になります。 好きな男子が居る子は、それぞれに手編みのセーターを編んでいたり、誘い合って買物に行ったりしていました。 私も、友達に「どうするの?」と聞かれていました。
当時、私の家は厳しく、お小遣いというものを殆ど貰っていませんでした。 学校で必要なものは親に言って買ってもらう。 それ以外の余分なお金が無かった私は、友達と一緒に買い食いをしたり、遊びに行ったりすら出来ない状況でした。 まして、好きな男の子にプレゼントを買いたいなどとは、親に言えません。 当然。先輩に何かをプレゼントしたくても、自分のお小遣いでは足りません。 考えた挙句、私は、裁縫が趣味だった姉から毛糸を貰い、マフラーを編みはじめました。
初めての編物です。 姉から貰った真っ白な毛糸と、借りた鍵針で、本を見ながら見よう見真似で編みました。 クリスマスには、出来上がっていました。 でも、その出来栄えは最悪でした。 少ない毛糸で編んだそのマフラーは、幅が15cmも無かったように思います。 長さだって、首を一回り出来るか程度しかなく、網目もガタガタ。 そして、長い間何度もやり直しをしたために、薄汚れてしまっていました。
みっともなくて渡せない。 私は、そう思いました。やり直したくても、その材料が私にはありませんでした。
その頃、仲良くなった友達の中に、お菓子作りの得意な子がいました。 ヘンテコなマフラーはみっともないし、かと言って何も渡さずには居られない。 そう思った私は、クリスマスイブ前日になって、その友達にお菓子作りを頼みました。
本当に、自由の効かない家でした。 好きな人の為に手作りのお菓子も作ってあげられず、友達の家で一緒に作るにも、親が許可をしてくれないと行けない状況でした。
クリスマス当日。 私は、結局、マフラーを持たずに学校へ行きました。 友達は、カップケーキを作って箱に詰めて来てくれました。 でも、それは私が作ったものではありません。 その日、私は、教室からなるべく出ずに、K先輩に会わないように過ごしました。 今でも、あの時の感情を思い出すと胸が締め付けられます。 他の理解ある親が居る家庭で育った友達を羨ましく感じました。 皆、いつもより大きめの袋を持って、「どうしよう?」「いつ渡す?」などとはしゃいでいます。 そんなクラスメイトの中、私は悲しいような、惨めなような。 そんな気持ちで一杯でした。
その日は、確か土曜日でした。 授業が終わり、HRがその日、長引きました。 教室の窓の外では、部活に出なくなった上級生たちがどんどん下校し始めました。 HRがやっと終って掃除当番も終った頃には、上級生の殆どは下校してしまったようでした。 せっかく作ってきてくれた友達に申し訳無いと思いながらも、私はどこかでほっとしました。 帰ってしまったのなら、渡す事は出来ない。いや、渡さなくて済む。 そう思いました。
私は、友達に渡せなかった事を謝って、部活へ行く準備を始めました。 もう、上級生が下校し始めてから、1-2時間ぐらい経っていました。 ところが。 その時間になって、何気なく見た窓の外に、K先輩の姿があったのです。 K先輩は、しばらくウロウロしていました。 一度、上から見下ろす私の方を見たので、私は慌てて隠れました。
もしかしたら、K先輩は私を待っていたのかもしれない・・・
そう思いました。 今から走っていけば、渡す事ができます。 でも、しませんでした。勇気がありませんでした。 しばらくして、K先輩がカバンを持って、校門を出て行く姿を見送りました。
そして、そのまま私は部活に出て、夕方になって家に帰りました。 ものすごい後悔のような安堵のような複雑な想いのまま、私は渡せなかった友達が焼いてくれたお菓子の箱を開けました。
私の家は共働きで、学校から帰ると姉と私だけでした。 私はその友人の手作りであるカップケーキを、姉にもあげ、やけ食い状態で平らげました。 ヘタクソで、みっともなくて渡せなかったマフラーを眺めながら。
時刻は、夕方5時ごろだったと思います。 もうすぐ、両親も帰ってくる時間です。
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文化祭
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K先輩の姿を見ると、逃げるように隠れていた私を
「なんで逃げるんだ?」
とK先輩が困っていたことA美を通じてを知り、それからは隠れたい衝動を抑えるように努力しました。 その2日後。廊下で一人で歩いてきたK先輩と会いました。 遠くから、K先輩の姿が見えた瞬間、私は、心臓が飛び出そうなほどドックンと鳴り、近づいてくるまでの間、息を止めるようにしてしました。 そのまま、会釈して通り過ぎようとするとK先輩に呼び止められました。
「俺のこと、避けてる?」
K先輩の声は相変わらず兄のように優しく、責める口調ではありませんでした。
「いえ・・・そんなこと、ありません」
避けているというよりも、恥ずかしくて逃げただけだったのですが。
「俺のこと、もしかして怖いとか?」
さらに、先輩は聞きました。 私は、K先輩をここまで不安にさせてしまった自分の行動に後悔しました。
「いえ。そんなことないです・・・すみませんでした。」
私の否定する言葉を聞いて、少し安心したようにK先輩は言いました。
「そっか。じゃぁさ、文化祭の時、俺のクラスビデオやるんだ。観に来てよ。」
間もなく、文化祭の季節でした。 K先輩のクラスはドラマをビデオで流すようでした。 私は、「はい。行きます」と返事をし、先輩がその場を立ち去った後、やはり駆け足で逃げるように教室に戻りました。 教室に戻ると、興奮状態で、当時仲の良かったクラスメイトに報告。 A美とは違う子達で、彼女達はいつも、私のK先輩と会った時の喜びや恥ずかしさを 「いいな〜」と言いながら優しく聞いてくれ、応援もしてくれました。 その中に、絵の上手な友達がいました。彼女は、K先輩の写真を持っていなかった私に、似顔絵を書いてくれました。 私はその絵を、生徒手帳に入れ、写真代わりにいつも眺めていました。
不思議な事に。 K先輩だけではなく、その後の恋愛においてもしばらくそうだったのですが、私は好きになった人の顔を、頭の中で思い出すことが出来なかったのです。 好きになればなるほど、顔を思い浮かべる事が出来なくなり、似ている人を見るだけで、ドキっとするような状態でした。 思い描けなくなるほどに、私はK先輩の顔を見ていなかったということなのでしょう。
文化祭当日。 私は、友達に御願いをして、一緒にK先輩のクラスの上映会に行きました。 その教室にはK先輩はおらず、リラックスして観始めることができました。 どうやら、先輩はメインキャストでは無いようです。全然出てきません。 中盤が過ぎた頃、教室のシーンになり。 そこに、K先輩の姿がありました。
画面に映った瞬間に心臓がドキっというのを感じました。 撮影したのが、午前中だったのでしょうか? K先輩は寝癖そのままの頭で、ぼーっとしているような表情でした。 私は、そのお世辞にもかっこいいとは言えない姿を、「普段のK先輩」だと嬉しくなり、忘れないように、ジーーーっと食い入るように観ました。 おかげで、あれから十数年経った今でも、私が思い出せるK先輩の姿の一つは、この時の映像です。 それぐらい一生懸命、記憶に焼付けました。
文化祭での私のクラスの出し物は、「劇」でした。内容は覚えていません。 私の役目は裏方で、舞台の端っこの方で隠れて幕などの操作をする係りでした。 K先輩のクラスの上映会が終ってすぐ、私は自分のクラスの準備に入りました。 始める直前、どのくらいの人数が集まってきているかを見たくなり、私は舞台の袖から、外を覗きました。
その教室の一番後ろ。出入り口の横に、K先輩の姿がありました。 私は、驚きました。自分が出ても居ないので、誘わなかったからです。 K先輩は、わざわざ調べて、一人で観にきてくれていました。 この時の姿も、今でも鮮明に思い出せます。それくらい嬉しかったのでしょう。 私は、最初から最後まで舞台に出る事は無い役目でした。 でも、先輩は最後まで観てくれていました。
劇が終ると、私は慌てて廊下に出ました。 すると、先輩が先の方を歩いて帰るところだったので、思い切って追いかけていきました。
「先輩っ!」
声を掛けると、驚いたようにK先輩は振り向き
「観に来てくれて有難うございました。」
と私が言うと、照れたように笑って
「俺のクラスも来てくれた?」
と聞きました。 私は、自分でも驚くぐらい元気な声で
「はいっ 観ました」
と返事をしました。K先輩は、さらに照れたように
「俺も、ほとんど出てなかったけどな」
と言いました。
この時の会話が、K先輩と付き合い始めてからの最初のまともな会話でした。
その後の文化祭の数日間、K先輩とはたまに擦れ違う程度でした。 最後の日のフォークダンスの時、運動場でK先輩の姿を見ました。 先輩は、どうしたのかウロウロしていて、先生に注意されていました。 その姿が可笑しくて、一人で下を向いて笑いました。
フォークダンスが始まると、私はK先輩と手を繋ぐ女の先輩達が羨ましくなりました。 多分、小さな小さな嫉妬だったのかもしれません。 と、同時に。自分も他の男子と手を繋ぐのが嫌で、指先でつまむように踊ったのを覚えています。 ダンスの最中に、ちらっと先輩の姿が見えました。 先輩は、余った男子生徒と手を繋いでいるところで、その面白くなさそうな顔がまた、可笑しくて仕方ありませんでした。
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下駄箱
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K先輩と付き合い出した私。 ということは、「恋人同士」であり「彼氏・彼女」となった訳で。 でも、その実感は私にはありませんでした。
電話番号の交換をした訳でもなく、デートをするでもなく。 二人っきりで話すことすらありませんでした。 以前の何も無かった先輩後輩のままで居た頃の方が、逆に親しかったぐらいです。
学校で私と擦れ違うK先輩は、大抵、同級生とふざけている状態で近寄ってきました。 K先輩一人であれば、何か言葉を掛ける事も出来たかもしれませんが。 私の目には、K先輩のその態度が自分と同じに見えました。 K先輩の視線を意識して、わざと笑顔を作ったりしていた自分と同じように、K先輩も私を意識して友達と楽しそうにしているように。 中学生の私たちは、お互いに自分を相手に良く見せようという意識が強かったのだと思います。
上級生であるK先輩の同級生の中には、目立つかっこいいとされるグループもいました。 その大概の人は運動部の部長であったり、いわゆるその頃の不良であったり。 その人たちと比べると、K先輩はごくごく普通でした。身長も170あるかないか。 みんなが羨むような自慢となる彼氏ではありませんでした。
何分、「告白されてから好きになった」状態だったので何一つK先輩の事を知りません。 K先輩とは小学校も同じであったのに、中2の秋までその存在を見た覚えすらなかったぐらいにです。 私は、夢中でK先輩のことを知ろうとしました。 古い住所録を探し出し、住んでいる場所、妹がいることを知りました。
その頃、好きな先生や先輩に「質問」を手紙に書いて渡し、答えを書いてもらうのが流行っていました。 それは、他愛も無い内容で、「好きな食べ物は?」「好きな色は?」など便箋一枚程度の質問状でした。 早速、私も姉に便箋を貰い、丁寧に時間をかけて質問状を作りました。 でも、問題は、どうやって渡すかです。
私は、直接先輩に手渡す勇気が無かったので、下駄箱を思いつきました。 部活後の生徒が殆ど居なくなった下駄箱で、先輩の名前を探しました。 その中学校の下駄箱には、フタがありませんでした。 そこで、私はK先輩の性格を少し知った気分になりました。 中には、かかとの潰れた上履きと、その奥に古い靴が入っていて、お世辞にも綺麗とは言えない状態でした。 上履きに描いてあるK先輩の名前。丸いかわいい文字でした。 私は、K先輩の書く「字」を見れただけで、すごく嬉しくなりました。
結局、その質問状の手紙は、下駄箱に入れる事はしませんでした。 そのだらしない下駄箱に手紙を入れるという事は、私がその状態を見たということです。 私だったら、好きな人にだらしないところは見せたくないし。 私なりの、好きな人に対する思いやりでした。
手紙は、A美を通じて渡してもらう事にしました。 それから、2日ほど返事は返ってこず、A美が催促をして受け取ってきてくれました。 今はもう、その手紙は手元にはなく、何が書いてあったかも忘れてしまいましたが。 一つだけ覚えていることは、好きな色が黄色だったこと。 その返事を私は何度も何度も読みました。先輩の書いた文字が嬉しくて。 この手紙が、先輩の手に触れ、先輩の制服のポケットに入っていたと思うと、何より私の宝物になりました。
そして、K先輩への私の「好き度」はどんどん高まっていきました。 と、同時に。 私はK先輩と廊下で会うと隠れるようになりました。 K先輩を意識することで、返って、まともに顔を見れなくなってしまったのです。 逃げるような私の姿に、K先輩は悩んだようでした。
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A美
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A美の「なにそれ?」という言葉に、私はどこかで女の怖さを知った気がしました。 元々、小さい時から男子の中で遊ぶことの方が多く、「女の子同士の会話」みたいなものからは外れていました。 小学校を高学年で転校し、違う学校に行って初めて、自分が同学年の中でも幼いということに気付きました。
転校した学校でまず気付いたのは、大袈裟に言えば貧富の差。 その小学校は、上に高級住宅地街があり、そこから通ってくる一般的にお金持の子供。 下には昔からの古い町があり、貸家やアパート住まいの子供。 それプラス、親の職業などによっても、立場が分かれていました。 きっと、親がそういう事を言うのでしょう。子供が同じ感覚を既に持っていたのです。 聞かれて驚いたのは、「部屋はいくつある?」という質問でした。 部屋の数によって、その子の家がお金持ちかそうでないか・・・ 他にも、有名進学塾がいくつかあり、そこへ通っている子同士の間では、もろにライバル心剥き出しでした。
服装一つでも、何かと言われることになりました。 ある日、私はワンピースを着て学校に行きました。 たまたま、その日は小学校の卒アルを撮る日でした。そのことは、多分、クラスの殆どが当日まで知りませんでした。 その頃、家が近所で仲の良い友達がいて、その子に言われました。
「卒アル撮るからって、いい服着てきてさっ」
その子は、確かに普段と変わり無いTシャツにスカートという服装でした。 でも、私としても、そのワンピースは着回ししている服の一つで何も意識が無かったのです。 先生にしてみれば、普段の生活としてアルバムを作るのが狙いで、あえて言わなかったのでしょう。 私は、こんな事でも友達を怒らせてしまうことがあるんだ?とかなり驚いたものです。
きっと、転校前の小学校にもそういう事はあったのでしょう。 でも、私は気付かずに、いつも男の子と追いかけっこをしているような、良く言えば無邪気な子供のままでした。
そんな雰囲気の学校の中で、私は「女特有の感情」というものがあるということを知りました。 意地の悪さとか、嫉妬とか。 言葉使い一つで、一人の女の子を敵にまわしてしまたが為に、集団で意地悪をされるというような状況は、よくある事でした。 その女の子が人気がある(力がある)場合、それは男子にまで影響力を及ぼしました。 たった一人の女の子の機嫌を損ねただけで、クラス中、部活中の数人から嫌がらせを受けることになるのです。
A美は、クラスでも頭が良く面白いということで人気者でした。 勿論、部活でも同じ。 住んでいる地域は私と同じでしたが、彼女の両親は教育委員で家も比較的新しい綺麗な一戸建てでした。 その頃の私は、5部屋ほどある家に住んではいましたが、そこは貸家でした。 しかも、成績は中程度。目立つ同級生と仲が良いわけでもなく地味な存在でした。 かと言って、いわゆる「いじめ」にあったことはなく。 中1の時までは背も小さく、クラスの女の子は妹のように接してくれていました。
私がその運動部に入ったのは、中2からでした。 A美たちは中1から初めていて、私が入った時には既に仲良しグループは出来上がっていました。 その中に、私はクラスメイトのA美がいる事から、入っていく事になったのです。
K先輩と「両想い」となり付き合いだしたという話は、A美を通じて部活中の誰もが知る事となりました。勿論、クラス中にも。 そして、K先輩を通じて、やはり同じ部活の先輩にも、先輩の同級生にも知れ渡る事になり、廊下で擦れ違うだけで私は視線を感じるようになりました。 A美は、時には親切に。時にはからかうように、私とK先輩の話を聞いてくれましが、それはあくまでも野次馬的で、私は相談事を彼女にすることはありませんでした。
後に、私はA美とそのグループからいじめを受けることになります。
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嘘泣き
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K先輩はものすごく優しい声で言いました。
「誰かに無理矢理来させられたの?」
緊張で震える声と、鼻をすすったことで、泣いていると勘違いさせてしまったようでした。 私は、俯いたまま首を振りました。
「じゃぁ、なんで泣いてるの?嫌だった?」
どこまでも優しいK先輩の言葉に、私はまさか、「鼻が出ちゃって・・・」なんてロマンが無い台詞は言えないと思いました。 私には、経験も無ければ、データも少なすぎました。 あまり漫画やドラマを観る事も無く、友達で彼氏が居る子もいなかったので知識もありません。 というより、この場合。 自分の素直な感情として「別に泣いてないです」と答えれば済むようなことでした。 でも、何かしら格好をつけたかったし、どこかやっぱり、私はドラマの出演者気分だったのでしょう。
グルグル頭で考えていると、先輩の足が私に近づいてくるのが見えました。 顔を覗き込もうとでもしたのでしょうか。 私は慌てて、鼻に手をあて、先輩に顔を見られる前に言いました。
「あの・・・嬉しくて・・・」
私の数少ないデータである漫画の少女が、告白されるシーンで嬉し泣きをしていたばかりに、咄嗟に私は嬉し泣きのフリをしてしまったのです。
今、思い出しても顔から火が出るくらい恥ずかしく、意味不明な台詞です。 やはり、K先輩にとっても、この台詞はおかしかったようで
「なんで?」
と聞かれてしまいました。 なんで?と聞かれても・・・・・・一応嬉し泣きだから嬉しいからで。 本心は例え違っても、今はそういう設定だからで・・・まさか、そんなことを説明できるはずもなく、私はやっぱり答えることが出来ずにいました。 答えられない私を見て、K先輩はきっと考えてくれたのでしょう。
「なんで?ってことはないよな」
と言って、笑ってくれました。 無粋なこと聞いてゴメン。そんな感じの言葉でした。
放課後ということで、体育館には部活を始める生徒が増えてきて、外にいる私たちは目立ち始めました。 そして、K先輩は
「来てくれて有難うね。もう、部活行くでしょ?」
と、呼び出したのは私なのに逆にお礼を言われ、立ち去るタイミングを逃していた私に救いの言葉をくれました。 私は、ぺこりと頭を下げると小走りで、そのまま体育館の部活をやっているクラスメイトでもあるA美のところへ行きました。
間もなく部活が始まる時で、A美は既に着替えて座っていました。 彼女含め、同じ部活の同級生の女子は、みんな、今、私が返事をした帰りであることを知っていました。 私は、どんな顔をして友達に報告すべきか分かりませんでした。
そして、先輩に勘違いされた泣いたような状態で、A美の隣に私は俯いたまま座りました。 今回のK先輩との仲の橋渡しをしてくれていたのは、A美でした。 A美と私は、同じクラスで同じ部活でしたが、普段から一緒にいる友達同士ではありません。 A美にとって、多分、今回のK先輩と私のことは野次馬的感情で、半ば面白がっていたように思います。
「どうした?」
A美に聞かれた私は、付き合うと答えた事。先輩が言ってくれたことを、鼻をすすりながら報告しました。 聞き終えるとA美は言いました。
「で、なんで泣いてんの?」
後から思えば「緊張しちゃって」と答えるのが一番自然でした。 実際にK先輩の前では涙は出ませんでしたが、緊張から解き放たれ、逆に泣きそうになっていたのは本当でした。 でも、私はA美の問い掛けが威圧的に感じ、言い訳がましい言葉が口から出てしまいました。
「うまく、先輩に言えなかったから・・・・・」
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返事
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「少し、考えさせてください」
そうK先輩に言うと、私は顔も見ずに頭を下げ、その場を立ち去りました。 とは言っても、帰りも足場は同じように悪く、またもや転び、
「大丈夫?」
とK先輩に声をかけられましたが、それにすらコクコクと頷く程度で、逃げるように先輩の視線から逃れました。 その日部活は、ほとんど上の空。 運良く、その日はK先輩の部活と体育館の使用が重ならず、顔を合わせずに済みました。
家に帰るとすぐ夕飯でした。 が、その前に、荷物を置くと同時に制服を着替えもせず、私は鏡で自分の顔を確認しました。 一体、自分はどんな顔で先輩の前に立っていたのだろう? 鏡の前で俯き加減になり、上目遣いで自分の姿を見たりしました。 そんな百面相をしていると、下から母親の怒る声が聞こえ、慌てて御飯を食べに降りました。
御飯の最中も、お風呂に入っている時も、私の頭の中では今日の告白シーンが再現ドラマ状態でぐるぐる。 そして、お風呂から出ると、返事を考えはじめました。 普通は、自分の恋愛感情と相談して答えを出すことなのに、まるでその後のドラマの展開を考えるかのように。 私は、好きでもなかった先輩に告白されただけで、夢心地になっていました。 答えなど、決まるはずもありません。 第一。私は先輩のことを何一つ知りません。その人と付き合うというのはどういうことなのか? 具体的なことが何一つ分からない私にとっては、未知の世界でした。
普通なら、この状態では『NO』と返事をすべきことなのでしょう。 でも、私は浮かれており、それよりも今後の展開への好奇心でいっぱいでした。 その好奇心は、相手が誰か?はあまり問題では無かったように思います。 例え、それが同級生の誰かであっても。 相手が上級生であるからこそ、その頃同学年で先輩と付き合ってる子など噂で聞いたこともなく、余計に「付き合ったらどうなるんだろう?」という好奇心は膨らんでいきました。
それから、2日の間。 授業中も、部活中も家でも、眠っている時間以外の全てが、K先輩のことでいっぱいでした。 告白された時を思い出しては、ドキドキと心臓の鼓動が早くなるのを感じていました。 先輩とたまに廊下や部活中に会ってしまいましたが、見られている意識の中で、先輩を見ないようにするという不自然な私が居ました。 そして、3日目。 私は友達に頼み、「放課後体育館裏で」と伝言を先輩に伝えてもらいました。
前の晩はそれはそれは、一人頭の中で大騒ぎでした。 何度も何度も小声で鏡の前で練習をしました。 放課後になり、体育館の裏に行くと、K先輩は先に来ていました。 今回も、私は歩くところを先輩に見られるわけです。 またもや緊張して足元がおぼつかなくなり、じゃりに足をとられコケそうになりました。
K先輩の前に立ち、俯いたまま、深呼吸をし、私は言いました。
「御返事、遅くなってすみません。私とお付き合いしていただけますか?」
今思えば、告白された返事としては、若干おかしな気がします。 でも、私にとっては精一杯の台詞でした。 緊張のあまり、声が震えました。 この緊張は、好きな人を目の前にした緊張ではなく、初めての舞台で、台詞を読む緊張の方が近いものだったと思います。 震える声で一気に言ったあと、肌寒い外に出たために鼻が出てしまい、グスグスと鼻をすすってしまいました。
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初めての告白
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K先輩の所へ辿り付くまでには、大きな高飛び用のマットがありました。 私は、その上を歩く時に足をとられ、尻もちをついてしまいました。 無様な格好をモロに見られ、ますます頭が真っ白になってしまった私。 たった一階分の階段が、異様に長く感じました。
K先輩は、屋上への扉の前に立っており、その顔は夕日に照らされて、まるでドラマみたいだな・・と混乱した頭で無意味なことを考えていました。 やっと、先輩の前にたどり着いた私ですが、積み上げられた荷物が多いその場所では、その距離が手を伸ばせば触れるほど近く、 恥ずかしさのあまり顔を見ることも出来ずに、挨拶もせず俯き、黙り込んでしまいました。
K先輩は、しばしの沈黙の後、
「ごめんね。突然呼び出して」
と言いました。 声を出そうと思ったのですが、それすら出来ずに首を横に振りました。
「俺、お前のこと好きなんだ」
K先輩が言いました。 それまで、少女漫画でしか見たことのない光景が、自分の身に起こっています。 小さい頃から、マンガやテレビのシーンを一人で頭で空想するクセがあった私は、何度もその主人公に自分を重ね、練習をしてきたような気がします。 でも、実際に、こんなに早く自分の身に起こると思ってもいなかったので、答えを用意していませんでした。 あのマンガのシーンでは、どうだったっけ? そんな事を考えていたと思います。
と同時に、初めての告白されるというシーンに、 「この後どうなるの?」という好奇心がいっぱいでした。
反応も出来ずにいると、K先輩は言葉を続けました。
「俺と付き合ってくれる?」
K先輩の声は、ものすごく優しく、余計に上の存在に感じました。 兄がいたら、こんな感じなんだろうか? 優しく誰かにこんな風に話し掛けられたことは、その頃の私の記憶には殆どありませんでした。
いよいよ、空想が現実になりました。 確か、漫画であれば、少女は前から彼のことが好きだったので喜びの涙が出るはず・・・・・ 感情的にはK先輩の優しい声に涙がでそうな気分でしたが、でも、実際の私に涙は出ませんでした。
漫画のようにはいかない現実を目の当たりにし、私は半ば他人事のような気分でした。
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呼び出し
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「俺はお前が可愛いって言ったんだけどな。そしたら、あいつらエーーっとか言いやがって」
K先輩は、真顔で私に言いました。 これは喜ぶべきなのか、それとも照れていいものなのか。 今の私であれば、何言ってんのっ!などと笑えますが、まだその頃の私にはそんな対応の仕方は思いつきませんでした。
中学の頃の一つ上は、大人になっての5歳とか10歳上と同じぐらいの感覚があります。 たった一学年上というだけで、まるで自分とは違う大人な感じがしたものです。
ここでも、今思えば疎い私は、それがどういう意味であるのかすら気づく事はありませんでした。 反応に困り、一瞬固まったまま、ただ意味不明のへらへら笑いをしただけだったと思います。 でも、この日以降、私は少しK先輩を意識するようになりました。 今までは、たまに遊びにくる可笑しな先輩というだけであり、特別な感情は全くありませんでした。 でも、意識してK先輩の存在を気にするようになると、彼の視線が自分を追っている事が多いことに気付きました。
可笑しなもので、「見られてる」と分かると、自然な自分の動きができなくなり、 大して面白くも無いのに笑顔を作り、つまらないわけでもないのに、仏頂面になってみたり。 K先輩が見てる時は、いつも一人芝居をしているような状態でした。 そう、後から思えばそれは、ぶりぶりのアイドル歌手が、ファンを意識してステージに立っているような・・・そんな心持に似てた気がします。
それから数日して。 授業が終わり、掃除当番をしていると同じ部活のクラスメイトに
「K先輩が、屋上の階段で待ってるから来てって」
と言われました。 どうやら、K先輩とたまたま廊下で会った時に、伝言を頼まれたようです。
いくら疎い私であっても、その「呼び出し」が何であるかぐらいは分かりました。 でも、私の気持ちは、意識し始めたとは言え、相手が自分を好きかもしれないというだけ意識であり、まだまだ恋愛感情に繋がるものではなかったのです。
友達にはやしたてられ、気持ちの整理もつかぬまま、私は先輩の待つ屋上への階段を上り始めました。
その階段には、普段、あまり使用されない体育の授業の道具が沢山置かれていました。 それを超えなければ、K先輩が居る屋上の扉には、辿り付きません。 上からK先輩が見下ろしているため、意識しすぎて私の体はますますガチガチになりました。 無様な格好を見せなくなかったし、早く話を終らせて帰りたい一心でした。
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K先輩との出会い
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同じ部活の先輩へのアイドル熱が冷め、夏が終わり。 衣替えが過ぎた頃のことでした。
授業が終わり、体育館の女子更衣室に入っていくと、そこには女の先輩達が集まっていました。 その中に、何故か一人、見知らぬ男性が混じっていたのです。 それが、K先輩でした。
男が居るとは思っても居ない更衣室に居たものですから、私は面食らいました。 K先輩も、一瞬、びっくりしたような表情でしたが。 先輩たちに挨拶をしたはいいものの、男性が居ては着替えができません。 戸惑っていると、K先輩は私と隣にいた友達を見ながらいいました。
「お前たち、双子なの?」
出会って初めて話し掛けられた言葉が「お前たち」。 勿論、私と友達は他人であって、双子でも姉妹でもありません。 似てると言われたことすら無かったのですが、それに対してよりも、「お前」と呼ばれたことに驚きました。 クラスの男子とは、少し距離をとった状態で特に仲の良い友達もおらず、 男の兄弟も居ない私にとっては、異性に「お前」と呼ばれたのは初めてでした。
それ以来、K先輩は何かと部活が違う私たちのところへ顔を出すようになりました。 最初は、戸惑っていた私ですが、K先輩の馴れ馴れしい態度にも馴染んでいきました。
出会って数週間が過ぎた頃。 ある日、体育館でK先輩が、数名の他の男の先輩たちと話をしていました。 私が入って行くと一斉に振り向き、K先輩以外の先輩達は、ニヤニヤしつつ、私の顔を確認するかのように横を通り過ぎて出て行きました。 その頃には、話す事にも慣れていた私はK先輩に聞きました。
「みんな私の顔見てたけど、なんか言ったんですか?」
私には姉がおり、先輩たちは姉を知っているのです。 だから、何かの時に、そのような事で先輩に言われている事が今までもあったので、その類だろうと思いました。
「いや、あいつらとさぁ、誰がカワイイと思う?って話になってさ。 あいつらは、テニス部の○○ちゃんだって言うんだけどな。」
そのテニス部の女の子は、スポーツ万能、頭もよく、何よりも美人で有名でした。 休み時間に、同級生だけじゃなく、先輩たちからも告白をされているシーンを廊下でよく目撃してました。
「ふーん。やっぱり、あの子はモテモテなんだなぁ」
素直に感心しつつ先輩を見ると、真面目な表情でじっと私を見ています。
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初めてのときめき
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私は、恋愛というか異性への興味に対して、疎い方でした。
よく、初恋は幼稚園とか小学校とか聞きますが、私には本当に好きになった男の子は居ませんでした。 それどころか、アイドルにさえ興味が無かったぐらいでした。
転校生として別の小学校へ入った私は、それだけでも目立つことになりました。 そして、しばらくするとクラスのある男の子と恋仲だと噂をされました。 よくある話です。 クラス中から勝手にはやし立てられ、なんとなくその男の子を意識し始める事になりました。
でも、それは、皆に合わせるために無理に好きなアイドルを作ったのと同じ程度。 私は周りのオマセな女の子たちに付いていく為に、嘘をつき始めたのです。 好きでもない男の子を好きだと自分に思い込ませる。 なんとなく片思いを演じている。 そんな感じでした。
中学2年の時。 運動部に入った私は、そこで初めて気になる異性が出来ました。 同じ部活の一つ上の先輩。 その先輩の姿を、部活中はいつも目で追っていました。 先輩の時間割をこっそり教室を覗いて確認し、体育や技術の時間はチャンスとばかり、居そうなところへ出没して姿を見に行きました。 部活中は、キャプテンということもあり、怖い存在でしたが、逆にそれも魅力でした。 そして、部活の後で皆でバレーボールなどをして遊ぶ時間には、唯一先輩の笑顔を見れ、その表情のギャップにますます好き度がアップしたものです。
芸能人にすら興味を持たなかった私の中で、先輩は初めてのアイドルでした。 試合などの時に顧問の先生が撮ってくれた先輩の写真を、こっそりと貰い、 プラスチックの透明ケースに入れて持ち歩きました。 同じ部活の同級生にはやし立てられると、顔面が真っ赤になり、目が合っただけで大慌てで隠れるぐらい。 間違っても、側になど近寄れないほどのアイドルぶりでした。
告白など、考えた事もありませんでした。 付き合うとか、彼氏彼女とか。 そういう付き合いがどんなことなのかすら、その頃の私には想像も付かなかったのです。
そして、中学3年である先輩たちは、夏休み頃から徐々に部活に顔を出さなくなっていきました。 それと同じ頃に、先輩が同級生と付き合ってるという噂を聞き、私の先輩に対するアイドル熱は冷めていったのです。
たった、2-3ヶ月のアイドルでした。
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この日記について
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この日記は、とある一人の女。 亞乃の恋愛履歴です。
初恋から、現在に至るまでを順に記録として記していきます。
書かれる内容の全ては、過去の話になります。
どこにでもあるような恋愛の話です。
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