『 hi da ma ri - ra se n 』


「 シンプルに生き死にしたかった 」


2002年12月30日(月) ア・ピース・オブ・ケイク

ケーキを食べるとき、は
絶対的に平和で、しあわせでなきゃならない、
そんなふうにわたしは思う。

ひと切れのケーキ。

苺とラズベリー、マスカルポーネチーズ、
タルト生地、ホイップクリーム、ミントの葉っぱ。
紅茶を添えて、白い厚ぼったいカップで、
お湯は熱くて

そうして、誰かがいて。

ケーキはすっかり完成する。
お皿の上のひときれのケーキ、
ひららかで、平和なお菓子。


憶えることができないくらい小さかったころ、
まだ歩くのもおぼつかなかったような小さいころ、
誕生日に一度だけホールケーキを外で買ってお祝いをした。
兄のときも、わたしのときも、弟のときも、
ほんとうに小さかったころ、パパとママ。
外で買ってきた、どうやら今ではあんまり流行らないらしい
生成りの色のバタークリームのケーキ。まあるいケーキ。
ふちにぎざぎざの模様がつけられていて、まんなかに薄ピンクの薔薇の花の飾ってある
クリーム色のケーキ。

どうしてだかわからないけれど、そのケーキはわたしをしあわせにしない。
証拠写真が残っている、誕生日に写されたらしい
まだ、すごくすごく小さかったわたしと
時代がかった太い黒いふちの眼鏡をかけたパパに、ママ。
テーブルの上にまあるいケーキが乗っていて、わたしが手をのばしている。
この写真は誰が写したのだろう
とても平和であたたかそうな一枚の写真。

なのに、
そのケーキはわたしをしあわせにしない。

バタークリームと薄いピンクの薔薇の飾りのことを思い出すと
どうしてか、わたしはとてもかなしくなる。
涙が出てきそうなのはどうしてかわからない、だけど
ひどくかなしくて、泣き喚きたくなる。
目の前にあるまあるいケーキにはわたしの手は届かないと知らされている。

言葉ももっていなかった小さなころのケーキ。
誕生日のケーキ。
記憶のずっと向こうで小さく小さくなって
なんにも思い出すことのできない、バタークリーム。
かなしいという気持ちと弾き出されたかなしみだけが
ひたひたとおなかのなかをいっぱいにしていく。

歩くのもおぼつかなかったわたし。
きれいに飾られたまあるいケーキ。


飾られたみずみずしい苺をフォークの先ですくいとって
かじる。
水気がしゅわっと散って、甘酸っぱい露が口のなかにたっぷりひろがって
テーブルの向こう側に誰かが笑っていて


ひときれのケーキがたまらなく恋しいときだって
365日のうちに何回か、あったりするのに。



まなほ



2002年12月29日(日) 砂丘

知らない足跡を追いかけながら

何も知らなかった、ただ、はだしで

前へ

進みゆくことだけを刷り込まれた

時間とともに行ってしまう人々の一列より

そびれて

ただ濃いはいいろの穴をこぼしながら点々と

足を投げ出してくずおれていくひとつの背中

風にまぎれてゆく背中

呼びかける声を吸いこんだくうかんに

ぽとり

そう聞こえない音を垂らして落ちこんでゆく 一粒の力ないしずく

それになりかわって垂れてゆく

ぼくときみとわたしとあなたとわたくしたちとの

ささやかにちいさな戦いのあとさき

存分に力をこめたはずの刃にそむかれて

脚を殴りつけた腕は、「くう」を掴む

さらさら さらさら

指のはざまから昨日の隙間をのぞいて片目をつむる

色とりどりに散らばった残骸は誰のかたわれだったのか

すがたを見出せずにぼくが立ちつくす

投げ出された足と白い背中と

ちいさなその後姿を吸い込みながら砂はひろがる

どこまでも足跡の先を追うことは叶わなかった?

唐突に倒れこんだきみの腕は砂の上に置かれた

うらがえったかたちのまま 指は

ちいさく 天を向いて

そりかえりながら

かぼそく、声をあげたのか


行き先をわすれた魂のあとさき

点々とつづいた灰色のあしあとのさきにつながりながら

ただ その白い裾を砂によごして横たわる


そのような誰も

かつては

いくさびとと呼ばれたろうか


前もなくうしろもないこの場所にただあしあとも残せず

風にまぎれてゆく背中に呼ばわる声をもたず

ぼくはきみはわたしはあなたはわたくしたちは

たしかに

いつかは消えてゆくのだけれど





まなほ



2002年12月26日(木) I'm alive

お風呂あがりのハミガキ、
かずすくない、残された日課のなかのひとつ。

やがてきみは鳥になる、
と口をついて出た。
スピッツのうたの一節だった
わたしはこれがすごく好きだった
長いこと、忘れていたけど。


やがてきみは鳥になる、ぼろぼろの約束胸にいだいて
かなしいこともある、だけど夢は続く、目を伏せないで
舞い降りる夜明けまで


夜明けがいつ来るかなんて知ったことじゃなく
そんなことを言い聞かせられても諭されるほど素直じゃなく
もっとずっとひねくれていて、折れ曲がった
偏屈者のわたしです。

だけどいつか空を飛びたかった、
このからだひとつで
飛びたかったから
わたしはこのうたを好きになった、すごくすごく、好きになった

ばくぜんとまっしぐらに死を目指していく心の声のままに
志向してなんてやるもんかと、まだ時折は思えます
泳ぎ渡って行く腕があんまり重たいのですっかり沈んでしまうけど
向かって行く方向を見定められなくて時間に振り回されて
生きていくのにくたびれちゃった、それでもだけど

あんたの言うとおりになんてなってやらない。
わたしの思うとおりになんて、なってやらない。
どこにも行けないけど
なんにもできないけど
明日は怖いけど
なんにも見えないけど

息をすることに誰かの承諾がいるだなんてばかげたことを
まだ思い込んでいる心のきれっぱしを抱えて、だけれども


やがて鳥になりたい。



まなほ



2002年12月25日(水) ぶくぶく。

今のわたしをあらわす、オノマトペ、
「ぶくぶく」。
それかな、と思い当たった。
みずの底にしずんでうす暗がりの中から
泡を吐き出している。
ぶくぶく。
手をほどいて、水をかけばいいのに、それをしない。
足をのばして、立ち上がって底を蹴ればいいのに、それをしない。
ときどき首だけあげて、うえのほうをみる。
きらきら。
みなそこから見る水面の反射光はきっときれいなんだろう。
想像だけして、またくるまった膝に目線を戻す、
ぶくぶく。

眠る
眠る
眠る

わたしはちっとも泳げません。

メリー・メリー・クリスマス。


ケーキもなんにもなかった
それは毎年のことで
だけど今年は宅急便とか郵便で
思わないところからプレゼントをいくつかいただいた。
サンタさんありがとう、ゆっくりあけてみるね。
包装紙をはがす力が出なくて部屋の中に置いた包みがひとつふたつみっつ、
所在なげにだけどはっきりその存在を主張しています。
メリー・メリー・クリスマス。
ケーキの一切れでも食べたかったな、
北海道からいただいた大好きな六花亭のチョコレート
ひとつだけ出してぽくぽくと齧って、
のこりはきちんと元の通りに、しまった。
それはそれでしあわせの味がする。

どうもありがとう。

ホワイトチョコレートが好きです
なぜだかよくわからないけど。
ビターチョコレートは食べられません
25歳になってもまだ大人じゃないみたいです。
酸っぱい苺は大好きだけど
今年もお疲れ様で職員さんにご馳走していただいた、
お隣のレストランのランチ、
ランチなのに2500円、(絶句)
先付のからしマヨネーズは頭までしみて涙が出そうで出ませんでした。
この辛さはHOTじゃなくてCOOLだと思いながら
だけどちっともカッコよくはなれないわたしです。

メリー・メリー・クリスマス。
わたしはちっともいい子じゃないけど今年もこの日まで生きました。

切りたいと消えたいのはざまで
ごめんなさいを繰り返しながら
自分より大きなサトくんの影も背中におぶって
今年と来年の坂を、時間の勢いに押されて、
ずるずると上っていって、しなない。
ぼくのしなない日。(だけどあなたは死んだ日)
ぶくぶく、泡が立ちのぼって行く先の光がまぶしい。
それを見つめるくらいで
今日の日も暮れます。
やることがなにもないわけではないのに
こころぼそくて途方にくれては、眠りばかりを欲します。


あなたのうえに
しあわせが降りますように。
そう心から
言えますように。



まなほ



2002年12月23日(月) お守り

闇がこわい

朝がこわい

あしたがこわい

このうでがこわい

たまらなく

あしたになるのを拒否するこのからだが次になにをするのだろう

かきむしった髪の毛

地肌から血のついたかさぶた



・・・・・・ぼくはひとりじゃない

だいじょうぶ、だいじょうぶ、だいじょうぶ

ひたすらくりかえす

だいじょうぶ、だいじょうぶ、だいじょうぶ


きっと

きっと



2002年12月22日(日) 1+1

お薬をがんばって飲んで
その副作用で吐き気が出て食欲が失せて唸っていたら
欝がきていた。

……。

じぶんの我儘さの程度にかなりあきれはてているけれど
こういうときは「どっちかにしてください」と
誰かに頼みたくでもなってしまうのです。誰かって誰。

わからないけど。

本を手にとって、落とす。
ごはんのテーブルに、行けない。
眠っているのと起きているのとそのまんなかあたりを
ふらふらしながら、24時間でわたる、平均台。
結局のところ、おふとんでまるくなっているのがいちばん苦しくなくて
そこに行って横たわりたいと思うのだけれども
もうひとつの病気はお風呂とスキンケアをさぼることをわたしに許さないので
結果、そこらじゅうを、うろうろと歩きまわることになる。
パジャマを取りに行こうと思う。
立ち上がらなくてはいけないと思う。
倒れたいと思う。
そんなことの繰り返しで、あるとき、
「どうやら、欝みたい。」
って、気がつく。

自分の状態を把握するのって、存外、むつかしいことらしい。


世界から放り出された気分のする、今日、
またしても、外は曇天模様。
待ち望んでいた雪は降りませんでした。

待っているものはときどき到着が遅れる、
それがひとつの楽しみだったりすることも、ある、けれど
春まではわたしは待つことができないので
できれば、この冬のどこかに
白いひらひらしたものが空から落ちてきてほしいなと
その光景を目にうつしてやりたいなと
思います。

春、
桜の頃。

ばかげた話。

わたしは生きてるのかしら、とぼんやりと考えて
頭をかかえてうずくまる。サトくんがいなくなった日。
それだからわたしは消えることはできないんだ。
それだけど

今は、明日が見えません。



まなほ



2002年12月21日(土) 雨雪とて

季節が、ようやっと冬に落ち着きかけたように思うのに
それでもちっとも晴れわたらない空を
不思議に思いながら見上げています。

ここは湘南で
わたしは生まれたときからここにいるけど
その呼び方にはちっとも慣れないでむしろ恥ずかしいけど
それでも冬の雪や曇天模様とは縁の薄い、関東のまんなかの海岸地方。
クリスマスがそっと近づいてきているらしいけど
自分のなかのこころもちは、ちっともその気配を察しないまま
相変わらず眠り込んでいて、眠り込みすぎて
お薬切れの気配にがくがくふるえながら
目をさましていたり、
する。

今日は満月だろうか。

大学の門柱に大きなクリスマスリースが下がり
ツリーの点灯式が過ぎ、キャンドルサービスの夕刻の礼拝が終わって
ゆるい坂道を高校生が赤いリボンで飾りました。
山茶花の垣根とか、葉っぱの落ちた銀杏並木とか、ハナミズキの枝を
赤いリボンで飾りました。
こっそりと正門の隣の小さな黒い通用門、
それのドアノブにも赤いリボンが結ばれているのを発見して
一昨日の朝にひとりで笑っていました。


きょうのあしたは、雨雪とて


そらはひとりでこごえていて
はいいろの雲とあまつぶが
一日中ひっきりなしに降りてくる音を聞きながら
わたしはベッドの中にくるまって
巣篭もりみたいに、まるくなっていました
ひびわれた手と
水気をうしなっていく腕を
守るみたくまるくなって
シーツのなかはどこまでも安全だと信じていたいので
わたしは雨の音を聞きながらまるくなっていました
栄養を摂取することもなく排泄をすることもない一日を守る薄いわた一枚。
休眠状態の植物みたいになりたかった、
そう強く念じているじぶんがいるって
今のわたしは知っています。


この雨の音がやんだら
そとは雪でしょうか。




まなほ



2002年12月19日(木) どんより曇ったそらのした

目をさませたのは予定の時間の1時間半後、
どうにか動きはじめて
窓の外は、灰色のくもり。

つめこんだいくらかの食事、そうして

わたしはすぐに途方にくれる

自分を甘やかすのはやめなくちゃいけないと思う
だけど
床の上にころがってぐったりしてるこの身体は、なんだ?
病気ににげこんだらいけないと思う、卑怯だと思う
なのに、
ぶつぶつと腫れてしまった顔をひっきりなしに叩く
この両手は、なんだ?

うごかなくちゃいけない

うごかなくちゃいけない

のに。

わたしはこんなところに居てはるか遠くのだれかから叱咤激励されてそれでも
うずくまって動かずにいられる理由をあたまのなかでさがしている

ぴりぴりと皮膚が痛む。
窓の外は、どんより曇ったそら、
行きたくない
生きたくない
逝きたくない



矛盾したことばづらを並べ替えては巣穴をさがしている
よわむしでちいさな生きもの。

外に出て行かなくちゃ
痛みと弱さとだるさ、

外へ
外へ
外へ



まなほ



2002年12月18日(水) 症状&副作用

眠り込んでいると、必然、ごはんを食べないことになるので
食後のお薬を飲みません。
夜起きているときに調整で飲んだりしているけれども
(ごはんを食べなくても薬は飲んでくださいというお医者の言葉!に従って)
24時間とかあいだがあいてしまうわけで
そうすると、お薬のおかげで遠ざかっていた病気らしいものが
からだの上に落ちてくる。

あ、わたしはこんなものに悩んでいたんだっけと思い出したりする。

いつもは副作用と闘っている。
吐き気とか、おなかがぱんぱんにふくれちゃうこととか
気持ちが悪くなることとか、
そういうことと。

お薬が切れると吐き気もなくなる。
そのかわり、がたがた手足がふるえはじめて
なんだか意識がふわふわしはじめる。
薬が効いてて浮つくのとはまた別の感じ、
落ち着いて座っていられなくなる。
それから自傷。アトピー悪化、微熱、ほてり
倦怠感、無気力、それだけど、
追いまくられるみたいな焦燥感。わたしは不必要だという、きもち。

もっともそれらはいつもわたしと同居しているんだけれど。

副作用がすくない薬は、なぜかわたしにはことごとく効かなかったので
今は三環系というわりと作用もあるけれど副作用も強いらしいお薬を
日常的に飲んでいる、それだから
症状が薄まって助かることと、副作用で苦しいことが、半々くらい。
どっちが自分に楽なんだろうとときどき考える。
あんまり副作用の出方がひどいときは
いっそ、お薬を完全に絶っちゃったって別にいいんじゃないかとも、思う。
けれど、お薬を飲みそこねてたとえば24時間経過、
がたがたふるえる身体と心が舞い戻ってきたときは
やっぱり
くるしい、とおもう。

症状と闘うけど
副作用とも闘う

そのまんなかでゆらゆらしていた
この数日間。

そらに檸檬型の月が出ている。
十二夜とかとか十三夜とか、それくらいの
うすい黄色をしたほのかにまあるいやさしい形の、月。
欠けない満月よりも好きかもしれない
れもん型の月。

あと、半月でことしがおわる。
あと、二日で、お仕事が終わる。
すこし早めにやってくる冬休み、わたしには
闘うものがたくさんあるらしい、けれど
(そのなかのひとつは自分の住む現実を顔を突き合わせることだ、眠るのじゃなく)
それでも、「おしまいの日」は来る。

ていねいに息をしていたい
だれにも殺されないで
なににも追いつめられないで
ていねいに息を、していたい

過呼吸にもならないで
酸素不足の金魚みたいにぱくぱくと
空を見上げて泣くこともなしに



まなほ



2002年12月14日(土) ジ・エンド

笑いころげた一日のあとにふっと出口のない場所にとらわれて
ぱくぱくと口をあけしめして、賢明に息をする

もうおわりだ
もうおわりだ

突き上げてくるその声にどうやって抗おうか
うしろから圧し掛かってくるその重さを
どうやってはぐらかして「次の瞬間」まで
この場所に居続けようと床にかじりつく

一秒一秒はあっけなく過ぎるけど
その一秒が闘いのとき

お守りがひとつずつ消えていって
儚くなって
わたしは飛んでいきたいと思う

校舎の屋根から落下した翼を持ちたいという少年の話を読んだ
かれは、最小限の身の回りの品以外に何も残さなかったと話は続き
わたしは
ものの溢れた自分の部屋を見回して愕然とする
わたしがいまいなくなったら
わたしがいまいなくなったら

これらの
ひとつひとつあつめられたわたしの足跡のようながらくたの山を
片付けるという果てしないむなしい作業を誰かに押し付けるんだと


ウデから赤っぽい血が流れたら
すこしだけ強くなれる
すこしだけ戻ってこられる
かも、知れない

そういうちっぽけな望みを託すのはわたしがまだ消えちゃいけないって
言い聞かせようとしているひとつの証かもしれない


サトくん
わたしがもっとぼろぼろになって笑って生きていけなくなっても
あなたはわたしを叱らないで、きっと困った顔で笑うんだろうね
そうして、高い場所から自由落下しようとするこのからだを
その腕で引き止めちゃったり、するんだろうね

あなたはやさしいから
誰よりもやさしいから

もう、どこにもいないのに
それでもまだ
わたしを支えてくれるなんか
フェアじゃないよ
全然フェアじゃないよ



まなほ



2002年12月13日(金) 一枚の布

おふとんの外がこわいから
わたしは顔を出さないで眠る
おふとんの外がこわいから
お日さまが出たのに、わたしは外に出ていかない

目をさましたら、アトピーのしのびよってくる気配がして
ぎゅうっと目をつむった
逃げたい

落ち着いているときは
少し乾燥気味だけどごくふつうかふわふわの肌に見えるわたしの顔は
ある日急にやってくるアトピーって言う同居人の攻撃をあびると
二目とみたくない顔になる。
赤く腫れあがった丸い顔、ばらばら落ちてくる皮膚の上皮、
ムーンフェイス。
崩れる気配と一緒に、それはまるで文字通りにやってきて
均等にかさなる肌の層が、細胞のひとつひとつが崩れていくかんじ。
輪郭線まで変わるので、同じ人とも思えなくなるような
変身。

ピーリングの真っ最中みたいなそれは何?って
この間は聞かれた。
ちょっとした病気持ちでしてと笑ってこたえた。

大事なのは、なにも考えないこと

覚悟をきめたら心のなかを静かにする
とてもとても静かにして、波の立たないようにする
そうしてむくりと起き上がって
涙が出てこないようにする

枕カバーがわりに枕にぐるぐる巻きつけてある
うすい黄色のふわふわのバスタオルに点々と血が散ってた

これがわたしの日常です


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


ぽっかりと目を開けたら点いていたはずの豆電球が消えていた
ふと気がついたら閉めていたはずのカーテンがひろびろと開いていた
わたしがやったのか、誰がやったのか
よくわからない
遠いうつつの中で誰かと話をしたようにも思う
誰かがドアから入ってきて通り過ぎていったようにも思う
窓枠にぴったりと付けられたベッドをまたぎ越してカーテンを開けることは
誰にもできないはずだ

何も考えない

眠ることと、眠りにとても似ている覚醒とを
ふらふらと行ったりきたりしながら昼間を過ごす
手離したくないのは昨日の気配、
新しい一日をはじめたくないらしいわたしは
眠りにしがみついて、寝返りをうって
やわらかい枕を引き寄せて抱きしめて、ぎゅっと目を閉じる

ぎゅうぎゅうと目をつむりながら
ゆるゆる動いていく「思い」の淵のなかで、思っていた
サトくんあなたがいなくなってから今日で8箇月です
……たぶん。

あなたがいなくなった時の日付をわたしは正確には知らない。
それを拒むくらいにたったひとりであなたがいなくなってしまったから。
8箇月。
涙なしであなたを悼むことをわたしはおぼえたかも知れない
この時間。

花を贈ることについて痛切に考えるようになりました
花屋さんの店先の前で立ち止まって凍ったみたいに
銀色の細長い容器に投げ入れられたたくさんの花を眺めます
ガーベラが満載だった季節はもう過ぎて、
やわらかでしゃきしゃきした花びらのスプレーマムも通り過ぎて
飾り用の黄色やオレンジ色のかぼちゃが何処にでもごろごろとしていた時もあったけど
今は
クリスマスに合わせた、ポインセチアとシクラメンが
たくさんのスペースを占めるようになりました。

白いポインセチアがあるなんてわたしは知らなかったし
やわらかい桃色のシクラメンも、見知ったものじゃなくて
息を止めて見守ってみたりするけれど

サトくん、どちらもあなたには、似合いません


いっせいに、コスモスがたなびく夢を見た
だれにも、贈れなかった花の風景


真っ白な服でその中に分け入ってみようか
はだしで
しめった土を踏みしめてみようか

わたしの中にあるかなしみは、涙よりも
むしろ怒りと結びついていて、まだ
そこから剥がれることがない
まっすぐに地面にむかって屹立するのはきっと怒りの感情を踏みつける脚で
カメラのファインダーをわたしは睨みつけるのだろう
やわらかな布の白いワンピースも、また
少女らしさや優しさなんかは現さずに、ただ
世界に挑戦的に居ようとするちっぽけな反抗心をあらわして
風にばさばさとなぶられるだろう

それがいい

たっぷりした布もレースも、
臨戦態勢のためにある
無防備な、完全武装は
どこまでも非現実的な白いドレスの中にあるんだ
ロリータ服は、戦闘服
わたしにとっては完璧な武装だから

……涙なしで話せるようになったかも知れない

だけど

あなたの白いほねはまだわたしのなかにまっすぐに突き立っていて
あの青い空もやっぱりわたしのなかに呆然とひろがっていて
わたしの周りにいる幾人もの
それと知らずに心が壊れかけていった人たちの、その先頭を切って
いなくなってしまったあなたの居場所を両手はかたちづくったままで
その場所からまだわたしは動いてないみたいだよ
サトくん


一周忌という言葉の意味を考えた
死ねない、と思った


泣くかわりに
現実感のないお洋服で身を固めて
わたしはあなたの前に立つのかもしれない
遠ざかっていた繊細なレースを求めてこころが叫んだ
お金と引き換えにならない欲望なの
かさぶたをつくりたい、
だけど次々に生まれる傷口とそれを引っ掻く爪は引きも切らず
ジェーンマープル
ビクトリアンメイデン
小公女みたいなドレス
白のワンピース

それはたぶん傷口を覆いかくしてくれる
たったひとつの一枚の布なの




まなほ



2002年12月11日(水) 会いたい人に会いにいく

ちょっとしたすれ違うタイミングの誤差が
命とりになることが、毎日のなかには思いのほかたくさんあって
それを踏みはずさないように行くことなんて、とうてい
わたしにはできそうにないと思う

そういうわけでまたエアポケットの中に
ぽん、と
はまってしまうわたしがいる

「会いたい人には会いにゆけ」

そう言いきることばの響きはとても好きだけど
会いたい人がいても
その人が、どこにいるのかわからなかったり
自分が、どこにいるのかわからなかったり
出て行っていいのかわからなかったり
瑣末な事柄があれこれ降ってきて足をとめたり
なにより、会いたい人が自分に会いたくないかも知れないと思ったりして
臆病なわたしはすぐに踏み出せなくなる

それがたとえば
親友でも
恋人でも

すぐに踏み出せなくなる

わたしはあなたに会いたいけれど
あなたはわたしに会いたいですか

そう、尋ねてしまいたくなる
臆病さの持ち合わせが存分にありすぎて
どうにもこうにも冬の中で身動きが取れなくて
そうして、ことばにならない心配ばかり
無駄に膨らませていく、夜のなかに
浮かんで、まあるくなって、しずんでいる


今日もまた、足を踏み出せないまま日が暮れてしまいました。


今日の月は半かけの月、
かたわれのいない、
半かけの月、

まよなか
チョコレートをひとつがりがりと齧って
それから、みっつの錠剤とひとつつみの散薬を口の中にほおりこむ、
そうしてのみくだす、わたしの血の中をある濃度をたもってめぐるだろう
それらの薬
おなかがゆるくなる
こんな飲み方をしているなんて患者の風上にも置けないね、
と、よくわからない言葉で自分を笑って、
一日に三回の食事と三回のお薬をまもれないわたしは
真夜中にこうして、ひとりで摂取したりする
数の外でかぞえられる、
くうはくみたいな、たべものとおくすり。

そうして二階に上がって、ふとんのなかで、
またわたしは飲むだろう
ふたつぶの精神安定剤と、半かけの睡眠薬。

今日をおしまいにするために
「眠り」のなかに
なるたけ、するすると
入ってゆけるために

目をみひらいたままわたしは天井をみつめる
カーテンをみつめる
やわらかなバスタオルでつつまれた枕をみつめる
いつまでもいつまでも
みつめる

その時間があまりに長すぎてわたしはこの世界から別の世界へ飛びたく思ったから
それだから

あたたかな茉莉花茶のなみなみと入ったマグカップと一緒に
おふとんのなかにすべりこんで、わたしは
枕もとの薬袋をとりあげるだろう


ごめんなさい

心の中でつぶやきながら


ゆるゆると血液にとけていくお薬の成分ども。




まなほ



2002年12月09日(月) アンバランス

1日中眠っていました

外は雪だったそうです

テレビをつけて、新聞をひらいて、ネットをつないで

雪の話題が花盛りで

わたしはなにもしらず

あたまのなかに、しんしんと知らない雪が降り積もってゆきます

昨日みたはいいろの海がどこまでもどこまでも

しずかに

雪をのみこんでゆく、しずかにしずかに音もなく凍りながら雪が

とけて

水に還ってゆく、そのひららかな風景画があたまのなかに明滅する

わたしはなにもしらず眠っていました

ふとんのなかで誰知らずぬくもっていることは、たとえば

あなたのポケットの中で安心な眠りを手に入れることと似通っている

今のところ、わたしの夢はそれひとつきりです


そんな今日は
すぎゆき

ざっと60年近く前の今日に散った火花を誰がおもいだしたでしょうか
この雪の中でつめたいつめたい空気のなかで
どれくらいのわたしたちが、そのことを考えつけたんだろうと
遅まきながら深夜になってわたしは思い出しました
開戦記念日
12月9日
時差の都合で8日なのかもしれない、その日、は
世界のおわりを錯覚させる夏の一日までと結びついて続いてゆくのに
ただ、とてもひっそりとしていることをあなたに指摘されたとき
16歳の無知な小娘だった(そして今も無知であり続ける)わたしは
何も言うことができませんでした
記念日と名づけることもわからず、ただ
黙ってあなたの話を聞くことしかできなかったあの日から、もう10年近く過ぎ
せめて、この日付を忘れずにこころに留め置くことがわたしのできる精一杯です

けれど、わたしは今日、何を記念すればいいのでしょう

しずかにつめたく降り続けた

その雪の中に、どこまでもすいこまれて

なにもかもが消えてしまったような気のする、そんな今日に

ニュースと話題の何もかもは雪に埋めつくされ

ましろく塗りつぶされていきます

ささやかに灯される真珠湾への道筋を記憶しろというさけび



わたしはあなたを真正面から

見ることができるでしょうか




まなほ



2002年12月08日(日) 海を見に行く

いつもと反対方向の改札口を抜けてちょっぴり歩いたら
海に行ける
いつもと反対方向の電車にちょっぴり乗ったら
海がみえる
そういう場所に、わたしは住んでいて
そうして、冬の中にいる

冬の海は人がいなくて風がつめたくてどんよりしていて濁っていてさむくて
そうして、あったかい
なぜあったかいのかはよくわからないけど
海の灰色を、ひとりっきりか
それともなければふたりっきりくらいのこころぼそさで眺めていると

さびしくない

そういう気持ちに近づいていくような気がする
すごくさびしいのだけど
さびしくない
ひとりっきりなのだけど
ひとりじゃない
こころぼそいけど

でもきっとだいじょうぶだ

そんなふうに。

いつもは怖さとつながってわたしを押しつぶそうとする寒さが
寒ければ寒いだけ、それがわたしの力になって
ふたりぼっちくらいのこころぼそさが
だだーーっと、縦も横もどこまでも深いその「広さ」と真正面で出会う。

動いているのに動いてなくて、しぃんと静かで
顔にふく風がつめたい
空は晴れてなくて、雪が落ちてきそうなくもりで、
空をうつした海の波は夏みたいにキラキラしていないで
たいらだ
どこまでもたいらだ

いろいろな場所でいろいろな季節にいろいろな海をみたけど
でもたぶん、わたしの中にいちばんたかくひろく広がって
そうして解けていかない、ただそこに在ってくれる風景は
こんな寒い寒い曇った冬の日にふたりぼっちくらいで見る、
灰色の海なんじゃないかと思う



まなほ



2002年12月06日(金) 僕は鳥になりたい

くもりぞらの下、ずるずる家を出て行って、病院をハシゴした
こうなったのは予定のない日は毎日眠って暮らしていたからで
予定のない日というのはアルバイトのない日ということで
土曜日と日曜日をあわせて週に五日くらいある「予定のない日」

家の敷地を出なかった日
家から出なかった日
部屋を出なかった日
おふとんから出なかった日

そういうふうな毎日を暮らしていたら
ことばはぷかぷかうまれて、ぜんぶはじけて消えてしまった
おんなじように
わたしの過ごしたいくらかの「きのう」も
はじけて消えてしまった

日記にのこらないほんとうの「きのう」
眠りのなかに答えはあるのかもしれない
眠りながらわたしは何かをこわがっているそうだ
言われてみれば、朝、目をさましてわたしは頭を抱えていた気がする
死にたいとか消えたいとかもうだめだとか
ぼろぼろ言っているらしくて、でもそんな記憶はもうとてもとても遠くて
カーテンの向こう側、ぼおっとして頼りない
話に聞いたひとさまの記憶のようだ
昔に聞かされたじぶんの幼児のころのようだ

 こわがってた?

 わたしがたずねる

 うん。

 だれかがこたえる

 すごくこわがってた?

 わたしがたずねる

 このあいだよりはひどくなかった。

 だれかがこたえる

 そっか、

 わたしがうなずく

 うん。

 だれかがうなずく

 そうなんだ、

 わたしが納得する

おかしな会話かも知れない、けれど
それがわたしの暮らしている一日のなかの
ひとつのほんとう、らしかった

……そういう話はお医者にはつたわっていない

雲が、ばらけて、青空がみえないからふとんにくるまってこわがっていた
どうしてほかのひとは平気で外を歩いたりできるんだろうって不思議に思ってた
かなしくて、つらいらしい、でも、なみだは出なかった
そういうふうにできているみたいだった


精神科の薬局に行ったかえりに自転車を置いてあるもうひとつの病院の前まで
歩く。

ぽと ぽと ぽと

ぽってりとした茶色の革の靴は去年の秋にさがしあるいて見つけて
サイズがなくて靴屋さんのお姉さんに何軒も電話をかけていただいて
そうして見つけた、わたしのものになった、一足
こればかりを履いてわたしはいつも歩く
コンクリ剥き出しの地下書庫から、屋久島の原生林までをあるいた靴
あのときはとっても元気だったのに
どうして今はこんなにふらついているんだろう、わからないけど
地下道を渡っていこうとする車の列にまぎれこんで消えたくなった
わたしはいらないひとだから
わたしはいらないものだから

そういうまちがった場所にときどき迷い込みそうになるので
今日の日もたぶん、よくわからないカーテンの中にはんぶん隠れて
はじけてぽかりぽかり消えていくのかもしれない

病院と病院をつなぐ道の途中には、大手の新古書店があって
黄色と紺色の看板がよく目立つから
わたしは地下道をわたりおえたあと、たまに立ち止まって考える
それからまた歩き出して、まっすぐ歩いていったり
お店の入り口に向かって道をふみはずしたりする

今日は、道をふみはずした方の日

「ふみはずす」

大きくてあかるい店内の中には立ち読みのお客さんが中高生からオトナから
いっぱい立っていて場所によってはぎゅうぎゅうになっていて
店員さんの声はいっそおびえるくらいにあかるくて、こわい
そのなかをわたしの靴があるいていく

ぽと ぽと ぽと

まあるい靴先、ステッチの入ったぽってりしたフォルム

マンガ文庫の安売りコーナーの前で
靴がたちどまる
このコーナーはとてもとても小さくて
端から端まで抱きかかえられるくらいの窮屈さかげんが
安心できて、わたしは唯一ここでなら居てもいいような気がする
それから置いてあるお話の内容の古臭さやシリアスさや
つまり、とてもたくさんの人に受けそうにない、売れそうにないおはなしも
わたしの気持ちを安心させる
えてして、わたしはそういうおはなしのほうが好きだから
それは日陰の吹き溜まりに吹き寄せられたビー玉みたいなもの

靴が止まった場所で
まっすぐに左の側を向くと
そこには

「僕は鳥になりたい」

そう書いてあった

それだからわたしはそれを買った。


僕は鳥になりたい




まなほ



2002年12月04日(水)

ぼくがあんまりむきだしなので

ぼくのからだは鱗をつくった

つめたい風にさらされず

かたい石にもきずつけられない

ぼくのからだが鱗をつくった

触れてみれば ほら

かたくなな皮膚がはねかえす小さなちから

生きものはうまくできているね

きみが微笑む

向こう岸からそうして手をふる

ぼくの指先にひとひら

きらりとひかる鱗をのせて

きこえるよ

扉をたたく音、かちかちかち、ぱちぱちぱち、

たたたたたたたた

寸断なくぼくを叩きつづけるきみの手のひら

ぼくを呼び覚ましたきみの手のひら

目をあければそこは

どこでもない此処だった

きみが笑う きみが微笑む

向こう岸からきみが手をふる

きらりとひかる鱗をまとって

ぼくがたたずむ

この岸辺にはなにが埋まっているのだろう

かたい皮膚をなぞりながら

たたたたたたたた

たたたたたたたた




まなほ



2002年12月03日(火) 逃避

以前にも、こんなことがあったような
それとも
これがはじめてのような

一日のうちの四分の三、は、かるく眠って過ごしている気がして
それではどうしたって「ふつうの生活」は営めないのだ

けれど

時間はわたしを忘れてくれず
おなじように
生活もわたしを忘れてはくれない

ただしく、日が昇って今日もまた暮れた
それだからわたしは眠りの中から這い出して
せめてもの、罪滅ぼしをする
帰ってくる家人のために玄関の電気をともし
外に出っ放しで冷えてしまった洗濯物を取り込んで
忘れられてしまった昼ごはんを独りで黙ってかじる

からっぽになったお皿を片付けて
あとに残るのは、うす茶色のゆでたまごがひとつ
この殻をテーブルに叩きつけて割って、それからぱりり、ぱりりと剥いて
噛み付いて、咀嚼する

それができない
たべものを摂取するより
だまって
眠っていたい

ゆでたまごがわすれさられる
勤務先から体調を気遣うメールが届く

それからまた
わたしは
とほうにくれる


誰かが帰ってくるのがとてもこわい
それだけはよくわかるけれど
それを止めることは誰にもできないから


わたしは
眠っているのだろうか



まなほ



2002年12月01日(日) その日

みおくるものとみおくられるもの、といえば

みおくるもののほうのさびしさのほうが、鬼気せまっている



月並みな表現であるけれど、わたしはおもう。





まなほ


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