『 hi da ma ri - ra se n 』


「 シンプルに生き死にしたかった 」


2002年05月29日(水) 雨の日の子守唄−6 「ちいさな翼、通院報告」

「小さな雨の日のクワームィ」


 芽吹いたゴーヤ。
 天までのびてたくさんの実をつけたなら
 島に届く ね?


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朝、目を覚ましたら、
今日は、晴れていた。
少しつめたい風が吹いていて
カーテンがふんわりふくれあがる。
初夏の日。


昨日、
病院の帰りに買ってきた元ちとせという南の島の女の子の、のびやかな声を
部屋いっぱいに満たして、聞くともなしに聞いていた。


  (あたしは今ここにいるよ。まだここにいるよ。)


病院はわりと散々だった。
状態はいいのかわるいのかじぶんでよくわかりません、そうあたしは言って
この一週間の話を、思い出し思い出し、ついばむように、話し、
あなたを見送ったことを話し、刃物に手を出さないよう努めていることを話し
そしてその結果、飲むおくすりはまた増えた。
ルボックスという薄きいろの粒を、これから毎日あたしは
一日に6つずつ、飲まなければならないそうだ。

150mg。
処方量の限界。

これ以上は増やせません。
お医者は告げた。
そして84粒の薄きいろな粒々と42個の楕円形の白い錠剤を、あたしに渡した。
それから眠る前のお薬やなにかのいろいろを。

かえりみちは苦しかった。
体の中に飼っている不安とおびえと恐怖がこれ以上暴れ出さないように
自転車を駆った。鞭打つように駆けめぐった。
あたしはどこまででも走っていきたかった。

だけど風は吹いていたし、空はやっぱり、青かった。
泣くことを拒むくらいに青かった。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


あの日の帰り道、ちいさな十字架を買った。


この言葉の群れの中で、かみさま、とあたしは何度も繰り返したけれど
それはたぶん、あたしだけのかみさまだと思う。
世界中の誰が信じているかみさまとも、きっと少しちがうと思う。

プロテスタントの大学を出たけれど
キリスト教の神様と手をつないだことはなかった。
カトリックの教会は、美しいけれど怖かった。
痩せ細ったキリストの半分閉じられた眼があたしを見下ろしながら
朽ちかけた血を流しながらすべてを哀れんでいる。

プロテスタントの大学の中には、その哀しい目の姿はない。
十字架はすっきりとした姿をチャペルの前にあらわしていて
壁を埋めるパイプオルガンの音は高く高く響いた。
蝋燭のあかりに浮かぶチャペルの中。

きれいだった。

だけど

幾度か出席した礼拝で、
あたしは、ほんとうの祈りをささげることは、一度もなかった。
賛美歌はうたっても祈りはささげず、
ただ黙ってくちびるを閉じる。


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  サトくんは、こころから祈れたのだろうか。
  教えてくれた歌のさいごにかならず繰り返される
  しずかな「アーメン」というあの祈りのことばを
  神様にことばを届けるためのキーワードを。
  さいごのとき、あなたは何を思ったのだろうか。

  あたしには、わからない。


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埼玉に住む89歳の祖母はクリスチャンで、
この五月、教会の人たちとアメリカに行った。
20年も前にお世話になった牧師さん夫妻に会うために。そしてお礼を言うために。
私たちに教会を作ってくれてありがとうございます
それを伝えるために、飛行機に乗って海を渡って行った。

次はいつ会えるでしょうね、と言った祖母に、牧師さんの奥さんは
それは天国でしょうね、とにっこり笑って言ったそうだ。


彼女たちはそれを信じてうたがわない。


そのことについて
あたしは戦慄みたいなものをおぼえる。
羨みの気持ちとも、すこし、似ている。
絶対に揺らがない柱がこころの中に立っていること
そのことについて。

そのようには、あたしは天国を信じないし神様のことも信じない。
小さなころから聞かされて育ったキリスト教の神様も、
仏教の神様もイスラム教の神様も信じることはせず、それほどのなじみはなく、
既成のどの神様も信じられず、でも、あたしはかみさまを信じている。
いろいろなかたちで芽吹く草の種や空の切れっぱしの中で。
たぶん。


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ちいさな
小指の先くらいの銀色の十字架には、
もっともっとちいさな、翼がついていた。

いつか。

いつでもいい。

このつばさがはばたいて、あなたを、
遠い空の向こうや海のむこうにある、
どこか、青くてうつくしくて仕方ないやさしい場所へ
導いてくれるといいと思う。
見守ってくれたらいいと思う。

そう願いながら、あたしは端っこの擦り切れかけたお財布を握りしめて
その銀色のアクセサリーを、世界でひとつきりのお守りに変えた。

ちいさな翼。


今日の、晴れた朝。
遅刻しかけながら身支度のさいごに慌しくあたしの首にかけられた翼は、
折りたたまれた服の襟の間にまぎれるくらい、ちっぽけだった。


ちいさな翼。

いつか、いつか
はばたいてね。

そうしてどこか遠いところへ
ここでもなくどこでもない遠いところへ向かって
まっすぐに銀色の光のひとすじになって飛んで
あのひとに届けてね。


 「あたしはここにいるよ。あなたを思っているよ。」


海の向こうのずっとずっと向こうの見えない島に、

届くかな。

届くかな。

届けられるかな。


胸の中に飼っている不安や恐怖や怯えが暴れ出しそうなとき、
あたしは傷跡だらけのこの左の手で、つばさをにぎりしめる。
力をこめて、それだけの力をあなたの中に注ぐことができたら、
もしかしたら、

あたしは飛べるかもしれない。


この腕に風を感じて。
このからだひとつで。


ちいさなつばさで。


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今日という日。7月いっぱいで図書館から首切られることほぼ決定した日。
その先にある日には何があるんだろう。
みじめさと居場所のなさに追い込まれて、
自分を切り刻むだろうか。それとも、

「何もないかも知れない。」

漠然とした闘い――ただただ、その暗がりに飲み込まれないように

どうか生きのびてください
生きのびられますように。



まなほ



2002年05月27日(月) 雨の日の子守唄−5 「嘘みたいなほんとうの話を」

「小さな雨の日のクワームィ」


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今日、空は、一日中、雷をつれて稲光をつれて
せかいじゅうを紫色にひからせて
そうして天の水底に大穴をあけたみたいに怒涛のような雨を
縦横にぶちまけている。

だから今日は

嘘みたいなほんとうの話をしよう。


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きのう。

サトくんを送った。
重たい石の下に白い骨を収めた。
四十九日。

ひととおりの儀式が終わった。


晴れた空で
あおい空で
ときどき目はかすんだけれど
でも、くちびるをかみしめて
舌の先をぎりっと噛んで
あたしは泣かなかった。


黒いかばんの中には、ハンカチもタオルも入っていなかった。
朝があんまりに慌しくて忙しすぎて、ただ入れ忘れただけの話だった。
でも、もしかしたらそれは
絶対に「泣かないあたし」の抵抗だったのかも知れない。


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サトくん。

あなたのかたちが世界中から消えた日。
火葬場で、あの日
銀色の扉がしっかりと閉ざされたあの日

どんな扉だって閉じられるようにできている。
だけど、世界中であたしがあんなに嫌いな扉はない。
そして、
あんなに嫌いな瞬間もない。

この手に触れることができたものが、絶対的なしわざに遠ざけられてしまう瞬間。

(火葬というこの土地の風習を、こんなにも憎んだときもない)



だけど

そこからふたたび出てきたあなたは。

きれいだった。

すごくすごく、きれいだった。


若くしていなくなってしまったあなただから
あたしとそう幾つも違わないのに消えてしまったあなただから
あたしが見送ったほかの人たちのように
あたしとあなたが一緒に並んで見送った、おじいちゃんのように
粉々にならず
薄黄色くもならず

くっきりとのこる、ほねのかたち。

まっしろな、その色。


サトくん。

あんなにまっしろできれいな骨を、あたし見たことなんてなかったよ。


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焼かれても、焼かれきれずに、
用意されたうす青く白いまるい骨壷に収まりきらないほどの、そのしろいほねに
まっしろだったままのあなたの
生き抜けなかったあなたの

生きている力が、残されているような気がした。


(そうして、そこにある力に気づかずに行ってしまったあなたを憎んだ)

(そこにのこる力までを、使い果たさせなかったことが嬉しかった)

(泣きたいくらい)



収まりきらない骨を詰め込んでゆく火葬場の人を殴りつけたいように憎んだ。
視線でそれができたなら、きっとあたしはそうしていたと思う。
作業を続けていくその腕を跳ね上げて突き飛ばして、


そこに入らない骨ならあたしにください。


そう言いたかった。

叫びたかった。


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思い残したことがあるとすればそれはあなたの白さを手に入れなかったこと?
あなたの白さを、その残されたかたちを、守れなかったこと?

そうかも知れない。

あなたのいない世界の中にあなたのかけらを探して
菜の花や、遠い島のすきとおった甘い水や、
やさしい姿のものを探して、一緒に居てくださいと頼みながら
生きているだれかの命を削った。

あなたに添えるために。
あたしに添えるために。


そうして、ひとおおりの儀式は終わった。

ただ、悼みは終わっていないとしか
あたしにはわからない。


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帰り道、ひどい勢いで雨が降った。
そこらじゅう全部のものがびしょぬれになった。
電車の窓からあたしは
ぐっしょりと濡れていく世界と、麻痺したような自分を見ていた。


これはせめて、空がこぼしてくれた涙なんだろうか、

それとも、何だろう


大粒の雪みたいに降ってくる雨を眺めながらあたしは思っていた。

「慈雨」。

この水がそれであればいいと。



そうして雨がやさしくなった空に
虹が出た。
きれいに半円を描く虹。いくつものいくつもの色。
ほんの十数分の出来事だった。
きちんとふたつ重なって出た虹。

くっきりとした色は段々にうすれ、そして虹はおちていった。
海に向かって。


電車の中のほかの誰も気がつかなかったと思う
日よけを下ろしたり新聞を読んだり眠り込み始めたり
誰もが視線を下に向けている午後の電車の車内で
あたしはひとり、窓にかじりついてその最初から最後までを必死に見つめた
消えていく、薄くなっていく色を建物の影に探した

嘘みたいな、この、ほんとうの光景を
焼き付けられるだけ焼き付けたかった。

もし目の奥にこの風景をくっきりと焦げ付かせられるならあたしはそうしたい。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


  あなたの描く世界はあんまりにきれいすぎると言う人が何人もいる。
  確かに、実際のところ、せかいはもっと、
  どろどろしていて、くるしくて、生々しい。
  芽吹いたそのやさしい緑のまま、すなおなまま、生き延びていけない。
  汚れて汚されて傷ついて勝負して打ち負けて打ち勝って騙されて憎みあって、荒んで
  そうしていろいろなことを忘れかけたころに
  いろいろなものが、めちゃめちゃに歪んであたしを傷つけて見え始めたころに

  不意打ちに世界は、すがたを変えたりする。

  こんなにもきれいすぎるかたちをあたしに見せつける。

  だから、あたしは信じ始めてしまう。

  世界が、かぎりなくやさしくなれることも。
  あなたやあたしが、世界中を敵にまわさなくても、
  生き延びていけるかも知れないということを。


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あたしは思ってしまった。
信じ始めてしまった。


ねえ、
サトくん。

あの虹のはじっこが落ちた先に
追いかけても追いかけても絶対に届かない虹のかなたに
あなたの居る場所が、きっとあるんだね。

海の向こうのかなたにある、世界。
たとえば、ニライカナイ
そう沖縄の人が呼んでいたような場所が
あるんだね。


ばかみたいだと言われてもあたしは信じよう。
あなたは、どこにも居ないけど
もうどこを探してもどの扉をこじあけてもあなたは居ないけど
でも、かみさまはあなたを盗らなかったと。
あなたはあたしを置き去りにしたんじゃないと。



灰色の雲間にふきとばされて千切れた、ちいさな空の青さがあんまりに青くみえて

あたしは少しだけ泣いた。






サトくん


ばいばい


ばいばい



また会おうね、きっと



会おうね









2002年05月26日(日) 雨の日の子守唄−4 「あなたの白い骨ばかりが」

「小さな雨の日のクワームィ」


泣いている大きな空
ちいさな涙をかかえて、芽吹いてゆく種。

天までのびようと
誰に届くことがないとしても


ただ、懲りないあたしの最後の一日をとどめておきたい。



それだけのきもちで、いまはことばをつむいでいます。

つまづきながら。
てさぐりしながら。



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きょう。

納骨式だった。

あなたの。



晴れた日のお昼ちかく、小さな緑に囲まれた川沿いのお寺。


残された、サトくんのぜんぶ。
生きているあなたをあたしは大好きだったけど
いっぱい見逃してしまった、
大好きだって伝えることもできなかった。


「 ほんとうにとりかえしのつかないことなんてなにひとつないのだ。死ぬことのほかは 」


そんなことを偉そうに言いながら
たぶんとても身近にいたあなたを、その
ほんとうにとりかえしのつかない場所に追いやった、ひとりのあたし。
何もできなかったあたし。
その日、
おそらく行ってしまおうとするあなたのすぐ近くに居ながら何も知らずに笑っていた、
あたし。


今だからやっと言える言葉があります。


「あの日、あたしはあなたのすぐ近くにいました」


ねえサトくん
どうして偶然でもいいからあのときあたしにばったり会ってくれなかったの。
どうして神様の意地悪はあたしたちを引きあわせてくれなかったの。

あの日、
あたしはあなたが死んだ場所にいたそうです。
数キロメートルと離れていなかった。
たぶんきっとそうしようと思えば、歩いてゆけさえした。
それだけの距離。
お互いに住んでいる場所とぜんぜん違うところにわざわざ居て
あたしは笑っていて
あなたは

あなたは


残されたあなたにまつわる数少ないものの、全部を
見届けて飲み干さなければたぶんあたしはこの
「死」を
いつまでも、いつまででも生乾きのまま
この場所に凍らせておくような気がしてならなかった。
きっとあの駅に立てばあなたのことを思うだろう。
贋物の悼みをかかえて、そうしていつかあなたのことを忘れてしまうだろう。
ものすごく自然な方法で、容赦なくすぎていく時間に任せて紛らわせるという
ひどく生半可なやり方で、あなたを忘れていくだろう。

それが悪いと思うわけじゃない
ただ
それはまだ、あなたをほんとうに見送ることではないと
あたしは思うだけ。
激しく、思うだけ。



だから。


この、忘れられかけたかさぶたをもういちど剥がさなければならないと思う。どうしても。
ばかなあたしは
思う。


乗れない電車に不安を抱えながら乗って、
苦手でしかたない人ごみの中を突き進んで、3時間半。
前の日の夕方からきりきりと胃は痛んでいた。
久しぶりの痛み、神経性の胃炎の痛み。
せめてそんなそぶりは表に見せずに痛みに耐えながら今日を過ごしたかった。
何度か弱音を吐きながら
うまれてから二度目の喪服に袖を通して
相変わらず。奇妙に似合いすぎるその服を着た自分を憎らしく見つめながら


駅からお寺にゆく川べりを歩きながら、たんぽぽの花を見つけた。


黄色い、たんぽぽ。
地面から生えた、おひさま。
力強い根っこ。

そらの遠くまで飛んでゆく、そのふあふあの種。


何年ぶりかであたしは自分の手で生きている草を摘んだ。



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


読経の声。

お焼香のけむり。

吹き抜けていく、風。

ぎこちなくお辞儀をしながらあたしは思う。
今日が晴れていてよかった。

こんなにも青い空で、よかった。



墓石に刻まれた誰よりも、あなたは若かった。
そしてあなたは
石の下に行った。
あたしが抱えられるほど小さくなってしまったあなたは
そのぽっかりとした空間の中で
ひとりぼっちだった。
目に痛いように青みをおびて白い、骨壷のなかで。



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



ただ、見届けたかった。
ぜんぶを。

残された、あなたにまつわる数少ないことの、すべてを。



立派な菊の仏花のあいだにあたしが摘んだたんぽぽをそっと挿した。
屋久島から持って帰ってきた水をつぎたして、

あなたがその場所に行ったことがあるかどうか、あたしは知りもしなかったけど。



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


重たい蓋のされたこの大きな大きなお墓のなかであなたがひとりでいるのかと思うと
胸がぐしゃりとかたちを変えてしまうような気がした
生きているあなたをおぼえている、この胸が。


だから、あたしは笑おう


あたしのかけらをあなたの白い骨の隣に置いてきたことを
忘れないように

あなたの白い骨ばかりが、あなたのすべてじゃないことを
忘れないように


軽くスキップをした。



帰ろう。

ここから帰ろう。



まっさおなこの空の下、ここから帰ろう。

今のあたしにできるだけの、強い足取りで、できるだけ強いまなざしで、


あなたを連れて、帰ろう。




・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


2002年5月27日(月)、追記  まなほ




2002年05月24日(金) 夏草の線路。

家においてもらうために働きに行くこと。
誰かを安心させるために通院を続けること。
薬をのむためにごはんを食べること。

なんだかいろいろなことの立場が逆転していく。

自分の(精神の)病気の名前は知らない。
なぜなら聞かなかったから。
最初の日、いわゆる神経症みたいなもの、とお医者は言って
抗鬱剤をくれた。おとといまた増えた。

病気のカテゴリーなんてよくわからない。勉強したけどね。
名前なんて意味はないかも知れない。勉強したからね。


たとえばあたしのなかをのぞいてみる。
そこには、希死念慮、というやつがいる。
死ぬことを望むの。そのまんまだね。
教科書にはたくさん載っている言葉で
テストに出たら間違いなく書き込める答え。

だけど、いざ「その思い」をじぶんのなかに見たとき、あたしは思っちゃった。


「それって、どれくらいまで膨れ上がればそう呼べるの?」


・・・わからない。


いくら勉強してもいくらひとのことばの裏側を感じ取れるようになっても
どんなに文献を読んでも、そのことは、よく、わからなかった。
自分の内側のこと。自分のコンディションのこと。
自分が何処まで「風変わりな女の子」で、どれだけ「病気に支配された女の子」なのか。



いつか。

20分以上電車に乗っていると

目の前がやけに白黒になった。黄色くなった。

ぜんぶのおととにほんごがみんなただのひとしいざつおんになって
あたしをなぐりつけにやってきたのみんなあしなみをそろえてあっというまに
あたしのいぶくろをいっぱいにしてのどもとまでぎゅうづめになって
はいりそこなったやつらはみみのあなだの髪の毛の毛穴だのからこぼれおちて
それでもまだすきまにわりこもうと大量生産される音はいつまでも降って

あたしはいっぱい、
もういっぱい、
乗車率は200%
もうだれもここに踏み込んでこないであたしを

「あたしを犯さないで。」

なのに駆け込んでくる、次から次へと音が生まれて言葉が生まれて
大事なものと大事じゃないものとの境目がつかなくなって全部が全部
あたしのなかに流れ込んできてあたしをレイプする。

あたしは吐き出したい。

何でもいいから。
ゴム風船をくるりと裏返すみたいにあたしの体をくるりとむいて裏返して
中に詰まっている食べ物の残骸とか血とか汚れた皮膚を作っているやつらとか
とうめいな水以外のものを吐き出したかった。

こんなの、いらない。
ぜんぶ、いらない。

きみもいらない、そう思うことさえある。
乗車率200%はまったく殺人的なのだ。


酸欠になった金魚みたく、ぱくぱくとそらをみた。

当然だけど、そこにそらはなかった。

濁った牛乳色をした天井しかない。プロセスチーズみたい。雪印のスライス。

あとは吊広告。派手な活字。

水面は何処になるんだろうとばくぜんと思う。

(わからない。)



ドアはなかなか、開かない。



誰も居ないホームと歩道橋には近づかない方がいいと思う。
飛び込むと飛び降りるとどっちか。
あたしは空が好きだから、ほんとうは、たぶん
空を飛びたいんだ。腕から血を流すんじゃなくて。

でもいくら待っても背中に翼は生えてくれない。

黄色い線よりも一方後ろに下がって轟音が通り過ぎるのを耐える習慣はいつからついたの。

(わからない)


駅の構内アナウンスがうるさい。
昼休みに流れる礼拝の時間を知らせる賛美歌がうるさい。
東京なんて、こんな、雑音だらけで頭蓋骨に穴があきそうなのに。
(あけたことないけど。)
なんでみんな東京とか東京大学とか東京電話とかに行きたがるんだろ。

(わからない。)


それくらいに鈍感な話しかあたしにはできないのに、お医者は、
あたしがへろへろ診察室の黒い丸椅子に座るたびに聞くのだった。


「その後、どうでしたか調子は。」


(・・・・・わからない。)



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



あいかわらず、背中につばさはちっとも生えてきてくれない。
待ってるのに。
こんなに、待ってるのに。


窓を開けて耳を澄ましたら電車の音がちいさくちいさくきこえた。
遠くから伝わってくる電車の走る音はとても低くてやわらかくてなつかしい。
おふとんにもぐって聞いていた音とおんなじ。
最終電車あたりかな。
古くなった枕木をかぞえながら一歩一歩歩いていく。
線路が終わるまでずっとあるいていく。あるいは
こないはずの列車があたしの背中に迫るまで、ひとつひとつ枕木をかぞえて
スキップをする。緑の草の生い茂った地面。


なにもわからないあたし。

だけどこれだけはよくわかるよ。



「今日もまた、あのやわらかいものと、ひとつになりそこねた。」


このことだけは。





2002年05月23日(木) 雨の日の子守唄−3 「もし、祈れるなら」

「小さな雨の日のクワームィ」


小さく泣いた、大きな空が泣いていた
芽吹いたゴーヤ遠い潮にいのりながら海を知らない雨、食べた
天までのびてたくさんの実をつけたなら島に届くね

だけどここは寒いといって夢を見ながらほんの少しだけ、泣いた


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


サトくんに。


お通夜
告別式
初七日


順当に手順を踏みながらあなたは旅立ってゆきます。
暴力的な腕があなたを遠ざけているようにあたしには思えます。
本当の意味で「遺族」と名づけられた人たちのなかにあたしは入れず
その人たちのかなしみようも、それでも立ち続けることの苦しさも
あたしは知らず。


それでも
あたしは


すごくすごく昔、あたしには広すぎるあなたの家の芝生をかけまわっていた。
おじいちゃんが死んだ日、水色のぶらんこで一緒に遊んだ。
場違いな白木の祭壇の横で、静かな顔で賛美歌を歌った。
大学を辞める日、隣の部屋のコタツに座って泣いていた。
第二のサトくん人生を着々と歩んでるよ、と冗談に紛らわせて本気でいえば
それは困るんだけどなあと穏やかな顔で笑った。
人のいい笑顔で、
やさしすぎる笑顔で、
困ったように笑った、


その、ひとつ、ひとつ、ひとつ、ひとつ、ひとつ、ひとつ、


あなたを見送らなければならないと言うんなら
せめてそのすべてを知る人に
悼むような涙でみおくって欲しかった
なのに


「知らない人ばかりに見送られてあなたは旅立っていっちゃったんだ」。


見ず知らずの喪服を着たおじさんたちが偉そうな人たちが
次々に「お焼香」を繰り返しあたしの前を通り過ぎて
そうして部屋を出て行く。
志と書かれた灰色の模様の紙袋を受け渡し、帰ってゆく。

そうしてみんな、いつもと変わらない日に帰って
玄関先で塩をまいて、喪服の埃を払って、夕飯なんか食べて
ああ疲れた葬式は嫌だねとお酒の1杯でも飲んで眠りにいってしまうんだろう。


それはとてもあたりまえのことなのだ。

そうでなければ

押しつぶされてしまうかもしれないでしょう?



「 ・・・・・・そう まるであなたがそうしたように おしつぶされて 」



なのに、あたしは、それが腹立たしくてたまらない。
かなしみを受け取る人がその場所にいないことが
ただ、腹立たしくてたまらない。
「いっそ涙に押しつぶされるような人の一人や二人いればいいのに」
そう思っていさえするのに。

あなたには誰も居なかった。


そしてあたしは
あなたのそばには、居られなかった。
いくら近しく思っていたとしても
そのことばを伝えられるほど大きくなるまであなたは待っていてくれなかった。

あなたのなかのあたしは
水色のぶらんこに乗って制服をひるがえすあたしのまま。
コタツの反対側に座って悪い子になんなきゃだめだよと説教して
泣いてるあなたを苦笑させた、こましゃくれた従妹のまま。


それもまたひとつの恨みなんだよ。ねえ、ねえサトくん、


・・・・・・返事はなかった。


それだから。


あなたの白い骨が
ばらばらと粉々にわけられて、そしてどこかほんとうに
あたしの知らない場所へ、逝ってしまうのを
あたしは、見届けようと思います。

極楽だか浄土だかわからない、
少なくともあたしにもあなたにもちっともなじみのなかった
どこかに納められる白い骨のかけらのゆくすえを
見届けようと思います。

あたしという存在が
その場所には不釣合いなのだと
わかっていても。
本当はその資格がないのだと
わかっていても。

それでも。


すぐに乾くような涙を流す人たちだけで
あなたを見送ることを、黙って見ているということは
あんまりに許しがたくて
うすらさむくて
この我侭なあたしはすべての約束を反故にして、またその場所へゆきます。
あたしのために、そこへ行きます。

かなしみも涙もなしで
参列してゆく黒い服の人たちを憎んで
あなたを取り巻いて、でもあなたと手をつながなかった
たくさんのたくさんの人たちを憎みながら
読み上げられる読経の声を、金色と紫のその衣装を
にらみつけながら。どこまでも反抗してその場に居続けようと
決めました。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


本当は、あたしはもう知っている。


あたしは

あなたが置いていった、この傷口を、生乾きのままかなしむために

目につくあらゆる人を呪って
あなたにまつわるすべてのことに首を突っ込んで

自分のなかをえぐっているのだと。

ただ、あなたが残していった、ただひとつのこの傷口を消したくないから。



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



もし、祈れるなら。


所詮は贋作の十字架だけど
あなたの骨が骨になるその日曜日、このあたしのお守りを左の手のひらに握り締めて
あたしは祈ります。どこまでも、誰にでも反抗して、祈ります。

あなたが信じていた神様の居場所がこのせかいのどこかに
本当にあったらいい。
なければならない。


きっと、祈ります。





2002年05月22日(水) 雨の日の子守唄−2 「うたえない花」

「小さな雨の日のクワームィ 」


 小さく泣いた、大きな空がないていた
 芽吹いたゴーヤ遠い潮に祈りながら、海を知らない雨食べた
 天までのびてたくさんの実をつけたなら島に届くね
 だけどそこは寒いと言って夢を見ながら、ほんの少しだけ
 泣いた

 (こっこ「小さな雨の日のクワームィ」) 


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


この三年と三ヶ月というもの。
何かといえば毎日、くる日もくる日もあたしは
白金台とか高輪台とかいう名前の住宅街のまっただなかを、歩いています。
アスファルトと綺麗なコンクリートと、蔦のからまる古い家でできた街です。
そこは、表向き、きれいで、とてもきれいで、
クリーム色の薔薇の茂みやや螺旋階段のある家が、
世間のイメージを崩さないままそのとおりに立ち並んでいたりする。

でも裏に回れば変に古臭くて懐かしい路地裏のあったりする場所。
まるであたしが小さいころ住んでいたような家
板壁にこげ茶色のペンキを塗った平屋があり
風にびりびりと震えるガラスをはめた窓がある
細い細い路地。


だけど小奇麗な場所。
高価そうな、つやつやとなめらかな黒い毛をした犬が、飼い主を連れて
我が物顔に歩いていたりする場所。


そのまっただなかにあたしの通う場所があるから、あたしはその道を歩く。


それだけの理由であたしはそこにいます。
この三年と三ヶ月というもの。
白金台とか、高輪台とか、
その名前が持つ、なぜだかきらきらしたイメージとはどうにも不釣合いな姿をさらして
そこにいます。


そして
そこを歩き始めて
いつからか

徐々に徐々に
でも確実に

うまく呼吸ができなくなったあたしは、いつからか

ある日は空ばかり見て
ある日は地面ばかり見て
裏通りばかり歩いて

言葉では何とでも言おう
でも目だけはいつも遠くを見ていた
酸素不足のひとみは
誰のことはともかく、自分のことは、ひとかけらも誤魔化すことはできない。


だから、ほほえむことができるものを探しながら歩いた
みどりの色をさがしながら歩いた
滲んでくる涙を留められる色を
たりない酸素をわけてくれるやさしいものを、いつも探しながら

同じ帰り道を歩くようになった。
ベージュ色の古い傘を傾けて歩きながら、今日も。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


家と家とのすきまの小さな地面に小さな白い花を見つけた。
韮の花に似てる、でもあれほど手毬のようではなくて、
小さな星が五つか六つ、寄り集まって
これから開こうとする、精一杯につんととがったつぼみもたくさん用意して
日陰でいきのびていた、小さな白い星の群れを見つけた。

生まれついた日陰から這い出そうとするように
その後ろに生い茂った、絶句するほど背高くのびたドクダミの
濃いみどりのハート型の葉っぱの群れにちらばる無数の白い花に
力いっぱい後押しされながら

わさわさと生い茂って
アスファルトの灰色にも負けないで
負けるどころか、きっとかならず、
その硬さに打ち勝って
精一杯の声をはりあげて、自分たちの歌を、歌おうとするように。


 そう、あなたたちはここにいるの、
 ここにいるんだね


わき道の下をうつむいてにこにこと笑う、この街には不釣合いな
全然おしゃれじゃない「おねえさん」を
不審そうに眺めながら小学生の一団がとおりすぎていった。
高価そうな自転車に乗って、よくわからない言葉を投げあいながら。


そして、あたしは思い出していた。

この通りに、かなしい花壇があること。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


知ってる?

雑誌の写真に載っても恥ずかしくなさそうな家々の間で、奇妙に暗く沈んだ平屋のうちで
郵便ポストの隣の自転車のカゴに「セールスお断り」と黒のマジックで貼ってあるようなうちで
立派すぎる隣近所にはさまれて、いじけたように薄暗い、からっぽの自転車置き場で
そこにある庭で。

いつだったか
真っ白な百合の花が一輪、そこに咲いているのを見つけたとき
あたしは思わず立ち止まった。
なんて立派なんだろうと思って。


でも何かがおかしかった。


よくみれば


あなたは贋物だった。


薄汚れて角がくずれはじめた発泡スチロールの箱がプランターで
真っ白な花弁は撥水加工された白い布きれでできていて
その茎はプラスチックの緑色をいつまでも変えずに黒い土の中に埋められていた。
風に吹かれて揺れて。根っこのひとつも持たないのに、
まるでひとり立ちできるかのようにまっすぐに
挿されて。


あたしはひとり歩きながら、その道を通れば花壇を眺めやる。


ピンクの大輪のバラの花

白の小さな小花を散らしたあかるいグリーンの茎のカスミソウ

小ぶりの黄色いスプレーマム

少しずつ増えていく花。


みんな、みんな、
よくできたつくりものだった。


全部一本ずつ、ぶすりぶすりと土くれにさしてあるの。

いつまでも枯れないままの花が。

無造作に、
隣り合わせに、

もしもあなたがつくりものでなかったなら
そこに生い茂る緑とたくさんの色に息が詰まるような喜びを覚えただろうに
どんな種から生まれても、同じ土と雨から命をもらって
まるで生まれながら同じもののように隣り合いながら
違う声で同じ歌をうたえたと思うのに

そこらじゅうに生えるたくさんの花がそうであるように。
あの白い星のような花とドクダミの花が、そうであるように。


だけど
あなたはつくりもので

すぐ隣にはいつも誰かがいるのに、ぜったいに手をつなげないの。
住んでいる場所がちがいすぎて
葉が触れ合うほどの近さで隔絶された場所にひとりひとり、
みんな、ひとりぼっちで。
春も夏も秋も冬もいつもいつも
いつまでも変わらない色と形はいっそすごくかなしいのに
いつもいつまでもそこにいるの。


つぶつぶと降ってくる雨のなかであたしは今日もあなたが狂い咲いているのをみた。


あなたは孤高だった。


あんまりの過激なかなしみに気が狂いかけたひとがその花壇に住んでいるんだって
あたしは信じ込んでいる、ある日狂い咲いた一本のひまわりをみたときから。




・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


ねえ、
できることなら、いつか、あなたが


自分ではない、ちいさなかなしいものを
ちいさないとおしいものを

見つけられますように。



同じ歌をちがう声でうたえる、
あなたとはちがった姿かたちで生きているだれかを

見つけられますように。



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2002年5月27日(月)、追記  まなほ




2002年05月21日(火) 雨の日の子守唄−1 「世界でたったひとつのかけら」

「小さな雨の日のクワームィ」

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 小さく泣いた、大きな空がないていた
 芽吹いたゴーヤ、遠い潮に祈りながら海を知らない雨食べた

 天までのびてたくさんの実をつけたなら島に届くね
 だけどそこは寒いと言って、夢を見ながらほんの少しだけ
 泣いた

 (こっこ「小さな雨の日のクワームィ」) 



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「ななつの子」



ちいさかったころ。
赤いランドセルさえも
まだ、背中からはみださせてかたかたと揺らしながら
いわれるままにぐずぐずと小学校に通っていたような
そんな、ころ。

道端でいろいろなものを拾った。

つぶれた空き缶。
ガラスの破片。
ピンクのチューリップのかたちの名札。
うすい縞の入った小石。
なんでもないアスファルトのかけら。

誰もが履くように、スニーカーを履いていた。
そして誰もがやるように、その靴の先で道ばたにころがった石を蹴飛ばした。
ただ、たぶんほかの人と少しだけ違っていたことは、
小さいながらのひとつの罪悪感に攻められながら、あたしがいつまでも
その石を、蹴り続けようとしたこと。

生まれ育った場所から、あたしはこの石を引き離した。
遊び半分の気まぐれで、慣れ親しんだ「そこ」から引き離した、
だから

せめて、「あたし」が住んでいる、
「あたし」の親しんでいるものがたくさん住んでいる
あの庭の一員になれるように。
何も知らないものばかりがある、「余所の場所」に放り出して
誰からも出迎えられない「余所者」になって
さみしい思いをさせないように。


たった5分かそこらの帰り道のなか、
からからころころと
転がっていく石を追いかけてじぐざぐに歩いた。
偶然に足に触れたそのかけらはその瞬間から、
どれにも取り替えられない、世界でたったひとつのかけらだった。
ひとりぼっちのあたしの帰り道を共に進んでいく
ちいさなちいさな相棒だった。

そして帰り道の途中、もしも
そのかけらを見失ってしまったら
下水道のふたの隙間に落としてしまったら
勢いあまって、どこかに蹴り飛ばしてしまったら
人のうちの敷地の中に飛び込ませて取り戻すことができなかったら


あたしと一緒にこんな遠くまできてくれた
そのちいさな「かけら」を
知らない場所に置き去りにしてしまったら
そんな大きな「失敗」を、もしもしてしまったら、そのときは


いくら小さくてもこの足は、たしかに身勝手な暴君なのだと思って
心のなかでそっと泣いた。


くりかえしあたしは失敗をして
くりかえし小石を見失い
くりかえし花をしおれさせ
小さな相棒たちのを道端に落としながら大きくなる
あたしの体。
残骸を見つけ出すことができないまま生長してゆく
あたしの背中。


そうして
ひとりぼっちのものをこれ以上なにひとつ作りたくないと思ったその日から、あたしは


のびてゆく草の葉をむしれなくなった。
花かんむりを編むことができなくなった。
原っぱの中を駆けまわれなくなった。
石蹴りさえも
できなくなった。



ひとりぼっちでさみしいことを誰もしらなくてすめばいい、
ちいさな手で、それと知らずに、でもたしかに、


あたしは、どこにいるとも知れないかみさまに、祈っていたような気がする。




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2002年5月27日(月)、追記  まなほ



2002年05月19日(日) 「走る体」


走り出したい。


走り出したい。
どこかへ。
ここじゃないところ。

どこでもないところ。

そんなところどこにもないって知っている。いやというほど
知っているけど。
だけど。

走り出したい。
いらないものを殺ぎ落として。
ぜんぶ、投げ捨てて。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 「石の羊」


 色が
 めまぐるしく渦巻いて踊りくるっていくのが
 みえて、そのまま

 もやが出ていて
 空一面にまで、手ごたえのない触手
 ひろげている

 そう、
 あなた、そんなにも
 広いくせになにも持たないの
 さびしくないの。

 顔をそむけたまま返答を待っていた
 猫の陰に走りこんで
 人のこと、伺っている。

 綿ぼこりになった
 リアルの切片が切れ切れに降って
 あなたのこと取り囲んだ
 拾い上げた
 ほかのもの目に入れないように
 ひとつの色。

 そう、あなた
 そんなにも広くて大きすぎて
 包まなかった
 なにひとつ
 すきまひとつ、与えないほどの、なまぬるい
 やさしさが。
 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

いつだったか、
真夜中に走り出した日があったの。
そとを見たら月があかるくて
振り返ればなまぬるいやさしさがあたしを包んでて
なにもなくて
大声で叫んだ。

なにもないやさしさがあたしを包んでた。
いらないがらくたがそこらじゅうにちらばってた。

玄関の鍵をあけて外に飛び出して
走った。
思いつくところがなくて
ほかになくて
学校まで走った。

やさしい思い出のあるところ。

コンクリートのかけらが突き刺さった。
夜のなかに突っ立ったごみ焼却路、知らない場所みたいだった。
前触れなくがさがさと鳴るしげみも誰も居ないから
こわくなかった。

だけど。

校舎の外の非常階段、
はだしの足の裏につめたかった。

月の光が
目につめたかった。


つめたかった。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



走り出したい。

どこかへ。


ここじゃないところ。

どこにもないところ。



つめたくないところ。


いらないもの、ぜんぶ投げだして
ぜんぶ、殺ぎ落として
あたしのこと包むこのなまぬるい生半可なやさしさ、無力な、重力の、思い、










バイバイ。




2002年05月18日(土) 薄茶の記憶。

忘れたらいけないと思うことがある。



通勤電車で、怖さに怯えてなくばかりの毎日が続いても。
発作に飲まれて、くるったみたいに体中を傷つけて回っても。
人ごみに入るたびに吐き気がこみあげてきても。
みにくくなってゆく自分の姿にたえられなくて、鏡を叩き割っても。
誰か死なせてくださいと真剣に願っているとしても。

この世界で、うまく息が、
できないとしても。



あたしは、病気だけでできているのではないということ。
病気が、あたしなのではないということ。



ばかなあたしはそのことを知っていて、そして忘れる。
忘れて、
そしてときどき思い出す。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


死。「どこからも誰からも完全に遠ざかるということ」


悔やみすぎて
悔やめなかった。

白い骨にかわったあなたをもう一度みることができたのなら
この見失ったまま手垢にまみれてしまったかなしみのことばを
洗い上げて青い青い空に高々と掲げて干して、
そしてまっさらにかえせるだろうか。

もしもそうできるなら
あたしはあなたに会いにゆきたい。
晴れた日に干したふかふかのおふとんにのこってた
太陽の残り香みたいなぬくもりみたいな
そんなはずだった
あなたに。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


死。「ひとり置き去りにされ取り残されることの完全なかたち」

置き去りにされるのはこわい。
こわくてしかたない。

こわいあまりに
差し伸べられた腕に気がつかないふりをしてつよがるくらい。
はだしの足を傷つけてもひとりで立っているふりをするくらい。
そして、置き去りにされるときがくるの怖さに
自分から全部を投げだしてこわして、逃げ出してしまうくらいに。

先に走り出したほうが勝ちなのだ。
そんなふうに間違った信念を抱いて。

だけど、あたしはいつもここにいて
誰もが「ここを通り過ぎて」いく。
そしていなくなる。
それがあたしの運命なんだと、
そんな錯覚をどこかで信じきっている。
見境ないあたしのからだを、歌がうちのめす。


 空はまるで燃えるようなムラサキ
 嵐が来るよ
 そしていってしまう、いつも
 ねえ空は遠すぎる
 (こっこ「焼け野が原」)


そのとおりにいつもあたしは走り出していた。

だけど、
そのあたしなんかよりももっと完璧に走り出し
白い骨になってしまったあなた。
わたしを置き去りにしたあなた。

あなたは、ひとり勝手に嵐を巻き起こして
そして誰もがするように
あたしをひとりでここに置き去りにしたかったのではないんだと
どうか思い知らせてほしい。



だから。

忘れたらいけないと思うことがある。


薄茶にぼやけて、すぐに背景にまぎれてゆきそうで
たよりない今日の一日のなかの記憶。


口紅をつけられたこと。
鏡を覗き込めたということ。
指輪を(たとえ半日でも)はめられたこと。
知らない人への手紙を書き上げられたこと。
雨に濡れた黄色い花を、いとおしいと思ったこと。
誰かと、笑いあえたということ。


あたしは、病気だけでできているのでは、ないということ。


夏になりかけている春。
誰かの笑い顔に似てるひだまり。



あたしに、あなたを抱きしめられる腕があったということ。

あたしに、あなたに届けられることばがあったということ。





2002年05月15日(水) 悼み。

サト君。

昨日で、あなたがいなくなってから、
ちょうど一ヶ月が、経ってた。
そのことを自分に言い出せなくて
あたしはぼんやりとパソコンの前に座ってた。


そうしてまた、一人の人が亡くなったことを、昨日の夜、あたしは知った。


このあたしと同じ膨大な量の日記の群れのなかのどこかで
言葉をつづっていた、はなさん。
あたし、あなたと直接に出会ったわけじゃありませんでした。
言葉を交わしたことも、ありませんでした。
あたしがよく遊びにゆく掲示板にあなたがいて、お話してる姿を「見て」
そうしてあたしは、その言葉に、笑ったり、他人事なのに心配したり、
あなたのページであなたの姿を垣間見たりして、
それは、ただ、毎日の習慣のひとつとしてそうすることもあれば
そうすることで何度かのささやかに危険な夜をやりすごしたこともあった。

つまり、よくあるネット上での一方的な面識に過ぎませんでした。


だけど、

久しぶりに訪ねたそこで、

はなさん。


「もういない。」


そう、誰かが言ってた。


凍り付いて、
そうして追いかけた。
本当のことを知りたくて追いかけた。
探して、探して、

だけどたどり着いたのは、あなたがいなくなったという現実でした。


(こんなことになるのなら、あのとき、あなたに話し掛けていたらよかったろうか)


そのことを思ったとき涙が出た。
はじめて、涙が出た。

サト君、棺のなかのあなたの顔をみたときあたしは泣いたけど
嗚咽して泣いたけど、
それ以外のときは、いつでもいつでも、
あのうすらとぼけた春の空を見つめて
ただ、思いつくかぎりのおとむらいをしていた。いつもいつも。

泣かないで歌って。
泣かないで書き綴って。
泣かないで踊って。

泣かないで。
泣かないで。

涙をくるんだ風船がどんどん大きくなっていく。

今にもはじけそうで
でもはじけなくて
どんどん
どんどん
大きくふくらんでいく。

過去形というものがこの世から消えてなくなったらいいと思った。
そのかたちを使って喋ってしまうたびに、あたしは自分から
あなたがすでにいなくなったことを肝に命じなおさなければならないから
言葉だって憎んでいた。その言葉を使う自分だって憎んでいた。
窒息するくらい押し殺して、きっとひとかけらも認めたくなかった、

そうして、また、
あたしのみのまわりから、ひとりのひとがいなくなった。


「いなくなった」


はなさんへ。
サトくんを失ったあたしの涙を包んでいたまあるい風船、
いってしまうときにあなたが破っていってくれたのかも知れない。
それはなんの救いにもならないけど
あなたを本当に知っている人たちにとっては
むしろ、もの凄く失礼でたまらない話なのだろうと思うけれど
でも、はなさん。
わたし、泣くことができました。
あなたがいなくなったことを知らせる言葉を前にして固まってしまった動作が
次に動き出したとき、あたしはめちゃくちゃな怒りとセリフとをその画面に叩きながら
泣いていました。



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



もしも。


忙しさとか距離とかが人を見殺しにするんだとしたらあたしはこんな世界は間違ってると思う。
やさしい人たちが戦って戦って、
そしてくたびれはててしまったその心を見殺しにするのがこの世界だって言うのなら
くたびれてしまった人たちを弱いと突き放すのがこの世界だって言うんなら
あたしはそんな世界はいらない。
現代経済の仕組みがどうした。
あのひとをかえせ。

あたしがもらった、呪い。
かさなっていく、呪い。

呪うくらいしか生きる原動力がないんなら、
当面はそれで生きててもいいのかな。
みにくいあたしはそう考える。悪い子になりたい。


手放したものの大きさをあとになって嘆くなんておおばかやろうなことはしたくない。



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



どこかに行きたい。

でもどこにも行きたくない。

もう疲れた。


あたしの心の片っ方が言った。


飛び込むか
飛び出すか
飛び降りるか

みっつのうちどれかひとつだ。ほら選んで、選んで。選んで。選んで。選んで。

選んで。


くりかえされる、おしまい、へのお誘い。


だけどあの日から
そして昨日から
おしまいにしちゃえよと誰かがささやくたびに
それを追い払うみたいに反対側からサト君が現れる。
天国にはキミの椅子はないよって、ふあふあの雲の上で笑う。
まなほちゃんより先にぼくが座っちゃったからもうないよって。
だから来たってダメなんだよって。


そんな幻影を思いつくのはあたしがまだたぶん生きていたいと思ってるからなんだと思う。



だから、たぶんまだあたしはココに居る。

しぶとく生きのびて

神様を罵倒して

世界を呪って


どんなかたちでもどんな姿でもいい、
ここから、もう誰もいなくならないでください。


そう祈ってる。



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


message:

 読んでいただいて、ありがとうございました。
 こんな、涙になりきれない涙みたいな駄文だけど、
 あなたにひっかかることがあったら、もしもあったら、
 どうぞ何かをください、
 あたしに、言葉をください。

 この悼みを受けとるただしい権利を持ったみなさまに。
 申し訳ありません。あたしなんかが割り込んでしまったことをお詫びします。
 そうして、迎え入れてくれたことに感謝します。

 過去形になんてしたくなかった、だけど
 はなさん、ありがとう。


 気をつけて

 ただ、気をつけていってください。


 どうぞ、お元気で、

 お大事に。



 まなほ



2002年05月13日(月) 「百年の満月−4」

1999年、2月 スペインにて雑記 


 「神様の腕」


 コンクリートの灰色と、ただしく配列された絵本のような木立。
 あたりの様子を見回して、これが公園なのだなと知ることができたのは、
 首に紐をつけられた薄茶色な犬が、
 それをふりほどいて走り出したのを目にしたからに違いない。

 いつかずっと昔、
 クレヨンのらくがきで描いたような木は、まるで
 鏡に映ったようにシンメトリーなお互いをひっそりと眺めながら
 すきまなく埃のようにふりそそぐ太陽の下で遠慮がちに揺れている。
 乾いた葉をしゃらしゃらと動かして
 絶対に触れ合えない距離に抗議するわけでもなく、孤独に立っている木々の、そこが公園。


 いつかずっと昔。
 僕は確かに見たと思う。


 空から降りてきた誰かの指が、規則ただしく彼らを並べ、そこに置き去りにしていったのを。



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



バルセロナ。

古くて少しずつ色の違った煉瓦色のつみかさなる街。
太陽のまっしろなかがやきと薄暗い路地裏が交錯する街。
その街で、あたしはふたりの人に出会いました。


なにかをつくりだす腕をもった人、
もう以前にどこかで出会っていたふたりの男の人に、
もういちど。
まるではじめましてという挨拶がよく似合う出会い。


ひとりは、ガウディ。


いつまでも今までも続く大きな大きな教会。
広いバルセロナの街ごと包んだ色とりどりの庭。
あなたの頭脳からはみでるくらい、あなたの夢は大きかったのかな。
もし、そのぜんぶがかたちにできていたら
いったいどんな素敵なカーブやアーチや色とりどりの石がこの地面に生えてたことだろう。
街外れの丘から石の家並みを見下ろして
通りがかりの猫をかまいながらそんなことを思った。


そしてもうひとりは、

ピカソ。

パブロ・ピカソ。

本当の名前は長すぎて忘れてしまった。
本当のことを言えば、憶える気にもならなかった、
だって、じゅげむじゅげむごこうのすりきれ・・・を地で行っているような
長い長い長い名前のひとだったから。


ごめんなさい、
でもおあいこだよ。
だってあなただって
あたしのことを男の子だと間違えたんだもの。


  そう、
  スペインではあたしは男の子。

  MA・JO
  気のいい男

  それがあたしの名前の意味だった。


ゆるい坂道をのぼり、薄いピンク色の路地をつたって
ついた場所、ピカソ美術館。

おさないあなたの手がなぞった教科書のようなデッサンから
まっしろな髪のあなたの腕がこねた、とぼけた顔の粘土細工まで
ここにあるなにからなにまでは、あなたの手でつくられている。
薄い色合いの一軒の家。
あなたはまるで誰かの夢ででもできているみたいな顔をしてそこにいた。
がっしりと行く手を阻む鉄の門の向こうで、
無造作なアーチと階段と縞々のチョコレートの飾りのついた屋根で
説明書のカタランがわからなくてチケットが買えないあたしを笑うみたいに。


白状します。

ほんとうのことをいえば、あたしあなたなんか好きじゃなかった。
むしろ全然、ちっとも。
好きのカケラも見つからない絵を描くおじいちゃん、はじめまして。
遠い東の国からはるばる来ました。
あたしの国で有名なのは、ただただあなたの名前です。


あらゆる定規でひいたみたいなかたち。
赤と緑と原色のダンス。
半円と円錐と円柱と三角形と四角形と
できそこないの蜘蛛の巣を色分けしてコンパスをかけて、それからねじって放り出すの。
かと思えば薄黒い泥のような一面の青としずんだ瞳。
首がとれたみたいな動物、はだかの女の人はあっち向いてこっち向いて
あの男の人ときたらまったく何を見てるのかさえわからない。
ねえ横向いてるの?それとも上向いてるの?夢見たの?哲学?セックス?農作業?
それとももしかして寝てるだけ?


・・・まったくもう、何をしでかそうとしているのやらわからない。


ねえ、ピカソのおじいちゃん、白状すれば、
あたしとっても小さなころから、教科書に載ってるあなたの絵をみていると、
どうにも気持ち悪くなるんです。


それならどうして来ちゃったんでしょう。
こんな遠くまで。
こわい思いまでして。


 「さあねえ。

  とりあえず、入ってみれば?」


いちばんめの部屋で出迎えてくれたのは
おそろしく繊細で出来のよい、教科書通りの木炭デッサン。
制作年次にはただ、推定とある。
まるで美大の受験生が描くような正確なデッサン。

「推定7歳」の少年が描いた誰かの横顔。


こわかった。
ただ、ひたすらにこわかった。

「目が、死んでる」

「みんな、死んでる」

かえりたい。
かえりたいよ。
あたしどうしてこんな遠いところまで来てしまったんだろう。
こんな、こわい思いまでして。

あたし、帰りたい。

カエリタイ。

憎しみに満ちた肖像画。
死んだ目をした自画像。


こんな瞳ばかり描くひとが、正気であるはずはないと、からだの奥の方から理解して
部屋中にふりそそぐ無数の死んだ瞳から、痛ましい思いと恐怖があたしを切り刻んだ。


こわい。

こわかった。

あなた、いったい、これから、どんなおそろしい場所に行こうというの。

あなた、いったい、どんなにおそろしい世界で生きているの。

なにもかもが死んでいた。

なにもかもが憎まれていた。

そんな真っ黒な死の渦巻く場所で、ひとがまともに生きてゆけるなんて
少なくともあたしには信じられなかった。
吐き気をおさえるように部屋から逃れ出れば、そこにはスペインのまっしろな太陽。
涙目になって見上げた窓の外のパティオでは樹木さえがリズミカルに生きていた。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


もう、この先に進みたくない。
あんなこわいものなんて見たくない。

だけど先へ行くしかない。


「だってあたしは、ここまで来てしまったんだもの。」


そうして続く
次々の部屋
あなたの生長にともなって
くるくると変わるたくさんの部屋を
引きずられるようにあたしはめぐり
歩いた。



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


そして、最後の部屋までたどりついて


ねえ、
ピカソのおじいちゃん
あたし、
わかったの。

わかったことがあるの。


あの完璧な古典的な油絵も
わけのわからないかたちも
底ぐらい水色の世界も
まるでさまようみたいに繰り返される作風の反転、また反転につぐ反転、
実験装置みたいな手法のうずまくめちゃくちゃならせんは

ぜんぶは、この場所にたどりつくために必要な通り道だったんだね。



最後の部屋。

まるで子どものなぐりがいたような稚拙な線描のならんだ部屋には
ただ、緑の木々と水と豊満な裸体があふれはねかえり、
あけっぴろげな性と、ときはなたれた自由なよろこびがあった。

あたしは泣いた。


おめでとう
よかったね


あたしは泣いた。
稚拙にエロティックな象徴がびっしりと並ぶ最後の部屋で泣いてた。
そこには、あんまりにも、生きるよろこびが充満していたから。
おじいちゃんになってたどり着き取り返した、あなたの奔放な力。
よかったね
めぐりめぐってたどりついたらせんの最後の、エロス。
壁に刻まれた何万本もの線のひとつひとつが
部屋の中に立ちすくむあたしに語りかけてきた。
生きてるのが楽しくてたまらないと。


あんな死に絶たえた絶望した場所からここまで辿りついたあなた


  あんた凄いよ
  ほんとに凄いよ


よかったね、よかったね

あたしはもう、ばかみたいにそう言うことしかできなかった。
淡いチョコレートとピンクの家のなかで、たくましい黒人の警備員の男女に見守られながら
自由気ままに奔放なダンスを踊りまくってるあなたに。


そこに置いてきた、予想もしなかったひとしずくの涙。




・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



そのときからあたしはピカソという絵描きをちょっと好きです。



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


message:


 読んでいただいてありがとうございました。
 あんまり長くてごめんなさい。
 この長たらしい言葉の群れのどこかが、もしもなにか、
 あなたのどこかにひっかかることができたならうれしいです。


 あいかわらず、あたしは妙にただしく闘病しています。
 律儀に、からだの中に火を飼って。
 機械も半分こわれたまんまで、もしかしたら悪くなってて、
 でも、からだ半分同士をひきずって、なぜかぼつぼつとことばを書いています。
 おい、大丈夫かよ?
 そんな言葉を内心よびかけながら。

 
 ここにあるのは、まったくの個人的解釈です。
 あたしはピカソの研究をしたこともないし、その生き方を知っているわけでもない。
 ピカソ美術館のあちこちに説明書きはありましたが、なにしろ
 スペイン語もカタルーニャ語も読めなかったからわからなかった。(笑)
 もしかしたらまったくの勘違いかも知れません。

 ただ、あたしは、そう感じた。

 子どもの彼が描いた「天才的絵画」を、ひどく寒々しくおそろしい世界だと思った。
 そして老齢になって彼が描いた「なぐりがき」をみて、祝福したくなった。よかったねと思った。

 それだけのお話です。

 さいごに、言葉の意味をふたつ。

 カタランとはカタルーニャ語のことです。
 スペインの方言のひとつとでも言えばいいのか、
 いわゆるカタルーニャ地方で話されている言葉をこう呼ぶそうです。
 ただ方言と言っても大分趣きは異なるようで、
 何かというとこのふたつの言葉は並べて記されていました。
 読めないあたしにも、見た目からしてちがうことだけはわかりました。
 日本の美術館の絵画展で、日本語と英語とフランス語が並んでいるみたいに
 そこではスペイン語とカタランと英語が並んでいます。
 
 パティオというのは中庭。四方を家や壁に囲まれた空間程度の意味ですが、
 このパティオがスペインにはいっぱいありました。
 噴水とか鉢植えとか檸檬の木とか、きれいな絵皿で飾られたひとすみです。
 大袈裟にいえば路地裏のまがりかどをひとつ曲がるたびに、
 あたしはよく似ていて異なる、千差万別のパティオを通り過ぎました。
 自分たちのパティオをどれだけ美しく飾り付けるかが、
 そこに住んでいる人の誇りなのだそうです。


 それでは


 どうぞ、お元気で、


 おだいじに。



 まなほ
 
 



2002年05月11日(土) 音。



執筆者ただいま病気療養中日記。
(・・・・・ってココ闘病ジャンルなんだからあたりまえじゃないか。と、今更。)



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


この指のさきにある機械は、はんぶん壊れたままです。

それでも、あたしの命令に従って、
ぎこちなく動いてくれるようになりました。

治ったわけじゃなく
日和見みたいな頼りなさで
すぐにぶっこわれちゃう
あたしの体みたいな頼りなさで


少しずつ、

カタカタ、

だまされながら、

カタカタ、



あたしはといえば
はんぶん壊れたキミを酷使しながらことばを吐き出しています。
いま、限られたことしかキミはできない。
たとえれば手すりにすがって一歩ずつぎこちなく歩くくらい。

その力の最大限ぎりぎりまで絞り上げてあたしは書いています。

意地悪かな。

そうなんだろうな。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


あたしがかかえているのは一般、慢性と呼ばれる病気で
その病気とあたしは手をつなぎたくないけど
ちっとも手をつなぎたくなんかないけど
病気はあたしの何処が気に入ったのか離れてくれず
しかたなし、あたしはずっとコイツと一緒に生きてきました。
生きてます。


醜い病です。


病気が暴れ出しそうなとき
あたしは身体の奥のほうに耳をすませます。

奥の、奥のほう、
からだの底のほう、

そっちのほうからこわれていく音がします。

ガラガラ、

とか

ぱきん、

とか

そういう音ではなくて

耳に聞こえない、気配だけの音がします。

あたしがこわれていく音、
これからあたしを食い尽くしに行くよ、と宣言している
ばかなあたしの体の一部の立てる無音の音。

あたしは耳をすませます。

ただ、すませます。


うずくまって、ちいさくまるまって
これから起きる嵐がいちばん小さくてすむように、ただ祈って
赤くはれあがっていく皮膚をみて
動物園の象みたいに荒れてゆく皮膚をみて、腕をみて、足をみて、
ぴしぴしと裂けていくからだをぎゅうぎゅうと抱きしめて
痛みやかなしみが積もっても涙をこぼさなくてすむように、
自分ではないみたいな姿を目にしても、ああああと叫ばなくてすむように
こころのどこかを殺して耳をすませつづけます。

あたしを壊していくその気配が次に何をはじめ、どこを攻撃しようとするのかを
ただ、じっと。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


こころをなぐさめる涙は
このからだから流れ出るくせに
あたしを傷つけるしおみずであるから
あたしは涙を流さないように
ただうずくまって耳をすませてた。
見つめてた。

24年。
あたしはあたしのこころを選ばなかった。



あたしはからだの中を見つめ嵐が過ぎるのを待ちながら
どうやら、あたしのこころを壊しました。



そんなふうにキミのなかのどこか奥の方も今、こわれていっているのかもしれないね。



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



はんぶん壊れたからだを酷使しながら


カタカタ、

カタカタ、


あたしがキミとつながっているキーボードの音は
いつもとおんなじで
だけど、その音はしずかにしずかに
キミの見えない場所を壊しているのかも知れない。

雨の夜にとじこめられたこの部屋のなかで
あたしの指は、気配を感じている。


自分のなかの、こわれていく音。

それから、キミがこわれていく音。


そんなものは錯覚だよとあなたは笑うかも知れない。


だけど、

カタカタ、

カタカタ、


何かがこわれていく音。



あたしが、こわしている音。




・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



戻ってきたのは誰のためでもない。

ただ

その先のあなたとつながっていたいという欲求と
置き去りにされたくはないというどうしようもなく
泣きたくなるみたいな焦りを、
外の世界に投げ上げて、ゼロにならないまでも
「もとにかえしたい」。

そのためにあたしは今、この場所にいて
キミをこわしています。

あたしを、こわしています。



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


「自分をいちばんたいせつにするやりかたって、一体どれなんだろう。」


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



お元気ですか。





5月11日未明、あるいは早朝。


まなほ






2002年05月09日(木) いつの日かぬけがらをのこしてとびたつ日(おやすみのおしらせ)




 さいきん、ちょっとうつでした。

 それで
 めをさましてからやってみるあそび。



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


その1、たかむらこうたろうごっこ


  よにもかなしげなかおをして、うつむいてくちにする。

  「わたし、だんだん、だめになる、、、」

  そしてあきらめたようにわらう。




その2、だざいおさむごっこ


  まっすぐにたって。

  「うまれてすみません」

  あさくれいをして、まえをむく。
  そのさい、なにものをもうけつけないひとみをすること。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



 ろくなあそびではありません。

 でもちょっとわらえます。




・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



おしらせです。


しばらくうつうつしてねむりこんでいたのですが
そうしたら
ぱそこんまでちょっとびょうきになってしまいました
ありゃまあ。


あ、ういるすじゃないですよ。


みてのとおりひらがなしかかけないのです。

にほんごへんかんしすてむがこわれたらしいです。

まるであたしのようです。


こまった、
とともに、
かなしい。


というのは、めーるのそうじゅしんなどはふつうにできるようなのに、
なにかがおきてしまったらしく
いままでいただいたえんぴつかんけいのめーるが
すべてなくなってしまったのです。

かくして、

「かなしい」。


ちょっぴりしか、まだ、かいていなかったけど
たくさんのひとが、あたしにおてがみをくれました

たわいないことも
ささいなことも
ひどくたいせつなことも、たくさんのことを
こんなあたしにことばにして
おくってくれました

なのに、
なくしてしまった。

あたらしくてたいせつなことばでうまっていたばしょは
ただ、ぽっかりまっしろなくうかんになってしまいました。
あたしのなかも
ぽっかりまっしろになってしまいました。


「かなしい」。


あたしにことばをくれたひとへ。

ひおさん
かずまさん
れんかさん
ぴりさん
えりりんさん
めっしゅさん
ほかにもおてがみをくれた、たくさんのひとたちへ。

ありがとうございました


ひらがなしかかけなくてもことばはうまれるのですが
まいにち、まいにち、うまれるのですが
やっぱり
かんじやかたかながはさまっていないと
あたしのきもちはうまくつたえられないし

ぱそこんも、よけいびょうきになったらこまるので



えんぴつにっきを、しばらくおやすみいたします。



できるだけはやくここにもどってきたいとおもいますが
なにしろ、こういうことにあまりなれていないので
どれくらいじかんがかかるかな。
ちょっとわからないな。

あんまりびょういんにもいけないくらい
だるいからだをかかえてねむってばかりいて
ここのところ、どうしようもなかったのですが
そこにまた、ふってくるびょうき。


ただ
いきのびてみようとおもいます。


うまくうごかなくなったきかいをまえにして
とほうにくれて
おくすりのたくさんはいったあたまで
がたがたふるえるゆびで
だけど、
くっきりとおもったこと。



こんなにもじぶんのてにあまるものを
あたしはまいにち、つかっていたんですね

まるで、じぶんのからだのえんちょうのように。





それじゃあ、すこしだけさようなら。


どうぞおだいじに、

おげんきで。



まなほより



2002年05月06日(月) 幕間:自分の血を流さないために。

きょうは、
閑話休題。
臨時。
スペイン旅行記をおやすみします。
始めたばかりのくせに何を言うか!(≧▽≦)
と呆れている自分もいることはいるけれど
とりあえず、本当の夜中に目を覚ましてしまった今日は
あのまぶしい太陽の下に自分を晒せるような心持ちがもてないから。
もっとずっとうしろぐらいことにふさわしい心境で
あたしはココに生まれてしまったらしい。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


「自傷の誘惑に駆られているときあなたは何をしますか?」


  真夜中に目が醒めた。
  おかしなものに頭からぱっくり食われていた
  これは、不安かな
  それとも何かが怖いのか
  なんだろう。


気がつくとあたしは刃物を探しています。
どこかを切らなくてはと思っています。
なにがなんでも傷つけなくてはと
背中を押されるみたいに。
自分のなかなら、何ものかを絞りひねり出すみたいに。

そしてあとで思い返そうとすると、
記憶がありません。

気がつくと細い線から肌ににじみ出てくる赤い液をながめているじぶん。
気がつくと表面張力でぷっくりとふくらんだ赤い球をみつめているじぶん。


ああ、おかしいな
きずがふえている。


そうならないために今このことばを書いています。
たとえばキーボードで両手をふさいで縛るように。

夢想。

じぶんのからだのなかを
ながれているのが
このあかい液体ではなくて
とうめいな水であったなら
どんなにいいだろうと
思います

ただ思います

たとえば涙みたいな。


黒ずんだ血液ではなくとうめいなものにたぷたぷと満たされていたら
どんなによかっただろう。



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



夢を見てしまいました。
隠されていた夢を。

それによって何かを知ってしまったとか
新しい隠された一面を晒してしまったとか
精神的に混乱してしまったとか
そういうことは一切なく、劇的なことばは一切うまれず、
ただ漠然とそこにある逃げられない事実としての

男の人に襲われるじぶん。

そういう夢をみました。
逃げ出して
絶叫して
泣いて
助けを求めて
それでも何も起こらず
そして「夢と気づけた」。

にもかかわらず

ふたたび、みたび、よたび、「夢」にひきずりこまれて繰り返す
走り出すあたしの体、切り離された感情、
無感動な出来事。追いすがる何か。
循環する悪い夢、悪い思考、
走る体から分離したあたしのひとみが空の高みから
泣きわめいて逃げ出そうとするあたしを見ていて
そのこころには何もうつらない。
だから、あたしのこころは誰にも傷つけられない。
誰も触れないのよ。
そう言わんばかりの、切り分けられた「あたしたち」の夢はふしぎなくらい無感情です。
劇的な行為にちっとも見合わない心の揺れの停止。

恐怖は恐怖じゃなく
怯えは怯えじゃなく
かなしみはかなしみじゃない。

あたしのこころは微動だにしない。


そしてやっとのことで「目を覚まして」
なまみの体に触れ、気がつく
なにかを切り落としたいという欲求にまみれている身体。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


男の人が苦手であるということをあたしは知らなかった。
だって、男の子になりたかったんだもの。
女の子はきらいだったんだもの。

なりたいのにおそろしく
苦手な生きものであるということに気がついたのは
いつだったかな。
いつだったかな。

「そんなことはどうでもいい、掘り返しても傷口を広げるだけ。」
精神科というところのお医者はそう言った。
「自分の体験と、感情を、言語化するのはとても大切なこと。」
けっこう好きだった大学の先生はそう言った。

いろんな人がいろんなことを言います。
どれがホントウか、あたしにはわかりません。
あたしの心に届いてくる「ホントウの解釈」を
教えてくれる人も、いません。ただ、


自分を求める腕、を
あたしは望んで止まない。
あなたを求める腕、を
あたしは止められない。

「手、つなぎたい。」

それと同時に、あるいはそれ以上に強く
あたしを求める腕、を
あたしは拒んで拒んで拒みつづけて、止まない。

いつまであたしはあたしに向かってのばされる腕に怯えているんだろう。



     だけど。



  あたしはとめられない
  あなたをもとめるこの手を
  あなたへとのびようとするこのこころを

  (TAICHI-KIKAKU:山川草木悉皆成仏)




  わけもなくあたしを捉えて離さないことばの群れの、ひとつ。




・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


Message:

 まったくの真夜中の、
 ヒトリゴト。
 もしも読んでいただけたら、どうもありがとうございました。
 こんなことでも何かひっかかることがあったなら
 投票ぼたんひとつ、あたしにください。

 今日一日を一緒に過ごしてくれた人たちに感謝しつつ
 それでも「以前抱え込んだなにか」を
 払拭できていない自分にうっすらと腹立ちをおぼえつつ。

 おやすみなさい。



 どうぞお元気で、

 おだいじに。




2002年05月04日(土) 「百年の満月−3」

1999年2月、スペインにて雑記 


 「プライオシン海岸」


  ある著名な建築家をめぐって―――

  空腹な肉食獣のような眼をした人が、路地の暗がりから表通りに目を走らせている。

  少し離れた太陽があかるい場所で、西の人と東の人が一緒くたになって
  まっしろな石と石膏と、色ガラスの埃のなかで笑いながら働いている。


  そうして、200年後のこの場所を、その中の誰も見ることはない。


  18日,thu




・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


  空を飛んで、イギリスの空港でくまのパディントンに出会って
  すぐにサヨナラを言った。
  連れて行きたかったけど、あたしはこれから知らない場所に行くから。
  行くからこそ連れて行きたいんだけど。

  「人生最初の相棒は、ぬいぐるみなんだよ」
  あたしがそう言うと
  誰もがわからない顔をします。


  空手で降り立った真夜中のバルセロナ。
  誘導されるままに辿りついたホテル。
  一時間ごとに眼がさめるのは
  たぶんあなたがいるところが今はひるまだからでしょう。

  数時間だけくるまったベッドはやけに大きかった。
  メモを取るために座った椅子も、
  歯を磨こうとしたときの洗面台も、
  ぶかぶかな世界。

  時差ぼけで眠たさがわからなくなった体で
  何種類ものチーズと黒パンとくだものを齧って
  おそろしくおいしい絞りたてのオレンジのジュースをがぶがぶ飲んで
  あたしたちはホテルを出て行きました。

  黄色いバス。
  
  サグラダ・ファミリアという場所で、そのバスを降りました。
  
  ガウディ。
  聖家族教会。

  そこは、予想していたよりもずっと
  あたらしく
  精緻で
  完璧なかたちをしていて
  そうしてなにもかもが中途半端な「もの」でした。

  未完成ということ。
  裏側に回ればまったく知らない荒削りの聖者があたしを見下ろしていた。
  真っ白な面でできあがったガウディの知らない新しい「ガウディ」。
  ガイドの人にうながされるまま内部に足を踏み入れれば
  そこはただの建築現場であって、黄色いハシゴがかかりクレーンが伸びていた。

  ただ、誰も彼も、
  髪の黒い人も黄色い人も肌の白い人も
  寄り集まって石膏を削り石を削りまるく色とりどりのガラスの球を重ね
  未完成のその建築物を、ひとつの教会にしようとしていました。
  色とりどりの葡萄みたいなオブジェ。
  造っている人は、そのまるいかたちを撫でながら、
  新しい尖塔の上の飾りにするのだと言いました。

  いつできあがるのかもわからない尖塔。
  いつ見られるのかもわからない教会。
 

  「完成は早くて100年後」
  あっさりそう言って、みんなけらけらと笑った。
  

  外に出て少し歩けばそこはただの下町で
  散歩がてらのぶらぶら歩きの最中迷い込んだ路地のなか
  あたしはときどき、ひどく恐ろしい感じを背中におぼえて
  ぐるぐると周りをみわたしました。
  そこには獲物を見るけものの目がありました。
  獲物はあたし。
  あたしは獲物。

  にほんじんの、おんなのこ。

  男の人から、女の人から、少年から、
  あたしは何度も何度もふりかえり自分に向けられる暗い目を見、
  小動物みたいに逃げ出しては明るい場所に戻っていった。
  

  バルセロナ。

  白い尖塔と
  灰色の路地
  つくりかけの教会
  物乞いをするひと
  奪うもの
  奪われるもの
  


  もしかしたらこの国についてあたしはなにも
  予想なんてしていなかったのかも知れないけれど。

  ただ、あの藍色の青ガラスのはめこまれた窓を
  それを見上げていた、世界中から寄り集まった人たちの目を
  そうして生まれてはじめて感じた、あたしを獲物と捉える目を
  あたしはまだ、忘れることができません。



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



 「ねえ、人って、ひとをころせる眼を、することができるんだね」



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 message :

  読んでいただいてありがとうございました。
  もし、なにか心にひかっけてもらうことがあったなら
  投票ぼたんの数字をひとつ、あたしにください。

  その向こう側の言葉は、なんだろう。

  もしそれが、誰かの酸素になったらいいのにね。


  いつのまにやらカウンタの数字が1000をこえていました。
  読んでくれたひとへ、通りがかってくれたひとへ、
  ことばをくれたひとへ、
  どうもありがとうございました。
  たかが数字。でもそういういろんなものに後押しされるみたいに、でも、
  明日を、ぽつぽつと続けていけたらいいと思っています。


  さいごに注釈をひとつだけ。

  プライオシン海岸というのは
  宮澤賢治の「銀河鉄道の夜」に出てくる「銀河の岸辺」です。
  古代の、古い古いものが流れ着いて埋まっている場所?
  そこで果てしなく古代の発掘を続けているひとに僕は会いました。
  骨のような、石のような、大気になりそこねた胡桃のような。

  あの人は今ごろどうしているのかな。



  どうぞお元気で、


  お大事に。





2002年05月03日(金) 「百年の満月−2」

1999年2月、スペインにて雑記 


「天気輪」


 うみのそとへ行く。


 そらを過ぎてみたら、そこはとても晴れていた。
 金属のかたまりが翔んでいる。
 はじまりの一日は、ずっと続くひるまだった。


 二重のガラスをぶち破ってそとへ出たら、きっとほんものの青が見える。



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


1999年春のはじめ、
それは
あなたをこの国に置き去りにして
スペインという国まで、ヒコーキで飛んだ日。

がちゃつく空港、
英語と日本語とよくわからない言葉の
通路を歩き回るフライトアテンダントのにこやかなほほえみにぎこちなく目をそらす。
思いのほか狭かった座席、扉という扉はしっかりとかたく閉じられて
鉄のかたまりの、
飛翔。

高度1万4000メートルの空、

空。

空。

とうめいな青。

東へずっと向かうときは
ひたすら「昼間」が続くんだとはじめてあたしは知りました。
ずっと続く昼間、
いつまでも青い空の中にいられる。
雲の上にいつまでも晴れきった
うっすらと透明な青から見続けられないほど深い青へと次々につながる
ただただ青いグラデーションのなかにまるごと染まって。

西へ行こう
西へ。


ときたま、ずっと向こうのほうを
反対側へと飛んでいく同じようなヒコーキが見えました。
その物体はたぶんいろんな色をしているはずなのに
みんな、太陽のひかりを反射してぎらりと光ってまっしろに見えた
ひとつのこらず。

ひろくて透明に青い大気の中を行く
ひとりぼっちのちいさなその白いひかりに
あたしはものすごく親近感をおぼえ、
いとおしいとさえ感じました。

ちっぽけなひかり

ただ、自分の足元に敷き詰められた航空会社のロゴ入りの絨毯と
その下に広がっているであろうたくさんの機械や金属や
それからあたしたちとともに運ばれる荷物、コンピュータ、
それはどうしても愚鈍に思えてならず
あたしの足元は、
どうしても、どうしても、たよりなく。

窓に貼りついて
ただっぴろく青に満たされたこの距離をとびこえて
向こうにひかる、あの小さな白いヒコーキのところに
行きたかった。


「かぎりなく青くとうめいなスペクトル」


そこは酸素がなくて
水がなくて
切れるように冷たい風の吹く場所だと
知っていても
あるいは、
知っているから

そのなかを
あのちっぽけなひかりと並んで
飛んでいきたい。


強烈にそう思いながら。


「Fish please.」


ぎこちなく、ほほえみながらあたしははじめての言葉を口にしました。




・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



  「どうせ飛ぶなら身ひとつで飛びたい。」



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



 Message:

  読んでいただいてありがとうございました。
  もし何か、こころのどこかに引っ掛けてもらえたなら、
  投票ぼたんの数字ひとつぽちんと、
  あたしにください。

  その向こう側にある見えないことばをあたしは貰って、
  次のあたしを作っていくんだろうと思います。
  たぶん、
  いろんなものに躓きながら。



  どうぞお元気で、

  おだいじに。




2002年05月01日(水) 「百年の満月−1」

1999年2月、スペインにて雑記 



 :スティルライフ


  今日できることはしたよと言い残せるくらいの
  ささやかな





・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・





それから三年と二ヶ月。
今日あたしは何をしただろう。

眠ること。
食べること。
泣くこと。
それを我慢して
笑うこと。

今日あたしは空を見なかった。
今日あたしは仕事にゆかず
カーテンを閉めた部屋の中で太陽がのぼっている間だけ眠った。
飲んだ薬。ルボックスデパスソラナックスマイスリーアゼプチンニポラジン。
一日に最低15錠。
薬漬けの身体。
明日になったらまた少し増えるかな。

それでも、なにかをおいしいと感じるときはあったよ?

早朝の手紙、
誰かが書いてくれた言葉。
ありがとう。

歯が痛む。
抜き損なった親知らずのとこ。

今日あたしは誰にも会わなかった。

にもかかわらず

誰かを傷つけたかも、知れない、
もしかしたら。


鳴らない電話を待ち続けた日があった。
鳴らせない電話を恨み続けた日も、あった。
電話なんて残酷で非人道的な機械がなかったらいいのにといつでも思っている。
今は、少しだけその機械に慣れた。
だからあたしは、限られた誰かになら
なんの気なしに話しかけることができる

だけど、

「つながらない電話」。


考え出したらきりがないことはそこでやめておく、
そんな器用なことを考え出したひとがいることがあたしにはあまり信じられない。
だから考えない練習をする。
何年続けてもちっともうまくならない、考えない練習をする。

「明日考えよう」

それくらいが、あたしの関の山だ
今のところ。
頭を抱えて
泥にまみれたスカートをひきずって
カールのもつれた髪を指でかきむしって
土くれを地面に落とす


スカーレット・オハラの哲学。



だから今日はもう眠ろう。
できるだけていねいに歯をみがいて、
できるだけていねいにお茶を入れて、
お薬をにぎってふとんにくるまって、
眠ろう。




・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



Message:

 読んでいただいて有難うございました。
 もしも、読んだしるしを
 届けてもらえたら、うれしいです。
 それがメールって言うことばでも、
 言葉にならない、ぽちっと押したひとつの数字でも。


 お元気で。

 おだいじに。




 < キノウ  もくじ  あさって >


真火 [MAIL]

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