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『九杯目には早すぎる』 蒼井上鷹 (双葉ノベルズ) - 2006年07月27日(木)


蒼井 上鷹 / 双葉社(2005/11)
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<お洒落な短編ミステリ集だが表紙ほどではないかな・・・>

作者の蒼井さんは本作にも収められている「キリング・タイム」にて第26回小説推理新人賞を受賞。
今後活躍が期待される新人作家である。

全9編の内、短編が5編、表題作を含むショートショートが4編組み入れられている。
個人的には短編よりショートショートの方が出来がいいような気がする。
短編の方は、どれもが同じぐらい後味が悪いのがなんとも皮肉な読後感となった。
その後味の悪さも、たとえばワインの苦さのようにほろずっぱく感じられる人は許容範囲なんであろうし、評価が難しいといえばそれまでなのであるが・・・

たしかに、どれもが酒を題材としていて1編1編がまるでカクテルのようだ。
ただ、表紙のように爽やかなイメージとは程遠い。
確かにヒネリがきいた展開で小気味いいのだが、前述したとおり、かなり後味が悪いのが玉に瑕である。
やはり登場人物の魅力のなさが最大の欠点なのかもしれない。
作者は小市民的な主人公を添えたつもりであろうが、私にはあまり伝わらなかったな。
どの作品も人間が小さいというかせこすぎる人物のオンパレード。
基本的には爽快感よりも、予期せぬ展開にヤラレタ〜と強く感じ満足すべきタイプの作品なのだろう。

ただ、この作家、個性的といえば個性的だといえそうですね。
たとえば表紙を開いて目次を見ると凝った作り(1作1作を一杯一杯に見立ててるのですね)と新書版での刊行などを考慮すると、お洒落な短編集として一読されるのもいいのかもしれない。
あなたも一杯飲んでみてはいかがですか?
お気に入りのカクテルが見つかることを信じて・・・
 
あと、翻訳ミステリーファンなら各編のラストにある参考本のタイトルと比べる楽しさがあるかもしれませんね。
作者のミステリーに対する熱き想いが伝わることでしょう。

客観的に見て、ちょっぴりユーモラスでちょっぴりブラックなのがこの人の持ち味なのであろう。
次作にはもっとその持ち味が生かされることを期待したい。

時間があれば(6)

この作品は私が主催している第5回新刊グランプリ!にエントリーしております。
本作を読まれた方、是非お気軽にご投票いただけたら嬉しく思います。
(投票期間2006年8月31日迄)


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『きいろいゾウ』 西加奈子 (小学館) - 2006年07月19日(水)


西 加奈子 / 小学館(2006/02/28)
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<究極の夫婦愛を描いた作品。作中の童話も楽しめます。>

作者の西加奈子さんは1977年生まれ。昨年2作目の『さくら』がベストセラーとなったのは記憶に新しい。
本作が3作目となる。

読者である私達が普段、どうしても大切な人に伝えられなくてじれったい気分に陥ることってないであろうか。
少しのことで生じる気持ちのすれ違い、あるいはどうしても相手に聞く勇気が起こらないことなど。
人生は乗り越えなければならない試練がたくさんある。

西さんは本作で、もっとも大きな試練のひとつとでもいうべき夫婦間の信頼の欠如を取り払う方法を読者に示してくれている。
西さんの特徴は物語性が濃くて読者の心に残る物語を書く作家であるということであろう。

本作の主役夫婦である2人のユニークな名前にまず驚かされて読者はページを捲り始める事を余儀なくされる。
動物や植物とお話しできる能力を持つツマ(妻利愛子・・・ツマリアイコ)と売れない小説家のムコ(無辜歩・・・ムコアユム)である。
この2人が東京から田舎へと引越しして約1カ月たった時点で物語はスタートする。

たとえば犬のカンユさんとかチャボのコソクな会話、あるいは老人ホームで復帰漫才をする“つよしよわし”の滑稽さ。
日常に幻想的な話をいとも簡単に取り入れてしまう感受性豊かで自由闊達な文章。
ただ文体が独特なんで少し読みづらいかもしれない。

お互いがお互いの過去における知らないことに妬いたり悩んだりしている毎日を過ごす。
ツマは子供の頃心臓が悪くて1年間病院で入院していたこと。
ムコは背中にに鳥のタトゥーが刻まれていること。
前半は少し茫洋な気もしたが、ムコが過去を清算するために東京に戻ったあたりから楽しめるのである。

もちろん、作中作の童話(きいろいゾウの話)との関連性も興味津々で読み進めること請け合い。

西さんの巧さを感じたのは、ホロリとくる9歳の大地クンの存在。
彼のツマに対する気持ち(ちょっとませ過ぎだけどね)は読者にとって、ムコに真剣にツマを愛してやれっていう気持ちを増長させたような気がする。

ツマにとってムコが“きいろいゾウ”のような存在であれば、2人の夫婦にとって大地クンは“お月様”のような存在なのかもしれない。
ツマもムコも大地クンの存在に励まされ、心が癒されるところが本作を読む一番の醍醐味であると思っている。

ツマもムコもどちらも純粋な心の持ち主である。
はたして神様が与えてくれた試練を2人は乗り越えれたかどうか、あなたも是非この目で確かめてほしいなと思う。

面白い(8)

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『眠れぬ真珠』 石田衣良 (新潮社) - 2006年07月13日(木)


石田 衣良 / 新潮社(2006/04/27)
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<現実を知らしめながらも夢を与えてくれる恋愛小説。大人の女性に是非読んで欲しい。>

主人公の内田咲世子は45歳の版画家。過去に結婚に一度失敗しており現在は独身。
同年代の卓治(妻帯者)という画商とたまに体をまじえる日々を過ごしていた。
そんな咲世子が17歳年下のウェイターで映像作家の卵である徳永素樹 と“運命の恋”に落ちるのである。

是非30歳以上の女性に読んでもらいたい作品である。
主人公は人生の半ばを過ぎ、更年期障害によるホットフラッシュに悩みつつも恋する気持ちを押さえつける事が出来ない。
いや、女性としての生殖機能が終わろうとしている時期にさしかかっているから余計に素樹の存在に救われるのである。
そりゃ主人公の立場になれば、売り出し中の女優で若い椎野ノアより自分に魅力を感じている素樹の気持ちが信じられないはずである。
でも、嬉しいものなんですよね、きっと・・・

少し不満点はやはり前半の性描写の濃密さですね。
これは限度を超えていたような気がします。
男性作家だから余計にマイナスですよね。

逆に素晴らしいのは、途中ストーカー亜由美が登場してかなりドロドロな展開になりますが、巧みに抑制できている点。
これには驚かされました。すごくメリハリがついてて良かったと思う。
それにしても亜由美の生い立ちの話は壮絶でしたね。

女性と言うのは“感覚”で生きている部分が強いと思う。
本作においても“ダイヤモンドの女”の象徴・ノアよりも“パールの女”の象徴・咲世子の良さがわかる素樹の素朴でひたむきなナイスガイぶりが印象的である。
女性読者なら主人公が素樹の手にうっとりして恋に落ちたシチュエーションがよくわかるはずである。

全体を通して、咲世子の相手のことを考えつつも、いつまでも女でありつづけたい気持ちが凄く滲み出ていました。
結論を言えば、お互いに支えあっていれば年齢は関係ないのであろう
少し現実的ではないような気もするが、アーティストだから不自然ではない。
なぜならお互いの芸術性や仕事に対する意欲が高まっているから。

ノアから“期間限定の恋人”として提案して受け入れていた主人公の咲世子、はたしてラストはどうなるのだろうか。
石田さんの見事な“恋愛講座”のエンディングを胸を躍らせながら確かめて欲しい。

女性読者の大半が素敵な恋を始めたいと思われるであろうと信じている。

面白い(8)

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『イレギュラー』 三羽省吾 (角川書店) - 2006年07月12日(水)


三羽 省吾 / 角川書店(2006/06)
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<青春を五感で体感させてくれる小説。>

作者の三羽省吾(みつばしょうご)さんは1968年生まれ。2002年『太陽がイッパイいっぱい』で小説新潮長編新人賞を受賞してデビュー、その後『厭世フレーバー』(文藝春秋)を上梓、本作は3作目となる。
爽快かつ痛快なストーリーに魅せられること請け合いの作品である。
エンターテイメント小説の世界にて将来を嘱望される作家のひとりと言って良いのではなかろうか。

かつて師弟関係であった結城(教え子)と大木(監督)。
この2人の関係を念頭に置いて読まれるのが一番奥の深い読み方であると思われる。
お互いの心に残ったわだかまりは払拭出来るのであろうか。

物語が始まった時点では立場が逆転していると言えよう。
結城は選抜大会(春の甲子園)に出たばかりのK高校の監督をしていて夏の甲子園出場を目指す。
一方、大木はたった9人しかいない蜷高野球部の監督で村が水害にあい、グラウンドも使えず練習もままならない。
結城が大木にグラウンドを貸すと申し出ることによって物語が大きく動き出すのである・・・

いろんな捉え方が出来るのであるが、大木の“イレギュラー”を目覚めさせてくれたのは結城かもしれないが、救ったのはコーキという若者(素質だけは全国レベル、態度ならメジャーレベルの豪腕高校生ピッチャー)の存在である。
共同で練習するきっかけとなった水害による避難生活の大変さ。
コーキの無鉄砲ながらも男気のある存在が、読者をもグイグイと引っ張って行ってくれる。
本作の読ませどころは試合のシーンよりもむしろ、合同練習後の両校のメンツが友情を深めていくシーンにあると思う。
とりわけ、神原事件(と呼びましょうか)にはハラハラドキドキですね。
あと両校のマネージャーコンビ(琴子と春菜)の可愛さも男性読者には楽しいはずである。

これは読んでのお楽しみであるが、ラストの結城の粋なはからいには胸を高まらせてページを閉じた。
まるで甲子園のアルプススタンドの応援団の気分である。

少し難を言えば、登場人物が多すぎて混同しちゃいました。
私の読解力不足かもしれませんが、そこが本作の魅力と言えばそうなるのかもしれませんね。
ひとりひとりが個性的でありすぎるような気もします。
それぞれのサイドストーリーを書いても楽しめるぐらいである。
たとえば前述した神原のように・・・
ただ、現実は忘れた頃にその人物が出てきて、はたしてこの人はどんな特徴だったかなと思い返すのに四苦八苦したのも事実。

本作も登場人物と同様、荒削りな面も見られる。
後半の試合のシーンでの非現実的(劇画的)な面である。
途中でピッチングやバッティングにおける理論的な話も語られているので、玉石混淆のような気もした。

作者はユーモアをまじえて書かれたのであろうが。
そこは大目にみよう。
必ず本作を凌ぐ素晴らしい作品をどんどん上梓される日が来ることを信じて・・・

最後に夏の甲子園を目指して地方予選が始まる時期にこの作品を読めたことを幸せに思う。
“人生はイレギュラーがあるからこそ楽しい!”
作者が読者に一番伝えたかったメッセージである。
青春だけでなく人生もほどほどには熱く生きることが必要だ。

面白い(8)

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(投票期間2007年2月28日迄)



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『銃とチョコレート』 乙一 (講談社) - 2006年07月10日(月)


乙一 / 講談社(2006/05/31)
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<名探偵明智小五郎のイメージで読めばエライ目にあいます。>

講談社ミステリーランドの作品。
乙一さんの単行本としては3年ぶりとなる。
よく白乙一と黒乙一という言葉が使われているが本作はどちらなんだろう。
やっぱりどちらかと言えば黒乙一寄りかな。

ひと言で言えば謎解きを含んだ冒険活劇といったところか。
冒険活劇と言えばまるでインディージョーンズみたいにハラハラドキドキするイメージもあるが、本作はもう少し泥臭い。
時代は戦争の直後ぐらいだろうか?
場所はヨーロッパのとある国であろう。
まず設定で主人公のリンツが貧しい移民の子供であるということが物語を左右する。
リンツが母親を守るシーンが印象的であった。

作者は人間の裏側を描写するのに長けた作家であるが、本作でもその長所が遺憾なく発揮されている。
それにしてもドュバイヨルって子供らしくないですね。
彼を貴族出身者にみたてたのは乙一さんらしい。
このあたり『死にぞこないの青』を思い出した方も多いんじゃなかろうか。

でも、これって小学校高学年の子供さんがいたら親の立場として読ませるかな?
途中までずっとそう思って読んでいたのである。

最後まで読んでみたら親子愛というものも感じるのであるが、途中やはり人間を裏切ったり、あるいは信じられなくなったり、また、目を覆いたくなるような暴力シーンもあったので少し複雑な気分でもあった。

個人的には作中のロイズの変貌振りには本当に驚かされた。
もちろん、乙一さんなら一筋縄では行かないとは思っていたけど・・・
乙一さんは子供たちに固定観念を持って生きてはいけないということを教えてくれたのだろうか?

そこでよく考えて見た。
講談社のHPを閲覧することとする
でも講談社のミステリーランドの宣伝文句を見てみると“かつて子どもだったあなたと少年少女のための・・・”と書いてある。
ということは単なる子供向けじゃなくって、大人&子供兼用の本だということだ。

私はずっと子供向け→子供用と思っていたのであるが、そうだったらわかる。
明智小五郎(本作で言えばロイズ)が悪者になれば子供たちの夢を壊すし物事を根底から覆す。
でも大人の世界ではOKだ。

基本的に本作は、本好きの大人が小中学生の頃、謎解き小説を食い入るように読んだことを思い起こさせてくれる本なのです。
よく考えれば、優しさに溢れていない挿絵からして子供向けじゃないですよね。
あとがきもいつも以上に面白い。
でも子供が読んだらブラックジョークわかるだろうか疑問ではある。
やっぱり大人向けだ(笑)

世の中の酸いも甘いも噛み分けた方が読まれたら、少し主題が曖昧なところもあるがきっと楽しめる娯楽作品であるのには間違いない。
ただしひらがなの多さやルビふりに我慢する忍耐力が必要であるが。

私は本作を読んで、かつて紙芝居に夢中になった幼少時代を思い出した。
あなたも極上の娯楽作品を楽しみながら、あの日あの時を振り返って欲しい。
そう、チョコレートが大好物だったあの頃を・・・

面白い(8)



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『もしも、私があなただったら』 白石一文 (光文社) - 2006年07月06日(木)


白石 一文 / 光文社(2006/04/20)
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<テーマは尊いのだが、登場人物に魅力が乏しいのが残念。>

女は心と身体で生きる、男は目と頭で生きる。
男に好きになってもらうのが仕事の女性と、女を好きになるのが仕事の男性。

白石一文さんの書き下ろし最新長編を手に取ってみた。
主人公の藤川啓吾は49歳。
東京の勤務先を退職し地元九州に戻ってきてバーを開き6年になる。
元妻とも離婚、のほほんと孤独な生活の毎日を送っていたある日、サラリーマン時代の親友だった神代の妻・美奈から突然電話がかかってきて、内密な相談を持ちかけられる。

内省的で思慮深いのが白石さんの登場人物の特徴かもしれないが、少し懐疑的過ぎないかなと言うのが率直な感想。
話の展開的には始めは美奈を追い返そうとし、その後、タイトル名でもありキーワードともなっている6年前の別れの時の言葉「もしも、私があなただったら」から、美奈の重要性を認識して行く姿が描かれたいわば純愛物なのだけど・・・

美奈を愛することによって、思いやりっていうものが芽生えてきたのでしょうか。
何の疑いもなく啓吾を愛する美奈とのコントラストが印象的であった。

愛することはたやすいけど、信じることはむずかしいのかもしれませんね。

冒頭に引用したテーマ。
素晴らしい言葉で本当に的を射ています。
作中で白石さんの言いたいことはよくわかるのであるが、主人公の男としてのスケールが小さくって噛み合っていないというのが正直な印象。
途中で主人公が美奈の夫に会いに行く場面があります。
そこで今まで知らなかった美奈の男性遍歴を聞き唖然とするシーンがあります。
そのあとの懐疑的になる場面と、ラストの疑いが晴れる場面の安直さがちょっとどうかなと思いました。
結局、主人公に確固たる信念を感じられなかったのが残念である。

タイトル名は何回か作中で出てくるのだけど、相手に立場に立って考えることの重要性を謳った言葉である。
でも、本当に心が通じ合ったのであろうか?
個人的には、主人公は本当に幸せになれるのだろうか?という疑念が湧くのである。
ひょっとして尻に敷かれっぱなしになるのではないか?
通常、ハッピーエンドって読者にとっても晴れ晴れすることである。
だが、本作は・・・
いずれにしても美奈のしたたかさが目立った小説でした。
怪我をしたのも半分故意のような気もします(ちょっと考えすぎかな)
従兄弟の慶子といっしょになった方がよっぽど主人公にとったらしあわせだったのに・・・そう思われた方も多いんじゃないかな。

是非、読んで確かめてください。

期待はずれ(5)

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『銀河のワールドカップ』 川端裕人 (集英社) - 2006年07月05日(水)


川端 裕人 / 集英社(2006/04)
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<4年に1度のワールドカップ期間中にこの本を読めた幸せ!>

少年サッカーを題材とした夢のある小説である。
何せ、目指しているのが日本一じゃなくって銀河一なんだから。
この小説の魅力はそのタイトルに集約されていると言っても過言ではない。

コーチとなるのは元Jリーガーの花島勝
とある事情で失業中のある日、公園で発泡酒を飲みながらミニサッカーに興じている小学生達のスーパープレイを目の当たりにする。
指導者として暗い過去がある花島であるが、竜持鳳壮虎太の三つ子のプロ並のテクニックに驚愕したのは事実。
彼らの仲間であるから不在であるコーチを頼まれ、サッカーの魅力に負け引き受けることとなる。

途中で、過去の事件により一旦コーチを退くがのちに復帰。
そこからはライバルチームから青砥多義が加入し、まさに快進撃が始まるのである。

終盤に憧れのレアル・ガラクシア(レアル・マドリード)との対決シーンがあります。
まるで読者自身がプレーをしているかのごとく・・・
何と言っても、試合中のシーンの臨場感が良い。
これは『チョコレートコスモス』で恩田陸が演劇のシーンで読者を身震いさせたものに匹敵する。
私は手に汗握りながら読みました。
そう、ワールドカップで日本戦を見たのと同じように。

川端さんの凄いところはやはり、所詮ファンタジーなんだけど、たとえば試合の戦術面がリアルに描かれている点。
登場する少年達(2人少女も混じってますが)の個性派ぶりや能力の差の描写もこの小説を素晴らしいものに仕立てている。

才能高い青砥や三つ子三兄弟もいいのだが、やはり翼の存在感が絶大である。
まず、最初に翼が花島にコーチを依頼したことは見逃せない。
あと彼が終盤に後ろから(DF位置)声を嗄らせながら大きな指示を出すシーンは多くの読者の胸を打つシーン。

彼が技術的に少しずつ上手くなっていくところは、現実的ではない小説の中で読者にとって胸に刻み込まれるほど印象的なものである。
まるで“やれば出来る”と言うことを作者が読者である大人たちに教えてくれているようだ。

あと、監督である花島であるが、彼自身の再生小説として読んでも価値の高い1冊だと思う。
なぜなら、いつまでも“サッカー小僧”の面を持ち合わせているのは他の少年達に負けないからだ。
物語を通して、一番精神面で変化したのは花島のような気もする。

さあ、あなたも観客席に座って桃山プレデターの試合を是非御覧になってください。
きっと自分が体を動かしている気分になりますよ。

書き忘れましたが、数年後エリカ玲華のなでしこジャパンで活躍しているシーンが目に浮かぶ。
なにっ、エリカはともかく玲華は無理だって(笑)

オススメ(9)

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『象の背中』 秋元康 (産経新聞出版) - 2006年07月03日(月)


秋元 康 / 産経新聞出版(2006/04)
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<今年最大の問題作かもしれない!>

小説を読んでレビューを書く際に、“女性読者の感想を聞いてみたい”という文章を書く機会が多い。
男と女は根本的に違う生き物であるという認識を持って生きていらっしゃる方が大半であると思われるのであるが、小説を通してたとえば女性作家のあるいは女性登場人物の考えや生き方に触れ合うことによって、“ああ、人生って勉強の繰り返しなんだな!”とため息をつくことも多い。

本作の場合ほど、読者の性別によって根本的に受け入れられるか否かの差が激しい作品ってないのではないであろうか。
だから、女性の方(特に主婦の方)、是非お読みになって感想を聞かせて欲しい。

主人公の藤山幸弘は48歳で不動産会社の部長。
今までは仕事人間であった。
ある日、突然肺ガンで余命半年を宣言される。
治療に専念するのではなく延命治療をしないと決意する・・・

近年“死”を題材とした作品に荻原浩さんの『明日の記憶』や重松清さんの『その日のまえに』などがある。
ただし、本作は上記作品とは一線を画する作品であると言っても過言ではないであろう。
上記2作品は病気そのものに対する恐怖心や家族(妻や子ども)に対する愛情が滲み出た作品だと言える。
本作は、もちろん家族や過去に知り合った人々への愛情や気配りもあるのであるが、それよりも男のひとつの生き様を描きたかったのであると捉えている。

というのも、主人公幸弘には愛人がいるのである。
もし主人公に愛人がいなかったなら、上記作品の後塵を拝していたに違いない。
読者の受け取り方は別として、少なくとも愛人を登場させることによって別の輝きを持った作品に仕上がったと言えよう。
もちろん、主人公の誠実さが損なわれたとみられる方もいらっしゃるだろう。
読み進めるにしたがって、どうしてこういう行動に出るのだろうと思われた方も多いであろう。
でも、そういうふうに主人公に対して辛辣な気分になるのがこの小説の狙いでもある。

献身的な嫁を持つ主人公って本当に幸せ者である。
女性読者が読まれたら、こんな奥さんっていないわよという声が聞こえてきそうである。
またこの主人公にこの奥さんってもったいないと思われる方も多いだろうし、こんな人の奥さんでなくてよかったと思われる方もいらっしゃるであろう。

終盤に主人公と妻が手紙をやり取りシーンがある。
主人公の手紙の内容にはさして感動しなかったが、妻の手紙には思わず涙してしまった。
私自身は主人公の奥さんの魅力に取り付かれた読者である。
こんな立派で素敵な奥さんがいるから“主人公も若死にしてもしあわせだった”と言えるのだ。

たとえば、主人公が兄に遺骨を愛人に渡してもらえるように頼む場面やホスピスにて愛人を妻に紹介する場面。
朝まで生テレビで結論の出ない議論が出来そうな恰好の題材である。

男性読者的な視点で考えてみよう。
この作品は主人公の生き様を評価するべきではない。
ひとりの個性的な男としての主人公に賛同するべき作品である。
なぜなら、余命の期間生き生きとしていたのが伝わってきたのである。
秋元流、“川の流れのような生き方”をみせつけられたな。

結論を言えば、私はこの作品は読み応えある作品だと評価している。
ただし、読後もまだまだ葛藤している私です(笑)

オススメ(9)

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『風に舞いあがるビニールシート』 森絵都 (文藝春秋) - 2006年07月01日(土)


森 絵都 / 文藝春秋(2006/05)
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<人生に向き合う姿が読者の胸を熱くさせる完成度の高い短編集。>

別冊文藝春秋に連載されてたものを単行本化したもの。
全6編からなるが、ひとことで言えば人生の喜怒哀楽が詰まった作品集と言えそうだ。
近年、別冊文藝春秋に連載された作品で直木賞を射止めるケースが非常に多い。
『星々の舟』、『邂逅の森』、『対岸の彼女』など。
本作は短編集であるが作品集としての完成度は非常に高く、上述した作品にも引けをとらない。
全6編、どの作品も軽く書かれていないがために、長編を6冊読んだような充実感を味わえるのである。

まだノミネート作品が決まっていないが、地の利(文春作品)も含めて本作を本命、三浦しをんさんの『まほろ駅前多田便利軒』を対抗と推したい。

森さんの本当にいいところは“頑張って生きている方への応援歌的な話”を誰よりも巧みに書ける点であろう。

正直な話、本作をエンターテイメント作品のカテゴリーに入れるのはもったいないような気がする。
ただ、単に読んで楽しむと言うだけのものではない。
読んで吸収して消化までしたい作品の数々。
主婦やサラリーマンにとってのどのように生きるべきかの指南書的な本ですね。

自分がそうだから余計に肩入れするのかもしれないが、不器用な人が好きだ。
どの作品も普段、働き疲れている読者にもう少し頑張ってみようかなと言う活力を与えてくれる内容のものばかりである。

まず冒頭の「器を探して」。
主人公のように何かに板ばさみになっていることって多々あるであろう。
思い切ったラストの気持ちの切り替えにに度肝を抜かれた方も多いはずだ。

次の「犬の散歩」は犬の里親探しのボランティアをするために晩にスナックで働く女性が主人公。
こだわりをもって生きるって難しいってことである。

「守護神」は夜間の大学が舞台。
代筆レポートをめぐる男女の会話に魅せられる作品。

「鐘の音」は仏像が好きな男が主人公の物語なんであるが、この作品集で一番不器用な主人公である。
人付き合いが下手で、師匠をも怒らせるのであるが運命が彼の人生を変える。
これも彼の信念が強かったからだと信じたい。

個人的にどの作品が好きかと聞かれたら、意外かもしれないが、次の「ジェネレーションX」と答えておこう。
唯一明るめの作品と言っても良いだろう。
どちらかと言えば、『DIVE!!』のような開放感を味わえる作品ともいえるんじゃないだろうか。
携帯電話魔の若者石津のキャラが面白いですよね。

そして女性の方には表題作を読んで欲しいな。
もちろん感動度では一番の作品である。
国連難民高等弁務官事務所に勤める主人公であるが、亡くなった元夫エドの悲しみに明け暮れる毎日を過ごしている。
現場主義を貫き通した夫とのなれそめやすれ違いが生じた結婚生活を振り返り、現状との差異を明確に読者に知らしめてくれる。
ラストの感動度と爽快さはなんとも言えないのである。
私は単純に不況とは言うが今の日本人の平和と幸せを再認識した。
あと、物事をもう少しワールドワイドに見つめなおすことの必要性を感じた。

それにしてもこの洗練された文章と読者を圧倒させるストーリーテリングはなんなんだろう。
森さんの児童書に未読のものがあるのでなんともいえないのであるが、今後どんな作品を上梓し続けるのであろうかという期待感を抱かずにいられないのである。

個人的な意見であるが、本作にはハートウォーミングという形容は当てはまらないと思う。
私は“鳥肌の立つ作品集”という形容をつけたいと思っている(笑)
のほほんと生きている自分へのいましめとして読むべきであると思った。
さあ、あなたも生半可な気持ちで読むべき作品ではないということを肝に銘じてページをめくってほしい。

読み終えたあと、森さんの凄さを認識できた方は大切な何かを思い起こせた証拠であると確信している。
はたして、あなたは大切なひと(こと)を大切にするということを怠っていないであろうか?

超オススメ(10)

この作品は私が主催している第6回新刊グランプリ!にエントリーしております。
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