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『わくらば日記』 朱川湊人 (角川書店) - 2006年02月25日(土)


朱川 湊人 / 角川書店(2005/12)
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<作者の人生肯定的な語り口は読むものの心を和ませる。>
昨年、『花まんま』で直木賞を受賞した朱川さんであるが、本作でまたレベルアップしたような気がする。
読まれた方ならご賛同していただけると思うのであるが、他作よりキャラが立っている点が見事である。

前作『かたみ歌』と同時代の昭和30年代の東京が舞台。
前作は少しミステリー的な要素もあったが、今回は完全な連作短編集という形をとっており古いエピソードから順に語られている。
前作よりも楽しめた大きな要因は登場人物の人間関係の変化が楽しめる点であろう。
読み進めていくうちに少しづつ身近になっていく展開も読書の醍醐味だと言えそうである。

“千里眼”(人や物、場所などの過去が見える)の能力を持つ3歳年上の鈴音。
彼女の能力が導き描き出す人生の悲喜こもごも。
語り手は妹である和歌子。

若き乙女心を持ったふたり(鈴音&和歌子)のほろずっぱさと途中から登場する茜の人生の切なさがほどよくブレンドされている。
とりわけ、姉の初恋の編は涙なしには読めないのである。
作者の独壇場に読者は唸らされることであろう。
恋をする相手役の病気を知り戦争のことを思い出さずにいられない。
昭和三十年代と言えば戦争が終わってまだ十数年。
当時の真っ直ぐに前を見つめて生きていた人々に学ぶ点は多い。

朱川作品全般的に言えることであるが、この作品もご多分に漏れず、読者(というか日本人)に忘れがちになりつつある大切なことを思い起こさせてくれるのである。
それはやはり不況とはいえ、現代に生きる私たちは何と自由なことであろうか?
背伸びをせずに生きていくことの難しさを痛感した。

内容的には凄惨な話も盛り込まれていますが、物語を語る和歌子の若い巡査に対する淡い恋心のために姉の千里眼を利用したり、あるいは姉のことを気遣ったり・・・
心が揺れながら語っているのは作者の心憎い演出であると言えよう。
その結果として、もっとも多感な少女期を一緒に過ごした妹和歌子の回想録ということで綴られた至上の“姉妹愛”が読者の胸に突き刺さるのである。

少し余談であるが本作の表紙の装丁の素晴らしさは内容に負けていないことも書き留めておきたい。
姉妹の純真無垢な気持ちを上手く象徴している。
物語の内容だけでなくいつまでも私たちの心の中に色褪せることなく残るであろう。

鈴音の千里眼の能力は人間の裏の汚い部分見ることが出来る。
作者は本作の鈴音というキャラを通して人生を肯定的に捉えようと読者に訴えている。
“自分の人生をないがしろにしてはいけない。”

姉妹の出生の秘密・姉の若死の秘密など、まだまだ興味が尽きないし読み足りない。
そう思って本を閉じたのであるが嬉しい情報も飛び込んできた。
続編の連載が始まっている模様である。

後年、著者の代表作として語り継がれるであろう本シリーズの刊行。
一日も早い単行本化を心から待ち望みたいと思っている。

評価9点 オススメ

この作品は私が主催している第5回新刊グランプリ!にエントリーしております。
本作を読まれた方、是非お気軽にご投票いただけたら嬉しく思います。
(投票期間2006年8月31日迄)



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『天女湯おれん』 諸田玲子 (講談社) - 2006年02月15日(水)


諸田 玲子 / 講談社(2005/12)
Amazonランキング:位
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<気軽に読めるエンターテイメント時代小説!>

週刊現代に連載されたものの単行本化。
読者層が男性サラリーマンにほぼ限定されている為に内容も娯楽作品に徹している。

舞台は江戸八丁堀の真ん中にある湯屋・天女湯。
ヒロインは23才の女将おれん。
この天女湯には表の顔(銭湯)だけじゃなく、裏の顔がある。
なんと男女の仲を取り持ちも行っている、男湯には隠し階段、女湯には隠し戸。どちらも裏の隠し部屋につながっていてまさに桃源郷の世界。

人情艶話・・・この作品を語るのにはこの言葉で十分であろう。
物語の設定からして読者層を強く意識しているといえよう。

たとえば他の作家が色事を描くと小説としての品が落ちると言えそうだが、作者が描くとより主人公が華やかに写る。

前半は辻斬り事件に対しての犯人探しに興味が尽きない。
おれんが惚れる正体不明の謎の武士が犯人かどうかにめくるページが止まらない。
後半は天女湯と大黒湯との長年の確執が描かれる。

おれんのまわりの登場人物も個性的で読んでいて楽しい。
のっぴきならない事情で働いている天女湯の人々の団結心の良さ。
岡っ引きの栄次郎の変化や小童の杵七の存在感。

少し無難にまとめたという感も拭えないが、なんとなく小説内の長屋の住人のひとりに加われたような気がしたのはアットホームな雰囲気が伝わったからだろう。
読んでいて胸を打つところって他作に比べて少ないけど、気軽にかつワクワクしながら読めること請け合い。

諸田さんも肩肘張らずに楽しく執筆できたような気がする。
匿った武士との恋はどうなるかという楽しみもあるのだけど、やや期待はずれかな。
他作に見られる狂おしいまでの女心の描写を得意とする作者の小説を希望される方には物足りないかもしれない。

特に女性読者の方の反応がどうであるか興味深い。
どうしてもおれんの“恋心”というよりおれんの“色事”にウエートが置かれているのは、男性読者を前提として書かれているからその点を考慮に入れて読み進める必要があろう。
事実、私もおれんの桃源郷での場面を楽しみにして読み進めたのである(笑)

おそらく作者にとって男性週刊誌への連載は初の試みだったに違いない。
新境地開拓・・・作家の冒険と変化に拍手を送りたいと思う。

女性雑誌に連載された『恋ほおずき』と合わせて読まれたら同じ作者の作品であることにハッとさせられ、それとともに作者の筆力の高さに驚愕させられることであろう。

評価7点


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『バスジャック』 三崎亜記 (集英社) - 2006年02月12日(日)


三崎 亜記 / 集英社(2005/11/26)
Amazonランキング:位
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<すごく読み手によって評価の分かれるレビューアー泣かせの作品>

わずか3ページからなるショートショートから90ページ弱の中篇まで合計7篇からなる短編集。
大別するとSF系と恋愛系に分かれる。
とりようによってはバラエティに富んだ短編集とも言えるのかもしれないが・・・

デビュー作で直木賞候補ともなった『となり町戦争』で登場した舞坂町やとなり町を彷彿させる東都や南都という独自の地名がいくつかの篇に登場する。
非日常的な世界を描くのが得意な作家でまるで試行錯誤の時代を揶揄しているようだ。

個人的には「しあわせな光」「二人の記憶」「雨降る夜に」の恋愛系が印象的であった。
どれもが短いので読後に読者の空想に委ねている部分が大きいのであるが、独特の世界観を構築していることに気づいた。
男性作家らしからぬ“繊細さ”。
言い換えれば作者の誠実な人柄が文章に滲み出ているのである。
個人的には恋愛(純愛)小説の方に力を入れて書かれたらもっと能力を発揮出来ファンも増えるのであろうかと思うのである。

ここからは三崎さんに対する期待は大きいという前提で語りたい。

本作もデビュー作に続き賛否両論ある作品と言えそうである。
少なくとも本作で“個性的で不思議な世界を描ける作家”としての地位を固めたといっていいのであろうが、それが褒め言葉かどうかは読者によって捉え方が違うと思われる。
個人的にはアイデアの斬新さは認めるとしても、評価が分かれたデビュー作『となり町戦争』の二番煎じ的イメージがいつまでも脳裡に焼きついて離れなかったのである、少なくともSF系の作品においては・・・・

少し不満点を述べたが、星新一のショートショートを思い起こさせる「二階扉をつけてください」やバスジャックが社会的に認知されている世界を描いた「バスジャック」が他の篇より純粋に楽しめた方は(ちなみに私は逆でした)非日常の世界にドップリ浸かれたのであろう。
ちなみにSF系では私は最長の「送りの夏」が一番良かったです。
テーマは“死と人に対する思いやり”ということでしょうか。
テーマ自体が胸を打つというのはいつまでも印象に残りますよね。
でも、枚数が足りなかったような気もします。

その結果『となり町戦争』のようにディテールが十分に描けてない。
やはり基本的には長編で読ませて欲しい作家ですね。

評価6点

この作品は私が主催している第4回新刊グランプリ!にエントリーしております。
本作を読まれた方、是非お気軽にご投票いただけたら嬉しく思います。
(投票期間2006年3月15日迄)


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『ロズウェルなんか知らない』 篠田節子 (講談社) - 2006年02月08日(水)


篠田 節子 / 講談社(2005/07/06)
Amazonランキング:6,776位
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過疎の町は救えるのか
5回も読んでしまった
人々の虚心を描いた


<地方の方が読まれたら“間違いなく元気が出る本だな!”と信じて本閉じた。>

かつてスキー客で賑わった地方の駒木野という町(モデルは福島県飯野町)が舞台。
現在は新幹線や高速道路の整備でスキー場がなくなり温泉もないことから観光客が途絶え過疎化が進んでいる。
何回か町(行政)が村おこしを試みたが現在では放置状態。

この作品はやはり地方の方が読まれるのと都会の方が読まれるのでは捉え方が違ってくるだろう。
たとえば同じような環境のところに住まれてる方はかなりの確率で登場人物に共感できるだろうし、都会に住まれてる方は多かれ少なかれ他人事と言うか馬鹿げたことだと感じられるかもしれません。

財政赤字を合併で埋め合わせようとしているケースが多い近年、日本の地方の過疎化問題は本当に深刻である。
重松清の『いとしのヒナゴン』に相通じる部分があるので合わせて読まれたら面白いかも・・・

本作はもちろんフィクションですが前述したようにモデルとされている町もあり、日本の実態を露呈していることには目を背けてはならないのである。
内容的には“日本の四次元空間”と名うって立ち上がる靖夫を中心とした地元の青年クラブの面々の奮闘記と言えよう。
ひとり冒頭で都会からなだれ込んで来たコピーライター鏑木の存在が大きい。
はじめはいい加減なキャラとして描かれているが、途中からは青年クラブのメンバー達よりも芯の強さを発揮。
それにひきかえ、意外とだらしなくずっと独身であった弱さを露呈するメンバー達が滑稽であり人間らしいとも言える。

本作で青年クラブの面々が行ったオカルト現象利用行動はやはり法に触れていけない面もあるのであろうが、なぜか憎めず少なからず肯定したくなるのである。
一因として過疎をもっとも象徴しているのは青年クラブ=青年でないクラブという実態があげられる。
ほとんど40才手前の人間が主流であるからだ。
なおかつ全員独身である。
篠田さん、なんとかしてやってよ(笑)
彼らを決して全面的ではないが弁護はしたいと思う。

観光業ってやはり目玉がなければリピーターどころか初めての訪問客も来ないですよね。
だから作中のオカルト作戦も真剣に考えた上での行動。
彼らにとっては生きるか死ぬかの問題であったからだ。
少しドタバタ的な流れにもなって捉え方によっては焦点がしぼれてないという面もあるかもしれない。
このあたり作者が故意にそうしてるのであろうが、多少読み手によっては受け入れにくいかもしれない。
はじめのイメージと変わっていく登場人物の変化に驚かれた方も多いかも。

篠田ワールドの真骨頂は青年クラブと別サイドの人に対する描写の的確さである。
“背に腹は変えられず”奮闘する青年クラブの面々とは対照的に町役場の石井課長に象徴される行政の対応、残されたツルサダを中心とした保守的な考えの町の人たち、あるいは面白おかしく報道するマスコミ連中。
彼らに対して鋭いメスを入れている点は本作を読む上でのキーポイントである。
とりわけ市役所に勤務されてた作者の行政に対するやるせない気持ちは訴えるものが大きかったような気がするのである。

あとは前述した鏑木に負けず劣らずのキャラの人物が楽しませてくれる。
ひとりはバラクリシュナ徳永というタレント、あとはかつてのアイドルレポーター役の風見さゆり。
男性読者としてちょっと彼女に興味が湧いた点があります。
彼女の生き方なんかどうなんだろう?
彼女ってしあわせなんだろうか?
少なくとも平凡じゃないですよね。

もっとも印象に残ったというかリアルに感じたのは整体師である誠の変化。
腕のいい整体治療がオカルト治療に変化していく。
悲壮感が漂っていて現実にありそうな話ですね。

篠田さんって直木賞は受賞されたがどちらかといえば実力に人気が追いついていない作家のひとりだと思う。
彼女の作品が概して社会派的要素が強いこともその要因であろうか。

本作もグローバルに見れば、日本の将来にかかわる大きな問題を提示している。
コメディタッチに近い内容&展開でこういった深刻な問題を平然と書ける作者の力量に舌を巻いたのは私だけであろうか?
その答えをあなたから聞きたいなと思ったりする。

評価9点 オススメ

この作品は私が主催している第4回新刊グランプリ!にエントリーしております。
本作を読まれた方、是非お気軽にご投票いただけたら嬉しく思います。
(投票期間2006年3月15日迄)





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『砂漠』 伊坂幸太郎 (実業之日本社) - 2006年02月05日(日)


伊坂 幸太郎 / 実業之日本社(2005/12/10)
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<“いつまでも素直な気持ちを忘れずに生きようよ!”ということを教えてくれる青春小説の決定版!>
今までの伊坂作品は本作と比べて読者を選ぶ節があったような気がする。
実際、私の周囲の人に貸しても面白かったと素直に喜んでいただける方7割と、少し斜に構えてるいるんじゃない(理屈っぽいという意味合いだと思われます)という意見の方3割ぐらいで、後者の方には残念な気持ちで一杯だったのである。

現在、面白い小説を紹介してくれと言われたら迷わずにこの作品を紹介したいと思っている。
伊坂さんだけじゃなく他の作家のどの作品よりも・・・

なぜなら本作は伊坂さんの鮮やかさが前面に出た非の打ち所のない作品に仕上がっているからだ。
過去のどの作品よりも全体の構成・読後感の暖かさ・テーマの大きさがレベルアップしているように感じられるのである。
伊坂さんって青春小説というイメージと少しかけ離れていたのであるが、まるで水を得た魚のように本作で披露した語り口の滑らかさには驚いた次第である。

この作品の素晴らしさは、“必ず読まれた方がもう一度大学生に戻りたい”と思えることだと思う。
現在進行形で学生生活を送っている方には“一日一日悔いのないよう”に過ごして欲しいという大いなるメッセージ作品だと言えそうだ。
本作の主人公・クールな北村を含めて男女大学生5人衆。
伊坂作品の最大の特徴である個性的キャラクターと軽妙洒脱な会話が読者を酔わせるのである。
より磨きが掛かったと言える本作、理由は明確である。
そう、読まれた誰もが度肝を抜かれた“西嶋”の存在である。
西嶋の登場=伊坂さんの大きな成長のあとが窺えると言えそうだ。
個性的でユニークな西嶋、かつて伊坂作品で彼のようなボケ役でありながら共感出来る人物の存在ってあっただろうか?

読者の方が西嶋に共感→調和できるのである。
過去に『チルドレン』で登場した陣内が最強の人物だったと思っていたが、本作の西嶋のように“生き方に賛同できる”レベルにはいたっていないような気がするのである。

作中で何度か麻雀シーンが登場する。
たとえば麻雀を知らない方が本作を読まれたとしよう。
少しわかりづらい点があるのは間違いのないところであるが、少なくともちょっとでも麻雀を知っていたらもっと楽しめたのにとか、あるいは麻雀を覚えてみようと思われた方が大半であろうと推測できるのである。
いわば読者も本作の麻雀ゲームに参加しているかのような気分になることが出来る。
言い換えればまさしく本に没頭している証拠であると言えよう。

最後に別れの時期がやってくる。
寂しさを感じた。
ああ、青春っていいなあ・・・
ユーモアだけじゃなくほろずっぱさも味わえる。
青春小説とミステリーと人生テーマの融合。
なんと贅沢な作品なんだ、本作は。
単に面白かっただけじゃなく、読んでよかったなと思える作品に邂逅した喜び。
繰り返すが今までの伊坂作品では味わえなかったのも事実である。

登場人物と同じ世代の方が読まれる以上に(『“砂漠”未経験者』)、過去を振り返り懐かしめる方(『“砂漠”経験者』)が読まれた方がより一層楽しめる作品だと言えそうだ。
なぜなら砂漠経験者の方が下記の作中の言葉をより共感できるからだ。
人間にとって最大の贅沢とは、人間関係における贅沢のことである。


私は今、ネット上でこの感想を書いている。
最後の方で伊坂さんに心地よく騙され、心地よく本を閉じれた(笑)
作中で胸をなでおろして喜んだ気持ちはまるで大学生に戻った気分、いや6人目の仲間に入った気分である。

伊坂さんの今までの作品群はどちらかと言えば個性派作家としてのもの。
本作を持って国民的作家への道のりを歩みだしたと断言したいと思う。

これからも小説の魅力を余すところなく伝えて欲しい。
ファンのひとりとしてのの強い希望である。

評価10点 超オススメ作品

この作品は私が主催している第5回新刊グランプリ!にエントリーしております。
本作を読まれた方、是非お気軽にご投票いただけたら嬉しく思います。
(投票期間2006年8月31日迄)




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『はるがいったら』 飛鳥井千砂 (集英社) - 2006年02月01日(水)


飛鳥井 千砂 / 集英社(2005/12)
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<またまた新しい才能の誕生! これがあるから読書はやめられない>

直木賞の新人版と言っても過言ではないほど近年人気作家を続々と輩出している小説すばる新人賞。
前回の受賞作で直木賞の候補にもあがった『となり町戦争』に引き続き第18回の本作も魅力ある作品が受賞されたのは嬉しい限りである。

幼い頃に両親が離婚したことで、別々に暮らす姉でデパートガールの園と弟で男子高校生の行。
ふたりの熱き姉弟愛(絆)はハルという一緒に住んでいた時期に公園で拾った一匹の犬の介護を通して固く結ばれている。
そのハルはずっと弟が介護していたのであるが、入院を機に姉が預かることとなる。
そのことがハルにとっても転機となるのである・・・

ジャンルとしたら家族小説と恋愛小説と青春小説をたして3で割ったような感じ。
私自身、姉がいるのでこの作品を読みながら少し離れ離れになった姉とのことを思い出した。
結論とすれば誰もが持っている悩みや弱い点を犬であるハルがすべて引き受けてくれているように見受けられた。
あらためて表紙を見るとハルが余計にいとおしく感じられる。

表面上は完璧主義者のように見受けれる姉の園、少し控えめで義兄と距離を置いていた行、日頃読者の周りでよく見受けられる他人にしかわからない自分の欠点を見事に描写している。
とりわけ園の会社内での女性社員間でよくありがちな部分やがリアルに盛り込まれていてなかなか楽しめるのである。
いや単に楽しめるだけじゃない。
多かれ少なかれ、自分(読者自身)がまわりからどう思われているかと言うことをもう一度考え直す機会を与えてくれる作品でもある。

個人的にもっとも印象的というか作者の名演出が突出しているなと感じたシーンはやはり行が入院中の病院で実の母親と現在の母親が会話をするシーンであろう。
人はそれぞれの立場によっていろんな見方・捉え方があるんだなと再認識した。


飛鳥井さんは1979年生まれ。
作者の最も優れているところは登場人物(主役から脇役にいたるまで)それぞれが巧く機能している点。
本作は姉と弟それぞれ交互の視点から語られるのであるが、お互いの愛情が少しづつ読者に伝わってくるところが心憎いのである。
4才違いの姉と弟。
読まれた方の多くが感づかれたと思うのであるが、恋愛に対するそれぞれの突き進み方も対照的である。
決してミステリーじゃないんだけど、いろんな伏線が最後のあたりで終結します。
内容的にもさらりと書いていて結構人の奥底まで描けている部分に感心することしきり。
あとは文章の読みやすさも特筆物である。
読みやすさという点においては新人離れした作家だと断言したいと思う。
もちろん犬好きな方にも是非手に取って欲しい作品であることを付け加えておきたい。

最後に本作を読み終えてとっても贅沢な読書を堪能したつもりである。
ハルは○○に行ってもいつまでも2人の姉弟を見守ってくれていると信じているから。
あなたも本書を手に取り最後に胸がしめつけられ、明日への活力を是非養って欲しいなと切望する。

評価9点 オススメ

この作品は私が主催している第5回新刊グランプリ!にエントリーしております。
本作を読まれた方、是非お気軽にご投票いただけたら嬉しく思います。
(投票期間2006年8月31日迄)



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