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『HEARTBEAT』 小路幸也 (東京創元社) - 2005年07月31日(日)


小路 幸也 / 東京創元社(2005/04/25)
Amazonランキング:100,936位
Amazonおすすめ度:
ハートビートはキーワード
シリーズ化されないかなぁ・・・
オススメです。


かつて学生時代の頃、佐野元春の“HEARTBEAT”という曲に酔いしれていた時期があった。
この作品も佐野さんの曲からインスパイアされて作られたものだと思う。
佐野さんの曲のサビの部分を口ずさみながらラストの余韻に浸れれば、読書の楽しみも倍増となることであろう。

本作は東京創元社の看板シリーズである、ミステリ・フロンティアの作品であるがミステリー色の強い青春小説として楽しめるエンターテイメント作品である。

高校を卒業する10年前に別れた恋人ヤオとの約束を果たすために日本に帰国した委員長こと原之井。
結果としてヤオは現れなかったのであるが、同級生の巡矢にヤオを捜す協力を得るのであった。

あと、交互に語られるのがユーリという元貴族の屋敷に住む少年の亡き母親の幽霊の話。
どちらかと言えば、幽霊の話がやや退屈だなと思いつつ、二つの話がどう関連していくのか興味半分で読み進めていたのであるが、ラストにおけるオチはかなり驚いたというのがが正直な感想。

逆に言えば、巡矢というキャラの全体像がわかるにつれ、物語の一番の魅力的人物であるべき委員長とヤオの二人の魅力があんまり伝わらなかったのが少し残念。

細部にわたり多少の不満点はあるが、物語の構成とタイトルとの関連性はなかなか良かったとも言える。
何といっても印象的なタイトル名である“heartbeat”は、物語において元来の意味(心音)以外の意味(コンピューター用語)としても重要な役割を演ずる。

ラストにはかなり驚かされたが、機会があればもういちど読み返したい。きっと違った感動が得られそうであるから・・・

ご存知のように小路さんは“メフィスト賞作家”という勲章を持っている。
どちらかと言えば、その先入観(苦手ジャンル)を持っていたが為に初読みが遅れたのであるが、これからは過去の作品のみならず、新刊が出るたびに手に取りたい作家の仲間入りを果たしたと言えそうだ。
そう、私にとっての良き“相棒”となり得そうである。

読者も一字一字安心して身を委ねられる作家である。
なぜなら作者のheartbeat(心音)を聞くことが出来るくらい優しさと繊細さを持ち合わせた才能の持ち主であるから・・・

評価8点

2005年55冊目

この作品は私が主催している第3回新刊グランプリ!にエントリーしております。
本作を読まれた方、是非お気軽にご投票いただけたら嬉しく思います。
(投票期間2005年8月31日迄)



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『時計を忘れて森へいこう』 光原百合 (東京創元社) - 2005年07月23日(土)


光原 百合 / 東京創元社(1998/04)
Amazonランキング:131,713位
Amazonおすすめ度:
心がほっとする物語
自然を感じたくなったら
心静かに・・・


もしアンケートを実施して“心が癒される作品”を1冊挙げなさいと言われたらあなたならどの作品を挙げるであろうか?
私は迷わずこの作品を選びたいと思う。

表紙を飾るのは主人公の女子高生・若杉翠。
装丁からして読者も、日頃忘れがちになりつつある素直な気持ちで向き合って生きて行く(というか読んでいくと言った方が適切かな)事を余儀なくされる。
まるで主人公が森に郊外学習に訪れた如く・・・

かつて『ななつのこ』を加納朋子が上梓したときに主人公の駒子ちゃんを作者の分身の如く捉えた読者も多かったのではないであろうか。
同様のことが本作の若杉翠と作者との間にも言える。
それほど清々しいキャラなのである。

物語は郊外学習で八ヶ岳南麓の清海を訪れた彼女(若杉翠)が時計を森に落とすことによって運命の出会いに遭遇するところから始まる。
その出会いの人物とはシーク協会の自然観察指導員である深森護である。

本作の探偵役でもある淡い護への恋心を育みながら、翠が一人称で語りつつ物語は進行して行く。
そういった意味合いにおいてはジュブナイル的要素がかなり詰まった作品だとも言えそうである。

形式的には全3篇からの中篇からなる連作集であるがミステリー度は薄いと覚悟して読んだ方がいいのかもしれない。
しかしながら光原さんの持ち味が発揮される舞台は十分に整っているのである。
優しく心地よい光原さんの文章が各篇にて登場する心に深い傷を持った人物の謎を見事に解きほぐすのである。

なんといっても2篇目が素晴らしいのひと言に尽きる。
婚約者を自動車事故で失って落ち込んでいた男、その直後から抱いた婚約者への不信感。
謎が解明された時、読者に生きる勇気を強く与えてくれる作品だと断言したいですね。

この作品を読み終えた今、私達読者も林間学習を終え、現実に向き合わなければならない。
誰もが、“そんなに人生って悪くないじゃん”と心が少し軽く解放されたような気分になるのは光原さんの確かな筆力の証なのであろう。

タイトル名の見事さも本作の忘れられないところである。
主人公が森で忘れた時計からいろんなことを想起せざるを得ない。
自然と時計をはずした気分に浸れた読者が大半であろう。
時計をはずす=解放されつつも現実と向き合う→心が軽くなるということなんでしょうね。

本作は単行本発売から約7年、いつまでも読み継がれるべき“癒し文学の名作”である。
一人でも多くの方に手にとってもらうために、一日でも早い文庫化を切望したく思う。

評価9点 オススメ

2005年54冊目


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『ラッシュライフ』 伊坂幸太郎 (新潮文庫) - 2005年07月19日(火)


伊坂 幸太郎 / 新潮社(2005/04)
Amazonランキング:1,579位
Amazonおすすめ度:
無限ループからの脱出
個人的、伊坂作品NO.1お勧め。
まるでパッチワークの楽しさ!


伊坂氏の2冊目に刊行された作品。
あとに発売される『陽気なギャングが地球を回す』とともにとってもスピード感溢れたミステリーの秀作だと言えそうである。

小説の舞台はおなじみの仙台。
この物語には四人の人生にくたびれたわけあり主人公達が登場する。
★泥棒の黒澤
★精神科医でプロサッカー選手と不倫中の京子
★リストラされて再就職面接40連敗中の豊田
★画家志望の河原崎

あと冒頭で出てくる画家の志奈子と画商の戸田がポイントである。
その他無職の豊田をサポートする野良犬もすごく印象的だ。

詳細は読んでのお楽しみ(というかここで語れるほど簡単なものでもない)であるが、やはり時間軸を本当に見事に使っている。
多少、頭の中が混同したのも事実であるが文句なしに楽しい。
まるで読者にとって伊坂マジックは作中で繰り広げられる騙し絵のような存在となっているのかもしれない。
いや神様と言った方が適切かな。

伊坂さんの作品はようやく本作で全作品を読み終えた。
“現代の世相”を巧く反映させた物語を書く作家であると言えよう。
軽妙洒脱かつクールに、時にはシリアスな面も覗かせながら・・・

本作の伊坂全作品の中での位置づけを考えてみたい。
感動的なという点では『アヒルと鴨のコインロッカー』に軍配を上げたいと思うが、ただ単にエンターテイメント性においては伊坂氏の作品の中では一番の出来であると確信している。

本作においても氏の他作で登場する人物や事件がリンクする。
伊坂氏のサービス精神満点の読者への配慮であろう。
そこで早速、今後の楽しみを見つけたのである。
それぞれゲスト的な登場であるが、伊坂作品をコンプリートした今、もう一度すべての作品を読み返して自分自身の頭の中のパズルを完成させたい。
まるで本作で何の接点もない四人の主人公が見事に収束したように・・・

人生はRush(混雑した)なのは否定しないが、本作を読んでせめて心の中はLush(豊か)でありたいものだ。
この物語を読み終えた今、一番悲壮感が漂っていた豊田から主人公は読者であるあなたでありわたしにバトンが無事引き継がれた。
「イッツ・オールライト!」と楽観的に歩いて行きたく思う。
その言葉に伊坂氏の人生観が集約されているはずであるから・・・

評価8点

2005年53冊目


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『死神の精度』 伊坂幸太郎 (文藝春秋) - 2005年07月10日(日)


伊坂 幸太郎 / 文藝春秋(2005/06/28)
Amazonランキング:69位
Amazonおすすめ度:
もっと死神
四つ目の話「恋愛で死神」以降、ぐんぐん面白さが増した連作短編集
推理作家協会賞受賞の実力!


11ヶ月振りの伊坂幸太郎、待望の新作。
まず、そのスタイリッシュな装丁に度肝を抜かれた読者も多いことだろう。

本作の内容からして梅雨の時期に発売されたことも憎らしい演出である。
ちょうど雨の降った日にじっくり読まれたあなたは死神になった気分を満喫できるのであるから・・・

直前に『オーデュポンの祈り』を読んだので、“荻島”に欠けていた音楽(ミュージック)をこよなく愛する主人公の登場にはやられました。
「旅路を死神」では重力ピエロでおなじみの場所も登場する。
このあたりサービス精神満点である。
少し前述したが、主人公は人間ではなく死神。
各編において対象となる人間を調査して死に適するかどうか判断し、「可」か「見送り」かを報告するのが彼の仕事だ。
クールで人間社会の常識が欠けている所が滑稽で魅力的である。
他の特徴として・・・

★彼が現れると必ず雨が降る。
★異常な音楽好きである。
★素手で人に触れると触れられた人は倒れ、寿命は一年縮まる。
★名前は千葉と決まっている。
★シチュエーション(仕事の内容)によって年齢や外見は変わる。

本作の構成は全6編からなる連作短編集である。
内容的には本当にバラエティーに富んだ伊坂ワールド全開。
恋愛小説、密室物、ロードノベル、ハードボイルド、そして最後にハートウォーミングストーリー。

とりわけ最後の「死神対老女」が秀逸である。
詳しくはネタばれとなるので書かないが、前(表題作と「恋愛で死神」)に出ていた登場人物がリンク。
クスッと笑える話ばかりでなく、胸が一杯となる話を用意。
そしてまたまた掟破りな行為も出てくるのである。
それは読んでのお楽しみ。

いずれにしろ、その掟破りのおかげで読者の心にも晴れ間がもたらされたような気分になるのは心憎いところである。
生きているといいことがあると読者を悟らせる伊坂氏に拍手を送りたい[:拍手:]

連作短編集としての技巧面において、各編を巧みにフェードアウトしており最終編での収束は見事のひと言につきよう。
『チルドレン』と本作において、連作短編集としてほぼ完成されたと言っても過言ではないと言えそうだ。

しかしながら、まだまだ発展途上であると思いもっと大作を期待しているのは私だけであろうか?
だから、そつがないけど小さくまとまりすぎているという手厳しい読者の方もいらっしゃるかなと思う。
そのあたりなんとも微妙なところであるが・・・

ファンの求めてるハードルはまだまだ高いのだろうか?
その答えはまだまだ先に取っておきたい気がする。

評価8点

この作品は私が主催している第4回新刊グランプリ!にエントリーしております。
本作を読まれた方、是非お気軽にご投票いただけたら嬉しく思います。
(投票期間2006年2月28日迄)

2005年52冊目



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『オーデュボンの祈り』 伊坂幸太郎 (新潮文庫) - 2005年07月08日(金)


伊坂 幸太郎 / 新潮社(2003/11)
Amazonランキング:7,025位
Amazonおすすめ度:
「しゃべるカカシ」に違和感を感じ入ることもない
子供だましでない童話
一気に読めるミステリー


ご存知、今をときめく伊坂幸太郎のデビュー作。
文庫化にあたりかなり改稿されたとのこと。

伊坂作品はまるでトレンディドラマを観るような感覚で楽しく読める。
私は氏がもたらした読書離れに対する功績はとてつもなく大きいような気がするのである。

本作はデビュー作ながら、伊坂氏のもっとも得意とするところである“卓越した伏線張り”が堪能できる。
内容的にはファンンタジックなミステリーと言えよう。

仙台から少し離れたところにある100年以上も鎖国を続けている“荻島”に、コンビニ強盗を失敗し逃亡中の主人公伊藤は連れ去られているところから物語が始まる。

荻島に住む人々がなんとも奇想天外で度肝を抜かれる。
嘘つきの画家園山、体重300キロのウサギさん、島の規律として殺人を繰り返す桜など・・・

個人的には架空の島である荻島に住む優午という“カカシ”の幻想性と彼をとりまく奇抜だが憎めない人物と、現実に伊藤を追いかけるために手段を選ばない残忍な警察官・城山とのコントラストが一番の読ませどころであり、作者の弱者への暴力の否定に対する願いがこめられているような気がした。
シュールな世界の中に現実感をもたらせた作者の意図は読者に十分に伝わるのである。

余談になるが、作中に“名探偵”に対する定義的な表現があるのであるが、本当に的を射ていてドキッとさせられた。
やはり伊坂幸太郎は読者の小説に対する“世界観”を変える凄い作家である。

少し物足りない点を書かせていただいたら、やはり主人公(というか語り口)が個性的でないこと。
島に滞在して成長を遂げたとか、あるいは強盗を起こしたことの反省であるとか、また恋人静香とのもう少し詳細な過去とか・・・
前述した名探偵的な役割を担っていると解釈するべきであろうか・・・

結論として近作に見られる軽妙洒脱な文章も本作においては多少なりとも不完全なような気もするのであるが、その後の伊坂氏の見事な成長振りを実感するためにはやはり必読の1冊だといえそうだ。
あと登場人物がリンクするので古い作品から順に読まれた方がより楽しめるのも間違いのないところであろう。

私の感想には何の伏線もありません、あしからず・・・

評価7点

2005年51冊目


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