『人生ベストテン』 角田光代 (講談社) - 2005年04月30日(土) 直木賞受賞作の『対岸の彼女』とは毛色の違った6篇からなる短篇集。 石田衣良さんの短編集に30歳以上向きの『一ポンドの悲しみ』という優しさに満ち溢れた作品集がある。 角田さんは石田衣良さんより読者に容赦はしないが(石田さんよりも辛辣という意味です)、まさに同じような年代の読者層をターゲットとした作品集だと言えそうだ。 石田さんの作品は“恋愛小説”というジャンル、角田さんの作品は“人生小説”という言葉で分類したいなと思う。 全体を通して時には切なく時にはユーモラスに描いている点が見逃せない。 角田流「Take It Easy!」という感じかな。 本作においては私たちの日常ではちょっと味わえないような人生における数々のシーンが演出されている。 登場人物はまさに個性派揃い。 「観光旅行」に出てくる喧嘩ばかりしている母娘。 「飛行機と水族館」では飛行機で知り合った女性にストーカー扱いされる男。 前半はどちらかと言えばユーモラスな感じで男性主人公の篇は滑稽感もある。 圧巻はラスト2篇。 表題作「人生ベストテン」を読みながら読者自身も自己の人生ベストテンを思い描きながら読まれた方も多いことだろう。 主人公は40歳間近、同窓会に出る前に自分の今までの人生ベストテンを振り返っているのであるが、1位と2位(失恋と恋愛成就)が13歳までの出来事であった。 誰しも若い時の思い出って大きく心に残っているのであるが、主人公のような生き方も切ないな。 主人公に幸あれ! でもやって来た岸田君って一体誰だったのだろう・・・ 「貸し出しデート」の主人公も悲惨である。夫以外の男しかしらない主婦が翔という若い男とデートして心機一転をもくろむ。実は主人公は妊娠が判明、離婚の危機にさらされているのである。 2人の会話が面白い。なんとデート中、産婦人科まで付き合わされるのである。新しい生命が宿っている主人公が、多少なりとも勇気づけられて翔と別れるシーンは印象的であり、エールをおくって本を閉じた方も多いんじゃないだろうか。 角田さんは読者の期待を裏切らない。 本作で読者にとっていろんな処方箋(いわば角田流スタイル)があることを示してくれた。 酒を飲んでストレスを解消するのも良い、しかしたまには本作のような角田作品を読んでストレスを解消するというのも効果絶大であると思われる。 何年か経って、自分の“人生ベストテン”を振り返った時に角田さんの小説を読んでいた時だと思い起こすかも知れない。 今や角田さんは読者の背中を押してくれる当代随一の作家だと言えそうだ。 評価8点 2005年36冊目 この作品は私が主催している第3回新刊グランプリ!にエントリーしております。 本作を読まれた方、是非お気軽にご投票いただけたら嬉しく思います。(投票期間2005年8月31日迄) ... 『一瞬の光』 白石一文 (角川書店) - 2005年04月28日(木) 本作の単行本が上梓されたのは2000年1月。 今までどうしてこの作品を手に取らなかったのだろう・・・ 読後の率直な気持ちである。 このレビューを読み終えた方、後悔させませんので是非手にとって欲しいなと強く思う。 確かに性別によって感じ方・受け止め方が違うかもしれない。 たとえば男性が読めば“共感”できる小説、女性が読めば“感動”できる小説と言えるかな。 世に男性向けの恋愛小説って少ないが本作は狭義では“男性向けの恋愛小説”とも言えそうだ。 過去に『対岸の彼女』を“現代に生きる女性必読の書”と評した私である。 本作を性別問わずに“現代人必読の書”と評したく思う。 女性読者からの主人公の生き方についての率直な御意見を聞きたいなと思う。 主人公は日本を背負って立つ企業の人事課長の橋田浩介38才。 外見も良く東大卒の高学歴、高収入で女にももてる。 3拍子揃った理想的な人物である。 一見、順風満帆に見える彼にも苦悩があるのである。 そこで2人の彼をとりまく女性の登場である。 20歳の短大生で心に病みを持ち続けている香折と、浩介の社長の姪である恋人の瑠衣。 彼女たちが意図的であるかどうかは別問題として、まさしく対照的な方法で主人公に“人を愛することの尊さ”を教え変えていくのである。 「浩さん、人の世話ばかりしていると自分の幸せ逃しちゃうよ。たまには思い切り他人に頼ったり甘えた方がいいって、いつも浩さんが私に言うことじゃない。なのに浩さんは、絶対、絶対誰にも頼らないでしょ。そんなの矛盾してるよ。きっと瑠衣さんにだって甘えてあげてないでしょう」 途中で仕事面において窮地に立たされる主人公。 企業の非情さと瑠衣の献身的な愛情が印象的だ。 白石さんは“渾沌とした今”を描ける貴重な作家である。 “人間”をというより“生き方”を描くのが巧みだ。 エンターテイメント性は弱いかもしれないが、読者に正しい生き方の道しるべを提示してくれる。 『日頃私たちって“打算”や“保身”という言葉にこだわりすぎていないだろうか?』白石さんの熱きメッセージだと代弁したい。 恋愛面にのみスポットを当てていたが本作は特に前半部分であるが企業小説的な要素も強いことを忘れてはならない。 賄賂・家庭内暴力・出世競争・企業内での派閥戦争もリアルに描かれている。 きっと男性が読まれたら“働く意義”をもういちど考え直せれるだろう。 男性読者として主人公浩介に対して共感出来る部分は多い。 後半、会社を辞めて“人間らしさ”を取り戻していく過程が圧巻である。 彼は働きづめできっとゆっくりと本を読む時間もなかったのであろう。 彼が心を癒され真の愛情に目覚めていくシーンがいつまでも脳裡に焼き付いて離れない。 最後に彼が選択したこと=彼の幸せなのであると強く信じて本を閉じた・・・ 評価9点 オススメ 2005年35冊目 ... 『ららのいた夏』 川上健一 (集英社文庫) - 2005年04月23日(土) ららのいた夏 川上 健一 『翼はいつまでも』で青春小説の名手という地位を不動のものとした川上健一氏であるが、今回過去の作品を手にとって見た。 かつてこの小説ほど希望に溢れた青春小説ってあっただろうか? 川上健一の青春小説を読む時、読者は童心に帰らなければならない。 本作は純愛小説的な部分とスポーツ小説的な部分が見事に融合されている。 なんといっても主人公の坂本ららが爽やかだ。 彼女は陸上部にも入ってないが走るのが大好き! 次々とマラソンの記録を塗り替えていくのである。 笑顔を絶やさず走っている姿が読者の脳裡に焼きつくのである。 彼女に恋する純也との出会いも印象的だ。 高校生のマラソン大会の最中で運命の出会い。 校内マラソン→ロードレース→駅伝→フルマラソン→国際マラソンと駆け足で登っていく過程を満喫してほしいな。 ららと純也のお互いがお互いを支えあってる部分って本当に読者に伝わってくるのである。 青春時代が現在進行形の読者はもちろんのこと、はるか昔の時代となった読者も過去の記憶が鮮明に甦ってくるのである。 少し展開的には出来すぎ(少女漫画的)な感は否めないかもしれないが、本作のような会話主体で読みやすい文章は、大人となって様々なしがらみの中で生きている私たちにとって重要なエネルギー補給的な要素があると思える。 なぜなら“人生って夢を持って生きていくべきである”からだ。 しかしながら、現実は“青春時代”も坂本ららの走りっぷりと同様、短くてあっという間に駆け抜けてしまうのである。 このレビューを読んでくださった10代20代の方、もし未読であれば是非手にとって欲しいなと思う。 中高年の方もご自分で手にとってみてよければお子さんに読ませてあげて欲しいなと切実に思う。 ラストは号泣される方がいるかもしれないが、読後感は爽やか! まさに川上氏の独壇場である。 読み終わった後、タイトル名の意味あいをもう1度考えた時は胸がいっぱいになりましたが・・・ 明日からは少しでも“爽やかにかつ潔く”生きたいなと思う。 評価9点 オススメ 2005年34冊目 ... 『優しい音楽』 瀬尾まいこ (双葉社) - 2005年04月21日(木) 瀬尾まいこは読者と“心のキャッチボール”が出来る稀有な作家である。 前作『幸福な食卓』が吉川英治新人文学賞を受賞、今後もっとも期待される作家のひとりとして将来を嘱望されている瀬尾さんであるが、今回もファンの期待を裏切らない作品を読者にプレゼントしてくれた。 今回の瀬尾さんからのプレゼントは短篇3篇が収められた短編集。 瀬尾作品を読むと他の作家の作品では味わえないような、幸福感を実感できるから嬉しい。 本作もご多分に漏れず恒例の“2回読み”を実施、2回目の読書がより“暖かいまなざしが培われた”気がするのだから本当に凄い作家である。 瀬尾さんは本作にて“寛大な心”を持つことの素晴らしさを教えてくれている。 3編ともに共通している点は“ストレンジな人物(設定)”の登場と瀬尾さんお得意の“食べ物効果”である。 いままでの作品に見られなかった“性描写”も盛り込まれており少しハラハラされた読者もいらっしゃるんじゃないかなと思う。 今までの瀬尾作品の中では月並みな言葉かもしれないが、もっとも“ハートウォーミング”な作品となっている。 表題作の「優しい音楽」、主人公のタケルと恋人役の千波、不思議な出会いで始まった2人の交際。 いっこうに両親に紹介してくれない歯痒さを噛みしめながら付き合いが続いていたのであるが・・・ 途中で事情がわかるのであるが、その後の経過が本当に微笑ましい限りである。 2編目の「タイムラグ」、この作品が個人的には一番のお気に入りとなった。 とにかく設定が凄い。不倫相手が妻と旅行、そのあいだに娘を預かることとなった主人公・深雪(みゆき)。 深雪と佐菜ちゃんとの心が触れ合っていく過程がとっても心地よい。 とりわけ佐菜ちゃんのおじいさんに会いに行く場面が印象的である。 『平太さんはほとんど家庭を放ったらかしています。お父様にこんなこと言うのは失礼ですけど、遊び歩いています。実は、っていうか、きっと、浮気だってしてます。決していいだんなさまとは言えません。浅はかで頼りにならない父親です。でも、佐菜ちゃんはこんなにしっかりしたいい子に育っています。どうしてだと思いますか?』 最後の「がらくた効果」も奇妙な設定の作品だ。 同棲中の章太郎とはな子。 年末も押し迫ったある日、はな子が佐々木さんと言う男性を連れてくる。 この作品が帯にある「だけど少しだけ、がんばればいい。きっとまた、スタートできる。」という言葉に当てはまり自然と読者も実感できる。 終盤、駅伝レースを見て佐々木さんの人生に対する決意が新たになる。 残された恋人ふたりの幸せを見守りつつ本を閉じた読者は“幸せをお裾分けされた”気分に浸れるのである。 余談になるがこの作品は5冊をプレゼント本として購入した。 一緒に瀬尾作品を読み、多少なりとも私なりに“優しい音楽”が奏でられたと感じている。 人生も瀬尾作品のように楽しく希望のあるものであるように努力したいものだ。 本作はきっと読者に“読書日和”をもたらせてくれる作品であると確信している。 価格もお手頃、是非手にとって欲しいなと思う。 最後に、私の拙い文章で十分に伝わらないのが残念であるが、心に響く物語を読み終えた今、「瀬尾まいこ、あっぱれ!」という最大限の賛辞を贈りたい。 評価9点 オススメ 2005年33冊目 ... 『ナラタージュ』 島本理生 (角川書店) - 2005年04月15日(金) 『あなたはいつもそうやって自分が関われば相手が傷つくとか幸せにできないとか、そんなことばかり言って、結局、自分が一番可愛いだけじゃないですか。なにかを得るためにはなにかを切り捨てなきゃいけない、そんなの当然で、あなただけじゃない、みんなそうやって苦しんだり悩んだりしてるのに。それなのに変わることを怖がって、離れていてもあなたのことを想っている人間に気付きもしない。どれだけ一人で生きてるつもりなの?あなたはまだ奥さんを愛しているんでしょう。私を苦しめているものがあるとしたら、それはあなたがいつまで経っても同じ場所から出ようとしないことです』 前作『生まれる森』が芥川賞候補に上がった時、残念ながら他の若い同世代作家(綿矢さんと金原さん)が受賞された。 選考委員に先見の明があったのかどうかはここでは語りたくないが、自分の作品スタイルを若くして構築されている島本さんの実力を深く認識された読書好きも多かったはずである。 私も“5年後10年後どんな作品を書いているのか?”と興味を抱いたのであるが、なんと1年後に本作で若手作家から実力派作家いや“純愛恋愛小説の第一人者へと大変身を遂げた”と言っても過言ではないような大作を上梓してくれたのである。 本作は芥川賞の枚数を超越して果敢に島本さんが挑戦し見事に描き切った“恋愛小説の王道作品”だと言えそうだ。 主人公の泉は20歳の女子大生。 物語は高校時代の演劇部の顧問である、葉山先生からの後輩たちの卒業公演に参加してくれないかという電話で始まる。 こうして2人の再会は始まったのである・・・ 自分の気持ちに素直になるってむずかしい。 もしこの作品を読まれてたとえばあざといとかつまらないと感じ取った人がいれば、その方は“純愛小説が根本的に合わない人”か“物事を斜に構えて考えている人”か“一生ひとりの人を現在も愛し続けることが出来ている幸せな人”このいずれかであろうと思ったりする。 主人公と同年代の方が読まれたらことさらに強く共感出来るはずだ。 同年代で現在恋愛をしていない人がいれば、こんな素敵な恋愛をしてみたいと思うことであろう。 主人公以上の年代の方が読まれたら、懐かしい自分の過去を想い起こしたり、あるいは今の自分のそばにいる人をないがしろにしていないかを考え直す絶好の機会となりうる恰好の小説だと言えそうだ。 男性読者が読まれたら、もし人生をやり直せるなら、主人公のような子から愛されたいと思われた方も多いであろう。 とりわけ、“ラストの清々しさ”と作中の“痛ましい三角関係”が読者の心に永遠に残るのである。 島本理生21歳。主人公と同年代の本当に人生において多感な時期を生きている。 若さが最大の武器である点は明らかである。 なぜなら彼女の人生も小説も“現在進行形”であるからだ。 たとえば40歳ぐらいの作家が20歳前後の主人公を描いた場合と比較してほしい。 はたして本作のようにリアルな恋の痛々しさを描写出来るであろうか? 答えは本作を読み終えた方なら誰でもわかるであろう。 若さゆえの特権である、傷つけ傷つきながら成長できる。 それが人生においてきっとバネとなるからだ。 本作の登場人物は総じて“不器用”な人が多い。 恋愛をしている時って、あなたも自分が不器用だと感じませんでしたか? 島本理生は読者にそう問いかけているように感じた・・・ 読み取り方によれば、葉山がずるいと思って読まれた方も多いんじゃないかな・・・ 恋愛小説は読者のその時の状態(年齢・性別・恋人の有無・独身か既婚かなど)によって受け止め方が違ってくるのは間違いないところである。 果たして人は“一生一人の人を愛せないのだろうか?” 私的には葉山と泉、お互いにお互いを大事に出来、成長できたと捉えている。 本作は恋人・夫婦間で回し読みして熱く切なく語り合って欲しい一冊である。 私にとっては恋をすることの素晴らしさを教えてくれた、心に突き刺さる1冊であることを吐露したく思う。 評価9点 オススメ 2005年32冊目 ... 『君たちに明日はない』 垣根涼介 (新潮社) - 2005年04月11日(月) 『陽子だって本当は分かっているだろ。今の世の中、リスクはどこにでも転がっている。いい学校を出て新卒で入った企業でも、一生勤められる保証なんてどこにもない。今の仕事をしていると、なおさらそう思う。不安なのは分かる。でも、ぜんぶが全部安全なチョイスなんてありえない。だったらある程度のリスクは承知で、より納得のいく環境を選ぶしかない』 前作、『クレイジー・ヘブン』にて少し今までの勢いがトーンダウンした感が強かった垣根氏であるが、本作はそう言った意味で今後の氏の動向を占う試金石的作品として読んでみた。 氏の最高傑作と呼ばれる『ワイルド・ソウル』の壮大なスケールにはほど遠いのは否定しないが、楽しく読めるエンターテイメント作品に仕上がっていると言うのが私が下した本作の結論である。 前々作(『サウダージ』)あたりから感じていたのであるが、現在の読書人口の過半数以上が女性であるという点を垣根氏に認識してほしいなと強く思っていた。 氏の作品の魅力はカッコいい登場人物(多少エッチでも許容範囲内ならOK)に対する読者の共感につきると思っているのであるが、前々作あたりから少し進むべき方向性が間違っていたのではないだろうかと強く感じていた。 というのは、性描写がキツクって他人に薦め辛い作品に仕上がっていたのである。 はたして氏の本当のファンは望んでいるのであろうか? とりわけ、女性が読んだら“女性蔑視的にも受け止められる描写が多かったのである。” “垣根氏の主人公は硬派であればあるほど魅力的であることを忘れてはならない。” 本作は少なくとも上記からは脱出出来たと思っている。 読者と距離感の近い主人公の物語を上梓した点においては垣根氏のターニングポイント的作品と言えそうだ。 現代社会において避けることのできないリストラ問題。 特筆すべき点は、各篇に登場するリストラされる側の問題点のみならずリストラを推し進める人間を主人公として取り上げた点であろう。 彼の名は村上真介、33歳。 「日本ヒューマンリアクト」という会社に勤務。 職務内容は退職勧告。 人事部に代わって本人と面接し、退職を勧める仕事である。 リストラされる側の人物は本当に多様である。 銀行員、音楽プロデューサー、イベントコンパニオン、玩具メーカーの社員など・・・ 垣根氏は本作で様々な人の人生を切り取ることに成功している。 一篇目で面接する陽子(41歳)と恋愛関係となりその後の各篇の物語と同時進行的に進む。 今までの若くて派手な女性(たとえば『サウダージ』のDD)の登場はなく、唯一それに近い感じのアシスタント的な務めを果たす若い女性とではなく、8歳も年上のバツイチ女・陽子と恋におちいるのである。 意外に感じられた読者も多いんじゃないかな。 しかしながら、この構成(年上の地味な女への愛情)が物語を薄っぺらいものから骨太なものへと変えていっているのである。 仕事が人生を変えるのは本作を読めば自然とわかる だけども(出会い→恋愛)が人生を変えることをも再認識させてくれる点が一番の評価すべき点であろう。 あと彼らの恋愛のみならず、リストラされそうになった場合の心の持ち方について読者に提示してくれている点は素晴らしいなと思う。 これからはクライムノベルに拘らず、本作のように普通の人々の物語も紡いで欲しい。 滑らかな文章とワクワクするストーリー展開、垣根涼介のリハビリはもうすぐ終わろうとしている。 少し身につまされた話を読み終えた私たち読者は、明日からの生活・仕事に活力を与えてもらったような気になるのは果たして気のせいだろうか・・・ 評価8点 2005年31冊目 ... 『ぼくは悪党になりたい』 笹生陽子 (角川書店) - 2005年04月07日(木)
主人公のエイジは17歳の高校生。 頻繁に海外に出張するシングルマザーの母ユリコ。 ユリコの代わりに9歳の異父弟のヒロトの面倒や家事全般を見ることを余儀なくされている。 エイジが修学旅行の際に、ヒロトが水疱瘡にかかり、母親のアドレス帳から選び出した杉尾さんに弟の面倒を見てもらうのであるが・・・ この作品は読んでいて本当に楽しい作品である。 “青春小説も変わったものだなあ!”と驚かれた読者も多いんじゃないかな。 ほとんど登場しない母親のユリコ、イケメン友だちの羊谷、その彼女アヤ・・・ まさに個性派揃い・・・ 一方、主人公のエイジはどうだろうか? 人生においてもっとも好奇心旺盛で羽根を伸ばしたい年頃である高校生の頃、主人公のエイジは本当に抑圧された生活を送っている。 しかしながら読者と言う強い味方をつけてしまうのだから幸せ者である。 作者の笹生さんは児童小説のジャンルではかなり有名な方みたいである。 一般向けに書かれた本作も作者の高いセンスを感じずにはいられない。 コミカルな人物設定の中にもホロッ〜と感じられるシーンがやはり一番いいかな。 特に羊谷との熱き友情部分が印象的だ。 私が強く感じ取ったのは、主人公のエイジはどちらかと言えば、母親の“自由奔放さ”というよりも父親(誰かは読んでのお楽しみ)の“気配りの上手”さを受け継いでいると言って過言ではないのだろう。 そのあたりを感じ取れるかどうかがこの作品に対する評価を左右するのだと思う。 多少、読み手によっては消化不良と感じられるかもしれない。 この種の作品は主人公に年齢の近い人が読めば読むほど“主人公の気持ち”がわかるのであろう。 ただ、主人公と同年代の世代の方が読まれたら“腹八分目”ぐらいで丁度いいのかもね。 “毎日がめまぐるしく変化していく”・・・ きっと青春の特権なんでしょう。 本好きの方は、性別問わず主人公エイジを愛さずにいられないであろう。 とにかく気軽に読めて楽しめる作品であることは強調しておきたく思う。 評価8点 2005年30冊目 ... 『鞄屋の娘』 前川麻子 (新潮社) - 2005年04月05日(火)
前川さんの小説は『ファミリー・レストラン』に続いて2冊目であるが本当に魅力的な女性を描く作家であると思う。 どちらかと言えば女性作家の方が好きな私であるが、他の私の愛読する女性作家と一線を画する作家を好んで読むようになるとは夢にも思っていなかったというのが偽らざる気持ちである。 本作は小説新潮長篇新人賞受賞作で前川さんのデビュー作となるのであるが、今まで培ってきた女優としての才能をも一気に小説の世界の中にも発揮させたと思うのは果たして私だけであろうか・・・ 心に寂しさをずっと抱えた主人公前原麻子、作者と一字違いである。 どうしても読者は前川さん本人とオーバーラップさせて読んでしまう。 いわば主人公の魅力は前川さんの眩惑的な魅力とも言えよう。 正直なところ、随所にわかりづらい部分もあるような気がする。 それは男性読者の宿命であろうか・・・ しかしながら傷つきながらも、本当の家族・家庭のあり方を模索していく点は胸を打つ。 やはり“鞄屋の娘”というタイトルどおり、父親に対する愛情は離れてても持ち続けたと純粋に受け止めたい。 私自身、前川さんのひととなりに興味を持っているのは否定できないところである。 それだけ、単なるフィクションとして割り切って読みきれない“凄さ”を感じるのである。 前川さんの作品は数作を読み切ってから彼女自身の全体像を探りたく思うのであるが、少なくとも本作に関して言えることは、本作の主人公を幸せと感じるのかあるいは不幸と感じるのか、あなた自身の価値観を考え直すきっかけとなる作品だと言えそうだ。 私自身は、“希望”というものを垣間見たような気がする。 その“希望”とは帆太郎に対する愛情で一番に感じ取れたことは言うまでもない。 残念ながら、本作は現在は絶版となっている模様。 心から復刊を望みたく思う。 評価7点 2005年29冊目 ... 『ボーナス・トラック』 越谷オサム (新潮社) - 2005年04月03日(日) ボーナス・トラック 越谷 オサム しょうちゃんも明日香お嬢様も、優しい子だよな。なんちゅうか、世の中捨てたもんでもないよね。 爽やかな新人作家の登場に盛大なる拍手を贈りたく思う。 本作は第16回日本ファンタジー大賞優秀賞受賞作。 第15回の大賞を受賞された森見登美彦さんの『太陽の搭』の独特な文章も記憶に新しいが、本作は優秀賞ながら万人受けする点では森見氏の作品を凌ぐ傑作と言えよう。 物語は轢き逃げ事故を目撃する大手ハンバーガーショップ勤務の草野と、轢かれて死亡したはずの大学生亮太の幽霊との2人の掛け合い漫才のような展開が読んでいて読者を越谷ワールドへと招待してくれるのである。 読みやすく適度にユーモアを織り交ぜた文章は本当に新人離れしている。 草野と亮太、ダブル主人公と言っても過言ではないのであるが、2人とも本当に少し歯がゆさがあるが憎めないキャラである。 草野が“真面目で不器用”、亮太が“お調子者”。 自分自身の中に2人の違った要素を垣間見た読者は本作に釘付けとなるのである。 少しの年齢差(5〜6才草野が年上のはず)も巧く機能して名(迷?)コンビを結成しているのである。 年下で幽霊の亮太が仕事の忙しさで人間らしさを忘れつつある草野のコーチ役となっているところが微笑ましい。 この関係が物語全体を本当にハートウォーミングなものとしていわば“越谷ワールド”を構築していると言えそうだ。 ハンバーガーショップに頻繁に行かれる方には、裏舞台のいい勉強にもなるであろう。 途中で、南(だいちゃんのほう)が幽霊を見れることが明らかになり、具体的に幽霊を成仏させるシーンがあるのであるが、ここが読ませどころになるのであろう。 あと、南(しょうちゃんのほう)に惹かれる亮太の初々しさも楽しいかな。 何、だいちゃん、しょうちゃんがわからない(笑) これは読んでのお楽しみと言うことで・・・ “真面目にやっていればいいことがきっとある!” 読者がもっとも小説に期待している点をファンタジックにサラッと描写出来る点は本当に見事のひとこと・・・ この作家ただものではないと断言したいです。 仕事に疲れているサラリーマンの方必読の1冊です。 きっと心に潤いを与えてくれるでしょう・・・ 評価9点 オススメ 2005年28冊目 ... 『漢方小説』 中島たい子 (集英社) - 2005年04月01日(金) 漢方小説 すばる文学賞受賞作、芥川賞にもノミネートされたことでも有名である。 ズバリ、30歳前後(というか30歳超と言ったほうが適切かな)の女性の気持ちを等身大に表現した快作と言えそうだ。 冒頭からして面白い。 主人公のみのりはまず、胃が暴走して救急車で運ばれるのであるが、その原因は元カレが結婚すると聞いたから・・・(笑) その後、病院をいくつかまわったあと、漢方処方の病院にたどりつくのであるが、そこでの若い先生(坂口)にKOされる展開である。 男性が読むか、女性が読むかによってかなりスタンスが違う作品だと言えそうだ。 女性が読めば“共感小説”、男性が読めば“同情小説”、この微妙な違いの把握が作品を楽しめるかどうかのキーポイントとなってくる。 男性読者には少し理解し辛い点があるかもしれないが、多少なりとも主人公のような女性に可愛らしさを見出せたので楽しかったな。 少なくとも作中で漢方薬によって癒されたみのりの如く、女性読者には見事に処方された漢方薬のような作品であるのには間違いないところだと思う。 みのりと同じ境遇の読者が読めば、本を閉じた後、みのりからバトンタッチされたような気分になる。 読後前向きになったあなたに“じわっ〜”と効いてくるはずだ。 作中にて気づいた点を少し挙げたい。 まず第一に、みのりのまわりをとりまく人たち(飲み仲間)が実に巧く描写されている点である。 東洋医学と西洋医学の違いなど、読者にわかりやすく的確に説明をしてくれていて良い勉強の機会にもなったことも付け加えておきたい。 日頃、小説って読みやすいのが一番だと思っている。 本作は典型的ないわゆる“負け犬小説”なのかもしれない。 しかしながら、いわば“負け犬”に大いなるエールを贈っている点が見事である。 その結果として、性別を問わず心地よく受け入れられるであろう。 作者のセンスの良さを評価したいな。 あと、個人的には本年度“タイトルネーミング大賞”(こんな賞ないですが)の本命に推したいですね。 芥川賞は取れなかったけど、次作も是非読んでみたいと思わせる作家の出現に心からの拍手を贈りたく思う。 評価7点 2005年27冊目 ...
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