流れる水の中に...雨音

 

 

今日もまた雨 - 2002年06月26日(水)


幻聴や幻覚が起こるという副作用を持つ薬をのんで入眠する。
そんなもの 聞いたこともないし 見たこともない。
ただ 眠りを容易くするだけのこと。

昨日は何もしたわけでないのに
精神がとても疲労して 夜になると もう 眠ってしまいたかった。
なにも考えずに2〜3日眠り続けてしまいたい。


心身症というわけでない。
ちょっと気分のアップダウンが激しいだけだ。
雨の日は苦手だ。


私の母は 雨の日のドライブが好きだと話していた。
フロントガラスに流れる雨を見ながら
閉ざされた車の中で虚ろに時を過すことに とても心が癒されるらしい。


気圧の影響だろうか。
雨の前には頭痛がする。
雨の日は苦手だ。


雨の街が見えない閉ざされた庭が欲しい。
ぐるりと高い壁に隔たれて 緑色に茂る植物に降りそそぐだけの雨を
敷石に染み込むだけの雨を
庭の池に水紋を広げるだけの雨を
見ていたい。

高い枝の葉から 雨の雫が零れ落ちて
下の枝の葉を揺らす。
上から下へと。高いところから低いところへと。

雨の本当に奇麗な姿だけを見ていたい。


無機質な塊のなかでは
雨は鉛色の重たい壁になる。
私の目から瞳を奪い
真っ平らな反射鏡へと変える


手をのばして雨を掴まえても
雨はもう死んでしまった水の小さな死骸でしかなく
コンクリートのベランダに
染み込んで あとかたもなく 
 
消えてしまった。
















...

雨 - 2002年06月25日(火)




泣きたいときは どうすればいいのだろう。
泣けばいい。そりゃそうだ。
でも理由がない。なのに泣きたい。
まったく。
またいつものことだ。


昔から 長雨の続く時期になると こうなる。
菜種梅雨のころ。
梅雨のころ。
秋の長雨のころ。
私はどうしようもないほどの脱力感と苛立ちに襲われる。


理由などない。
カーテンで閉ざされた部屋の中が無性に遣る瀬無い。
脱力の染み込んだこの体が とてもいらだたしい。

どこもかしこも 雨 また 雨。


鉛色の雨のカーテンに閉ざされて
今日も街は重さに沈む。


浮かび上がるものなど ない。


地面に叩き付けられて 冷たくなってゆく。



雨 また 雨。


...

夜空と星と - 2002年06月21日(金)



昔は よく 夜空を眺めていた。
センチメンタリズムからではなく もともとは
学校の授業で天体に関しての授業を受けたからだった。
私は 冬の寒空の中 星座盤と天体事典を抱え
首の怠さをこらえながら 小一時間ほど 空を眺め続けていた。
あの星はなんという星で それが作りだすのがなんという星座で と
なかなか詳しいものだった。

天体の授業期間を終えてからも 私はそれを機会に
夜寝る前に ベッドサイドにある窓を開いて
星を眺めながら眠りに就いたことを覚えている。
なにを考えるでもなく 代わり映えしない星をみて
一日に起こった雑事や疲れた気持ちを落ち着かせて居たように思う。

大学に入って サークルを選ぶときに
「星を見る会」というものに入ろうかと 真剣に考えた。
だけれども 男性ばかりで形成されているそのサークルには
恐くてとても入れなかった(笑)

社会人になってから
会社が持つ八ケ岳の山荘に泊まりに出かけたときには
しっかりと 新品の星座盤を 
ただでさえ 大荷物の旅行カバンに忍ばせたけれど
満天の星を尻目に 星座盤は一度も取りだされることなく
ずっとカバンの底で 旅行を終えた。

去年訪れた 獅子座流星群。
深夜の河原の土手で寝ころびながら
たったひとつの流れ星をも見逃さないように
じっと目を凝らして 360度に広がる夜空を眺め続けた。
あの時に 何百もの流れた星に願った たったひとつの想いは
いつ 叶えられるのか。

人は死んだら星になると そんな感傷的なことを言ったりするけど
私は死んだって 星になんてなりたくない。

もう しばらくすると訪れる 7月7日の七夕には
今年もまた 小さな星が集まった 天の川をみることができる。
笹に願いを込めた短冊でも吊るしながら
天の川銀河の姿を眺めていよう。

花火のように賑やかでも 流星群のように躍動的でもないけれど
星の集まりが作りだす星座や銀河は静かな感動を与える
アトラクション的な楽しさもよいけれど
映画のような刺激的なのもよいけれど
たまには静かに絵画でも眺めるように 
心の内側から溢れだしてくるものの感覚を
穏やかに感じていたい。




...

疑問 - 2002年06月18日(火)




異なる二つの世界に
折り合える点ってあるのか。


彼らの世界を私が受け入れることができるのか。
私の持つ世界を彼らに受け入れることができるのか。


何処までも食い違う会話は
何処まで空回りすれば接点をみつけられるのか。


退けあう心は
本当にいつか 交じり合うことができるのか。


私は私の正当性を信じて
生きてゆくことはいけないことか。



私はときおり 逃げたくなる。
私の居場所を 探してしまう。
がけっぷちにのびた岩盤の上で私は
何処にも行けずに立ち尽くしている。

岩盤の上で夢を見続けるか そこから思いきって飛び降りるか
どちらも逃げか。



甘い誘いに逃げ込みたくなる。
甘い誘いに棘はないのか。


私を求める声に振り返れば
そこに潜むものは やはり
また別の心許無さをともなう優しさで
その声に 飛び込んでしまいたくなる思いもまた
首を振り 打ち消してしまう 今宵も。














...

Love Letter - 2002年06月17日(月)




夕暮れ時の並木道を覚えています。
木にとまる鳩達は ときおりはためいて
並木道から覗く空を飛び交っていましたが
もう夕映えのあとの薄暗い空には鳩の姿さえ影になって
木立と鳩が作りだす影の中を涼しい風に吹かれながら
歩いていたのを覚えています。

私の頭の中には ある女性の艶っぽい曲が
何度も繰り返し流れていました。
曲の中の女性は、バスストップにたたずみ
とまったバスに乗り込むと、その街に別れを告げる
そんな物悲しい気怠い日曜日の午後を歌ったものでした。

あなたは先を歩いていました。
くれかけた木立の中
私よりも数歩先を行き、タクシーを見て手をあげました。
この木立の静けさは 私には心地良く
耳にさわさわと触るのは 
まるですくいきれない気持ちの名残のようなもので
私の心に ほんの少しだけ波を起こすと
車に乗り込んだあなたと私から するりと逃げ出してしまいました。


沢山の季節を迎えました。
沢山の風を感じました。

暮れ行く街路樹が 風に擦れあって音を立てているのを
体で感じるとき あの時の風の感触と
あの時 頭の中を繰り返した艶っぽい歌詞が甦ってきて
私に切ない思いを齎すのです。


あの街角の店は今でも夜には オルゴール人形が出されていて
首を傾けて笑った 向かい側のお店は 今はもう
カフェではなく 携帯電話ショップに変わっています。

あの陽当たりのよい海に面したカフェは
テラスから随分先まで埋め立てられ 海は遠くなってしまったし
海際の地中海料理の店は閉鎖になり
並べられていたクラシックカーも どこかに移されたみたい。


いろんなものが無くなって いろんなことが変化して
沢山の時間が流れて
それでもやっぱりあの風の音を聞くと
私はあの並木道でのことを 思い出してしまいます。


あのとき 
あの瞬間に
一番大切であった人へ。









...

翼 - 2002年06月15日(土)

私は昔から 翼が欲しかった。
翼を持って 自由に飛び回りたいと思っていた。
翼を使って 遠いところに飛んで行きたいと望んでいた。
でも どうやったら翼を持つことができるのかわからなくて
それに 誰も翼について 私に教えてくれる人もいなかった。


私には 翼がなかったけれども
そのかわりに 小さい鶏冠をもってた。
鶏冠をもっていたとしても それは
なんの役にも立たないけれど
でも 私には鶏冠があった。

だから私は空を飛ぶことができないけれども
頭の上の鶏冠のお陰でほんの少しだけ自己主張することができた。


私は毎日神様に「翼をください」とお願いしていた。
くるひもくるひも。
代わりに私の鶏冠を奪われることになろうと
そんなことどうでもよかった。

ある日 見るに見かねた神様は私に
頭の鶏冠と引き換えに銀色の小さな飛行機に乗せてくれた。



飛行機は宙に浮かび上がると勢いを強め
次第に高く高く飛び上がった。
遠くに見えた森も一瞬のうちに飛び越して
あんなに遠くに見えてた星が手に届きそうだった。

私は思わず手をのばしたけれど
あと 少しのところで どうしても手が届かない。
私は立ち上がり 背伸びをしながら 必死で星を掴もうとした。
だけれども 
私の乗っている飛行機は 急に向きを変えると
星とは反対の方向に飛び始めた。
どんどん 遠ざかる星を眺めながら
私はかつて頭に光っていた 小さな鮮やかな鶏冠のことを思い出し
涙がぽろぽろと 零れ落ちた。

飛行機は 私の望まない方向へ向かいながら
雲の厚く厚く重なる場所へ迷いこんだ。


どこへ辿り着くのかもわからないこの飛行機の上で
私は やっぱり 失った鶏冠のことを
嘆き続けていた。








...

不安神経症 - 2002年06月09日(日)



今日 久しぶりに恐い夢で目が覚めた。
ドキドキと 速い鼓動に寝汗をかき 
心臓が押し潰されるのではないかと感じた。
目が醒めると もうカーテンの外はうっすらと白みかけた明け方の空。
隣に眠る人がいる。
一瞬 落ち着いたかと思うと またどうしようもない不安に陥った。

数年前 『不安神経症』という病名を付けられたことがある。
いろんなことに対して 「漠然と」不安なのだ。

電車の駅のホームの上。
私は柱にしがみつく。
自分の意思など信用できずに
そのまま線路に飛び込んでしまうんではないか という不安。

「死」に対しての拭いきれない不安。

「孤独」に対する不安。



夜 暗闇の中で目が覚めたときに 突然不安に襲われる。
表現しようのない不安。理由のない不安。
独りでは明かりの灯る部屋でしか いまだに眠れない。


自分がその年齢までに築き上げた自信というものが 全て壊れてしまう。
「自信」といっても大げさなものではない。
基本的な自信、生活するうえでの自信。
人は気が付かない間に または 意識していない年齢のうちに
少しずつ ちいさな自信を積み上げて育つ。

二本足で立ち続けていられる自信。
ひとりで外出することができる自信。
電車にのれる自信。飛行機に乗れる自信。
奇声をあげない自信。自分の欲求を抑制する自信。
発狂してしまいそうな自分を ようやく正常値に留める自信。

なんでもないことは すべて
毎日の 小さな外側への侵略によって固め続けられる。

そうやってきたものが 一気に崩れ落ちるのだ。



そうやっておこってくる 不安のひとつひとつを
私は安らぎで誤魔化し続けている。
私を守ってくれる人の腕の中に包まれて
「もう大丈夫だ」と言い聞かす。
腕の中の安らぎの中では どんな恐怖も耐えられる気がする。



いつの日か 私が旅立たねばならないときに
誰かが私を 抱きしめてくれるのだろうか。









...

蛍 - 2002年06月02日(日)

10年前、ある男性と夜、車を走らせていると
川沿いの茂みに小さく光るものがまばらに浮游していた。
それが何だと理解するまでに、かなりの時間を必要とした。

あなたがたは蛍をみたことがあるでしょうか。

私が初めてみたのは、その10年前の夜。
それをホタルとはわからずに、奇妙な光に首を傾げて
数年後に蛍狩りに出かけたときに
それが初めて蛍の放つ光であると認識したのだった。

意外にも、実家からしばらく車で奥に入り込んだところに
いまだ蛍が生息していて、
私は茶道のお稽古が終わる夜11時頃、車で足をのばしては
この季節になると一人で蛍を見に出かけたものだった。


2年前の3月。

父は急性骨髄性白血病の為、半年以上にもわたる闘病生活を終え
病院を退院してきた。
長年に渡って鍛えていた体や筋肉は、闘病の激しさのために
すっかりとそげ落ち、自分の体の重みすら支えられないほど細い足に変わり果てていた。

いつ再発するともわからぬ爆弾のようなものを抱えたまま
退院してきた父に、是非一度、その蛍の美しさを見せてあげたいと
母と一緒に父を担ぎ上げ、ようやく車に乗せると
まるで少しでも衝撃を与えれば壊れてしまう硝子細工を扱うように
ゆっくりと車を走らせた。

河原に到着すると、辺りは真っ暗で、先に来ていた人たちは
すれ違うように帰っていった。
歩けない父は車の中で窓を開けて、近くを飛び交う蛍の光を
なにも話さずに静かにただ眺めていた。

そう多くない数の蛍は、まばらに飛び交い、光っては弱まり
また 光っては弱まりしながら ときおり草叢で休みながらも
その存在を現していた。

川の流れる音が聞こえる。
どこかで螻蛄の鳴く声も聞こえる。
そして目に見えるのは暗闇に飛び交う、微かな微かな、光だけだった。

夜の肌寒さが、まだ少し体に染みる。
けれども父は、なにか見損なってはいけないかのように
静かにじっと そしてなにだか貪欲なまでに眺め続けていた。

しばらくすると「よし、もういい」とキッパリとした声で父。
「また、来年も来ればいいね」と母。


「うん」、と小さく頷いた父は少し泣いていたのだろうか。



父と母と私は、暗闇の車の中で
あるのだか、ないのだか、わからない心許無い未来を
言葉に変えてしまったことで
気休めのような悲しさを一瞬のうちに感じとってしまっていた。



蛍の季節になるとこのことを思いだす。
父は覚えているのかどうだか。


蛍は死者の霊魂とする伝説を古来文学に多く見かける。
ぼうっと光り、浮游するさまは、まさに彷徨う霊魂のようにみえなくもない。

いつの日かまた 蛍の頃
わたくしが思い起す思い出が また別の感情を持って
甦ってくるのだろうかと そう思うと 

どうしようもなく 切ない。



















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