「きれいね」
そう言ってつぐみは目を細めた。きれいね、あなたの髪。
スクアーロは願掛けのために伸ばしたその銀髪が、今この時のためにあるのではないか、と錯覚しそうになり、自嘲した。
つぐみの髪は亜麻色で、ふわふわとしたウェーブがとても魅力的だった。
誰かはそれを天使のようだと言ったし、別の誰かはそれを女神のようだと言った。
彼は、それを聖母マリアのようだと思っていた。
しかし実際にはつぐみは天使でも、女神でも、マリアでもない、ただの殺し屋であり、だから彼らのその位置づけは一つの懺悔のようなものであった。
つぐみをマリアとするスクアーロも、沢田綱吉をメシアとするつぐみも、降りかかる血の重圧に耐え切れない小さな人間にすぎないのだ。
彼らはそれに気付いているようであり、また、気付かないようにしているようでもあった。
「・・・別にいいことないぞお、こんな髪」
「そう?私はうらやましいけれど」
「なんでだあ」
「女は美しいものに目がないのよ」
「・・・」
「でも、任務の時は少し邪魔?」
「まあなあ、あと」
「あと?」
「血が目立つ」
「・・・そうね・・・」
つぐみは任務のとき、必ず黒い服を着た。
彼女の使う「武器」は、スクアーロのそれのように多くの血を呼ぶものではなかったけれど、敵の肉を貫通したそれが引き抜かれる瞬間、その血液が身体や服に多少付着するのは避けられない。
だから、彼女は黒い服を召し込むことにした。
轟音が鳴り響き、場が揺れた。
(あれは・・・ランチア・・・!)
なぜ、と思うより先に、つぐみはマーモンの張った結界の揺らぎを感じ取り、そちらに神経を向ける。
(解除!)
かざした手の平から真白の、視覚によればそれは靄や煙に近いものであったが、彼女がブラッド・オブ・ボンゴレである証である炎が燃え上がった。それは術者であるマーモンの気が散ったことによって歪んだ結界の隙間に灯り、瞬間的にその全域に走った。パアン、という音と共に空気に溶けて消えるのに、3秒も掛からなかっただろう。つぐみはその3秒弱の間に足を前に滑らせ、倒れる男の元に向かっていた。7歳までの彼女と共に生きた、ザンザスという名の哀れな男の元に。
「ザンザス・・・!」
座り込んで傷だらけの手を取る。彼女よりも随分大きな手。大人の男の手だ。
「つ、ぐみ・・・」
「ザンザス、大丈夫、私の気を」
応急処置にしかならないけど、と言って、つぐみは繋いだ手に気を集めた。二人の手の触れる部分に先に結界を燃やしたあの白い炎が灯る。それは先程とは違ってゆっくりと、確かめるような速度でザンザスの腕を伝っていく。
「つぐみ・・・」
「大丈夫、気を解いて。全てそれに流し込んで」
「・・・」
「さあ」
つぐみに促がされるまま、ザンザスは緊張の糸を切った。強張る身体を緩めた時、全身に彼女の炎がめぐったことを知った。熱くはなかった。解かされるようだった。その通りに、彼の内に秘める黒い炎が、また外へと膨らみ出す。無意識の内にそれを止めようとする彼の中に、つぐみの言葉が響いた。
「大丈夫」
ああ、そうか。ザンザスはその時意識を手放した。全ての制御が解け、彼の黒い炎が内から燃え上がった。それは彼の外にいるつぐみや、他の人間からもはっきりと見えるほど、どす黒い、彼の闇だった。しかし、彼を燃やそうと高く火を上げるそれを、白いもやのようなものが包み込んでいく。ザンザスの体面上に満遍なく広がっていたその白いもやのような、つぐみの炎は、闇を覆い、解かしていった。2つの炎の接する部分がグレーになっているのを、つぐみは目の前で見ていた。黒い炎は次第にその勢いを縮め、その高さは彼の身体に近づいていく。ゆっくりゆっくり、戻っていくそれは、もう黒ではなく灰色に近かった。完全な鎮火を待って、つぐみはふう、と息をついた。
(よかった、ザンザス)
よかった。そう呟いてそのまま、彼女もその場に倒れこんだ。