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痛みというものが解らない。大病も大怪我もしたことが無い。己は肉体の痛みを知らない。 なのに、この苦しみは何なのか。この言いようの無い不安は何なのか。己に触れるこの感触を何と形容していいのか解らない。痛みと呼ぶにはあまりに鈍い、この感触。
はっきりした拒絶は辛い。でもはっきりしない拒絶はもっと辛い。 己の所為なのか。閉ざされた扉を開く術を己は知らない。こっそりと眺める事も許されないのか。そんなに気持ちが悪いならば最初からそう言ってくれれば良いのに。 偽善者。そうやって責任転嫁して叫んでしまいたくなる。 偽善者!嘘吐き!馬鹿野郎! そうやって叫んでしまいたくなる。元々悪いのは己自身なのに。でもそうでもしないと、足元から崩れて立っていられなくなりそうで、己は呟く。
歌詞を聴いていてふと思った。恋よりも愛の方が苦しいのだろうか。愛とは、誰かの幸せを祈ること。恋とは自分のために誰かを求めること。 だから、恋は、相手をどうにかしたくてでもどうにもならなくて、苦しくて苦しくて仕方が無い。愛は、それらすべてを超えた先にあるのだと思っていた。 その過程を「厳しくて苦しくて」というのなら、愛は苦しいのだろう。
ダメだ。傷がどんどん増えていく。こそこそと日記を覗いて、そうして無駄な傷を増やしていく。 「貴方」のために生きてみたい。でも出来ない。切り捨てることも出来ない。 まただ。 同じことのくりかえし。
吐きそうだ。 幸せそうな貴方に。 不幸に酔う自分に。
この痛みを抱いて、切り捨てずに生きられたら、己は知ることが出来るかもしれない。どれだけ傷付いたら貴方を愛せるようになるだろう。
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