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2005年04月28日(木) 不自然な

 笑顔が引き攣る。そもそもきちんと笑えているかどうかすら解らない。切羽詰った顔をしているに違いない。きっとそう。
 声だけ取り繕ったってそれが何になる。


 己自身が不安定になっているのが解る。それはバイオリズムと言うか、自分の意思ではどうにもならない部分なのかもしれない。それでも、不安定になっていることには変わりは無いわけで、それが酷く辛い。
 明日から友人が遊びに来る。一週間。前のようにまたのんびりと遊べるのだ。
 まだ二ヶ月しか経っていないのに、随分と昔のことのように感じるのは400キロの距離の所為だろうか。否、そうじゃないってことくらいもう知ってるだろう。


2005年04月27日(水) よどむ

 だからもう嫌なんだって。忘れられない自分が嫌で嫌で堪らない。
 今日は何もかもうまくいかない日で、レジの金額が合っていたのが信じられないくらいだった。溜息ばかり吐いていた。
 苦しい。


 月を見ると何故か涙が出てくるのだ。


2005年04月26日(火) 剥がれ落ちる

 色々自分のことを思い返して考えてしまう。
 他人の振り見て我が振り直せ。まさしくその通り。

 己はきっと会ったらキスをしてしまう。キス以上もきっと求めてしまうだろう。
 それは求めても拒まれない、相手から好かれているという傲慢さがあるからだ。
 己は狡い。だから友達なんて言葉は絶対に使わない。友達になんてなれない、絶対に。

 肉体関係。己にとっては、それまでの関係の崩壊を意味するものでしかない。そうして壊れてしまった関係は二度と戻らない。それがキスであろうが、ペッティングであろうが、セックスであろうが。触れてしまった瞬間、今までのすべてが壊れる。
 最近ようやく解った。それでも手を出したくなってしまう己は、無思慮で淫乱な馬鹿者だ。


2005年04月25日(月) 絶対的な距離

 私たちは交われない。どんなに抱き合っても、繋がっても、私たちは溶け合ってしまうことは出来ない。


2005年04月23日(土) 人は弱く儚いけれど

 他人の事情は解らない。他人が口を出す事でもない。それでも、己の言葉には責任を持っていたい。


 同じように別れた。お互い相手が嫌いなわけでも無い。彼は己を好きだと言う。己も彼が好きだと思う。付き合っている時と変わらないくらい、普通に話す。
 同じように確認したのは己だ。どういう関係なのか、別れている事になるのか、そう聞いた。
 違うのは、己は別れを切り出された人間ではなく、切り出した人間だと言う事だ。
 会えなくなって半年。会いに来られないと言う彼に、自分が会いに行くだけの気力が沸かなくなってしまった事に気が付いた。そうして別れを切り出したのは己だった。
 付き合っているのに会えない。会えないのに付き合っているという関係。モラルや良識に縛られて誰かに縋る事もできない身体を持て余した。きっと辛かったのはそんな単純な事。
 別れようと言い出した後も、付き合っているような中途半端な関係が続いた。お互いに忙しくてメールも電話も殆どしなくなった。最初はとても辛かった。でもだんだんと慣れてそれが普通になった。
 確か、卒業研究を提出した日だったと思う。電話をして確認した。一応別れている事になるんじゃないの、と彼は言った。よりを戻す事はあると思うけど、とも。
 己は卒業が決まった後も地元に、彼の近くに帰らなかった。無断で決めたその事に彼は腹を立て、帰ってこない事を寂しいと思っているようだった。それでも彼が会いに来ないのを良い事に己は好きにやっている。遊びにおいでとは言われているけれど、この先行く事があるか解らない。
 時々、メールや電話をする。元気でいるか確かめたくて。でもそれで元気でいてくれたら十分なように思えてしまう。
 今でも大好きで、大切。執着ではなく、穏やかな愛情を抱いていると思う。友達とも家族とも違う。

 恋人として過ごした2年間を一つも後悔してはいない。勿論、後悔すべき事もあったけれど、それでも幸福な日々だったと思う。キスをして、セックスして、一緒に眠って、ご飯を食べて、遊びに行って、喧嘩をして、謝って。
 不安定な己をよく把握していた彼は、己が引き留めて欲しいがために言った言葉を冷ややかに振り切って強く抱き寄せてくれた。何度も何度も。400キロの距離を越えて抱き締めに来てくれた。それがとても嬉しかった。とても幸せだった。
 すれ違ってしまったのはいつだったのだろう。互いに責められるべき部分はあっても、それを責める事は意味のない事だ。重要なのは結果だ。すれ違ってしまったという事実。

 破綻。恋人という関係が成り立たなくなってしまっても、違う関係として続いていく事は可能なのではないかと思う。己は彼とそういう関係でありたいと願っている。
 友人には成り得ない。家族にも成り得ない。それでもどんな関係でも繋がっていたいと思う。どんな関係になれるかはまだ解らない。それでも。


 別れた相手とどういう関係になるかは人それぞれだろうと思う。別れた彼女達と仲良くやってるという知人もいる(個人的にそういうのは非常に嫌悪感を覚えるのだが、己と彼もそういう風に他人からは見られるのかもしれないと思って更に嫌な気分になる)。
 距離を保って、時間をかけて、二人にとって適度な距離を探せば良い。完全に離れなくては行けないか、側で友人のように過ごして行けるのか、或いは他の関係を探さなくては行けないのか。それは自ずと解る事だ。


2005年04月20日(水) 恋愛の距離

 恋愛にとって、訂正、己の恋愛にとって、物理的な距離と言うのは絶対的なものだ。ということをこの二年で学んだ。
 物理的な距離が絶対だ。側にいないと意味が無い。抱きしめられなければ意味が無い。キスしてセックスできなければ意味が無い。
 友人なら、遠くても良い。それでも何とかなる。恋人は駄目だ。


 人によって価値観と言うものは全く違っている。恋愛観とやらも人それぞれだ。
 相手を責めることも自分を責めることも意味が無い。単にすれ違ってしまっただけ。それを責めることは意味が無い。
 他人を理解するなんて不可能。でも理解しようとする姿勢、理解しようとする努力、それこそが関係を築くのだと己は思う。それが途切れた瞬間、関係も切れてしまう。
 既に切れてしまった関係を、惰性で、あるいは執着で、繋ぎとめようとすると酷く傷つく。一方的に切れてしまった関係は酷く辛い。もしかしたら、傷つくことで諦めようとしているのかもしれないけれど。傷ついて傷ついて、気が済むまでそうやったらきっぱりと捨ててしまえば良い。
 距離を置く、物理的に離れると言うことは非常に有効な手段だ。はじめは凄く辛い。寂しい。(一人寝が出来なくなっている身として切実に申し上げるが)誰もいない布団はあまりにも広すぎる。眠れなくて、夜中に電話をしたくなる。
 でも、数週間、数ヶ月経つと、いないことが普通になる。それが当たり前になる。寂しいと感じなくなる。酷いかもしれない。でも実際にそうなる。
 彼を好きだという気持ちは、焦がれるような執着ではなく、穏やかな愛情に変わる。むしろ今のほうが己は彼を愛していると思う。

 強く、儚い者たち。我々はそういう存在だから。


2005年04月16日(土) 溺れたい

 酒なんて飲むんじゃなかった。飲んだらこうなるって分かってたのに。眠れないで、ずっと不安や寂しさや後悔に悩まされること。分かっていたのに。
 時々、こうなる。飲まなくても。飲んだ時のほうがなりやすい。布団の中で、目を見開いて、涙さえ流せないで、硬直している。
 酒に溺れてしまって何も思わないで眠ってしまえたら良いのに。何も考えずにいられたら良いのに。こういう時はただ発作のようなそれが治まるのを待っているしか出来ない。


2005年04月15日(金) 心と身体/欲求と満足と空虚

 身体が満足すると、心はむしろ置き去りにされたように空しさが募る。
 身体の熱が引いていくと、訳の分からない熱に浮かされて涙が出る。
 誰か、この胸の奥に開いた穴をふさいでくれ。重く冷たい水が流れ込むこの穴を何とかしてふさいで。
 こればっかりは望んで自力で手に入るものじゃない。



 途中で止められると辛いのは何も男だけではないのだと、彼らの胸にナイフのように突き刺してやりたい。馬鹿野郎ども。
 魅力、無いですか? と言った少年のような声を思い出す度に、その喉を締め上げたくなる。結果を分かっていながら誘いをかけてしまう、誘いに乗ってしまう己自身、こんな自分こそが一番の馬鹿野郎。


2005年04月07日(木) 道具扱い

 ごめんなさいと言ったら、道具に謝ったりしないでしょう? と言われた。
 己にとって友人は道具では有り得ない。彼にとって己は友人という存在ではないのだろう。そういう可能性はいつだって考えているのだけれど、そういう風に言われたことが酷くショックで、無性に傷ついた。
 頼ることと利用することの違いについて、一度話したことがあった。それは己とその人の間に決定的な溝を作ってしまったのだけれど。
 己は誰かを利用する時にはその人に対しての感謝も何もない。彼が言う様に相手を道具として使っているのだろう。
 でも友人だと思ってる人間には絶対に有り得ない感情だ。「使う」と言葉にして言ったとしても、それは軽口に過ぎなくて、本気でそう思っているわけではない。己は友人を頼る時には、申し訳無さと感謝の二つが自然と溢れる。

 でも己がどう思っているかなど、彼には関係の無いことだ。ただ、己は無性に傷ついて、悲しかったけれど、それは彼には関係ないことだ。
 己の勝手な感情。己の勝手な感傷。
 仕方が無いことだ。己は彼に対して何も求めないで、単に友人であるように勤めるだけだ。そうすることしか出来ない。


2005年04月03日(日) 区切り

 四年越しの片思いに終止符を打った。己の妄執としか言えない様なこの感情に何とか区切りをつけたいと思った。
 凄く凄く好きだった。抱きたいと思ったし、抱かれたいとも思った。とにかくずっと欲しかった。
 全部全部無理だと解って、それでも一縷の望みを抱いて電話をした。
 身内になんてならなければ良かった。そうでなければ出会わなかったとしても。

 それでも出逢えた事、一緒にすごせた事、これから続いていく事全て、幸福なのだ。


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