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辛い。こんな感覚は明確に甘えだと思うのだけれど、それでも辛い。
人恋しさに堪えられないこんな夜には、抱きしめてくれる腕が欲しい。苦しいくらいに抱きしめて、何も考えられなくなるくらいに乱れさせて、とろけさせて。
抱きしめるなら女で、抱きしめられるなら男。己は男であり女でありたいと願っている。どちらの性も備えて、どちらの強さも備えて。そう在れたらいいと願っている。 でもそれは寓話の蝙蝠。どっちつかずの半端者。身を翻す卑怯者。
女らしいとか男らしいとかそういう言葉が欲しいわけじゃない。綺麗とか可愛いとかじゃない、曇ることの無い輝き、屈することの無い強さ、それだけを望んでいる。
女とか男とか拘っているのは己の方だ。
消えない痣が残っている。消えないので気にしているといつまでも消えない。そんな気がする。
どうして同じ状況が生まれるのだろう。そしてどうしてまたその状況に己を置くのだろう。 その自覚の無さが酷く辛い。貴女を見ているのが酷く辛い。 嫌いになりそうで厭だ。嫌わせないでほしい。その振る舞いがもう堪えられないほどに、酷くならないうちに気付いて欲しい。お願いだから。
逆転した関係で、貴女はどうしてそんな振る舞いができるのだろう。同じ対応をされてみればいいと願ってしまう己がいる。幸福をと願う一方で死にたいほどに傷付いてみればいいという己がいる。
覚めていく。覚醒めていく。冷めていく。
女の子の可愛さが酷く苦しい。己に無いから、己には出来得ないものだから、それを既に持っている彼女たちが妬ましくて悔しくて哀しい。 そうして淋しさが募る。憎しみとも云えない苦さが己の胸を染め上げて堪えられない。 弱い自分が情けない。
そんなものが己の中を潰していく。壊してしまう。助けて欲しいと云えないくらい幼い弱さが許せない。
何も変わらないことが恐ろしく情けない。 此処でも同じなのかと思う度に情けなくて涙が出る。 どうして変わらないんだろう、こんなにも月日は流れているというのに、己は5歳の子供のように幼くて弱いままだ。 今度こそ何かが変わると思ったのは一体何度目だろうか。
独占欲。嫉妬。傲慢。そういうものばかりで構成されて、時々薄ら寒くなるくらい己の中に何も無いことに気が付いて涙が出る。何も無いのにどうして涙が出るのだろうか。 苦しいのに吐き出せない。悲しいのに泣き出せない。
鬱と云ってしまうと言霊に囚われてしまうから云いたくない。 どうしてそんなにも簡単に欝だなんて云えるのか。その言葉が怖くないのだろううか。囚われてしまうのが怖くないのか。 己は怖くて堪らない。精神が囚われてしまいそうで怖くて怖くて泣きたくなる。
明らかに苦し紛れの嘘を吐く。 耳を塞いで何も聴こえないフリをする。 嫉妬と羨望で目が眩みそうになる。
此処から逃げ出してしまいたい。行先が在るわけではないのに、それでも此処ではない何処かへ逃げてしまいたい。
悪口も陰口も苦手だ。嫌いな人間がいないとは云わない。むしろ嫌いな人間の方が多いかもしれない。それでも他人を貶めると己が穢れるようで嫌だ。 「他人を傷付けたくない」とか「それくらいなら自分が傷付いた方がいい」とかそういうことは思わない。一見それは非常に優しげで、実は傲慢この上ない。 他人が傷付くのも自分が傷付くのもそれは個人の問題で、外部から何か云えるわけではない。好きでもない人への挨拶を無視されたからって傷付くのは己の勝手で、それはどうしようもないのだ。どれほど気を遣ったところで傷付くときは傷付くのだ。何てことない僅かな言葉で、何気ない普段の仕草で、それでも傷付いてしまう。そういうものだから、仕方がないのだ。そう思っている。 己らは全能ではなく、だからこそ惑い、悩み、苦しみ、傷付く。そういうものではないのだろうか。
同じミスは繰り返さないと誓ったのに、鼓動は止まらなくて、どうしようもなく苦しくなる。いっそ心臓ごと止まってしまえばいいのに。
2002年06月25日(火) |
肌の熱さに焦がれて、 |
目醒めない夢を見ているような錯覚に囚われている。
誰かを好きだと思うことがどれほど愚かか知っている。同じパターンに嵌っていることも解り過ぎるくらい解っている。それなのに性懲りもなくどうして人を好きになるんだろう。 また同じパターンで嫌われることを覚悟しながらも、この思い込みを続けていくなんてことが己に出来るとは思わない。お願いだから忘れるための恋なんていらないから、どうか静かに生きさせてくれないか。
送りそびれた手紙は心の奥に溜まって、己の全てを隠してしまう。
貴女に逢いたくて堪らない。貴女ほどではないけれど思い込みは激しくて、その所為かもしれないのだ。何となくそんな気分になるだけかもしれない。 貴女を好きになってしまったら己はきっと片時も離れていられないだろうから、それはきっと滑稽で奇妙だ。 朝になって目覚めたら多分忘れているから、だから今だけ、許してほしい。
季節に浮かれやすいのか、それとも酒に弱いのか、きっと優しげな人に弱いのだろうけど、また同じパターンに嵌りそうで怖い。
貴女はきっと知らない。知ってほしい気持ちとそうでない気持ちが半々で、 苦しくて堪らなくなる。誰かに聞いてほしくてたまらなくてでも曝け出すのは抵抗があって、中途半端な自分が情けなくてもどかしくてたまらなく悔しい。
貴女には知られたくない。こんな醜さも穢れも、貴女を守りたいと云いながら、汚したいと思っているような己も、何一つ知られたくない。
答えなんて何処にも無い。己の中には何も無い。全ては他人の中に有って、己は唯知らされるだけだ。 己以外の論理など納得出来ない。そんな風に云われても変えられない。
現実逃避なんてしていられないはずなのに。
永き夜の永遠の眠りみな醒め。 貴方の腕に抱かれることを、焦がれて止まない己がいる。
口唇を触れ合わせても貴女は己のものではないし、己も貴女のものではない。その気持ちは欠片も無く、ただ戯れに、口唇を奪う。 欲求不満の己の、凶暴になり得ない欲望の開花は未だ来ない。
何処へも行けないという強迫観念のような甘え。
体調が悪いのかもしれない。そう思うことで何とか己を保っている。鬱だと思い込んでしまうと、流れてしまう。感情は楽な方へ流れていて、己が思い込んでしまうと止まらない。 鬱ではないんだ。もしそうならこんな風に生きてはいられない。醜悪な己のその姿に平然としていられるはずがない。
2002年06月21日(金) |
もし再び出逢ったとしても |
不快な気分を引き摺って、浮上できないでいる。 貴女が軽くなるためだけに、他人を使わないで。
触れる口唇が貴方と違うことに、違和感すら覚えた。 貴方の乾いた口唇と己を翻弄する舌を思い出していた。
気持ち悪いなんて思わなかった。柔らかくて熱くて乾いていたから。 酷く鮮烈で淫ら、そのくせ曖昧で、純化されて綺麗だ。 己の稚さの記憶としていつまでも忘れられないだろう。
吐きそうだ。 人を憎むとか嫌うとか、そういうことが己を苛む。己自身が己を汚す。 子供っぽくてもいい、感情的だといわれてもいい。 大人びてるというのが、そういうことだって云うなら、アナタ等みたいになることだって云うなら、子供のままだっていい。 吐きそうで気持ち悪い。 突き飛ばしてしまいたい。 大嫌いだと叫んだら、すっきりして、そしてまた吐くのだ。その汚さに、汚い感情に、醜さに、嘘に、真実に、己に。
「見ただけでどんなやつか分かる」なら、もう傍に寄らないでって思ってることくらい見抜けるだろう?もう惹かれていないって分かるだろう?それすら分からないのか。随分と間抜けなことで。アナタらしくも無い。
後悔に引き裂かれて、深海を漂う。 真珠抱きしめて眠る貴方。 この世の誰からも、何からも、貴方を奪ってしまいたい。
貴女無しで生きられないなんて嘘だから、拒絶して。 漠然とした不安。誰かを独占したい欲求。それが貴女でなくても同じだ。誰であっても同じ。同じ焦燥、同じ不安、同じ嫉妬。 間違っても貴女を好きだとは云わない。貴女を抱いてしまったらきっと薄れてしまう感情。恋でも愛でもない―――友情。
どうしても速まらない鼓動。誰かの為に高鳴るなんて考えられない。
現実逃避。 明日、貴方に逢えるかもしれないなんてことまで忘れ去っていた。
2002年06月18日(火) |
count down |
押しつぶされそうなほどの重圧と酷く安らかな心。 安らいでいるような余裕なんて無いはずだから、現実逃避でしかないのだけれど。
貴女無しでは生きていけないなんて、思い過ごし。 貴女が己を拒まないから、己は貴女を組み伏せることが出来るから、貴女を黙らせることが出来るから。 卑怯な手段で、淫らな指で、湿った舌で、組み伏せた貴女の身体を黙らせて。 だから思い過ごしで、きっと欲求不満で、ただそれだけ。
胸を焦がしてしまうから。
その腕に抱きしめないで。
赤裸々に曝け出すことが何かを生み出す。秘することは美徳ではない。特にこういうところでは内情を吐露し、内面を明かし、そうしていかなければ己の求めるものを得られないのだろう。 己の求めるところ。それは己の優越を満たすことなのだろうか。それとも、それとも… 我儘なのは分かっている。独占欲の強さも知っている。 でもどれだけの我儘も心を満たさない。どれだけの欲望も満たされることなく消える。
目覚めは美しくないものだから。 震える睫毛の先の、光の粒を見ていた。何もかも捨ててほしいと言うことも出来ず、腕に抱いたその瞬間に貴女は遠い存在。
こぼれ出す言葉というものは酷く拙く、後悔ばかりしてしまう。思ったことの半分も言えないで羞恥に染まる。 もう逃げることしか出来ない。 それがまた恥ずかしくて口惜しくて振り返りもせず逃げている。
あまりの愚かさが己を焦がす。
接吻けたい衝動に駆られるのが、気の迷いならいい。
2002年06月15日(土) |
original sin |
小さく、幼く、か弱きものたち。 どうしてなのだろう。どうして傷つけられるのだろう。あれほどにいとおしいものたちを。
神などいないと思うのはこんな時だ。弱く助けを必要とするものたちが泣き叫んでいる。救いなど差し伸べられない。 無慈悲なのは己も同じかもしれない。差し伸べる手を持たない己は、存在なき神と同じだ。偽善でもいいから、その手がほしい。包み込んでしまえる腕がほしい。
傷つくのはいつも弱者だ。 人間という強者に生まれた己の、これこそが原罪。
心が蕩けてしまいそうなほどの哀。 心が壊れてしまいそうなほどの愛。
触れる指先一つで何もかも貴方のもの。
自分のことを棚にあげて、怒りに任せて言葉を吐いた。 不愉快な思いをさせただろう。理不尽な傷をつけただろう。 弱い己が情けない。
何の取り柄も無いけれど、他人を傷つけない己で在りたい。
2002年06月13日(木) |
like adult children |
19歳になって5ヶ月が過ぎた。あっという間もなく、あまりにも速く、あまりにも遽しく、何もかもが過ぎ去っていく。 通り過ぎていく時間を、過ぎ去っていく人を、捕まえるための腕が無い。 己の中の時間は酷くゆっくりと進む。いつまでも高校生のようで、中学生のようで、子供のままだ。 頭の回転が速いわけではなく、動作が機敏なわけでなく、己には何も無い。ゆっくりと子供のまま年老いていくのだろうか。 その醜悪さを己は直視できない。
速く大人になりたいのに。誰の手も借りないで生きていきたいのに。 そう思うことさえも子供の証だろうか。
耐えられないほどの嫌悪。その存在が耐えられないほどの苦痛。 そう思う己が耐えられない。
2002年06月12日(水) |
どうしようもない僕の前に |
天使よ、舞い降りてはくれまいか。
覚醒した時の透明感。久しく味わっていなかった感覚。 空は澄み渡る青でなく、緩やかに戸惑う雲に覆われ、それでも空気は静かに朝の気配を含んで澄んでいる。
誰の物でもない己の、確固たる感覚。恥じることも屈することも無いのだと知った。
2002年06月11日(火) |
終わらない夜が明けるまで |
無限ループを抜け出せるのは死ぬときだろうか。 強制終了。 再起動も適わない死という結末。
時々その手を取りたいと思う。甘い囁きに傾きかける。
己を引き止める何がこの世にあるというのか。
黄色い目をした猫の幸せ薬屋探偵妖綺談/高里椎名/講談社ノベルス 1999 NDC913 316p 18cm ISBN4-06-182084-2
光はこんなにも輝いているのに。 空はあんなにも眩しいのに。 どうして此処に貴方がいないのだろう。 最近になって何故か触れたことも無い貴方の髪の柔らかな感触を思い出している。どうしようもなく恋しくなる故郷の、その中に組み込まれた貴方の姿。
疲れているのかもしれない。 何もかも放り出して、帰りたいと思った。現実逃避に過ぎないと分かっていながら、それでも帰りたいと思った。 温かいご飯を食べさせてもらいたい。雛鳥のように口を開けて。 柔らかなざわめきの中で眠りたい。夢も見ないほど深く、或いは幸福を夢見て。
精神が空虚なのが分かる。胸に開いた穴から冷たい空気が溢れ出している。それは怖いくらい冷たい。まるで死人の手のように凍えている。
助けてと叫ぶこともできなくて、恐怖に凍りついたまま、一体いつまで生きられるだろう。一体いつまで正気でいられるだろう。
眠りに満たされて、熱に犯されて、己の全てを投げ捨てる。 動かない身体が白濁した液体に変わっていく。流動する己の痛みにも似た快感。
触れるだけで感じている。甘く喘ぐ声に感じている。 この身はもう穢れているのだ。時々己の中の獣が咆哮を上げ暴れだす。 この身は既に狂っているのか。己が獣に気が付いてからそう思っている。 いっそ貴女を抱ける肉体ならばよかったのに。
今頃になってまだそんな風に傷付くなんて思わなかった。できないことが多すぎてどうしようもなくて情けなさに胸が詰まる。涙なんてこぼしたくないのに。
傷付けるだけでは駄目なのに。
現実と虚構、人はその狭間に生きている。 混乱、混沌、夢幻。 現とは何かと問われたら、答える術が無い、 錯綜するのは人の感情なのだろうか。どうしようもないくらいに混乱して、そのくせ何処か冷静で、冷めた目で見ている。
現実と虚構。そんなもの最初から無いのかもしれない。もともと一つのものなのだ。寄り添うように捩れて存在しているのだ。それに気が付かないから暗闇のように彷徨うのだ。夢も現も同じものだ。脳が作り出した幻覚でも、そんなことは関係なく見つけてしまったものを消すことなどできない。
夢もまた現。
痛みとは何だろう。 傷付いても血も涙も流せないのは、本当はそれほど傷付いていないということなのか。 それとも痺れてしまったのか、あまりの痛みの衝撃に。
己の怠慢を知り、またそれを怠慢とさえ思っていなかった己を知り、憤った。 言葉にするだけなら誰にでもできるのだ。行動の伴わない虚しい言葉。それが嫌なら動くしかないのだ。仮令何を犠牲にしたとしても。
2002年06月06日(木) |
傷付いたことも、傷付けることも |
痛い話だと思っていたけど、話してそれ程でもないのだと気が付いた。それどころでは無いということなのかもしれない。 涙も出なかったので、それ程だと思っていたわけではない。だから薄々は気が付いていた。そうして単なる思い込みだったのだと明確と、今分かった。 優柔不断な愚かさが、幾人を傷つけただろう。 気が付かせてくれた人達へ感謝して、気が付かなかった己を叱咤して。
弱さも無知も罪悪だから、許されはしない。 それでも願ってしまう。お願いだから、
若気の至りだと、笑ってはくれまいか。
無上の愛。 そういうものを手に入れたいと、愚かで不相応な夢を抱いている。
少女のような人。可愛い人。そうして酷く現実的。 貴女に褒められるのは嬉しい。真実か分からないけれども、それでも嬉しくなってしまう。溺れるように感じてしまう。
例え誰であっても洗脳されたいとは思わないのに、貴女の言葉に共鳴する己が居る。充分に思い知らされたはずなのに、同じことをまた繰り返そうとしている。 愚かだと思う。幼いと思う。学習能力が無いかのようだ。それが恐い。酷く恐い。
どうにかして殻の中から出なくてはいけないというのに。
こんな風にしか誰かを好きになれない。 好きな人を忘れるには嫌いになるしかない。
海の底で差し伸べられる腕を待っている。
目覚めさせたいのは恋心なのか。貴女に触れても拒否されないだけの関係になりたいのか。きっと己はおかしいから。狂っているから。 どうか嫌いにならないで。
熱狂。 激情。 身も心も捧げられたらいい。
首筋の傷跡で、貴女を誰にも渡さないでいられたら。
苦い。痛い。 動揺する視界。振動する身体。 不安定な精神。音に頼らなければ歩くことも出来ないほどに脆い。
独りで歩いていくことにもうそろそろ慣れてもいいはずなのに。
奈落の底へと堕ちて行く。閃光で何も見えない。 一瞬の光が奈落へと導く。闇に溶けて見えない。
闇は恐ろしくない。光こそが奈落へと突き落とす神の掌だから。
2002年06月03日(月) |
forgive me |
誰かを忌避する為でなく、貴女を拒絶する為でなく、ただ身の内に溢れる音を求めている。己を解放してくれる唯一のもの。 ただそれだけだから、泣かないで。
貴女を求めすぎるよりはいいと思うから。 片時も貴女を放さないでいるよりはずっといい。
甘く囁いて、心を溶かして、貴女の誘惑に絡めとられてしまいたい。
貴女を己のものにできたらいいと思う。でも己だけの貴女なんて、その時点でもう貴女ではないのだろうけれど。 離れられないのは寧ろ己のほうだから。貴女を放さないでいるのは己だから。己の所為だから。
己の全てを捧げても思い通りにならない、貴女が好きだから。
夢を見ていた。奇妙に穏やかで明るい夢。
自転車に乗って、街を走っていた。袴姿の己は大正時代の女学生といった風情。茄子紺の飾り布がなびく。誰かの許へと走っているのだ。伴侶の許へ、走っているのだった。弁当を届けに行くのだ。 見慣れない風景と過ぎていくばかりの時間。辿り着けるか不安になって酷く辛くて哀しくて泣きたいような気分。 漸く着いた学校のような場所。あの人の働いている場所で、己が通った場所。 見つけた愛しい人に思わず抱きつく。抱きとめる腕は優しくて穏やか。 憂いは何もかも消えて今は愛しい人の腕の中。
途切れて、揺らめいて、世界が転じる。
いつものように乗った電車の様子がおかしい。 己は周りから浮いた床上10cmのセーラー服。定期券を胸ポケットに入れている。 電車の中はセピア。国民服のカーキー色。地味な紺の和服。少年、少女、老婦人、座り込む疲れた人々。 車掌の来る気配がして酷く慌てた。此処は己の世界ではないのに、持っている定期券は己の世界のものなのだ。見つかったらどうしよう。何を言われるのだろう。何をされるのだろう。 何よりも恐怖が先に立った。 咄嗟に目の前に居た少年に声を掛けた。正確には助けてと取り縋ったのだ。早口に捲くし立て定期券を差し出す。少年は僅かに戸惑いながらも、暴力的な手段に出ることも、叱りつけることも無かった。 ふと視線を流し、一回り小さい少年と目を見交わした。 小さい少年は「この辺りにはボックスが所々空いているから」というようなことを言い、自分の切符を差し出した。それを掌の中に押し付けると、何かの枠に手を書けするりとそれを通り抜けた。それは窓でもなく、扉でもなく、強いて言うならダストシュートのような感じでその先に続くのは地下だと思った。 車掌が来た。少年が庇うように抱きすくめてくれる。顔を埋めていると会話だけが聴こえる。妹なのだと言い張る少年を尋問する車掌の声。不道徳だと喚き散らしている。怯えているのだとか身体が弱いのだとか少年は言う。 不意にやんわりとした婦人の声が割って入った。彼女に宥められたように二人は口を噤んだ。車掌の靴音が遠ざかって、顔を上げるとそこには柔和な老婦人の笑顔があった。大変ねぇ、と彼女は言った。
夢は途切れた。幼い少年は何処へ行ったのか戻ってこない。優しい腕に抱かれて優しい笑顔を向けられて、酷く哀しくなった。
2002年06月01日(土) |
聞かせて、貴方の声を。 |
他人の心なんて解らない。 見えないものが見えてくる。そのことが嬉しくもあり、怖くもある。
マチルダはちいさな大天才/ロアルド・ダール/宮下嶺夫 訳/評論社 クェンティン・ブレイク 絵 1991 332p. 201mm×150mm NDC933 ISBN4-566-01067-8 MATILDA/Roald Dahl/1988 Illustrations by Quentin Blake
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