まっとの日記...まっと

 

 

そして僕は神になった(映画タイトル風) - 2007年08月27日(月)

今年もやってきました、恒例人形まつり。
昨日は仙台でライブだったので今朝からの人形作りには
参加できないが、祭には間に合うように帰ってきた。
神社に着くとすでに人形はできあがっていた。
4歳になりいろんなことが分かるようになってきた結衣は
2体の人形の姿に興味津々(笑)。

20年来神楽(かぐら)の頭(アタマ)を担当していた先輩が
今年は腰痛でダウンしてしまい、緊急事態になっていた。
神楽の後足(ケツ)を担当して5年の僕はアタマはできない。
伝統ある”舞”を知っている人でなければ務まらないのだ。
そこで「何年ぶりか分からない」という神楽のOBにアタマを
やってもらう事に。

練習もせず「思い出しながらやる」と言っていたOBも本番に
なるとさすがに勘を取り戻したようで、しばらくやって
いなかったとは思えないほどの舞いっぷり。

神社で正式な舞を披露した後は町内の家一軒一軒を
回るのだが、その時は簡単な動きをする程度。
50代後半の神楽OBは入れ歯らしい。神楽のアタマは
”被る”というよりは中の横棒を歯で噛むことよって
支えている。入れ歯さんにはかなり危険な仕事だ。

そこで家々(40軒弱)を回るところだけ僕がアタマ役を
やることになった。あちゃ〜、ついにこの役が回ってきたか。
家々を訪ねて五穀豊穣、家内安全などを祈願する神様の化身で
人々に崇め奉られる役をこの僕がやっていいものなのか。

初めのうちはぎこちなかったが、指導を受けながら回っている
うちにだんだん慣れてきた。お神酒もいい感じで効いてきた。
徐々に舞を誇張してみる。お、なかなかいけるんじゃないか。
今度はこれでどうだ!えいやっ!いいぞ、ついに神が
降りてきたか?
この気迫のこもった舞を見ろ。おお、私は神だ!みんな
私の前にひざまづけー!崇め奉れー!!ファイヤー!!!

暗闇の中、人形に火が放たれ祭はクライマックスに。
今年の人形まつりも無事滞りなく(多少滞ったか?)終える
ことができた。

この一大行事が終わると町内は収穫の秋に向けて、いよいよ
慌しさを増してくる。
あ〜アゴ痛い。


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最後を飾るのにふさわしいステージ - 2007年08月26日(日)

夏のイベントシリーズ最終回。
今日は東北大の100周年記念式典の中のステージ。兄が
ここのOB(卒業生、ではない)ということで招かれたようだ。
そういう意味では、僕は”代々木ゼミナール仙台校・東北大
進学コース”OBなので関係者のようなものだ。
う〜ん、やっぱり違うか。

客席は東北大の現役・OB・関係者のみ。式典の流れで
そのままライブなので、最前列のOBは、OBと簡単に
言ってしまうのもはばかられるような恐らくと〜っても
地位のある方々。

本番直前。司会者による坂本サトルの簡単な紹介に続いて、
英語でも再び紹介。こんな状況初めてだ。

メンバーの予想に反して、始まってみるとなかなかの
盛り上がり。最前列のみなさんも手拍子をしてくださっている。

そしてサプライズゲスト、東北大OB(立派な卒業生!)でも
ある小田和正さんの登場。僕は小田さんと同じ誕生日なので
やはりここにも関係が!…やっぱり違うか。
イベント関係者さえ数人にしか知らされていなかったぐらいの
トップシークレットで突然登場したもんだから、会場は騒然。
僕たちもせっかくだから客席へ。
ピアノの弾き語りによる小田さんの歌声は、一瞬で会場の
空気を変えてしまうほどの存在感がある。
そして兄とのデュエット。これも貴重な1シーンだ。
いやすばらしい、と感慨にふけっていたいところだが、まだ
後半2曲が残っている。慌ててステージに戻る。

最後まで観客席のみなさんは暖かく、夏のイベントを締めくくる
のにふさわしいライブになった。
あー楽しかった。次は是非このメンバーでバンドツアーを!


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掘るべし掘るべしっ! - 2007年08月21日(火)

しばらくぶりにりんご畑へ行ってみる。生き物を扱う者として
”しばらくぶり”なんてイケナイ事なんだけど、この夏は
子供の手術やらライブやらで、りんごの方は両親に
任せっきりだ。両親がまだまだ元気なことに感謝!

畑に着くと、なにやら大勢の人達がせっせと作業をしている。
おっ、とうとう始まったか。

南部町は南部藩発祥の地として世界的(でもないか)に
知られているが、およそ800年前に城を築いてから
しばらくはこの辺りが藩の中心となっていた。

時を経て現代。その城のあった場所はいつの間にか坂本家の
りんご畑となっていた(笑)。
平成4年に”南部氏関連城館整備検討委員会”が発足。
この周辺の発掘調査が始まった。
その結果、遺跡の重要性が認められてついに国の指定文化財
となる。

ということで、ついに我が家の園地が発掘の対象になって
しまった。
去年の秋にりんごを収穫した後、その一部が”国の所有物”と
なり木は伐採された。
ムササビの小太郎は目の前が妙に見晴らしが良くなってしまい
居心地が悪くなったのか、春先にちょっと顔を見せた後は姿を
消してしまった。

城跡の発掘は昨日始まったようだ。15人ほどの作業員は
ほとんどがパートのおばちゃん達で、近所の人もいる。
あちこちに基準にするであろう目印の杭をたくさん打ってある。
その中の一区画、およそ10m四方の部分を15cmほど
きれいに掘り下げてある。
細かい作業を想像していたが、土を運び出したり周りの草を
刈ったりと意外と肉体労働だ。

実際どうやって発掘をするのか見たことがなかったので、
現場監督の人にちょっと見せてもらっていいですか?と
軽い気持ちで言ってみると「どうぞ見て行ってください」と
汗だくになりながらもいつものニコニコ顔で言ってくれた。
この人は下見の時からよくここに来ていたので今ではすっかり
顔なじみだ。
「おーい、今まで出たやつを見せてあげてー」との一声で
奥のテントから、恐らく出土品の管理を担当しているらしい
女性が小さな袋をたくさん持って来てくれた。
忙しそうなのに申し訳ないなーと思っていると、監督はその
一つ一つをわざわざ説明してくれた。

当時と地面の高さはほとんど変わっていないのと、ここが
しばらく畑として使われていたため、出てくるものはほとんど
カケラの状態。それでも本拠地にふさわしく2日目にしては
かなりの数が発見されたそうだ。なるほど監督が上機嫌な
わけだ。そのぐらい出てもらうと土地を提供した側としても
提供のし甲斐があったというものだ。
この後もっと掘り下げれば柱の跡なんかが出てくるんじゃないか
と監督は言っていた。なんかわくわくするなあ。

歴史のあるところに住んでいながら僕はその歴史の事を
ほとんど知らない。ちょっと本でも読んでみようかな。


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ありゃ - 2007年08月20日(月)

朝刊にサマーフェスティバルの事が載っている。
が、使われている写真というのが、僕と達哉さんと光君が
ステージの前に出て楽器も持たずに踊っているところ(笑)。
これじゃあライブを観た人以外は何をやっているとこか
わからないよ。
まあ、ある意味あのライブを象徴する1シーンではあったかも
しれないが(笑)。


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サマーフェスティバル - 2007年08月18日(土)

恒例、南部サマーフェスティバル。
メインは打ち上げ花火。これがなかなか立派な花火で、
毎年会場内は人で溢れる。
その前にはメインステージでの野外コンサート。
5年連続の5回目になる坂本サトルだが、去年からは
バンド編成でのパワフルなステージとなっている。
今回はドラムがチェリーさんになり益々パワフル。

このメンバーでのライブも今日で4本目。このバンドの勢いも
益々加速しているようだ。やっぱり野外はいいなあ。

ライブ後、一人の女性が僕を訪ねてきた。それがなんと
僕の初恋相手(ぽっ)。
16〜7年振りだろうか。子供も二人いるようでとても幸せ
そうに見える。なんだかほっとした。余計なお世話か(笑)。

そして花火。ライブの後の花火は格別なものがある。
楽器を片付けつつなのでじっくり見てもいられないんだけど。

来年も是非やりたいなあ。僕の一存ではどうしようもないん
だけど(笑)。


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おぼんです - 2007年08月13日(月)

彩衣の回復ぶりは順調で、ついに退院となった。
振り返ればあっという間の21日間。僕がヘルニアの手術で
入院した時は25日間だったが、心臓の手術の方が短いのか。
この小さい体でこの回復力はすごいものだ。
嫁さんの実家まで送り届け、僕は一人自宅へ。

宮城も青森もずっと熱い日が続いている。35℃を超える日も
あり、まだ「エアコンはぜいたく品」という雰囲気の漂う
東北ではかなり厳しい暑さだ。
我が家では去年、子供たちのためにという事でついに僕の
寝室にエアコンを取り付けた。ああ、まさにオアシス。
両親の部屋やリビングにも付けたら、と言うと「う〜ん、
まあいいよ」と微妙な返事。やっぱりぜいたく品という意識が
あるんだな。
しかしこれだけ暑いとさすがにつらい。「来年は買おうよ」と
言うと「そうだな。リビングには付けようか」と前向きな返事。
まあどうせ来年になったらまた「う〜ん・・・」ということに
なる事は分かってるんだけど。このやりとりを毎年繰り返して
いるんだから(笑)。


今、ペルセウス座流星群が出現しているらしい。FMで何度も
話題になっていた。昨日から今日ぐらいがピークらしい。
数年前に望遠鏡のパーツをなくしてから、ほとんど星を見る事が
なくなってしまっていた。情報にも乏しくなった。
せっかくだから久しぶりに見てみよう。

午前1時。家の中よりも外のほうが大分涼しくなっている。
夜になるときっちり気温が下がるところが都会とは違うところだ。
街灯の影響のないところを探し空を見上げる。
うっすらと雲がかかっているようで天の川までは確認できないが
流れ星を見るための条件としては十分だろう。

視界いっぱいに星が広がり、”空”というよりも”宇宙”を
眺めているという感覚になり、久々のトリップ感を味わう。
車でちょっと山に入ればもっときれいに見えるんだけど、
蚊に刺されそうだし、何しろ一人じゃ怖い。
とか何とか思っているうちに早速1個小さく流れた。続けて
ポツポツと流れ、10分ほどの間に6コ見ることができた。

たくさん見ることはできても流れるのはそれぞれ一瞬。
いつどこに流れるか分からないし、願い事を言う余裕なんてない。
「あ!」が精一杯だが、とりあえず贅沢は言わないので
ささやかな願い事を一つだけ。iPodが1日も早く手に
入りますように。
新しい望遠鏡はサンタさんに頼むからいいです。

彩衣がこのまま何事もなく早く回復しますように。そして家族が
元気で過ごせますように。これはご先祖様に。


...

帰宅 - 2007年08月06日(月)

彩衣は日増しに元気になり、僕は予定通り結衣と二人で自宅へ
帰ってきた。
10日も留守にしている間にりんごは見違えるほど大きく
なっている。今年は天候も良く、今のところ順調。

日記をアップしようと思ったら結構な字数になってしまった。
ちょっと編集しないとなー。



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第2の我が家 - 2007年08月03日(金)

体に”刺さっていた”チューブ類が全て外され、彩衣はいよいよ
元気を取り戻してきた。抱っこして病棟を出た所で結衣と
再開すると、彩衣は声を出して最高の笑顔を見せた。
結衣もうれしそうに抱きつく。仲のいい姉妹だ。

7/29からいる病院の宿泊施設だが、”ドナルド・マクドナルド・
ハウス”という所。
入院している患者に付添う家族は金銭的・肉体的・精神的に
大きな負担を強いられるが、そんな人たちのためになんとか
できないか、と作られたのがここだ。

ゆったりとしたスペースに、共同のキッチン(6セット)で
自由に料理ができ、テレビも共同スペースに数台、プレイルーム
(子供の遊び場)、PCルームなどいたれりつくせりで一泊千円。
何よりも、結衣が飽きずにここで遊んでいてくれることが
一番助かっている。友達もできたようで、今日も二人で
走り回っている。

ここは企業や個人からの寄付、そして多くのボランティア
スタッフの人たちに支えられて成り立っている。部屋の掃除なども
自分でやらなければならないが、そのぐらい当然と思えるぐらい
すばらしい施設だ。
全国に5ヶ所、世界では30ヶ国、270ヶ所あるという。
自分が使用する立場になって初めてここの事を知ったが、
これはもっともっと世の中の人たちに知ってもらわなければ
ならいと思う。

詳しくは
http://www.dmhcj.or.jp/dmh/about/sendai/index.html

一般の人でも、
1.会員になる
2.寄付金
3.物品の寄付
4.マクドナルドでの募金
5.ボランティアスタッフになる
など、いろんなかたちで気軽にサポートできるので興味の
ある人は是非。



...

一般病棟へ - 2007年08月02日(木)

上半身のチューブ類が全て外され、彩衣は「あやつり人形状態」
からやっと解放された。
少し楽になったのか、ぐっすり眠っている。

予定通りICUから一般病棟へ移る事になった。
その移動で廊下を通る間だけ、結衣が妹に会うチャンスがある。
結衣もそれを楽しみにしていた。
ICUから出てきた時も、彩衣はまだぐっすりだ。
よく顔が見えるようにと結衣を抱っこしてやったが、彼女は
それをいやがりすぐに下に降りた。そして彩衣の顔のすぐ横の
柵をつかんだ状態で無言で一緒に歩き始めた。
結衣には前もって手術の事を話してあるが、見た目は何とも
ないのでどういう事なのかよく分からないとは思うが、
彼女なりに何か感じるところがあるんだろう。

間もなく青森からじいちゃんばあちゃんが到着。無事に手術が
終わり元気になったところを見たかったところが、彩衣はまだ
眠ったままだ。
昼食をとった後もう一度病室へ行ってみるが、相変わらず
眠っている。孫の元気な顔を見れずにやきもきする二人。
そろそろ帰りの電車の時間が近づいてきたという頃、やっと
彩衣は目を開けた。半分じいちゃんばあちゃんに起こされた感が
あったが(笑)。
彩衣は目を覚ましてじいちゃんばあちゃんを確認するとニコッと
笑った。体が少し楽になり、しっかり眠ったこともあって
今までになく上機嫌だ。しばらく笑顔を見せていたが、次第に
表情はくもり、ついには泣き出してしまった。どうやらお腹が
空いたらしい。慌てて食事の用意。
バタバタするなか二人は帰っていったが、最後に孫の笑顔を
見られて満足したようだ。



...

もうひとふんばり - 2007年08月01日(水)

朝、義姉の家(ここから車で5分のところに住んでいる!)に
結衣を預けこども病院へ。結衣は必要な予防接種が
間に合わなかったため、しばらくはICUどころか一般病棟にも
入る事ができない。

ICUに着くと彩衣はちょうど目を覚ましていた。
顔からはチューブ類が全て外されている。基本的にはもう
鎮静剤を使っていないようだが、起きている時間が長いと
いう事はそれだけ苦痛に耐えなければならないという事だ。
まだまだたくさんのチューブに繋がれた体が窮屈でも、眠く
なっても、誰も抱っこもしてくれない。今が本人にとっては
一番辛い時だろう。喉も渇いているようで、しきりに口を
動かしている。
看護士さんが初めてお茶を飲ませてくれるという。上半身を
起こしてやってほんの一口飲ませる。ぷるぷる震えながら
あっという間に飲み干してしまった。もっと飲みたいとコップを
指差してぐずり始める。今日一日で200ccと飲める量が
決まっているのでちょっとずつ飲まなければ。

自分の両親の顔を見て、喜ぶというよりはやっぱり甘えたい、
抱っこしてもらいたいという気持ちの方が大きいようで、
最初は機嫌もよくおしゃべりもしていたものの、次第に
ぐずり出してきた。
なんとかあやしてみたが、最後には枕元のモニターに表示されて
いる心拍数が200を超えてしまったのであえなく鎮静剤注入。
残念ながらここには親は来ない方がいいんじゃないかな。

とりあえず明日の午前中には一般病棟に移れるとのこと。
もう少しがんばってくれ。


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