恋文
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雲のあいだから ひかりが 波のように 重なっている
まっすぐに 向かう そのさきに 日が落ちてゆく
海が 見えないから
どうやって 海に つながろう
河は 知らない 流れで
どこに いくの
嵐は突然始まって 通り過ぎていった
枝や葉や花びらが 散り重なりあう あいだに 舗道が黒く 濡れている
また降りはじめた雨 遠くで 空が光った
月は どこにいったのかしら
藍色のそらを 見上げている
わたしは どこにいったのかしら
そこにいるよ と、言われるのを まっている
おなか いっぱい ふっくら ふくらんで
あかちゃん みたいに ねむって しまおうか
なににも 比べることは できない
あなたが 担っている その重さは あなただけが 知っている
そのことを 知っているよ と あなたに 伝えよう
切ろうかな と 迷っている
くるりと 巻き上げた 毛先が落ちてきて 首筋に ふれる
その感触が ここちよくて まだ 決心ができないでいる
わたしでない わたしは いつもいっしょにいるから それも わたしなのだとおもう
わたしではない わたしは だから どこにもいない
みんな わたしだから わたしでいよう
古い教会の中は ひんやりと 暗かった
まわりには 緑の草 小さな花々 揺れ
丘の上は ほかにだれもいなくて
町を見下ろしていた
今日 わたしは 変なので
なんだか 浮いたり 沈んだり
もう いいの このまま 揺られていよう
いくつもの 夜の記憶を さぐる
この夜に かすかに 繋がっているだろう
もう 空は 記憶のように くらい
わたしの ちいさな カケラ
それだけの わたし
くるくる 回すと くるくる かわる
ひんやり 雨上がりの 風が肌をなぞる
ぱらり 枝の葉から 露がふれる
草のあいだに レールが光って
もうすぐ トラムがやってくる 響きがする
草いきれのなか
陽射しは 木々の葉から やわらかに とおってくる
風が吹きぬけて
草の匂いが 自分の においのような 気がする
なにが欲しいといって 手に入るはずもない
まぼろしであり ゆめであり
かすかな 片鱗を 集めている
そのあいだ
空は あおい 風は すぎる
欲しかったけど いいもん いらない
それは わたしのじゃ ないもん
きれいな かたち きれいな いろ
どれも わたしのものじゃ ないんだ
振りかえるばかりなのは もう 終わってしまったからだろうか
今まで 一面の緑だったのに もう 麦わら色の切り株だけになってしまった 野原を見ている
草のにおい 木のかおり
わたしのなかに いれたいの
こんなにまぶしい みどりの 色
暗くなってゆく 部屋で
海の底の 砂のように なっている
ひかりが 褪せてゆき わたしも 姿を失ってゆこう
くらい空と 同じ色になり 雲のあいだを 走ってゆこう
とおい あなたの まどろみに 近づけるだろうか
ひかりは ゆるゆると おちてくる
といた髪が うす茶色に 透けている
風がわたると 木洩れ日が 揺れる
風の音と 同じように 雨が 葉を打ち始めた
みどりが かすんでいる
立ちあがる 草のかおりの まんなか
目を閉じて 胸におく 手に
ふれる 小さな尖り
とどかない その わたし そのまま
こどもが 指を吸うように
いつか いじっている
背中のうしろで 結ぶ 手と手
(笑えない駄洒落ほど惨めなものはないが)
航海は 後悔に似ている
生れ落ちてから 船が進み始めるなら 最後の港に たどりつくまでの 航海のあいだ
後悔も いつも一緒にいる
それが時に 羅針盤になる
忘れていても いつか よみがえる
渇いている そのこと
わたしたちの なにもかもが
どんなに 違っていても よかった
ただ ひとつ 同じものを 分かちあえたから
うなだれた草花 吹き寄せられた木の葉
風が冷たくなった
昼顔が ねむそうに 揺れている
さらさらと鳴る ポプラも 蜂の羽音も 鳥のこえも 引き止めない
なにかを 思い出そうとしている 午後
普通に 話している 不思議
わたしは 少しづつ 後ろを 向いていた
話し声は ずっと続いていて
もう 夜もふける
ふんわりと 座っている
頬杖をついて 眺めている
雲にかさなって 教会の鐘が 鳴っている
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