日記帳




2009年08月31日(月) 近頃は夢も見ない

辛うじて覚えているのは、「旅先で洗面所を探していて、ようやくとある建物の地下に設置されているのを見つけたと思ったら、長蛇の列ができている上、入口手前に純和風の茶店があって外国人の男女が着物姿でお茶を点てていて、どうやら一杯所望しない限りは中へ入れないらしい」だとか、「まだ辺りも薄暗い早朝に、仕事だからと叩き起こされ、眠い目を擦りつつとりあえずついて行ってみると、そこにいたのはアルパカで、今日一日お前はこの子の世話をするんだ、と言いつかる」だとか、「ひたすら交差点で信号が変わるのを待つ」だとか、「夢の中で夢を見ている自分を夢に見る」だとか、話のタネにもネタにもならなさそうなものばかり。
最後のものに至っては、いつまで経っても目が覚めない(現実の世界に戻ってこられない)のだから地味に恐ろしい、のでした。でも、アルパカは可愛かったです。

こんな内容で締めるのはどうかと思いつつ、「8月いっぱい毎日日記をつける」計画は無事に本日をもって終了です。どんなささいなことであれ、なにかをやり遂げるというのは気分が良いものです。
さあ明日からはどうするか、ということなのですが、この1ヶ月というもの、よしなしごとを綴り続けることで「誰かと繋がっている」という温度をひしひしと感じることができ、そのぬくもりは思っていた以上に心地よいものでしたので、これに味をしめて、できうる限りはこのペースを維持してみたい、と考えています。9月はなにかと家を空けることが増えるのですが、それでも「日記」の体面を保てる程度には……なんとか……。

なにはともあれ、ひと月間お付き合いありがとうございました。


2009年08月30日(日) 枝豆詩人

だだちゃ豆、というものをいただきました。
食べ方は、ごく普通の枝豆を同じく、塩揉みをして、お湯で茹でて、というだけなのですが、これがまあ!(感嘆符)

一般的な枝豆よりは粒が小さく、形もいささか歪(な気がする)ものの、その風味といったらもう!(感嘆符再び)

なによりも、茹でている時の香りからして違います。どこか、筍のような、とうもろこしのような、香ばしさと甘さを併せ持った、それはそれは芳しい湯気が立ち込めるのです。そして、肝心のお味の方も同じく、豆の青味と、やはりとうもろこしの甘味が凝縮されたような。私が詩人なら「だだちゃ豆を讃えるソネット」くらいは書いたかもしれない……というのは大げさにせよ、これまで食べてきた枝豆はなんだったの、と思うほどには新鮮な美味しさでありました。

そして思うのは、ビールが飲める人には最高のおつまみでしょうね! ということなのでした。


2009年08月29日(土) ランドセルの頃を過ぎても

明日は五時起きにつき、手短に。今願うのは、天気があまり良過ぎないこと(できれば曇りくらいが望ましい)、であります。

かつて通った小学校を所用につき訪問してきました。何年か前に改築工事がされたので、私の知る面影はもう残っておらず、驚くほどモダンでハイカラな建物に変貌を遂げています。
ただ、嬉しかったのは図工室の雰囲気が変わっていなかった、ということ。いや、見た目やなにやらはもちろん記憶にあるままではないのですが、あの香りが……図画の時間特有の、絵の具やら紙粘土やら木工用ボンドやらの匂いが……。
個人的には、放送室が体育館内に移転していたことに、一番の衝撃を受けました(小学生時代の私は放送委員だったのです)。


2009年08月28日(金) 夏休みの宿題

……を、登校日直前になって必死で片づけようとしている学生の気分を、今味わっています。
例によって図書館の返却期限が迫っている(明日!)ので、読み終えたばかりでまだ消化もしきれていない、読書録以前の書き散らしを。題材は、『家のロマンス』(加藤幸子)。なんとも感想が言い辛いしお勧めもし辛い……けれど、私は好きでした。

・和洋折衷様式の邸宅に、季節ごととりどりな花や実を実らせる五百坪余りの庭。関東大震災も、あの戦争も潜り抜けた後、結局は時代の流れに取り残されて解体され、「断末魔の叫びを上げ」つつ死んでいった「家」。
・前半は祖母ミヤが、後半は孫娘ヨシノが語る、「家」の住人たちの物語。しかし、「家」への執着心にしても、個人的な性格にしても、まるで共通するところがないように見えるふたりの女性たち。けれども、芯にある冷淡さのようなものや、それでいて夢想的なところは(本人が否定しようとも)確かにどこか共通している。
・しかし、あの劇的な最期といい、埃になってもまだ「家」に取り付き、物語の結末を見届けようとする祖母は、やはり只者ではなかった。「私は女であることを悔やんだ」の一文に、ぞくりとした。
・どんな悲劇も骨肉の争いも、例え激情を迸らせようとも、どこか冷ややかな風情を失わない文体が美しい、と思う。
・(1)伝奇的空想的な要素をもつ物語。ロマン。
 (2)恋物語。恋愛事件。  (大辞林)
なるほど、甘く切ないだけがロマンスではない。
・傍にあるからこそ上面の価値だけに惑わされる。遠くにあるからこそ冷静な目で真価を捉える……そして、知らず縛られている。囚われている。
・全てが明らかになった謎など、安堵感とともにすぐ忘れ去られてしまう。本当に残っていくのは、謎のままの謎。

日付が変わる頃にもう一冊、『アースダイバー』(中沢新一)を読了したので、メモを追加。
・アースダイバーとは、アメリカ先住民の神話に登場する概念。昔、一面海に覆われていた地球に陸地を齎そうと、多くの動物だちが海底に潜っていった。皆が失敗を重ねる中で、最後に小さなカイツブリが息も絶え絶えになりながらも泥をひとかけら、水かきに挟んで持ち帰ることに成功した。大陸は、その一握りの泥を元に創られた、という。
・そして、現代のアースダイバーは、縄文時代の地形図(遺跡や神聖なる場所が記されている)を手に、大都会東京の深層(あるいは真相)に潜っていく。
・見慣れたはずの街が、まるで異界のように容貌を変えて見える、というのは、当然ながらその街を「見慣れて」いることが必要。そういう意味では、古い歌ではないが「ちょっと振り向いてみただけの通りすがり」である異邦人には、綺麗にラッピングされた表層の東京も、泥と水の匂いに包まれた深層の東京も、同程度のファンタジーに思えてくる。しかし、エピローグを読む限りでは、そんな異邦人にこそ、アースダイバーたる資格がある、ということになる、らしい。
・東京タワーにも、銀座とファッションの関係にも、秋葉原(アキバハラ)と「おたく」の関係にも、歓楽街と呼ばれる場所がなぜその地にできあがっていったのかにも、縄文時代からの根深い記憶が影響を及ぼしている。全てにおいて信じられるわけではないけれども、「どんなことにも意味がある」と考えることは、決して嫌いではない。それに、正直なところ「消費の街」であるとしか考えてこなかった東京を、見る目が変わった、ことは確かである。
・小さな怪物である金魚の物語と、「お酉さま」の祭りを巡る考察には、ぞくぞくした。むしろ、東京を見る目よりも金魚を見る目が変わりそうなくらいに。
 


2009年08月27日(木) そろそろ眠った方が良い

「目が」とか「肩が」という身体的なパーツではなく、どうやら脳みそが疲れている……ように思われるので、今日は早々に休むことにいたします。
ゲームに例えるならば、HPが残り僅かな上に強力な回復系アイテムを持ち合わせておらず、ほんのちょっと体力ゲージのメモリを上げてはまた使い果たすという自転車操業状態、といったところでしょうか。……分かり辛いですね(こんな比喩を考えている間に早く寝た方が良い気もいたします)。

図書館の話は創作脳内をころころと転がっている最中でして、なんだかんだと細かい設定だけは生まれたり消えたりしています。しかしこの、細部を積み重ねることで全体を焙り出そうとする(つまりいつも私が使う)手法は、いい加減に見直すべきかもしれません。……と言いつつも、重箱の隅に米粒を押し込むような(?)作業が、それはそれは楽しいので結局やめられないのですが。


2009年08月26日(水) 費用対効果なるもの

百円均一ショップに頻々と通っています。と言っても、別段マイブームであるというほどのことでもなく、ただ「1.必要なものを思いつく。そうだ百均で間に合うかもしれない」→「2.まずまず理想に近いものを見つけました。これで手を打ちます」→「3.翌日再び必要なものを思い出す。そうだ百均で……(以下略)」というループを繰り返しているだけなのですが……。

近頃のお店は、私が初めて「100円ショップ」なる存在を知った頃(消費税がまだ3%だった頃の話……というのも、「正しくは103円ショップじゃないか!」とお店ののぼりに内心で文句をつけた覚えがある)から思えば品揃えの充実度も格段にアップしていることに驚きました。私にもっと探し物の才があれば活用度も上がるのかもしれません。

ところで戦利品はと言えば、
・トレーディングカード用ファイル(本来の用途には使用しませんが)
・ブックエンド
・アルミ缶(蓋付きタイプとスライドタイプ)
でした。

***

温度計のお話、完成おめでとうございます! こんな、思い付きにも甚だしいお題を引き受けて下さって、ありがとうございました……。これからゆっくり、じっくりと味わって、またお便りなどさせていただきたいなあと、考えています!(私信) 楽しみであります!


2009年08月25日(火) やがて血となり骨となるもの

読書録を追加しました。図書館本が続きます。
食い意地が顔を覗かせて作った「食」カテゴリーですが、案外と冊数が増えないのはどうしたことだろう、と思っています。美味しそうな本をご存じでしたら、ぜひお勧めいただきたいところです。

あ、ご報告が遅れましたが、今年4本目のゴーヤは、無事美味しく食べ尽くされました。さくっと割って、半分はツナマヨネーズサラダに、もう半分は教えていただいたレシピ(じゃがいもとベーコンと塩昆布と一緒に炒める)で、どちらも塩揉みが絶大な威力を発揮し、初対面時の苦戦が嘘のように思われる程でありました。
改めまして、いろいろと情報をお寄せくだすった皆さまに感謝いたします!



2009年08月24日(月) わたしとせかいをへだてるもの

・identity.1
「わしはいくつなんだ?」とご老体に尋ねられる。私にも分かりません、残念ながら。しかし、あと40年もすれば私だって同じようなことを人に聞いていそうな気がするので、全く他人事ではない。

・identity.2
「あんたは平成生まれか?」と(同じく)ご老体に質問される。いえいえ、昭和が平成に変わったあの時、私はしっかりテレビにかじりついて見届けておりました、よ。

・identity.3
苗字と名前の頭文字が自分と同じ人を見つける度に、ヘボン式では特殊な綴り方をするためにイニシャルトークが用を成さない(つまりは充分に個人特定されてしまう)些かの不便さをこの誰かも共有しているのだ、と思う。

・identity.4
天保山にあるサントリーミュージアムが休館するそうですね。実は一度しか行ったことはないのですが、もっと近くにあればあの企画もこの特別展も見に行ったのに……! とアート脳を小気味よく刺激される美術館だっただけに、非常に惜しいことだと思っています。とそれに、併設のレストランで食べた、潔く酸味の強いトマトスープのフォーが美味しかった……と、結局は食い気に走ってしまうのが今ひとつですが、しかし胃袋の記憶も大切な私の一部であります。

・identity.5
好きになった場所には、まるでマーキングでもするかのように自分の欠片を置いてきてしまう……ような感覚がある。また戻ってくることができるように。いや、戻って来ざるを得ないように。もう二度とその場を訪ねることができないならば、置き去りにされた「私の欠片」は一体どうなってしまうのだろう。


2009年08月23日(日) 門外不出のレシピ

「物語ができるまで」とタイトルの付けられたファイルが出てきたので、どれどれと中身を確かめてみたならば。

***

貴方に唆されて、何年かぶりに再びペンを握ったのは、ちょうどこの坂道を毎日通っていた頃だった、ということを、唐突に思い出したのです。きっと、貴方には話したことがあったと記憶しているのだけれど、幼い頃の私はペンと紙があればいつまででもひとりで遊んでいられるような子どもでした。それも、同世代の友人達が、きらきらした目をした女の子像をいかに可愛く描くかに熱中しているのを尻目に、お月様に会いたかった天道虫の話だの、雷様と雲に乗って旅をする少女の話だの、を空想しては、拙い言葉で書き留めていったのでした。

あの頃の私にとって、「物語を書く」ということは歯磨きや食事と変わらないほどに日常そのものであって、そのくせ出来上がったものを誰かに見せるなどということは考えもしなかったのです。それがいまや、滅多に書かないくせに出来上がったものを人に見てもらうことにはあまり抵抗がなくなったのだから、不思議なものです。

***

……と、ここで終わってしまっているので、肝心の「作り方」については書かず仕舞いだったようです。この時の私にどんな意図があったのかはおぼろげで、確か「これは凄い」と思う作品に出会うと、作者の方の頭の中を覗いてみたくなる、そして一日くらい創作脳を取り替えてみたくなる、という夢想から、現実には覗き見も交換も無理なのだから(当たり前)、それならば手始めに自分の「書き方」を解析してみようか……と考えていた、という程度しか覚えておりません。
それにしても、もしこれが完成していたとして、果たして人目に晒すつもりでいたのか、は謎であります。晒してどうするのか、そもそも晒す覚悟があるのか、という点についても。


2009年08月22日(土) あなたの愛しい足跡

読書録を更新しております。今月に入ってから、図書館で借りてきて読んだ本を三冊。
記事を追加するついでに、ブログのアクセス数を確認してみたところ、数ヶ月放置していたというのに足繁く通ってきて下さっていた訪問者の方がちらほらといらっしゃって驚いた……というか、むしろ感動いたしました。ありがとうございます。そして、申し訳ございません(感謝の御礼の倍ほども深く頭を下げつつ)。これからは、できる限りこまめな更新を心がけます。スローガンは、やれば出来る子、です。

拍手御礼。お月見同志(待ち遠しいですね……!)の相沢さんへ。
早速、教えていただいたレシピを入手いたしました。確かに美味しそう、そしてなにより「子ども用」というところが、有難い、です……!(私の味覚は、きっと娘さんよりもずっとずっとお子様仕様にできておりますので……) 早速試してみたいと思います。ありがとうございます!
そして、図書館の話へいただいた温かいご声援(?)は、私の創作脳にじわじわと沁み込んで、今後の活力源となってくれそうです。頑張ります!


2009年08月21日(金) 明日はどっちだ

天気が良かろうが悪かろうが、一日家に引きこもる予定の土曜日を、ついつい浪費してしまわないように「To Do リスト」などを作ってみます。

・CDの整理をする
 →いくら古くても、かつて擦り切れそうなほど(比喩)聞いたあれやこれやを処分することはできません。なので枚数が減らないのはもう仕方ないのですが、片っ端から再生して、それに飽き足らず一通り歌ってみるのはやめた方が良いと思います。
・読書録を更新する
 →いい加減に……もう……。積み上がった本の山を見るにつけ、呆れて言葉が出なくなります。
・図書館の本を読んでしまう
 →先日借りに行った時には、私が探していた本がちょうど貸出中で、珍しいこともあるものだと思いました。私の嗜好と合致する誰かさんがいるとは。
・映画を見る
 →まだ仲良くなれないニューテレビで録画した「20世紀少年」を見るのです。多分、録れているはずです。原作は大人買いして一気読み(久々に文字酔いしましたが、でも幸せな時間でした)したので予習はばっちりです。
・金魚寒天を食べる
 →桃ゼリーでも可。どちらも冷蔵庫で首尾よく冷えています。
・二度寝する
 →おやすみなさい。


2009年08月20日(木) 誰がために扉は開く

湿気のせいなのか季節のせいなのか、夜中に突然自室のドアが前触れもなくそうっと開き、時々どきりとさせられます。時折、地震でもないのにがたがたと揺れる書棚といい、夏だけに怪奇現象と言えなくもない……と思っておいた方が涼しくなって良いのやもしれません(実際にはただの立て付けの悪さが原因であります。そうでなければ、怖がりな私が平然としていられるわけがありません)。

お隣さんに里帰り中のお孫さんたちが、連日ビニールプールに線香花火にと、「これぞ夏休み」というイベントを満喫している姿を、いくらか羨ましく眺めています。あとは、スイカ割りがあれば完璧ですね!(独断と偏見)

拍手御礼。立田さんへ。
ゴーヤ情報ありがとうございます! なるほど、塩揉みすると良いのですね……。そして、できるだけ薄く切る、というのも重要なポイントであると、最近学び始めています。しかし、泡盛とゴーヤ……。ぜひとも酒豪の友人に勧めてみたコンビであります(なかなかにワイルドな夏の酒宴になりそうで)。
しかし、設定を立てる→今回は王道で行こう(ex.正統派ラブコメ、クラシカルなファンタジー)→頭の中で転がしてみる→おやおやなんだか雲行きが怪しい……、という道筋をいつもいつも辿ってしまうのは、どうしたものでしょうか。図書館の話も、一筋縄ではいかないような予感がして、あわあわとしています(でも、雇い主は私も書くのが楽しみなのです)。


2009年08月19日(水) ここで会ったが百年目

以前、この日記で呟いていた「みんなのうた」で昔流れていた変な家の歌は、そのものずばり「へんな家!」という曲であったことが判明しました。
屋根だけでなく、床もトイレもない、子どもにしか見えない家。原曲(ポルトガル語)の映像を見ることができたのですが、日本語版よりもノスタルジックな、柔らかい歌声でした。

更なる情報を求めてネットサーフィンの途中、「モンキーパズル」という、これもまたかつてみんなのうたで放送されていた歌に遭遇したのですが、これはもしかしたら私が長らく探し続けていた歌ではないのか……と直感が囁いています。だとしたら、幼い頃からのささやかなトラウマがひとつ解消されるかもしれません。しかし、残念ながら、歌詞もメロディーも手掛かりが少なく、特定するには至らず。引き続き、追跡調査の必要有りです(と忘れないように書き留める)。


2009年08月18日(火) Momordica charantia

ゴーヤは、晒し玉ねぎとツナと一緒に、マヨネーズで和えてサラダにすると美味しいらしい、と小耳に挟んだので、今度試してみてもらおうと(試食には参加するが調理には手を出さない)思っています。
表面のつぶつぶをこそぎ落とせば苦くないんだよ、という「ほんまかいな」という情報も耳にしたのですが、さすがにそれはガセネタだと……だってアレを取ったらなんの野菜だか分からない、というかほとんど身がなくなるんじゃないか……。
本日いただいた一品は大振りで、ぺかぺかとした緑色がいっそ作り物めいて艶やかでありました。色の濃いものの方が良いらしい、というのも、今日仕入れた豆知識であります。

拍手御礼。蒼さんへ。
人生で4本目のゴーヤが我が家へやってきた矢先に、耳寄り情報をありがとうございます! そうか、茹でれば少し食べやすくなる……のですね。早速料理担当へ伝達しておきます。
初出勤はいかがでしたか? 新しい環境は、何かと気疲れも多かろうとは思いますが、どうぞあまり飛ばしすぎないように……。まずは、おめでとうございます! 
そして、本屋さんの誘惑には大いに負けるがいいよ! と私の中の悪魔が囁いております……(こそこそ)。


2009年08月17日(月) こぼれる、すくいあげる、はばたく

大好きかつ敬愛する、しばらくお休み中だったサイトが、私の気付いていない内に再開されている、という嬉しい驚きに、続けざまに見舞われ、ふと懐かしい頃を思い出しています。

多分、あれが私にとって黄金時代だった、と振り返って甘酸っぱい感慨に耽れば、背中合わせのようにして失われていったもののほろ苦さも甦ります。あれから何を手放して、その埋め合わせに何を手に入れたのだろうか、と柄にもなく神妙になったりもします。

空っぽの両手を眺めつつ、でもまだ、と駆り立てる衝動がある限り、私はここに居続けるのだろうなあというのが、本日の感傷の結論です。

***

来月に控えた友人の誕生日に向けての私的メモ。
ホテル・バタフライのグッズなどはどうだろうか? 蝶々の付箋なんて、むしろ私が欲しいくらい。


2009年08月16日(日) かたつむりにまつわるエトセトラ

・巨大なかたつむりの殻で出来た図書館の管理人が主人公である。
・彼はとてもとても長い名前の持ち主で、その名を初めから終わりまできちんと呼んだ人物は、生涯でまだ二人しかいない。一人は彼の母親、もう一人は彼の雇い主。
・その雇い主が彼を採用した理由はただひとつ、「こんなに長い名前を覚えていられるのだから、よほど記憶力の良い人物であるに違いない」。
・雇い主は知識欲旺盛な大富豪だが、一風変わった癖がある。それは、「一日にひとつ嘘をつく」という習慣である。
・そして、彼が管理人を勤める図書館にも、もちろん秘密があるのだ。

忘れてはおりませんが、遅々として進まぬ図書館の話とは、おおよそこのような基本設定のもとに創り始める予定です。問題は、主人公と図書館に一体どんな出来事が待っているのだろうという点が曖昧模糊としていること(根本的過ぎないか?)と、「長い長い名前」を捻り出すにははてさてどうすれば、ということ。……むしろ後者の方が大問題であるような気がしてきました。

話は変わりますが、今年生まれて初めてゴーヤというものを食しました。あの虫っぽいルックス(失礼)と、苦い苦いと言われる風味がどうにも近寄りがたく、これまで避けて通ってきたのでした。
まずは、ごく正統派にチャンプルにして挑戦したところ、これは苦い、確かに経験したことのない苦味でしたが……めげずに立ち向かってみれば、次第に舌が慣れてきた、ような……? 
調理法がワンパターンなので、別のレシピを探索中であります。


2009年08月15日(土) どういう風が吹き回る

お盆なので母方の実家に帰省し、居住犬(チワワとプードルのミックス。黒い毛並みに騙されてつい忘れがちだが実はお嬢さん)に思いがけず懐かれて、戸惑いながら帰宅しました。急にどうしたというのか……というのも私はどちらかといえば犬が苦手なので、きっと先方もそれは察知しているはず、危害は(もちろん)加えたりしないけれども、だからといって愛想を振りまいてくれる義理もない、と思っていたもので。

動物というのは体温の高いものなのですね。そして、むくむくとカールした毛のおかげでそこそこの体格に見えていますが、実質の身は華奢であることを実感いたしました。例えていうなれば天麩羅の、それも芸術的なまでに衣で嵩を増したタイプの海老天の海老部分、くらいの感覚でしょうか。

昨日今日と比較的過ごしやすい日が続いているのが有難く、温度は変わらずとも湿度が低いだけでこんなにも爽やかなものかと感嘆しております。
温度計のお話、続きを楽しみにしております! そして、図書館の話も忘れてはおりませんよ……!(とこんなところから私信返し)


2009年08月14日(金) icecream headache

【ブルーハワイ】
青色のシロップでカクテルのブルーハワイを連想させる。トロピカルフルーツ各種を添えることも多い。ハワイアンブルーと呼ぶこともある。レモン・オレンジ等の香料が使われ、ソーダに近い風味のものが多い。 ―Wikipediaより引用

味に確たる定義はなく、各社で独自の風味を追求している、実はとても気合いの入った一品であるらしい、という記述も発見。

かき氷占いによると、ブルーハワイは「熱しやすく冷めやすいミーハーな情熱家、その興味がもう少し持続すれば大成功も夢ではないかも」とか。

***

イチゴとか、レモンとか、抹茶とか、他は素材名が冠せられているのに、ブルーハワイだけ何故こんな抽象的な(南国的な、バカンス的な、常夏的な、つまりはハワイ的な)ネーミングなのだろう、ということが以前から気に掛かっていたのでした。食べたことがないので味の想像もつかず。

かき氷占いは、大阪純氷さんというサイトより(http://www.junpyou.or.jp/index.html)。
我が愛するみぞれは「しんが強いがんばり屋」とのことなのですが、実際の私の誕生かき氷(?)は抹茶、「頼りになる相談相手」だそうです。やればできる子の素質はある……との一文が目に沁みます。


2009年08月13日(木) テレビが我が家にやって来る

レッツ・地デジ!(しょっぱなから妙なテンションで)
もうこれで、画面右上に亡霊のごとく現れる「アナログ」の文字に「知ってますってば!(わざわざ言ってもらわなくても)」と突っ込みを入れずにテレビが眺められます。頭にアンテナを乗せた鹿のつぶらな瞳に見つめられても目をそらさずに済みます。

目下の最優先事項は、溜まりに溜まった映画のビデオテープを現体制で見られるようにすべく、トリセツと首っ引きでダビング作業に挑むことです。なになに、まずはブルーレイのデッキとビデオのデッキを繋いで、ビデオテープからハードディスクに録画して、それを更にDVDディスクに落としてくる、と……。作業工程を反芻していると、頭の中でコードが絡まっているような気分になります。蛸足配線は危険です。

テレビが新しくなって何が嬉しかったかといえば、画面が大きくなったことでも綺麗になったことでもなく、某日本放送協会のハイビジョンチャンネルが映る(らしい)ということなのでした。ということは、「刑事コロンボ」が見られるんですね! それはめでたい!(冒頭のテンションに戻りつつ)


2009年08月12日(水) もう旅は始まっている

シルバーウィーク(と巷では呼ぶらしい)に決行予定の旅行について、同行者より旅のしおりが届きました。細部まで綿密に練り込まれたスケジュールは、さながら企画会議に出す報告書のようで、きっと彼女はこんな風に仕事で書類を作っているのだろうなあと、妙なことに感心したりしています。
ちなみに、私が作るとほんとうに修学旅行レベル……いやいやそれでは修学旅行生に失礼な……(もごもご)。

肝心の内容ですが、
・六盛茶庭(http://www.rokusei.co.jp/rokuseisatei/index.html)は是非行きたい! 焼き立てのスフレを、その儚さも含めて味わう時間の贅沢さ。
・お化け屋敷を私が問答無用で却下した代替案が保津川下り、のようでありますが、しかし大丈夫なのだろうかこれは。余計に怖いのではなかろうか。
・嵐山で観光客にまみれる……もとい揉まれてみるのも、また一興。でも、トロッコ電車って窓のないあれですよね? 虫とか入ってこないですか?(と風情も何もあったもんじゃないことを心配する虫嫌い)
といった辺りが注目ポイントでありました。


2009年08月11日(火) ネオンが呼んでいる

仕事帰りに駅まで歩く道すがら、見上げる屋上ビアホガーデンのネオンに、ついふらふらと、誘蛾灯のように引き寄せられてしまいそうになります。遠目に見ていると、あそこはとても良い場所に(必要以上に楽しげな場所に)思われるものですね。
実は先日、生涯二度目のビアガーデンを体験してきたのであります。目玉の「ビア」が一滴も飲めない私を、「中華だよ中華!」と誘い出してくれた(中華料理店が母体のビアガーデンなのです)お姉様には感謝しています。確かに、お料理は美味しかった。

拍手御礼。相沢さんへ。
あの広告は、フェアではないと、思うのです、だってあれではぬか喜びも良いところでは、ありませんか!(と思わず力が入ります)
でも、クーポンはしっかり来月に備えてお財布の隅に常備してあります。いざお月見解禁の暁には、ともに「秋の風物詩」を思う存分楽しむことに、いたしましょう!
そして、こちらこそご無沙汰しております! お元気でらっしゃいますでしょうか? いつもいつも(創作方面全般に渡って)不義理をしてばかりと言うのに、こうしてお声を掛けていただけること、心から幸せに感じております……。そして今年も、とうもろこしの季節ですね!


2009年08月10日(月) 日本の夏、金魚の夏

まほろは、運ばれてきたそれの円周部分だけを切り取って腹の中に収めた後、ほぼ正方形に残った生地を更に小さな四角に切り分け、格子柄のように苺ジャムとバターを塗り分ける、という作業に没頭している。それは、例えば彼女の大好物であるホットケーキを一番美味しく食べるための準備、というよりは、明らかに遊戯に属する作業で、父親としてはここで「食べ物で遊んではいけない」と諭すべきなのかもしれなかったが、しかし彼女の至極真剣な面持ちと手付きは、どこか儀式めいてさえいて、単純な小言で遮ってはいけないような、そんな気もするのだった。

***

大丈夫よ、今日は上機嫌だし、昨日だって「パパに会える」って喜んでたもの、と電話口の彼女は事も無げに言った。
しかし、目の前に座る娘の、幼子特有の冷ややかさを纏った顔を伺う限り、その完璧な無表情から「今日は上機嫌」だという高揚や、ましてや「パパに会えると喜んで」いたという兆候を、どうやって読み取ったら良いのだろう、と彼は途方に暮れるのだった。

***

あれはいつのことだったか、保育園から帰ってきた妻とまほろを、家のソファで本を読みつつ出迎えた覚えがあるから、きっと失業中だった頃のことだろう。
珍しく憤慨した顔で、スリッパの足音も高く居間へ入ってきた妻は、数歩先を遅れてついてくる娘に、すぐおやつにするから手を洗ってらっしゃい、と首だけを振り向かせて声をかけると、彼女が洗面所の扉の向こうへ姿を消したのを確かめるや否や、今日保育園でね、と早口で話し始めたのだった。
「保育園でね、タイムマシンの話になったらしいの。それで、まほろが落ち込んじゃってね」

***

「もし、まほろと同じ年に戻れるなら」
普段、滅多に感情を暴発させたりはしない妻が、内からあふれ出す何ものかを抑えきれないといった風に、細かく声を震わせていた。
「私はいくらだってあの子と仲良くなるわ。唯一無二の親友になって、ずっと傍にいるわ。ずっと守ってみせるわ」
あの子がそう望むなら。

***

コシのある細いビニール紐で口を絞った透明な袋の中を、金魚が三匹泳いでいる。二匹は赤、残る一匹は黒の出目金で、良く見ると右の出目が無い。
大人の小指程度の大きさしかない魚たちが漂うその袋を、光にかざしてみたり、氷嚢のように額に乗せてみたり、もう小一時間ほども、まほろは飽きる様子を見せないのだった。

***

突然、彼女の手には持ち余る大きさのグラスを両手でつかみ、半分ほど残っていた水を一気に飲み干した。喉が渇いていたのか、それならば何か飲み物を、とメニュー表に伸ばしかけた彼の手を遮るように、まほろは突然ビニール袋の口を開くと、金魚もろとも空になったグラスに注ぎ込んだ。そして、唖然とする彼の目の前に、ぐいっとばかりに突き出す。

***

夏の屋台ベスト10、なる番組を見ていたら、急に夏祭りの話が書きたくなってしまったので、保留ファイルの中から引っ張り出してきた断片をいくつか。パーツだけを見ていると、今にもひとつの物語にまとまってくれそうな期待を抱いてしまいます。それがあくまでも淡い幻想に過ぎないにしても。


2009年08月09日(日) がっかりさん。

・チラシに入っていた某ファーストフード店のクーポンに、お月見の季節だけ登場するあれが載っていて、おおもうそんな季節か! と喜んだものの、よくよく見ると発売期間は来月。肩透かしも良いところでした(毎年、あれだけは一度食べておかないと気が済まないのです。年中行事のようなもので)。

・毎朝、同じくらいの時間に、近所の道路で車のタイヤが悲鳴のように鳴くのが聞こえるため、どこかにもの凄く、それはそれはもの凄く急いでいる人がいるのだなと勝手に思っていたのですが、実は音源は我が家の階下、お風呂場でバスタブに残ったお湯の最後の数滴が排水溝に吸い込まれていく時の音だということが判明。今更……の新発見。

・目にカップをあてがって眼球についたゴミを洗い流すタイプの洗眼液を愛用しています。しかし近頃、付属のカップが瞼の形状に合わなくなり、「なんでだと思います?」と家族に問いかけてみたところ、「目が落ち窪んだんじゃない?」という即答が返ってきました。そんな。

・昨夜の虫刺されが、実は蕁麻疹だったことが判明しました。手足の皮膚を覆いつくすように手の平大の発疹が出て、痛いよりも痒いよりも気味が悪いので、これはいかんと早朝の夜間救急外来(なんとなく矛盾する響き)に駆け込んだのでした。処方された薬のおかげで腫れは嘘のように引いたのですが、原因が分からないので明日は皮膚科で検査を受けに行ってきます。
※後日追記―結局、原因は分からず仕舞でありました。気に掛かるようなら、食べたものを逐一ノートに記録してみたらどうかと勧められ、その旨を家族に伝えたところ、「それってレコーディングダイエットってやつ?」と言われました。断じて違います。



2009年08月08日(土) 白黒まだらの憎い奴

これも夏の風物詩と、呼べなくもない。

抵抗力が落ちてきたのか(……)刺されると跡が痣になって残るから嫌なのよね、というか一体どこでこんなに(はしかにかかったのかと一瞬ぎょっとしたぐらいの惨状になるまで)ヤツらと遭遇したのかしら、もしかして近頃の彼らはチームプレーで獲物を探したりするのだろうか、そもそも朝方や夕方の涼しい時間帯ばかり狙って現れるのは卑怯だと思うのよね……などなどと恨み言を垂れつつ、液状虫刺され薬のお世話になる夏の夜です。

二週間という貸出期間は遅読の私には少々厳しい……と危惧しつつも、無事に返却期限を守って図書館を訪れた午後、館内は子ども連れのお父さんお母さんたちで大賑わいでした。漏れ聞こえてくる会話(「あの、『○○○』っていう本を探してるんですが……」「ああ、申し訳ございません。今日の午前中から、もう三組も同じ本を借りに来られていまして……」)から推測するに、これは夏休みの宿題対策であるに違いありません。

そんな攻防を傍目に、本日の収穫は以下の2冊。
 『TOUR1989』 中島京子
 『自分の体で実験したい―命がけの科学者列伝』 
  レスリー・デンディ メル・ボーリング
2冊を読み終えるのに二週間という(以下同文)。
一度、再び通い始めてみると、図書館というのはやはり心躍るパラダイスであります。


2009年08月07日(金) 企みに騙されろ

「だまし絵展」が兵庫にやってくるそうであります。
名古屋で開催されていた時には、気付くのが遅れて行きそびれてしまったので(そして日曜美術館の特集を見て「……ああ!(やっぱり行くべきだった)」と嘆いていた)、今度はぜひ念願を果たしたいところです。
会場の兵庫県立美術館には一度行ったことがありますが、広くて明るくて新しくて、おまけに付属のレストランのランチも美味しくて、いたく好印象の場所でありました。

http://www.artm.pref.hyogo.jp/damashie/index.html

開催期間は8月26日から11月3日まで。

***

明日には借りてきたガラパゴスゾウガメの本を返さねばならないので、読書録用に一言メモ(『ひとりぼっちのジョージ―最後のガラパゴスゾウガメからの伝言』 ヘンリー・ニコルズ著)。

・正しくは、ロンサム・ジョージはガラパゴス諸島に起源を持つゾウガメの内、ただ一頭のピンタゾウガメである。

・保護と利用、あるいは保護と利益。この相反するもの。

・「フラッグシップ」とは、自然保護の意識と行動を呼び起こすカリスマ性のある動物(もしくは植物)のこと。本文より引用。

・突き詰めて考えれば、人間は異物であるのか? そうは思いたくない、けれども。

・80才台とはいえ、まだ若輩者である彼は、不慮の事故などがなければこれから百年は寿命があるらしい。百年といえば、今地球上にいる生き物のほとんどはもう存在しないに違いない。それだけの年月を、ある一つの種の最後の生き残りとして生き続ける彼の目に映る未来が、願わくば今よりも穏やかなものであって欲しい、とついセンチメンタルになる。


2009年08月06日(木) ああ夏休み

我が伯父上と伯母上は、今日と明日の限りなく境目に近い時間から東京へ向けて車で出発するらしいのですが、方々で旅行の話題を耳にするようになると(昨日のイギリス旅行しかり)、ああ夏休みなんだなあと実感します。
私の夏季休暇は9月になる予定なので、今しばらくは財布も体力も養生しなければなりません。なにしろ、この夏は旅行が三つも控えております故。

仕事帰りに横目で眺めた万灯祭の灯火に一瞬はっとしつつ、今年も平穏無事な9月を迎えられたことに、密やかなる感謝を。


2009年08月05日(水) 14:01:45(グリニッジ標準時間)

知り合いの方から、イギリス旅行のお土産に、缶入り紅茶とハロッズのテディベアマグネット(どうも近頃クマづいている)とショートブレッドをいただきました。

海外旅行に憧れるには、只今少々体力不足気味ではあるものの、アフタヌーンティーには充分に心惹かれます。随分と前に読んだ江國香織さんのエッセイで、草の上に座ってスコーンと紅茶をいただく、それはそれは幸福なティータイムの話が出てきたような覚えがあるので、本棚を漁ってみようと思います。


2009年08月04日(火) 熊を干す

今日は一日暑かった。どのくらい暑かったかと問われれば、母が家のベランダでくまの干物を作るくらいに。友人から「お化け屋敷に行かない?」とお誘いのメールが来るくらいに。
八月に入った途端、待っていたかのように夏らしくなりました、ね。

(注)
くまの干物……正しくは、ニ○リで買ったシロクマの抱き枕を母が日干ししていただけである。そしてその様子を嬉しそうに「見て〜。干物〜」と写メールしてきただけである。

お化け屋敷……こちらのサイト参照(http://www.pagong.jp/obake/obakeyashiki.html)。断るのは不戦敗のようで気に喰わないのだけれど、でもやっぱり私は行けません。許せ、友よ。


2009年08月03日(月) 空を見て考えた

小さい頃に「みんなのうた」で流れていた、0町の0番地に建っていて、屋根がなくて、確か壁もなくて、子どもにしか見えないという、不思議な家の歌が、このところ頭の片隅にひっかかっています。屋根がないので「雨が降ったらどうしよう?」と(当然のことながら)気に掛けるのだけれども「お日様が見ているから大丈夫」という、至極ハッピーな歌詞だったような記憶が……。

先日、アジアのどこか山奥にあった洞窟とジャングルジムのような木組みでできた村のドキュメンタリーを見ていて、前述の歌をふと思い出したのでした。今はもうどこかへ村ごと引っ越してしまったという彼らの行く末や、「こんなところとは知らずに嫁いでしまった」という若い花嫁さんのその後に思いを馳せる傍らで、脳内BGMとして流すにはあまりに能天気な曲のようにも思われたものの……。


2009年08月02日(日) 誰かの香り

抽斗の片付けをしていたら、華奢な小瓶に入った香水が出てきました。
多分、もう何年も前にもらったもので、普段「香りを纏う」というお洒落に縁のない私は、有難くいただきつつも結局は使わない(使えない)まま、大事にしまい込んでいたのでした。
数年ぶりに蓋を開けてみれば、甘やかすぎない爽やかな香りで、これならばさほど違和感なく身に付けられるかも、あの頃より(多少は)大人になったことだし、とほんの一滴ずつ、そろりそろりと使っています。

……が、なにせ香水に馴染みがないもので、自分の周囲から鼻慣れない(などという言葉はありませんが)香りが漂ってくると、どうも落ち着かないような、見知らぬ誰かが自分と二重写しになっているような、奇妙な感覚を味わうことがままあります。やはり私にはまだ香水は早かったか、と思うと同時に、これはむかし数行だけ書き殴ったまま放り出している話に使えないだろうか、とぼんやり思っていたりもします。確か、鏡に映る左手の薬指に指輪をはめた自分の姿に嫉妬心を抱く女性の話だった、と記憶しています。しかし、一部分だけ書き出すと薄気味の悪い……。

香水といえば、パトリック・ジュースキントの『香水』は、覚悟していたほどグロテスクではありませんでしたが「匂い」というものを中心に据えた物語は(「食欲」のそれと同じく)生々しいものだなあということと、解説で触れられていた稲垣足穂の短編は一度読んでみたい気がするということ、吉野朔美さんのエッセイを読んで以来気にかかっていたこの本をようやく読了できて満足であるということ、をここにメモ(読書録の更新がままならないので)。


2009年08月01日(土) 初めが肝心

8月は毎日、きちんと日記を書こう、と決めたはいいものの、長らく「日記を真面目につける」という習慣を疎かにし続けてきたので、さあ一体何を書けばよいやら、と初日から途方に暮れる羽目に陥っています。その名の通り、日々の出来事を綴れば良いのでしょうが、しかしそんな非ドラマチックな記録をつけてどうするのだという、初心に帰ったと言えなくもない疑問が浮かぶことは、如何ともしがたい(腕組みをしつつ)。

ひとまずは近況報告などしてみるならば、近頃は部屋の模様替えに凝っているのですが、同時に有り余るものものの取捨選択も始めてしまったため収拾がつかなくなり、整理整頓なのか破壊活動なのか良く分からない様相を呈しています。
準備室に潜在的積読本を一気に追加した結果、総計でおよそ250冊という数字が弾き出され、この状況に対策を講じるならば、財政的にも物理的にも図書館を活用した方がいいだろうと、とりあえずガラパゴスゾウガメの本を借りてきて読んでいます。
うっかりと、ほいほい「行くよ」と返事をあちこちにしてしまったため、来月は毎週末旅行という恐るべき過密スケジュールが組まれてしまい、なんだんなんだまるで遊び人のようではないかと自分で自分に驚いています。

……初日としてはこんな感じで良かったのでしょうか?(と、まだ手探りですが、なんとか一ヶ月継続できますように)





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ほたる