とある休日の夕方、娘との買い物で百均へ。
娘・R(中二)が必要な習字の半紙を買いに行くという非常に地味なものである。
「そんなん自分で買って来い」
と言ったのだが、既に日が落ちて暗くなっており
「怖い」
とのこと。だったら昼間の内に買っておけよ百均ファッキンとブツクサ言いたいところであるがかわいい娘を守るため僕も付いて行った。
東京の街とはいえ、どの道も充分に明るい街灯があるわけではない。
「この辺が怖いのー」
Rが怖がるのは表通りから奥まって、細くなって、明かりもなく暗くなっているというウチの入口までの導線の道。我が人生と同様棲家も裏通りである。
「学校から帰る時はできるだけひとりで帰らないとか、明るい道通るとか注意してるよね?」
とRに聞いてみたら
「してるよ!部活の後は誰かと帰るようにしてるし、遠回りして明るい道通ってるし、でもどうしてもひとりの時もあるし、この道は絶対通らないといけないし…」
すべての道はローマに通じるが、我が家に通じるのはこの暗い道しかないのだった。
そういえば…と、僕が中学生だった頃の登下校のことを思い出した。僕が中学生の頃はチャリ通だった。栃木の田舎だったので陽の短い秋冬の帰り道はとても暗く、うっそうとした神社の森を横切ったりもしたのでチャリとはいえやはり怖かった。しかしそれはオバケが怖いとかそういったプリミティブなものへの怖れであり、Rが感じている都市型犯罪的な、クライムへの怖れとは別物である。
もうひとつ思い出した。犯罪者もしくは変質者とまでは言わないが南波君という変な同級生がいた。クラスが違うし友達でもなかったが、学校から家までが同じ方向なので登下校中によく見かけた。南波君は
「自分の前にチャリで走っている人がいたら追い抜かさずにはおられない」
という奇妙な習性を持っていることで有名であった。登下校中、ふと後ろからシュオオオオオという激しいチャリをこぐ音が近付いてきたらそれが南波君である。
ミラーを見てみると(通学チャリにはバックミラーが付いていた)、顔を真っ赤にした南波君が猛烈に迫って来て追い越して行く。僕の前にもチャリで走っている人がいた場合、それも追い越す。そして誰も彼の視界の前にいなくなると通常のスピードに戻るのだ。
ゴルゴ13の「俺の後ろに立つな」ならぬ「俺の前を走るな」であるらしい。
一度南波君を煽ってやろうと思ったことがある。ある日の下校時、いつものように南波君が追い抜きにかかってきたところで僕も思いっきりスピードを上げた。バックミラーには鬼のような形相が写っているし
「ふぎいいいいいいい!」
と豚の断末魔のような雄たけびを上げてきたためこちらも悲鳴を上げそうだったが抜かれるギリギリで家に到着し、辛うじて庭に滑り込んだ。南波君は悔しそうにこちらを一瞥し、家を通り過ぎて行った。勝つには勝ったが非常に恐ろしかったため、それ以来彼には逆らわないことと決めた。それから卒業まで何回か抜かれたと思うがもう追うことはしなかった。
南波君の話が長くなった。何が言いたいかというと、
「Rもチャリ通にしてみたら?」
このことであった。チャリで通うほど遠くはないが、徒歩通学よりはリスクが少ないのではないだろうか。
「チャリは禁止だよう」
しかしあっさり校則でダメだった。
「じゃあ恥ずかしいかもしれないけど小学校の時持ってた防犯ブザーは?」
「やだ!」
これもRが断固として否定した。恥ずかしいからではなくて、一度下校中に間違って路上でブザーのピンを外した上にピンを落として見つからなくなってしまったため、音は鳴りまくるわ止められないわで慌てて家まで帰って来たが、嫁もいないし大パニックになって大泣きしてしまったことがトラウマなんだという。幸いなことにピンを見つけた友達がすぐRを追いかけて届けてくれたんだとか。
そんな話を南波君の話より長く語るのであった。
お互い積もる話をしつつ百均に着き、Rが半紙を探しているのを待っている間、ふとオモチャコーナーに目が行った。シャボン玉とかママゴトセットとかチープだけれども楽しそうなモノが並ぶ。
Rや息子・タク(小5)が小さい頃にねだられたものだ。それが今や夜道の犯罪予防にはどうしたらよいか考えるまでになった。ふたりとも大きくなったなあ…と考えていたら
「パパ!これ買って!」
いつの間にか戻って来たRが何かを掴んで叫ぶ。
「は?何それ」
「スライム!」
「おまえ…中学生にもなって…しかも女子…」
と呆れたが
「ねえ買って〜」
つい買ってしまった。こんなもん欲しがるなんて小3ぐらいの男子かよ…。
クライム(犯罪)を恐れるけどスライムには目を輝かせる娘なのであった。なんちて。
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今日もアリガトウゴザイマシタ。