Sports Enthusiast_1

2006年09月30日(土) KKコンビへ引退勧告

オリックスの清原選手が来季も現役続行だという。この選手のことは当コラムで何度も書いた。欠陥は、上半身と下半身のアンバランス、重すぎる体重にある。それが是正されなければ、野球選手としては無理だ。サッカーの三浦カズが現役を続行できるのは、減量とストイックな練習の成果であって、人気があるからではない。清原は走れないのだから、野球選手として、一振りにかけるしかない。代打要員ならば年俸はせいぜい5千万円どまり。ただ、清原ファンが関西を中心に、多数存在するらしい。ボクシングの亀田ファンに似ているような気もする。両者のファンに共通するのは、スポーツファンではない点だ。亀田、清原の二人には、日本型ヒール(悪役)の雰囲気がある。その雰囲気は、もちろん、あの世界のものだ。

桑田投手は、200勝を上げるまでは現役を続行するつもりのようだ。早々と自らのブログで読売退団を予告し、他球団で現役続行する意思を表明した。

二人はPL学園の同期。甲子園のヒーローとして、KKコンビと呼ばれた。清原は西武に、桑田は読売に指名されたのが、FA制度で清原が読売に入団し、KKコンビが読売で復活した。昨シーズン、清原は打者としては下半身が衰えオリックスへ移籍、桑田は投手としては肩が衰え、今シーズンは戦力外だった。二人の丈夫なところを合わせれば野球選手としてやっていけるのかもしれないが、生身の人間が合体できるはずもない。

二人の行き先は、楽天以外考えられない。楽天が読売や阪神の落ち目のベテラン人気選手を集めて、最下位脱出と観客動員アップを目論むことは十分考えられる。阪神で戦力外といえば、片岡、桧山、読売では、桑田、工藤、仁志、清水あたりだろうか。若手育成には時間がかかる。楽天は年金球団として、ここしばらくはやっていくしかない。

筆者からみれば、KKコンビの現役続行に期待はもてない。桑田には、指導者の勉強のため、アメリカへ行くことを勧める。桑田は必ず、指導者として成功する。監督よりもコーチだろう。清原は・・・



2006年09月27日(水) 「亀田的なもの」の危険が現実に

亀田3兄弟の次男・亀田大毅の試合後に、ファンが乱闘騒ぎを起こしたらしい。このような騒動が起きることは十分、予測できた。亀田親子はボクシングという格闘スポーツに暴力そのものを持ち込み、大衆の心に潜む暴力を喚起してきた。そして、きょうこの事件で、中途半端にボクシングを習った連中や格闘技に心得をもつ男達が亀田親子の「暴力性」に魅せられ、それを実行してしまった。筆者は、そうなることの危険性を当コラムで指摘したのだが、残念ながら、暴力事件となって顕現化してしまった。

亀田親子が醸し出す暴力性に魅せられた大衆が騒動を起こすきっかけは、いくらでも転がっている。たまたま、当事者の試合中に起きたにすぎない。このような事件は不幸なことではあるが、むしろ、関係者(亀田ファンを含めた)の間で起こったことは幸いだった。「幸い」とは、亀田的暴力性が街頭、職場、学校へ拡散する前に事件になったということを意味する。「亀田的」な暴力性とボクシングが今日、この日本において合体してしまったことは、格闘技界はもちろんのこと、あらゆるスポーツにとって、いや、荒廃が進む日本社会全体にとって、大いなるマイナスである。

「亀田的なもの」の台頭は、減量に苦しみながら新人戦からランカーとの対戦を経て、やっと日本ランキングに入ることができた若いボクサーに対して――、若いボクサーの挑戦を退け、自らの地位を守りながら世界を目指している中堅のボクサーに対して――、いや、すべてのボクサーが流してきた血と汗に対して――、リスペクトを欠いたものである。しかも、こうした「エセ=スポーツ」を脚色し、公的電波に乗せて日本中に流したのが、TBSというテレビ局であることが悲しい。

「亀田的なもの」を創出したTBSのあさはかな演出が、大衆が単純に心に抱くヒールへの憧れを増長させ、無意味な暴力を呼び起こす。ボクサー、いや、格闘技の心得のあるすべての者には、自己を厳しく律することが求められていた。このことは、武道の基本中の基本だった。

「亀田的なもの」の中心には、父であり、トレーナーを務める史郎氏がいる。彼は調印式や計量の場で、暴力を前面に押し出している。その見苦しさ、醜さ、危うさを、なぜ、「公器」TBSは気がつかないのだろうか。TBSは史郎トレーナーの「暴力」を演出効果だと勘違いしているのだろうか。ボクシング界がリング外に暴力を拡散させたら・・・それがいかに危険なことか・・・長年スポーツ中継をしてきたTBSがわからないわけがない。

TBSがマスコミとして、いまなお良心、常識を持っているのならば、「亀田的な演出」を即刻中止すべきである。そして、亀田3兄弟を普通のボクサーとして、日本ランカーと対戦させ、そのうえで、アジア、世界へと飛躍させるべきである。トレーナーにはトレーナーの仕事に専念をさせ、おかしな言動を慎むよう指導すべきである。それができなければ、“TBSは暴力を社会に広げようと図る、危険極まりないテレビ局である”と言わざるを得ない。



2006年09月23日(土) ジーコの短い冒険

昨日(9月23日)共同通信が、トルコ1部リーグ、フェネルバフチェのジーコ監督の「危機」を配信、インターネット、新聞等のメディアが一斉にこの記事を報じた。筆者はトルコのサッカーについて何も知らないので、共同の記事を評価する情報・能力を持たない。だからひとまず、共同の配信を信じる。いかにも当然のことだと。

報道によると、ジーコ監督が率いるフェネルバフチェの成績は、リーグ戦6試合を終えて、4勝1分け1敗、勝ち点13で2位につけている。リーグ最多の16得点で失点6。立派な成績だが、地元メディアはジーコを「更迭すべきだ」と酷評している。

その理由は試合内容が悪いため。地元メディアは「戦術のない監督」「退屈極まりない試合」「1980年代のサッカー」「チームとしてのプレーがない」と批判する。

あれ、この言説はジーコが日本代表監督のとき、筆者がジーコ批判で展開したときのものと同じだな・・・

フェネルバフチェは、トルコリーグでいい成績を上げても、欧州で通じなければ評価されないらしい。なんでも、欧州での成功をクラブ創立100周年の目標とするというのだ。

思い出してみると、日本代表がアジアで勝ち進んだとき、日本のメディアは強い強いと大騒ぎをした。これなら、W杯も大丈夫といった具合だ。もちろん一部には、冷静にアジアにおけるジーコジャパンの戦いぶりを分析したサッカー評論家がいた。彼らは、ジーコの采配・戦術・戦略・選手選考等に疑問を呈してきたのだが、こうしたまともな声は、ジーコ礼賛一辺倒のメディアの大声にかき消されてしまっていた。

一方、トルコではリーグ戦で好成績を上げていても、その戦いぶりがモダンサッカーの本流から外れていれば、黙ってはいない。ここに、トルコと日本のサッカージャーナリズムの土壌の違いがある。

共同通信によると、クラブ幹部はジーコ監督更迭を否定するが、結果によっては去就に影響が出るのは間違いないという。

筆者は当コラム(2006年07月08日/「ダバディ氏を断固支持する」) で、ジーコのトルコにおける冒険は短い、と予言した。やっぱりか。



2006年09月18日(月) 変身、磐田

雨中の熱戦を制したのはアウエーの磐田。好調の川崎は、ホームで痛い敗戦を屈した。両チームが噛み合った好ゲームだった。悪質なファウルが少なく、それでいて激しさもあり、最後までスピードが落ちず、悪いコンディションの中、最後まで攻め続けた選手たちの闘志は賞賛に値する。

磐田が若手の才能あふれる選手の宝庫であることは、このコラムで何度も指摘してきた。そんな磐田に、若手育成を使命として、元日本代表コーチ・アテネ五輪代表監督のY氏が監督に就任したものの、世代交代に失敗し2シーズンもたずに退任した。筆者はY氏の就任当時から、当コラムにおいて、Y氏の監督手腕に疑問を呈してきたのだが、残念ながら筆者の予想通りとなってしまったわけだ。

さて、その後を受けたブラジル人監督のアジウソンがチーム建て直しに成功しつつある。アジウソン監督は現役時代、磐田でプレーした経験がある。なんと、ゴンよりも年が若い。

アジウソン監督の選手起用の特徴の1つは、ドイツ大会日本代表ボランチの福西をトップ下のようなボランチ(守備と攻撃に流動性をもった、という意味)で使って成功していることだ。いま、欧州サッカーで最も注目されるシステムは、DFラインの前の選手の数と資質。日本ではボランチと呼ばれるポジションだが、そこにどういうタイプの選手を何人置くかが監督の手腕のみせどころとなっている。

日本では4バック・2ボランチが一般的だが、欧州では1ボランチもトレンドになっている。そこに、パスが出せて、走力・運動量豊富で、ミドルシュートが打てて、DFラインの前で守れる選手を据えられれば・・・というのがチームづくりの理想となっているわけだ。それができる選手ならば、いくらの値がつくかわからない。Jリーグでは、千葉の佐藤勇、浦和の長谷部、G大阪の遠藤あたりが該当するだろうか。いやもっと守備が強くないと・・・

アジウソン監督は、その役割として、福西を適役だと判断したのかもしれない。この試合、福西は決定機に絡む数で言えば、両チーム合わせて最多。抜群にいいポジション取りをみせたものの、シュートをことごとく外して、磐田苦戦の原因となってしまった。この試合、終わってみれば、4−3の接戦で磐田が勝ったように見えるが、ゲームの支配状況、チャンスの多さ、決定機では磐田が圧倒していた。つまり、福西が決めるときに決めておけば、磐田が楽勝だった可能性が高かった。とは言っても、それは結果であって、アジウソン監督の狙い、システムは、成功していたと言っていい。

磐田のもう1つの魅力は、右サイドの太田の存在だ。彼の特徴は、最後まで落ちない走力と運動量。しかも、クロスの精度は悪くないし、ミドルも打てる。左サイドにポジションチェンジして、中に切り込んでのシュートも威力がある。彼のシュートは足の振りが鋭く、GKがタイミングを取りにくいようにも見える。右サイドは、日本代表における人材不足のポジション。4バックの右SBならば、田中(横浜)より太田のほうが力は上だと思う。この試合では、右サイドからの攻撃の基点として、川崎の左サイドを圧倒していたし、川崎の右サイドの森と比べても、太田のほうがずっとよかった。太田と森の差がこの試合の得点差だといってもいい。オシム監督は迷わず、太田を代表に呼ぶべきだ。



2006年09月16日(土) 狂った歯車

千葉が全然、だめだ。アマルオシム新監督になって勝てない。試合内容も悪い。接戦で競り負け、1点差で突き放される展開が多い。記憶では、一方的に負けた前節の清水戦以外の磐田戦、FC東京戦、川崎戦、そして今節(16日)のC大阪戦と得点こそ違え、同じような展開だ。
概ね、前半早い時間で千葉が先制し、試合を支配し楽勝ムードが漂う。ところが千葉が決定機を何回か外すうちに、相手にペースが移り同点に追いつかれ、さらに突き放される。そこで千葉が巻き返し再度追いつくものの、力を使い果たした千葉は疲労から足がとまり、相手に決勝点を奪われ、さらに追加点を奪われて万事休す。そんな展開ばかりが続いているような気がする。
敗因は、守備の弱さ、決定力不足、スタミナ不足などなどだろう。現象的には確かにそうなのだが、それでも、イビチャオシム監督のときは、なんとか千葉は勝ってきた。ほぼ同じ戦力でアマルになってから勝てなくなったのは、監督の求心力不足、判で押したような選手交代など、勝ちきる気力が選手に伝わっていないからではないか。
根本的には選手層の薄さ、外国人の力不足もあるが、それもいまに始まったことではない。このままなら、アマル更迭が選択肢の1つ――となる可能性もある。サッカーに限らずプロスポーツは結果がすべて。オシム親子が聖域である根拠は何もない。



2006年09月15日(金) FC東京は若手の宝庫

増嶋竜也[ DF・21才〕、馬場憂太[ MF・22才]、鈴木規郎[ MF・22才]、石川直宏[ MF・25才]、伊野波雅彦[ MF・21才]、梶山陽平[ MF・21才] 、赤嶺真吾[ FW・23才]、徳永悠平[ DF・22才]、栗澤僚一[ MF・24才]、今野泰幸[MF・23才]、そして、平山相太[ FW・21才]の入団が決まった。伸び盛りの、しかも、日本代表を狙える資質を備えた若手選手を抱えたクラブとしては、磐田、清水に勝るとも劣らない。
ところが、クラブの成績はいまひとつ。その主因はクラブがサッカーの路線を定めかねていることだ。
“FC東京といえば、原監督”のイメージが強い。監督退任後もテレビ解説者として活躍し、独特の語り口と明快な解説ぶりでファンも多い。原氏はスペインリーグの影響を受け、とにかく、攻めのサッカーをコンセプトにした。欧州サッカーのトレンドの1つを取り入れ、左利きのサイドプレイヤー鈴木(規)を右サイドで起用するなど、アンテナは鋭い。しかしながら、原氏の「いけいけサッカー」には結果がついてこなかった。FC東京のJ1での戦いぶりは安定度に欠け、しかも主力選手のケガに悩まされ下位に低迷した。
そこで、今年からポゼッションサッカーを目指すガーロ氏をブラジルから監督に迎えたものの、選手に浸透するに至らず、しかも、オシム代表監督の「走るサッカー」に逆行する結果とも重なり、ガーロ氏は日本を去った。FC東京のジグザグ路線は、日本代表のトルシエ〜ジーコ〜オシムのダッヂロールの一周遅れに似ていなくもない。
FC東京の成績不振は、一クラブの不成績で終わらない。冒頭に掲げたように、このクラブは若手の有望選手の宝庫だ。彼らの才能を伸ばし、代表に送り込まなければ、日本サッカーにとって損失だ。
筆者は、以前から、左SBの鈴木(規)に期待するところ大である。彼は負傷欠場中。回復振りが気になるところだ。
さて、FC東京経営陣は、千葉がオシム氏を発見したように、世界に名伯楽を求めてほしい。幸いにして、このクラブは、東京ガスがメーンスポンサー。クラブ経営は超安定の部類に属している。若手が代表入りすればFC東京はJリーグで優勝するし、その逆もまた真なり、といったところだ。



2006年09月07日(木) オシムは危機を乗り切った

オシム監督が率いる新生日本代表がサウジアラビア、イエメンで苦戦した。日本代表各選手は中2〜3日でリーグ戦を戦った直後、サウジアラビアに渡り、サウジ、イエメンと中2日で戦うというハードスケジュール。こんな日程を組むなんて、日本代表に勝たなくてもいいと、いっているようなもの。日本サッカー協会、Jリーグの事務方はいったい何を考えているのだろうか。そんな中、案の定、日本はサウジに0−1で負け、イエメンに1−0で辛勝した。サウジに負けたことは大いに反省しなければいけないものの、この敗戦をプラスに考えたい。

スポーツ・ジャーナリストのU氏は、ジーコが率いた後の日本代表の状況を「焦土」に喩えた。トルシエが発掘し育て上げた日韓大会経験者の代表選手たちは、当時、才能に恵まれた若者達だったけれど、ドイツ大会ではベテランの域に達していた。彼らの力は、ピークと表現するよりも、落ち目と表現するほうが適正だった。筆者の予想通り、日本代表はドイツ大会で惨敗した。豪州、クロアチア、ブラジルとの3戦の彼らの戦い振りは、スタミナ、精神力において、4年前の輝きを失っていた。

思い出してみよう。日韓大会終了後、退任が決まったトルシエ(当時)監督はやや上気した表情で鼻を膨らませながら、4年後、日本代表選手が経験を積み、力をつけ、より強大な代表チームになると、まくし立てたものだ。それを聞いた国民、マスコミ関係者は、トルシエの言葉を信じ、4年後の日本代表の姿について、大きな期待を寄せた。成長した中田英、稲本、柳沢、高原、宮本らが4年後のドイツ大会で大活躍する姿を想像することは、大げさに言えば、国民的合意事項だった。

今年のドイツ大会、トルシエの予言はみごと外れてしまった。大会終了後、中心選手だった中田英は引退した。また、彼以外の主力選手も代表引退を表明した。ドイツ大会終了後、新監督(オシム)が受け継ぐべき遺産は見当たらない。この惨状を、前出のU氏は「焦土」と表現したわけだ。

わずか40日前、日本代表は、嵐の中を船出した。オシム船長は新しい才能を試しつつ、強行日程のアウエーでの公式戦を戦い抜くしかなかった。豊かな遺産を引き継いだジーコは、浪費の意図はないにしても結果的には補充をせず、日本代表を「焦土」と化した。ただ、日本のサッカーファンの多くがその事実に気づかなかったにすぎない。ジーコが率いた日本代表がW杯1次予選において、わずか勝点1で敗退するとは思ってもいなかったのだから。

40日後、オシムが率いた日本代表の黒星を見たマスコミは、鬼の首でもとったようにオシムを批判し始めた。アジアで負けるとは、オシムはジーコやトルシエ以下だと。代表チームが1回負けたたびごとに結果責任を問うていれば、代表チームの負け数だけ代表監督が必要となるだろう。

過剰な期待と礼賛、その反動としての非難、批判・・・プロスポーツファンには、結果を楽しむ権利があるのだから、結果について、自由な議論が許されている。代表監督批判はかまわないけれど、敗北や苦戦については、多角的に議論されるべきではないか。代表チームに係る評価は、最終目標から逆算して、現在を規定したほうがいい。換言すれば、現時点において、獲得すべき目標とその達成度という観点を代表評価の共通認識にしたほうがいい。

代表チームの大きな目標は、4年に1度のW杯だ。アジア杯で優勝できなかった韓国、イラン、サウジアラビアもドイツW杯に出場している。なかで韓国は、1次予選において、フランス、スイスと最後まで決勝T(トーナメント)進出を争ったのだが、韓国の戦い振りは、賞賛に値する内容だった。フランス、スイスは欧州の強豪として、ドイツ大会でひときわ輝きを放った好チームだった。韓国は決勝T進出こそ適わなかったものの、韓国国民は自国の代表チームの帰国を自国の誇りとして迎えたはずだ。

アジア杯など制する必要はない、というわけではない。アジア杯を通過点として、さらにその先を見通すことが重要なのだ。2006年、公式戦における日本代表にとって最も重要な事項の1つは、アジア杯の予選通過だ。予選通過において、1位、2位の優劣はない。昨日(9月7日)、インドがサウジアラビアに負けたことで、オシム監督と代表選手たちは、かつてないほどのハードスケジュールを無事、通過するという結果を残した。

さらに、日本代表にとって、公式戦以外に重要な事項は、若い代表候補に経験を積ませることだ。Jリーグの一戦、一戦をきっちりと戦うことはもちろんだけれど、国際親善試合、アジア杯等の公式戦を若手のために有効に生かすことではないか。

さらに、最も基本的にして重要な事項として、新監督のサッカー哲学をJリーガー、スタッフに浸透させることを挙げなければいけない。幸いにして、オシムの一語一語がマスコミから注目を浴び、日本社会に浸透を果たしている。図らずも、「考えて走るサッカー」は、日本人すべてが知るところのフレーズになった。

嵐の中を出航したオシム丸だが、どうやら、最初の危機を乗り切ったようだ。



2006年09月03日(日) 平山もか

オランダリーグ1部のヘラクレスの平山が解雇された。理由は、必死さがない、というもの。報道の通りなら、平山はオランダリーグを舐めていたことになる。平山は、直前の当コラムで書いた大久保(C大阪)と同じく、長崎K高校出身で、K「名監督」の指導を受けた。高校時代から才能を発揮し、ワールドユース代表等で活躍し筑波大進学後、中退してオランダに行った。平山も大久保も才能のある点、及び、サッカーに対する姿勢に問題がある点で共通する。平山の解雇理由が報道のとおりならば、高校時代、彼も指導者からサッカーに対する取組み方を学び損ねたということになる。
長崎K高校がサッカーの名門校ならば、才能のある高校生を甘やかさないでいただきたい。彼らの人生は長い。高校時代の指導者が、高校生に向けて、人間として生きる術(すべ)を教えないから、大久保や平山のような、いい加減な若手選手が出てきてしまうのだ。
マスコミはK監督のサッカー以外の指導法を正しく取材し、この監督が真に名監督、名指導者であることの確証をつかんでから、そのように報道してほしい。この二人の若手サッカー選手の大馬鹿ぶりを見る限り、結果として、K監督の指導法に問題があるといわざるを得ない。誠に残念というほかない。


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