初日 最新 目次 MAIL HOME「馴れていく」


ごっちゃ箱
双葉ふたば
MAIL
HOME「馴れていく」

My追加

2008年07月28日(月)
八月の細い路地では







八月のとても暑い日には
家と家との間にある細い路地が
世界中の細い路地とつながってしまうことがある

窓の下に停めてあるはずの自転車も
ひとりでに鍵をはずしてしまって
車輪がはじけ飛びそうなほど
勝手にペダルを回転させて
旅に出てしまっていることがある

小説や昼寝の隙間に挟まってくる
ちりんちりん、という音は
ご近所のお家の風鈴の音とは限らない
銀のスタンドの先っぽにくっついていた土が
セントラルパークのものだったかもしれないし

ローマ市内の細い路地に停めてある真っ赤な自転車は
隣りに住んでる声の低いおばさんのなのかもしれない

猛スピードで世界中に出かけていくくせに
誰か人が通りかかったときにだけ
静かに佇んでいる自転車

八月のとても暑い日には
けれど通る人なんて滅多にいない細い路地では













2008年07月21日(月)
塗りかさねる








7月21日、公園の木陰にあるベンチで
ふたりは知り合うはずだったのだ
灰色に薄汚れた
ペンキのだいぶはげかかってしまった
小さなベンチで

まず彼が座り、本を開いていたところへ
ふんわり彼女が通りかかるのだった
それから、そう遠くない日には
ふたりで寄り添って暮らすことに決めるのだ

不動産屋をまわったり、仕事を辞めたり
ぶん殴り合ったり皿を投げあったり靴も履かず
飛び出したり追いかけたり
UFOを見たとさわいだりとか
またひとつ詩が書けたとさわいだりだとか
深夜映画を録画し忘れたとか
カレーにはこのスパイスがなくちゃね、だとか
こどもができたみたい、だとか
そうやって
ふたりが暮らしたと思い出してみるだけで
50年後の初夏の空はなんだか
青すぎてしまって仕方ないと目玉を痛くするにちがいない

、という具合にちいさな暮らしを守りながら
年老いていくはずだったのだ、ふたりで

7月21日けれども
ふたりはそんな運命には出会う事はなかった
そもそも知り合いにすらならなかった
ベンチを一瞥しただけで
擦れ違って行ってしまった

『ペンキ注意』の紙がぺったしと貼られた
木陰のベンチがその日たまたま
真っ白く塗り直されたばかりだったから

真っ白く塗り直されたばかりだったから














2008年07月14日(月)
前後(2)










彼の正面も背中にあって
目や鼻や耳も逆方向についているので

前向きな方の見据えているものが
まったく後ろ向きでしか見聞きなどできないものらしく
特に彼らしいことなどは
後ろ向きにしか気付かないらしく、そのうえ
前向きに避けなければならないものから
進んで接していってしまうものなのでそのせいもあって

逃げるな、とお叱りを頂くばかりの彼にしてみれば
前後いったいどちらへ逃げてはいけないのか、と
そのたび混乱してしまうばかりであるらしく

けれどもどちらかといえば
現実であることこそ矛盾であるのが道理であったり
なにか言うことが別のなにかを言わないことでもあったり
どうあってほしいか、がどうなってるのかを
理解する事よりも先にきたりするものなので

同じく後ろ向き、けれど口先ばかりの
私による説得もむなしく彼はやっぱり
あきらめなければならない事から
逃げ続けてばかりいるようなのだ














2008年07月07日(月)
寝がえり









読みかけの本を枕元に
きみの
寝顔を見ていると

このままきみが
目を覚まさなかったら、などと
ふと考えてしまう癖がある

瞼がじぃっとあつくなってしまうので
もうしばらく僕は
眠れなくなってしまったみたいだけど

きみは五十を過ぎた貫禄で
大きな寝がえりをうつ

んがっ、と口もあく