初日 最新 目次 MAIL HOME「馴れていく」


ごっちゃ箱
双葉ふたば
MAIL
HOME「馴れていく」

My追加

2002年11月30日(土)
そりゃあたしかに小春日和だ









午後の授業をふけ
帰る電車の窓から

木造のお家の縁側で
お茶を飲んでる
おばあさんをみた













2002年11月26日(火)
第一人称(2)





わたしが僕らしくあることは
そんなのごくごく当たり前
それよりもむしろ
どうして俺以外の誰かのようになれないのかと
階段のぼりながら
いつも考えて
息をきらして ちとうんざり


それから
ほかのひとよりも
ほかのひとに求めてることがおおいんじゃないかと
思いが巡って落ちて またうんざり










2002年11月23日(土)
第一人称





あたいは冗談でも言わない
僕はころころ転がっている
俺はちょっと気取っているし
ふと我にかえって赤面しそう
私はかしこまってみせたい

わたしなんかは私だけど
その場その場でつかいわけて
どんなふうに思われたいやら

これ、というのが言葉にないかも
名前で呼ぶわけにもいかないし










2002年11月17日(日)
ベイベー





赤ちゃんが不思議だ
ヒトに限らず
赤ちゃんは、かわいいと思われるようにできている。

でもそういうことだけじゃなくて
彼らには過去がない。
指ひとつの動きにしても
泣き声にしても、ぜんぶこれからのことに向けられている。

入院していた頃に
よく一日に2度カーテンのあく
新生児室に覗きにいった。
あのぎゅってしている
ポークビッツみたいな指のなかのものを
少し分けてほしいような気が
するのかもしれない。




ぜんぜん関係ないけど
ボーカルで「べいべー」がかっこよく言えるってのは
かっこいいなあ。(忌野清志郎参照のこと)









2002年11月15日(金)
あたいの夜










こんやもまた浅川マキで夜を更かす。
これでいいのか。あたいの24歳。














2002年11月10日(日)
うそつき


うそがアタマとカラダの栓やら排水溝に
めいっぱいつまってしまって

あのときはどんなうそつきにでも
なろうと思って
誰だろうとどんなふうにでも
利用して
どんなふうにでも悪くなろうと思って

そしたら今になって
生活が一枚の天井になっちゃって
自分はその下に抜け落ちている感じ


泣いたりするよなことじゃないのに
そんなこと


どうしたいのか分からなくて
どうしたかというと
井の頭公園で閉園まで
水面をボンヤリ見てた
亀がちゃぷちゃぷ横切っていった











2002年11月09日(土)
「悲しいことはいつもある」





「 誰も悪くはないのに
  悲しいことはいつもある
  願い事が叶わなかったり
  願い事が叶いすぎたり
  誰も悪くはないのに
  悲しいことはいつもある 」





         中島みゆき 「悲しいことはいつもある」
          アルバム 「私の声が聞こえますか」 から







親知らず。
こがらしぴゅーぴゅー。親知らず。

今までお世話になっていた歯医者さんは
お金がなかったり昼寝してたりで
ほんの2度ほどばっくれてたので、行きづらく
友人セタガヤ(仮)から
「お医者さんやさしいしアシスタントさんかわいいよ」と紹介されて
そこへ行く。

やさしかった。丁寧だった。
ついでにかわいかった。
信頼できそなお医者さんだった。

けれど料金たかかった。
誰も悪くはないのにー。






 



2002年11月06日(水)
道端



新風舎出版賞さんより
入賞にはかすりもしない
「おまえペケ」の通知が来たる。
お〜っほっほ。

共同出版で、と言われても
装丁はこうしたい、とかのアンケートをいただこうと

そんな金がないから
地道におくっとるんじゃあ。


ふたばさん。
もっともっとがんばってください。

はい。たぶん。








2002年11月01日(金)
「イメージの詩」


「 悲しい泪を流してるひとは
   きれいなものでしょうね
  泪をこらえて笑っているひとは
   きれいなものでしょうね
   
   いいかげんなやつらと口を合わせて
   俺は歩いていたい
   いいかげんやつらも口を合わせて
   俺と歩くだろう

   戦い続けるひとの心を誰も分かってるなら
   戦い続けるひとの心はあんなには燃えないだろう  
   
   長い長い坂をのぼって後ろを見てごらん
   誰もいないだろう
   長い長い坂をおりて後ろを見てごらん
   みんなが上で手を振るさ

   きどった仕草がしたかったあんた
   鏡を見てごらん
   きどったあんたが写ってるじゃないか
   あんたは立派なひとさ

   裏切りの恋のなかで
   俺はもがいている
   はじめから騙すつもりだったのかい
   僕の恋人よ

   古い船には新しい水夫が
   乗り込んでいくだろう
   古い船をいま動かせるのは
   古い水夫じゃないだろう

   なぜなら古い船も新しい船のように
   新しい海へ出る
   古い水夫は知っているのさ
   新しい海の怖さを

   いったい俺たちの魂のふるさとってのは
   どこにあるんだろうか
   自然にかえれっていうことは
   どういうことなんだろうか

   誰かが言ってたぜ 俺は人間として
   自然に生きてるんだと
   自然に生きてるって分かるなんて
   なんて不自然なんだろう

   悲しい男と悲しい女の
   いつもの独り言
   それでもいつかは いつものように
   なぐさめあっている 」



              吉田拓郎「イメージの詩」
              アルバム「青春の詩」 から








詩のイメージというものがないだろうか。
子どもの頃に詩の書き方とかいうものを
教わらなかっただろうか。
何行かの文章の固まりで
ひとつふたつの文節で改行し
なんやらわけわからなくて
ロマンチックでせつなくて
人生観で価値観で哲学で
悲しみで悩みで腕を切って
うつくしくて
落ち葉がハラハラで。

なんとなくそういうもの。
なんやら分からないものがシュールレアリスムなんだと。
愛がすべてなんだと。
純粋は無害だと。
障害をもつひとは弱く心のきれいなひとなんだと。

詩を書きたい
なんて、とても人には言えないでいる。今までずっと。
どんなものがそうなんだと分からんのに。
無意識のなかの意識以外の部分の
色の名前を知らずに見る色。
不安をというコトバを頭が思いだす前の
からだに走る不安。
コトバになるまえのコトバに
音と絵と時間をあててみる。唄ってみる。
足せないように。
引けないように。
うそぶいて。

詩は英語にするとほんとに
POEMなんだろうか。
詩人っていうのはどういうひとなんだろうか。
ハローワークに求人。