OH GREAT RABI RABI

海の電線
2002年03月30日(土)



海の電線





猫はひどく疲れていた。


それは、疲弊という言葉が最もふさわしかったが
ひへいと発音できるだけの息を吸うことも、今の猫にはかなわなかった。


猫は永遠的距離を歩いてきた。
それだけ歩いても、肉球にこびりついたもどかしさは落ちなかった。


もどかしさは、春に襲う。
うすみどりをした午後に、煤のようなもどかしさが降ってきて
屋根を薄く覆う。
そして猫の足の裏に、ささやかにへばりつく。


もどかしさに襲われたことを、誰も理解しなかった。
もうすぐながい雨が来る。
猫は、みんなに同じものをばらまいてやろうと思った。


海までは遠くなかった。
夕方に町を出て、翌朝には浜辺に着いた。
けれども、猫は疲れはてていた。
もどかしさとの道中は永遠のようだった。


波打ち際に近づきながら、猫はためらいはじめた。
視界のすみに、骨が反りかえったパラソルが立っている。
猫は想像した。


(ここは大きな屋根だ)


すると、少しうえを電線が行き交っているのに気がついた。
どこまで続いているのか、電線の先は沖のあたりでぼやけている。


(別の屋根にもきっと猫がいるはずだ)


猫は電線に飛びのり、慎重に足を進めはじめた。
足元の海の色はしだいに濃くなる。
もし海に落ちても、みんなして永遠に悩まされるだけのことで
もともと自分はそのために海へ来たのだ。
そう言いきかせても、足を置くときの震えは隠せなかった。


意外に早く、耳はその鳴きごえをとらえた。
こえの主が、海面すれすれを近づいてくる。
しろばかりが目立って、どういう感情を抱いているかはわからなかった。
けれども猫は走りだした。
もどかしさが全身に行きわたる。
毛が逆立ち、軽やかに背中がうねる。
大きな一跳ねを最後に、後足が電線を離れ
前足に沿ってぎんいろにかがやく翼がひらいた。
激しく鳴きながら、しろに向かって猫は飛んだ。














うみ + home
previous + index + next



My追加