懐かしのAmerican Top40 チャート&こめんと

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モータウンの重鎮、スモーキー・ロビンソン
1979年11月17日(土)

01/03「スティル」コモドアーズ
02/02「ディム・オール・ザ・ライツ」ドナ・サマー
03/07「ノー・モア・ティアーズ」バーブラ・ストライサンド&ドナ・サマー
04/06「ベイブ」スティクス
05/01「ハートエイク・トゥナイト」イーグルス
06//04「ライズ」ハーブ・アルパート
07/09「愛のメッセージ」ケニー・ロジャース
08/08「タスク」フリートウッド・マック
09/10「プリーズ・ドント・ゴー」K.C.&ザ・サンシャイン・バンド
10/05「ポップ・ミューヂック」M

11/11「グッド・ガールズ・ドント」ナック
12/13「人生は航海」バリー・マニロウ
13/12「今夜はドント・ストップ」マイケル・ジャクソン
14/26「愛を贈れば」スティーヴィー・ワンダー
15/16「カム・トゥ・ミー」フランス・ジョリ
16/18「愛の残り火」アン・マレー
17/23「ロング・ウェイ・ホーム」スーパートランプ
18/21「ユア・オンリー・ロンリー」J.D.サウザー
19/20「この夜の果てに」マイケル・ジョンソン
20/22「幸せのかけら」クリス・トンプソン

21/25「レイディーズ・ナイト」クール&ザ・ギャング
22/14「涙の別れ道」ディオンヌ・ワーウィック
23/40「エスケイプ」ルパート・ホルムス
24/37「クールな変革」リトル・リバー・バンド
25/28「行かないで」ローレン・ウッド
26/27「レインボウ・コネクション」カーミット・ザ・フロッグ
27/29「ドリーム・ポリス」チープ・トリック
28/31「ハーフ・ザ・ウェイ」クリスタル・ゲイル
29/38「愛の証し」キャプテン&テニール
30/33「ドリーミング」ブロンディ

31/32「恋に捧げて・・・」エルトン・ジョン
32/34「愛がいっぱい」ドクター・フック
33/35「アイ・ウォント・ユー・トゥナイト」パブロ・クルーズ
34/30「恋の予感」ブレンダ・ラッセル
35/39「アイ・ニード・ア・ラヴァー」ジョン・クーガー
36/41「クルージン」スモーキー・ロビンソン
37/42「コンフュージョン」エレクトリック・ライト・オーケストラ
38/44「沈黙」アラン・パーソンズ・プロジェクト
39/15「ダーティ・ホワイト・ボーイ」フォリナー
40/47「恋はこれっきり」クリフ・リチャード


【ニューエントリーこめんと】

☆「クルージン」スモーキー・ロビンソン
(Cruisin' / Smokey Robinson)

>1940年ミシガン州出身のR&B、ソウル・シンガー・ソングライター兼プロデューサー。本名ウイリアム・“スモーキー”・ロビンソンJr.。
マタドールズ、ミラクルズを経て、72年にソロへと転身したモータウン・レーベルの元副社長の肩書きを持ち、77年「アリスは恋人」(Living Next Door To Alice)の一発ヒットでおなじみのロック・バンド、スモーキーのスペルを"Smokey"から"Smokie"へと変更させざるを得ない状態へ至らせたのは有名かも。
それはともかく、その高名はトップ40初心者だったワタシの耳にも既に届いていたのだが、本作がスモーキー・ロビンソン初体験である。元々ソウル系サウンドを苦手としていたワタシなのだが(その割りに、バリー・ホワイトのLPを持ってたりしたこの矛盾★)、このなんていうかちょいと不気味さを秘めたような、まったりとからみついてくるようなR&Bナンバーにうっとり聞き惚れるワケはなく、じわじわと最高位4位までチャートを上昇していく様を異様に感じていたあの当時。(スミマセン) 最高位を数週継続していた時期の「全米トップ40」で、ケーシー旦那が曲を流す前に長々と何かを喋り倒した後にこの曲が緩やかに流れてきた時は、もう脱力モノだったあの当時。(スライディング土下座!) とにかくアメリカン・チャートの奥深さを感じさせてくれまくった一曲である。

アルバム"Where There's Smoke..."に収録。

☆「コンフュージョン」エレクトリック・ライト・オーケストラ
(Confusion /Electric Light Orchestra)

>当時はアルバム収録曲中一番のお気に入りだった作品で、全米では最高位37位にて店じまいしてしまったのにはショックを受けたものである。それでもこの壮大なエレ・ポップは、日本においてはそれなりに受け入れられたようでちょっと安心…。

アルバム「ディスカヴァリー」(Discovery)に収録。

☆「沈黙」アラン・パーソンズ・プロジェクト
(Damned If I Do / Alan Parsons Project)

>1975年イギリスで結成されたプログレッシブ・ロック・バンド。
プログレ系をも苦手としていた(またかよ)当時のワタシにも、すんなりと受け入れられた独特の緊張感と勇ましさを含んだポップ・ロック。最高位こそ27位だったとはいえ、この後の彼らの作品にも注目するきっかけともなった記念すべき出会いの一曲である。

アルバム「イヴの肖像」(Eve)に収録。

☆「恋はこれっきり」クリフ・リチャード
(We Don't Talk Anymore / Cliff Richard)

>1940年インド生まれのイギリス育ちのシンガー・ソングライター。本名ハリー・ロジャー・ウェッブ。
本国では50年代から絶大な人気を誇る彼だが、全米ではこれが通算4曲目、およそ3年ぶりとなるトップ40ヒット。当時のトップ40初心者だったワタシですら“もう過去のヒト”というイメージがまとわり付いていため(スミマセン)、今回のヒットには驚いたものである。キーボードを主体にしたこのA.O.R.風なポップ・ナンバーは、たじろぐワタシを尻目にぐんぐんとチャートを上昇し、最高位7位にまで到達。この好成績を“まぐれ”扱いしていたワタシを無視し、この後連続してトップ40ヒットを送り込んでくるのであーる。(お見事!)

アルバム「ロックン・ロール狂時代」(Rock'N'Roll Juvenile)に収録。

★【圏外87位】★

☆「シンス・ユー・ビーン・ゴーン」レインボー
(Since You've Been Gone / Rainbow)

>1975年イングランドで結成されたハードロック・バンド。
伝説的ロック・バンド、ディープ・パープルの元メンバーだったリッチー・ブラックモアが立ち上げたバンドなのは日本でも有名だが、メンバーの入れ替わりが激しいのはもっと有名ですか?(失礼) 当時は日本での人気の割に音が聞こえてこなかったバンドだったのだが、今回のラス・バラードのカバーがワタシにとって初めてお耳に届いた彼らのサウンドとなる。78年にヘッド・イースト(最高位46位)、79年にシュリー・&マリー・カーリー(同95位)らの同曲カバーに続いて、彼ら初となる全米チャート・インを記録したロック・ナンバー。最高位57位止まりだったとはいえ、グラハム・ボネットのボーカルが冴えまくる彼らのカバーが一番好きでありますよ。
また、日本でもヒットした「オール・ナイト・ロング」(All Night Long)の連続全米チャート・インにも期待を馳せたのだが、待てど暮らせどHot100にすら入って来やしませんでしたとさ…。(涙)

アルバム「ダウン・トゥ・アース」(Down To Earth)に収録。



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