スカーレットの心のつぶやき
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2014年10月03日(金)

よく年のせいで涙もろくなると言う。

でも、

これは個人の問題であり

若くても涙もろい人も居れは

高齢になっても

涙ひとつ流さない人も居る。

泣くという行為は

心の浄化の一つ体の反応だと思う。

悲しくても涙の出ないこともあるのは

私の母が亡くなり

お葬式の時に私が喪主として

挨拶した時に

悲しみは胸の中にいっぱいあったはずなのに

全く泣かなかったのだ。

涙ひとつ見せない私の姿は

参列者にどう映っただろうか・・・

何と冷たい娘だと思われたかもしれない。

正直、私自身わからない点でもある。

そんな私も

テレビや映画を見ていて

感動して自然に涙が出ることがある。

昨日は、御嶽山の噴火で亡くなった

地元の大学院生の話を見ていて

自然に涙が出て来た。

彼を知らない。

ただ、今回の事故で

若くして命を落としたことが

何故か悲しく辛く可哀そうで

たまらないのだ。

まだ結婚はしていない。

就職先は決まっていたとのこと。

優秀な学生で博士課程を歩んでいたとも言う。

ご家族、ご両親の思いは

いかばかりだろう。

近所の人の中には

号泣していた人もいたし、

そっと涙をぬぐっていた人も居た。

彼の子供の頃からずっと知っていて

まるでわが子のように感じていたのかもしれない。

田舎だからこそ、近所の人も

わがことのように思えたのだろう。

それに比べると私など何の縁もない人間だ。

でも、自然に涙が出て来た。

不思議と言えば不思議だ。

悲しみの中で人が涙を流すことは

単純に考えるべきことではないのかもしれない。


スカーレット