スカーレットの心のつぶやき
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一人が好き
人とわいわいがやがやするのが嫌い、
私はずっとそう思ってきた。
だから、友達も少ない。
話をする人は結構いるが
心を許して、何でも話せる友達は数えるほどしかいない。
それで良いと思っていた。
数が多いのが良いのではないと思ってきた。
姉には友達がいっぱいいる。
それは姉の性格から来ているし
それなりに、姉は人への心配り、気遣いをよくする。
そんな姉と私とは小さい頃から違っていたし
姉を羨ましいと思ったこともない。
しかし、最近、どうも私は淋しがりやさんなんだと気付いた。
誰かと話をしているとほっとしている。
全く知らない人でも
例えば、病院の待合室で隣に座った人でも
スーパーのレジで並んだ人とでも
挨拶やお天気の話をしただけで
何か、心が楽しくなって来る。
そんなことに気がついたのは最近のことだ。
私には母がいちばんの話相手だった。
夫よりも母には何でも話せた。
その母が亡くなり
元々無口な夫が入退院を繰り返すようになり
家で、私は殆ど一人で過ごした。
アズキは居るが所詮犬。
私から話しかけても、言葉で返って来ることはない。
だから、寂しかったのだ。
以前はメル友さんも大勢居て
顔を見なくてもメール交換することで会話をしていた。
でも
この数年は段々その数も減ってしまった。
正直、ほっとした部分もあるが
やはり淋しい時もある。
淋しいとろくなことを考えない。
誰かを求める気持ちが湧いてくる。
それを夫に向ければいい。
そう、思ってこの数日は夫との会話をよくするようになった。
天気の話、政治の話、テレビの話、アズキの話・・・
大した内容ではないけれど
朝と晩、顔を合わせた時には話すようになった。
すると
私の心がとても落ち着くのだ。
華やかになると言ってもおかしくない。
これって何だろう。
そんなに話がしたければ
外に出ればいいと思うが
家の中に居る方が好きな私は
自分から外へ行き何かのサークルに入って
積極的に人との交流をしようとは思わない。
電話がいちばん手っ取り早い。
でも、電話は相手の都合がある。
ウイルコムにしてから
親友と長話をするようになった。
90分も話すことがある。
お互いに携帯を持った手が痛くなり
肩も凝ると言いながらそれでも長話をしてしまう。
親友には迷惑な話なのだろう。
それでも、付き合ってもらえるだけ有難い。
この淋しがりやさんを直さないと
一人でも淋しくない人になりたい。
母は一人が好きな人だった。
老人会に誘われてもデイサービスが良いと聞いても
亡くなるまで一度も参加しなかった。
家で一人が本を読んだりテレビを見て時間を過ごしていた。
多分、母にとっても、私が話し相手で居たから
友人を作りたいとも思わなかったのだと思う。
それだけ、母と私の結びつきが強かったということだ。
結局、私は、母をまだ求めているのかもしれない。
母の仏壇の位牌や写真を見て
改めて母の居ない、今の状況がいかに淋しいものかを
思い知る。
淋しくなんかない!と思えればいいのになあ・・
スカーレット
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