またさらにコレの続き。 -- 結局、良くわからない同居生活が始まる事になり、一ヶ月と半月が経った。 その間、わかったのは彼がヘビースモーカーだという事、亜久津という名前を持っているという事、明確な正体はわからないが、人ではないらしいという事。 そして彼は追われている、という事。 それ以外の事は相変わらず、何一つわからなかった。 「あ、そういえば、さ…………ここ、俺も居候だっつった…よね?」 床を拭いていた千石は、ふと思い出したように亜久津に声をかけた。 亜久津は縁側で柱にもたれ掛かるように座り込み、隣に居た狼を抱え上げたかと思えば自分の太腿の上におろし、青空を眺めながら優しく毛を梳くように撫でていた。 「……それがどうした」 「…………家主が明後日帰ってくる、って」 「…………神主か?」 「や、正確には次期……かな」 「あっそ」 興味がないとでも言いたげに、亜久津は再び空を仰いだ。 千石はどうにか何か会話を伸ばそうと必死に考え始めた。 そのうち亜久津は煙草を吸いはじめ、煙の匂いが千石にもしっかりと届いた。 「……あの、」 「何だ」 「…………大丈夫?」 「……何が、だよ」 「…………具合悪そう」 「……大丈夫だ」 しかし、そう言う彼の傷は一向に癒えていない。 かすり傷程度のはずの傷も、未だに初めて会った時と変わらず、今さっきついたかのようだった。 この様子だと、恐らく中身も骨やら何やら、折れたままなのだろう。 「でも……何にも食べないのに、生きてるほうが不思議だよ、俺としては」 「ンなもん……いらねぇからだろ」 「死んじゃうよ」 「そんな程度で死なねぇよ」 その時に千石は気づいたが、どうやらフンと鼻で笑ったあとに微かに微笑むのは、彼の癖らしい。 一瞬にも満たない瞬間のその表情はひどく優しくて、千石は見る度に心音が跳ね上がった。 「で、でも、栄養ないと治るもんも治らないよ」 「……そんなもん食っても俺は何にも変わらねぇよ」 「…………どうして」 「……さぁ?」 「はぐらかさないで、教えてよ、何が必要なのさ」 その千石の問いに、亜久津は微かに体を震わせたかと思うと黙り込み、そしてぽつりと呟いた。 「…………………………自由だよ」 そしてくわえていた煙草を長い指で唇から抜き取ると、空へ向って煙を吐き出した。 薫る煙草の匂いに千石は目を細めた。 ――自由? 束縛されていたのか、あるいは今の状態の事を言っているのか。 千石は考えかけたが、今は食事の話だったと思い直した。 「や、そうじゃなくて食べたいもの……は?」 「…………言うだけ無駄だ」 「何で」 「絶対お前に用意できいない」 「駄目元で言ってみてよ」 「嫌だ」 「どうして」 千石は、亜久津の顔を覗き込むように見たが、さらさらと重力に沿って流れる前髪が邪魔して、表情は読み取り辛かった。 もう一度、「どうして」と千石が聞くと、亜久津はちらりと千石を見遣り、それから空へと視線を逸らすと、聞き取れ無さそうなぐらい小さな声で呟いた。 「言えばきっと、俺はお前達に殺されてしまうから」 -- さらに言い訳もできないかんじに……。 わけわからないのはあなたもわたしも同じです。(えッ)
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