短いのはお好き?
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2004年11月08日(月) |
crossing gate |
以前に話したことがあっただろうか、お持ち帰りした女がとんでもない化け物だったという話。ぼくは、たしかネットでそんな話を読んだことがあった。
ぼくの持ち帰った女も化け物ではなかったのだろうけれども、似たようなものだったのかもしれない。
その女は終電間近の地下鉄の階段の脇で死んだように倒れていたんだけれども、見ず知らずのそんな女をスケベ心丸出しで連れ帰ってしまったのがそもそも間違いだった。
部屋に帰り、女をベッドに投げ入れるようにして寝かせ、ぼくはユンケルを買いに走った。今夜は朝までやりまくりだ。
新しく出来た大きな薬局で躊躇なく一番高いユンケルを買った自分がおかしかったけれども、久々のHというわけでもないのに、なんかウキウキした気分で楽しかった。
sadeの「smooth operator」なんかハミングしながらドラッグストアを出る。目の前にはドンキが。なにか飲み物はないかとちょっと覗くつもりで入ってみたものの、いつの間にかいろんなものを籠に放り込んでいた。
いつもならば、誰もいない真っ暗な寒々とした部屋がぽっかりと暗い口をあけて待っているだけなのに、今夜はなんと血の通った生身の美女が、ぼくを待っているのだから、興奮するなという方が無理というものだろう。
一刻も早く帰りたいと気は急くものの、あまりにもガッついているような自分が嫌で、だからこそ敢えて逆に余裕綽々なゆったりとした物腰で買い物を敢えてしてみたかった。
自分の部屋で待ってくれる人がいる、あるいは待たせている人がいるという、このくすぐったいような幸せな気持ちにずっと包まれていたかった。
そんなこんなで幸福な気分を満喫しながら、ぼくは買い物を愉しんだ。幸せな気分はどうも購買欲を促進させるようだ。というか、単に上の空ともいえるが。
レジの近くでヌーブラを発見。彼女にお土産として買って帰ろうかと思った刹那、自分はなんて馬鹿なんだろうと思えて、いきなり思い切り凹んだ。
お土産? いったい何を考えているんだろう。
恋人でもなんでもない、ただ勝手に拾ってきただけにすぎない女。いまごろまだ気分が悪くて吐き続けているかも知れない女。青白い顔が不憫を誘い余計に綺麗に見えたのかもしれない女。嗅いだこともないような、いい匂いがしていた女。見た目はスレンダーだったけれども、結構肉付きのいい女。今もまだこの両の腕に、肩にずっしりと女の重みが、はっきりと残っている。確かに女はぼくの腕の中にいた。
それは間違いないことだった。そして、恋人でもないこともまた間違いのないことだった。夢から醒めたように、あるいは、魔法が解けたように一気に気持ちが萎えていった。なぜなのか、自分のことながらよくわからない。さっきまでの昂揚感は嘘みたいに霧散してしまって、もう取り戻しようもない。
買い物籠に放り込んだ品々をひとつひとつ棚に戻してゆく。全部戻し終えた頃には、祭りの終わりみたいに脱力した自分がいた。
そして今度はなんであんなことをしてしまったのかと後悔しはじめた。どこの誰だかわからない女を自分の部屋に連れ込むなんて、馬鹿げてる。
俯いてドンキを出る。
ユンケルの入ったビニール袋を下げながら行く当てのない足は、むろん自然にアパートに向いてしまうものの、どこの誰だか知らない女が自分の部屋にいると思うと厭わしかった。さっきまでは、酔いが醒めて帰ってくれていたならどれだけうれしいだろうなんて考えている自分がいる筈もないんだけれども、なにかスイッチが切り替わってしまったようだ。
すると、また別な考えが浮かんできた。今度は恐怖に憑れはじめた。
あれが新手の美人局(つつもたせ)だったらどうしよう。酔い潰れたように見せかけて、カモを待っていたとしたら。だったとしたら、自分の居場所を知られてしまったのは致命的だ。
女はさっそく怖いお兄さんをケータイで呼び出しているだろう。もう部屋のなかで俺の帰りをてぐすねひいて待っているかもしれない。となるともう戻れない。荷物も取りに帰れない。
怖いお兄さんたちのしつこさといったら生半可ではないから、当分は駄目だろう。
アパートの前を通り越しながら、ぼくはそんなことを考えていた。いや、つまりは実際にそんなことにはなっていないだろうけれども、なんだかんだこじつけて部屋に戻りたくないのかもしれない。いや、きっとそうだ。
人はみな、自分のことは自分が一番よくわかっていると言うが、一番わかっていないとも言える。
むろんそれは、自分を客観的に見れないからだ。いま、ぼくはどうやらなんだかんだ理由をつけて女のいる部屋に戻りたくないらしい。
「marriage blue」なんて言葉を聞いたことがあるけれども、そんな風なことなのかもしれなかった。思い描いている間は、まるで夢を見ているように楽しかったのに実際に事を為そうとした途端、怖くなってしまったのだと思う。
しかし、真の理由はそんな他愛ないことではない。
それが、わかったから、いや、わかったからこそ、なんだかんだこじつけているのだろう。そして、その恐怖の輪郭を明確にしたくはないからだ。それを言葉にしたなら自分はもう二度と立ち上がれないダメージを蒙るのだということがわかるのだ。
ぼくは、遮断機の上がった踏み切りをゆっくり渡りながら、いったん立ち止まり5階の自分の部屋を振り返って見た。
すぐそこに自分の部屋があるのに、なぜか一番遠い気がした。やがて、全然知らない人の部屋を眺めているみたいな気がしてきた。
ぼくの一番気の休まるはずの部屋はいったいどこにあるのだろう。
だって、知らない女性がいる部屋は、どう考えてもぼくの部屋ではないと思うのだ。
電車の到来を告げる遮断機の警告音に、ぼくはふと我に帰る。
これは、すべて幻想だ。そう思いたかった。
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