短いのはお好き? DiaryINDEX|past|will
彼女がどの駅から乗り込んできたのかもう忘れてしまったけれど、車輛に入って くるなり、右肩から下げていたカーキ色した大きめのバッグを床に置いて口を広 げ、筒状に巻かれた藤色したかなり太めの毛糸が4本入ったポリ袋を詰め込んで またバッグを右肩に掛けると、光沢を抑えたエンジっぽい色のFのケータイで メールを打ちはじめた。 ナオトが読んでいる小説のテクストの向こうに「きょう、やっとGAPでボアコート 買った」というメールの文頭のその部分だけが見えた。 彼女はレモンイエローのつるつるした生地のマフラーをしていてコートは浅葱色 だけど袖だけ玉虫色で赤いジーパンに白のスニーカーを履き、なんていう帽子だ か知らないけれども、つばは短いけれども頭全体がすっぽりと隠れてしまうグレ イの大きな帽子を目深にかぶっていた。 なぜまたナオトがこんなに仔細に憶えているのかといえば、彼女が直球ど真ん中の タイプだったからだ。ナオトにとってはこんなに可愛いコはお久しぶりぶりぶりっ ぶりー! なのだった。 見た瞬間、これは相当ヤバイと直感した。このまま世界の果てまでずっと一緒に 地下鉄に揺られていられたならどんなに幸せだろうと思った。 でも、案の定彼女は恵比寿で降りてしまった。ついていきたかったけれどもスト ーキングはもう懲り懲りだから、しばらくはやらないと心に決めていたのに、も うぐらついている自分が本当に情けなかった。 地下鉄が動き出すと、ナオトはプラットホームを歩いているだろう筈の彼女の姿を 未練がましく一生懸命捜した。 しかし、カーキ色した大きめのバッグを持つ女性は見当たらなかったし、鮮やか なレモンイエローのマフラーも目に入らなかった。 ナオトは首をひねったが、あんまりひとつのことに拘泥しないタイプで、物事を深 くは考えないたちなので、もう別なこと、たとえば新人のアルバイトのコは、爆 乳過ぎてマジヤベーだとか、どうしたらモノにできるかを考えていた。 ところで、くだんの女のコはというと、地下鉄に乗ったときからジロジロとねば つくような視線を感じていて、あまりにもキモかったので、一旦恵比寿で降りて 隣りの車輛に移っていた。 彼女は今、そのキモい体験を友達へのメールに書き綴っているところだった。 彼女のケータイはツーバイトで六千文字書けるので余裕で、あることないことガ ンガンキーを叩いていた。多少妄想癖があるのかもしれない。 でさ、そいつの目がホントいやらしくてさ、なんていうの、視姦だっけ?そんな 感じで舐めるようにヒトの身体を見てるの。もうキモすぎだっつーの。でね、そ のうち乗り込んで来た人たちに無理やり押されたみたいな感じで、だんだん近付 いてきて、混んでるのをいいことに身体をくっつけてきたんだよ。オシリに前の 部分を密着させてくるわけ。もうサイテー最悪な男だよ。 でもね、声が出ないんだ。キモすぎて後ろを振り返ることもできない。 するとね、ソイツ調子に乗ってとんでもないことやりだすんだよ。 なんかね、汚いのを直接当ててグリングリンしてくるんだ。そしたらさ、もうア タシ、さっきまでのキモいとかそうゆうのふっとんじゃって、キレまくったんだ 知らないうちにバッグからカッター出してにぎってた。 で、カッターの刃を長く出して、後ろを振り向きざま、アタシのオシリに押しつ けてたそいつの汚らわしいモノめがけて、めくら滅法カッターふりまわしてやっ た。 ざまあみろだよね?
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