短いのはお好き? 
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2004年01月09日(金) authentic




☆おかしなもんで俊には電話でカザルスなんてぜんぜんダサい、ロストロポービッチ聴いたら浮薄に聞こえて仕方ないよって言ったにもかかわらず、アイツはまるっきり反対にカザルスがサイコーだと俺が言ったと言い張ったのだった。


口論になりかけ…いや既に立派な口論となっていたにちがいないが…そこらへんから一気に仲違いしはじめたのだと思う。あたかもそれを契機として関係がよじれていったかのようにも思えるが、むろんそうではなく仲違いの萌芽はずっと以前であったにちがいなく一生つきあってゆく数少ない友だと確信していたにもかかわらず、いともたやすく崩れさってしまった人間関係ってどんなものなのだろう。


ともかく、ぐしゃぐしゃにこんがらがってしまった関係をもとに戻すのは容易ではないどころか、ほぼ不可能に近いことのように思えた。



そんなある日、当の本人である俊から家に電話がかかってきた。青天の霹靂とはこのことである。


それはおかしな電話だった。



「やぁ、元気?本当に久しぶりだね」



「で、きょうはどうしたの?」



「いや、ほら、れいのさ貸してあった阿部薫の本そろそろ返してほしいんだけど」


「え?」


「なにそれ! そんなの借りてないじゃん」


「またまたご冗談を」



「いや、その本てさ俺が俊に、阿部薫のこういった本があるよって教えたやつじゃん。埴谷雄高の『死霊』みたいな黒い装丁のやつだろ? あれ、貸してって言われたけど図書館の本だったから又貸ししたくなくって断ったやつだよね? 覚えてないの?」



「あははは。やっぱりなぁ、そういうと思いましたよ。それでですね、じゃ後はメモを本にはさんどきましたから、その指示に従ってください」





おかしなことを言う。メモを本に挟んでおいたって?


それは土台無理な話しだ。借りてもいない本に挟んであるというメモ書きをみつけるなんて。








翌日。土曜だけれど仕事が入り、秋葉原まで人に会いにいかなくてはならなくなった。



渋谷で山の手線に乗換え、車窓に流れる灰色の街を眺めながら、新年が明けたばかりだというのにもう仕事かよ!と自分に突っ込みをいれてみる。



田町で興味をひく人物が乗ってきた。オージー・オズボーンというミュージシャンを御存じだろうか。



彼女はそのオズボーンにかなり似ていた。



電車に乗り込んできた彼女は、ぼくが座っている向かいのシートのひとつ空いたところに座った。



メタル系ミュージシャンに多い全身黒づくめではなかったけれど、黒のベッチンのジャケットに大きな折り返しのついたバックスキンぽい黒のブーツ、パンツだけは青みの抜けた白ちゃけたジーパンを穿いていた。



黒のジャケットの下にはレースで縁取られたシックな黒のブラウスを着ていて、ちょっぴりはだけた胸元からサファイヤみたいな光を放つ小さな石を付けたネックレスがのぞいていた。




腿の上にのせたちょっと『?』なバッグの上で優雅に組み合わされた白磁のような指の爪にはネイルアートが施されていなかった。




そこにはオージー好みの髑髏といった禍々しさも、亜熱帯の毒々しい色の食虫植物のようなケバケバしさもなかった。




彼女のネイルは、限り無く透明に近いピンクをひとはけサッと刷いただけの極々シンプルなものだった。




そういえば彼女はイヤリングやピアスの類いも一切付けていない。





いや、もしかしたら見えないところ、たとえば…乳首ピアスをしてるんじゃないか、と思った途端
それをきっかけにして、おもむろに空想がはじまってしまった。





ぼくは、シートに座っている彼女の太腿の上に跨っている。




で、もちろん上から胸元を覗き込みはじめる。




ビーチクにピアスがしてあるか否かを確認するのだ。




で、あっという間にするりと胸元から手を滑り込ませた。





見るのではなく、触れて確認するらしい。



彼女は一切拒まない。





凛として涼しげなその眼差しが閉ざされることもない。






驚愕や憤怒によって鳶色の瞳が見開かれることもなく、また蔑みの色を滲ませるのでもない。






彼女は、何もかも受け入れる途方もない大きさを感じさせるのだった。そうなのだ、彼女はすべてを受け入れるに違いなかった。それがはっきりとわかるや、ぼくは逃げ出したくなった。





何をやっても『OK!』なんて怖すぎる。これじゃあ何も出来ないのと一緒だ。それに…。





これは、トラップじゃないのか。





最後までいったら罠が鎌首をもたげて待ち構えているのにちがいない。そんな風に考えたらぼくの手は、彼女の豊かな乳房にまさに触れようとしたその寸前でぴたりと止まってしまった。






空想の世界の出来事であるのに、聖人君子のようなこの倫理感はなんなのだろう。





いや、そんな高尚なもんじゃない。実は単に臆病なだけだろう。





ウッセー!

そんなんじゃない!



ほほう。

じゃ、咥えさせろよ!


思い切りブチ込んでやれ。




うるせー!

黙れ!





聞こえてくる声はほかならぬ自分にちがいないのだろうけれど、それは、無視することで容易に回避することが出来るだろうが、問題はオージーにくりそつな彼女なのだった。






元凶ともいえる彼女を意識の外に追いやろうとすればするほどに、彼女は髪を振り乱し纏わりついてくるのだった。





御徒町はまだなのかなと考える余裕がまだこのときにはあった。





と、赤ん坊のようにギャ−ギャ−泣き喚きはじめる彼女。あの凛として涼しげな眼差しはどうしたんだろう。仕方ないのでまた腿の上に跨った。






すると、背景であった車内はすーっと後方に一気に退いてしまい、気づくとぼくは冬枯れの木立もまばらな見晴らしのいい大きな公園のようなところに独りぽつねんと佇んでいるのだった。





地形に合わせなだらかな曲線を描いて上り下りをたおやかに繰り返す枯れた芝生を踏みしめ、丘陵のように一等うずたかくなっている小さな頂きをめざして、ぼくは歩いた。





てっぺんまで上がってみると、向こう側にも小高く盛り上がっている箱庭のようなミニチュアの山があって、彼女はそこにいた。





地形が綾なす自然の美しいカーブと競うような、優雅な曲線美を有する一糸纏わぬ姿の彼女が、捨てられた子猫みたいに丸くなって横たわっている。





ぼくは、その異様ともいえる光景を見下ろしながら、なんかこれによく似たシチュエーションを想い出していた。




あのときは、わけのわからないオバハンだった。それに透け透けのピンクのネグリジェだった。獣のように快楽を貪るオバハンが怖かった。




お陰でそれ以降、オバハンの胸元がはだけていたり、髪を直しながらシナを作るオバハンを見ると蕁麻疹というアレルギー反応を示す体質となってしまった。




だが、今回はまったくちがう。オージーに似てはいるけれども、うら若き女性なのだ。グルーピーなんて言葉もあるけれども、案外メタル命のコの方が真面目だったりする。




こんなときに、自分でもなにを考えているのかよくわからなかったけれど、もしかしたならヴァージンじゃないかと期待している自分をそこに発見して愕然とする。





そして、この文章を書いている作者に猛烈に腹が立った。そいつはぼくにどうしても彼女とHさせるつもりなのが手にとるようにわかったからだ。本当にいけすかない野郎だ。




小心者の作者は自分ではやりたくとも出来ないことを、ぼくにやらせて独りほくそ笑んでいるにちがいない。




そうやってヤツはいつも自分の欲望を満たし、カタルシスを覚えてきたのだ。ぼくは、そんなヤツの為にオバハンとおぞましいセックスまでやらさせられ、発疹まで出るようになってしまった。



そのクソ馬鹿野郎に一泡ふかせてやりたいもんだが、まだその方法がみつからない。




と、そこでオージー似の彼女が全然ぴくりともしないことに気がついた。丸裸でこの寒空に眠れるものなのだろうか。背景の設定は間違いなく真冬なのだから、永遠の眠りについてでもいないと、いや、ただ気絶しているということなのか。





ぼくは、駆け出した。くだらないことをうだうだ言っている場合ではないのだ。事は一刻を争うかもしれない。



彼女はホコラがちょうど入るような、自然な窪みにすっぽりと繭にくるまれるようにして植物のように、ひっそりと横たわっていた。




ぼくは、かがんでそっとオージー嬢の様子を窺ってみる。




身体が微かに上下しているのがわかる。やはり眠っているのだ。




そして驚いたことに彼女は、丸裸にはちがいないのだけれど、全身が薄い被膜に覆われているのだった。



だから寒さにも凍えることなく安らかに眠っていられるのだろう。




とりあえずぼくは一安心した。でも、ただ彼女を眺めているのにもだんだん飽きてきた。





で、ぼくはいよいよ次の段階に進むべきときが来たのだと悟る。




それはつまり、どういうことかというと、どうやったら彼女を起こすことが出来るか、ということだ。




実は、うすうすそのことには気づいているのだが、作者の意のままにすらすらと事が運んでしまうのがムカツクのだった。






それでもぼくは、大人だからこういう場面で切れまくったりなどしない。




Let it be !





『眠れる森の美女』や『白雪姫』のように、彼女の唇にKissした。




彼女は目覚め、かわいく伸びをした。




ぼくは、彼女の全身を覆っている薄いベールのようなものをゆっくりと剥いでゆく。




そして、ふたりで生まれたときのままの姿になって愛しあった。





彼女と交わったその瞬間に脳天から爪先まで電撃に貫かれた。




と同時に、確かに俊に阿部薫の本を借りていたことを思い出した。





なんでまたこんなときに、そんなことを思い出したのか、わけがわからぬまま、ぼくはめくるめく快感に身を委ねた。



けれど、まるで生身の人間でなく、虚無を抱いているようだった。




彼女が、何もかも受け入れる途方もない大きさを感じさせたのは、これだったのだ。




たぶん、世界のもの一切がなにも映じていないであろうその美しい眸は、たとえようもないほどの虚無を湛えていた。















やがてぼくらはぼりつめ、一緒に空高く舞い上がった…。










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