母のタイムスリップ日記
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2012年03月19日(月) お彼岸


 17日土曜日は 土砂降りの中 おじ夫婦の入所している施設へ面会に出かけた。昨年は 1度も行けなかった。

従姉妹の年賀状に「施設に入れるのが早すぎたかと反省。おじは病院と施設を行ったりきたり」とあった。
母がショート中で依頼されていることも少ないので出かけた。
これから先 いつ行けるとも予測がつかないので行ける時に…と思った。

母より10歳以上若い叔父。
ちょっとおかしいと言われていたが 気がつけば認知症。
家族が仕事に出かけている間 叔父は1人で外出し迷子になって数日行方不明になったりした。
その後 家族は 仕事に出かける前に外から施錠していたと言っていた。
結局 施設に預ける事となり夫婦同じ施設へ入所。

従姉妹達は まだ若く子育て中であり致し方ない。
「入所できて良かったね」と励ましてきた。
介護は痛み分けであってもいいと思うのだ。

叔父はイロウ設置で吸引も始まってた。
吸引の具合はそう頻繁ではないと職員は言っていた。
2年前 トロミ食だったので状況としては致し方ないところだ。

おばは 立位はほんの僅か。
1日中 椅子か車椅子に座しているのだろう。

叔父の車椅子を押して施設内をお散歩。
いつもは おばの所まで出かけるのだそうだが 今はインフルエンザが流行っているため面会禁止だったのだ。

いろいろな想いが交錯した。
できる事をちょこっとずつ取り組もうと決意し職員にも伝えて施設を後にした。

それから友人の眠る墓地へと出かけた。
雨の夕暮れで墓地に人影はない。
それでもお墓参には あちこち新しいお花が供えられていた。
努力して楽しみせっせと学んでいた友人。
思ったことをそのまま口にしても 憎まれる事なかった友人。

 日曜日。
夫の故郷へ出かけた。
こちらもすっかりご無沙汰だ。
夫が同級会なのでそれに便乗してご無沙汰を詫びながらのお墓参り。
夫の実家と義兄のうちにも挨拶に伺った。

家では 介護を口実に牡丹餅も作らぬままだ。
義姉は準備しており 私達はちゃっかりとご馳走になった。
お墓にも立ち寄りご無沙汰を詫びた。

深夜 娘が高速を飛ばして家に戻った。

 そして今日
社会福祉協議会で 災害時要援護者からのメッセージ作成のため種々の団体と協議 交流会に参加。

東日本大震災からの教訓を生かすという事だ。
個々の団体から細かい意見が出た。
しかし 緊急を要する時 あまり細かく分けると手遅れになってしまうこともある。要援護者は環境の変化に弱いので そこに配慮して欲しい。
出来れば一般と別室を確保して欲しい。
例えば 外国の人と聴覚障害の人だと文字で案内できるから同じ方式とか…。
身体障害者は 精神を病んでいる場合も多く認知症の人も同じでそういう人には静かな環境の提供ガ必要とか…。
そんな提案がなされた。
今日は顔合わせで これからじっくりと決めていき ボランティアの手もどういう人がのぞましいかも含めて考えていく事となった。

役所からは災害対策の人が見えた。
「必要な援護を聞いていろいろあると感じた。
福祉担当の部署と連携して作り上げる必要がありますね」と話していた。
いろいろ言いたい事はあるが 災害対策の人に話を聞いて貰い理解を得たという点では良かったと思う。

ショート中に普段できないことの補充に当てた。
家の中の整理と叔父夫婦への荷物をまとめること月末の作業と残る1日半で仕上げられるかなぁ。


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