母のタイムスリップ日記
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2011年08月21日(日) 帰宅途中の電話!


肌寒いような気温。
家を出て 洋服の選び方を間違えてしまったと思ったが時既に遅し。

約束の駅に降りると友人の義姉さんとホームでばったり出逢った。
2人で迎えを待った。
私達2人を拾って貰って墓地へと向った。

墓地は平らな所で 友人の家から車で15分くらいだろうか?
私も電車とバスを乗り継げば1時間ほどでいける場所だ。
良かった。これで 話したくなったらひとりで来ることが出来る。

和尚さんの供養の締めに「この札は あの世に通じる携帯電話みたいなものです。是非 子供の心に戻って話しかけてください『雨よ止んで』『お金がない』こんな風に話してください。」とお札を下さった。
1枚1枚手書きされたお札だった。料金を取ることもない。
法要が営まれていた時には激しい雨が降っていた。
が納骨の時にはぴたりと雨が止んで…。
「和尚さんの祈りが届いた」と言う声も聞こえたが 私は友人が「みんな雨降る中ごくろうさま」とパワーを送ってくれたような気がした。

広い墓地の中で友人が眠る場所は彼女が1番好みそうな場所だった。
ご主人は 墓の番号が誕生日の日と同じだったから選んだと言っていたのだが 墓の後方には 紅白の百日紅の木と大きな木が植えてある場所だった。友人は自分の木と決めるほど木が大好き。
夏は「百日紅が咲いたよ」と報告をくれるほどだった。
ご家族は それほど意識していなかったようだが…彼女が誘導したかのような気がした。

それから会食。
お葬儀の時に「お腹に二人目を宿っている」といっていた長女さん。
無事出産して初対面できた。

彼女の家に戻っておしゃべり。
我が家の娘も合流してあれこれとおしゃべり。

夕方の帰り道 またショート先から電話。
少し排便できたが ゼリーを嘔吐したが 夕食をどうすればよいかという問い合わせだった。
嘔吐のあった時間に電話を貰えれば 戻れたが…。
ショート先の方も悩みながらの連絡だったのだろう。
詳しい説明も受けたが…。
「夕食の判断は そちらにお任せします」と託した。
家にいたら 母の様子を見て食べて貰うだろうが 自分で介助できるわけでもないし…。そういうしかない。

家に戻ってから何処まで改善できるか判らない。
母には可哀想だが…。

「後一時間後には帰宅しますので何か起きたら連絡ください」と頼んだ。

その後ショート先からの連絡はない。
職員体制もあるので 余程のことがない限り 電話できる状況ではないのかもしれない。ちょっと無理をかけているのだろうな。

先日 通院して処方して頂いた薬で症状が改善されホッとした。
明日は ひょっとすると母の通院って事になるかも。
嘔吐止めは もう手元に残っていない。
なくとも何とかなるような気もするが…。


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