母のタイムスリップ日記
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2011年05月05日(木) 伝わったかなぁ


5月5日は 母が私を産んだ日。
今朝は パタパタしてお礼を言えなかったので デイから帰ってきてからお礼を伝えた。
「お母さん 今日私を産んでくれた日なの。私 お父さんとお母さんの子供で良かった。ありがとう!」と。
通じたのか判らなかった。それでもいいと思っていた。
でも更に
「〇△産院で 初産だったのよね。ほら 真っ赤でしわくちゃの赤ちゃんで驚いたのでしょう」と付け加えた。
その時母は 何かを感じたようでじっと考え込んだ。
だから 再度 最初の言葉を伝えた。
じっと私を見つめて頷いた。

もし母が元気だったら ちゃんと言えただろうか?
ちょっと恥ずかしいけれど 母の年齢が95歳だから言えたと思う。

だから「長生きしてくれてありがとう」って付け加えた。

若い頃 母が鬱陶しいと思っていた。
それはそれは 厳しい母だったし過干渉な母だったのだ。
「母のようにはならない」と公言していた。

ある意味で母のようにはなっていない。
でも血は受け継いでいるので 母と似ているところもある。

以前にも記しているが 母と共に暮らすなんて考えたこともなかった。
母は私を嫌っていたことはないが「老いたら長男と暮らす」と言っていた。

今 母と暮らせる日々があって良かったと思う。

昨夜 娘がやってきてプレゼントとメッセージカードをくれた。
カードには「産んでもらったことに感謝する気持が生まれている」と書いてあり おまけに「嘘みたい...」と。

夫は 夕方 ケーキを買って帰宅。
何だか 2日もお祝いして貰っているような感覚になる。

夜 就寝するかと思って母の部屋に移動したが ニコニコして眠そうではない。私達の夕食の見学して貰う事にした。
いつもより少し遅めに就寝。

就寝後のトイレ誘導...にこやかに覚醒して「小」排出。
穏やかな寝顔である。

しかし よりにもよって端午の節句に女の子を出産するなんてねぇ。
恨めしいと思ったことはない。
何しろ日本全国「こどもの日」として祝福してくれるのですから...。
さてと 菖蒲湯に浸かりますぅ。


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