母のタイムスリップ日記
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2011年01月20日(木) 母のことと種々雑感


 母と過ごしている時 返事が欲しいなぁと思う時がある。
例えば 食事を始める時。
「お腹空いた?」無反応。
「ご飯食べる?」無反応。
「お腹いっぱい?」無反応。
既に温めて置いたりすると 冷めてしまうなぁ...と思う。

そして 「ご飯食べようか?」「ご飯にする」「ご飯にしよう」と矢継ぎ早に話しかけて 頷くのを待ってご飯となる。

食事の時間は ある程度決めてある。
誤差は30分程度。
どっちみち食べて貰うのだけれど...「押し付けじゃないよ」みたいな感じでちょこっと返事が欲しかったりする。
顔色が悪かったり 体調不良そうな時には誘導尋問はしないけれど...。
こんな所が 介護者として腹黒いところ。

朝日新聞の「患者を生きる」シリーズで「事前指示書」が3回目となっている。興味深く読んでいるのは 医師の息子が介護者側だから。

今日の場面は 脱水の疑いで入院した折 担当医から言われた言葉だ。水分補給の点滴が始まった時 担当医から「挿管はどうされますか?」と聞かれたそうだ。
医師もそういう言葉を患者に使う場面があったそうだ。
其の医師は まだ大丈夫と感じていたが そう聞かれるという事は「いつそういう状態になってもおかしくないという事か」と思ったそうだ。
医師でも そういう状況の時にそう思うという事が大きな驚きだった。

医師は 其の後親の意思を伝える行動にでる。

介護仲間も 医師の所見を聞いて 悩む人が多い。
以前から 担当医には 介護・看護の岐路が近い時に説明して欲しいとお願いしている。 
今日の記事で 所見を聞いて家族は 所見を聞いた後 しっかり状況をみて判断しなければならないのだなぁとつくずく感じた。

話は少し逸れるが 地域の介護仲間がある研修に出かけた。
「イロウ設置は 比較的若い世代なら勧めるが高齢者には 積極的に勧めない」と地域の医療側の説明を聴いてきたそうだ。

「流れが 変わってきているね」と介護仲間と話した。
地域の医療機関がイロウ設置の講演会を展開していたのは数年前のことである。

イロウ設置を悪としている訳ではない。
設置を希望する人は そうするのが当然と思う。
でも設置しないと冷たい介護者...といった風な感触に「?」と話した記憶がある。同じ頃 近隣の介護仲間とも其の話は繰り返し話題となっていた。

それが 社会的に少しずつ変化し始めており 地域の医療機関でもそういう動きになり始めたかなと感じたのである。

看護・介護の選択は 本人や本人の意思を聞いている家族の判断を重視して欲しいと思うのだ。
勿論 介護者の勝手な都合で変わるような判断では困るけれど...。

今日 母のデイでは 菜園で育った大根を切干を作り それをみんなで調理したそうだ。また菜園で取れた白菜で 白菜スープを作って食べたそうだ。寒い時期の大根も白菜も柔らかくて甘く 美味しい。

母は 残念ながら作る過程は見学だろうけれど...。
食事を終えた時に「今日 学校で切干やら白菜食べて 美味しかった?」と聞いてみた。
纏めて聞いたわけではないけれど 其のつどにやりとして頷いていた。
きっと 美味しかったし楽しかったのではないだろうかと思う。


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