母のタイムスリップ日記
DiaryINDEXpastwill


2011年01月04日(火) スキップしながら...


 今朝もご機嫌よく目覚めて「うふふ」と笑い声を聞かせてくれた母。
一連の朝の介助をして デイの迎えを待った。

5分くらい前になると玄関に移動する。
「今日はね 学校に行くのよ」にわかに母の顔が曇る。
余計な事言ってしまったなって反省。
手を握って歌を唄うと少し落ち着いてきた。
外で車の音がしたので ドアを開けて車椅子に移乗。

職員から挨拶を受けて半べそ。
ずっと此方に視線を送ってくる。
確かに5日間家で過したのだから 不安は生まれるのが当たり前だ。
「家で帰りを待っているからね」と送り出す。

初期の頃に行きたくない言い訳を 次々と並べていた母である。
言葉の無い今は 神経を逆撫でするようなことは起きない。
その代わり 行きたくない言い訳が伝わってくる。

どっちが楽かっていえば 今の方が楽。
つまりは 此方の思い通りに動くしかない母だから。
極論すれば 介護の主導権は此方にあるから楽という事だ。

そうは言っても ここまで来ると「母の想い」を知ろうとする自分もいる。
長い道のり お互いに探りあいながら来たんだよね。

よい介護者であるという自信はない。
腹黒さも自覚している。

でもできる事を少しづつ取り組んで歩み寄れてきていると思う。
母も 産んで育てた子供のすることだから…と許してくれているだろうと勝手に思っている。

あら ちょっと横道にそれてしまった。

母を送り出した後 朝食を摂り 家事を済ませて 午後は介護者の会に向う。

年が明けて初めての外出。
大きな長い橋を 思わずスキップして歩いた。
「今年1年 弾むように歩んで行けますように...」と願いを込めて。
いい年をおばさんが 通りでスキップなんて恥ずかしいのです。
だから前後に人がいないかを確認してからです。
それでも大きな街道沿いですので 車の往来はありまして...。
運転する人にはみえたかも...。それでも 顔は見えないからいいんです。
それにしても ドタッドタッのスキップだったな。
母に「スキップしよう」と誘っていた 介護初期の頃は もっと軽やかだったのだが...。

今日の会には ネット経由で介護者の会に見える方がいる。
お茶のお手前も戴けるし...。
花びらもちなんかも準備して頂いているようで...。

今日の参加者は少なめだった。
でも 久しぶりに参加してくださった方もいた。

会に見えた方から順繰りにお茶を頂き 会を始めた。
新しい方も見えて...。
新旧でそれぞれの介護模様を知る。

旧の人だって 新の人から学ぶ事は沢山ある。
介護には 先輩も後輩もない。

今日も皆さんが すとんと腑に落ちて家路につかれたと思う。
勿論 私も得る事が大いにあった。

ところで...。
今日 以前に記した独り暮らしの方の話の続きを聞いた。
実際は このお正月は お弁当もヘルパー介助もなくご家族に任せるということになっていたのだ。
気になって その家の前を通ってみたら「おれは ここにいるよぉ」と家の中から聴こえてきたそうだ。
そこを大家さんも通りかかり 同じ声を聴いているというお話だったので 急いでコンビニに走り パンを購入したという。
そのあとご家族が見えてばったり出合ったそうだ。
家人が留守になるのでこれから自分の家に連れ行くと言われ ホッとしたそうだ。

その後 家の前を通ると布団が干してあり「帰ったんだな」と思っていたら雨が降っても干してあって...。

結局は 肺炎を起こして病院に入院したそうだ。

仲間は言う「施設に入れたほうが良いのでは...」と伝えたと。
家族も其の方向で考えると言っていたそうだ。
普通の人の一言で理解できるのだから 専門の人ならもっと容易ではなかろうか???

こういう人が社会には 他にもあると聞いている。
家族には直ぐには出来ない事情もあるだろう。
家族だけを責める気にはなれない。
この仲介をするのが 地域包括でありケアマネであり役所の役目だと思っていたが どうやら機能しないみたいだ。

おそらくこの部分を地域に任せるというのが 現状になる筈。
これが 今言われている「地域作り」だ。
そして現実には地域の人の仲介できた訳だ。
「何だかなぁ」と割り切れない想いがする。

さてと明日は 水曜日でデイの無い日。
そして リハビリもおやすみ。
どんな風に過そうかなぁ。


はな |MAILHomePage

My追加