母のタイムスリップ日記
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2010年09月17日(金) それぞれの介護模様


朝早く夫を送り出して 1人でのんびり朝食を摂り 洗濯して…。
家の中の扇風機を集め 空気清浄機1機を掃除した。
集めて…とは言っても扇風機は 3台しかないけれど…。

埃が目に付いてきて限界だった。
お風呂場で洗ったけれど 1番外側の羽をカバーしている所の掃除が厄介。手間よりも 目がおかしくなるのだ。
両目が「たて乱視」なので 目がちらついてきて頭が痛くなる。
眼鏡をかけているので普段はあまり感じないのだが…今日はチラチラして困った。

それでもほこりもとれて 綺麗になって気持ちが良い。
それからお風呂場を掃除した。
その後順繰りに掃除機をかけたところでお昼少し前。

午後は 介護者の会。
今日はボランティアスタッフだけで誰も来ないかもしれない…なんて思ったが皆さん 時間になると集って見えた。

久々に見えた仲間もいた。
終末期と言われながら 奇跡的に息を吹き返す…そんな日々を在宅でなさってきた方である。
疱瘡を避けるために 1時間半毎に体位交換をして亡くなる其の日まで疱瘡は出来なかったそうだ。
98歳の大往生。
この方 母と同じ頃同じデイに通われていたのである。
途中癌の手術もなさった。

医師には 家族の意思は統一されていて自然に死に到達できるようにしてあげたいと伝えてあったようだ。
看取りのころのお話を伺うと かなり丁寧に其の時期の事の説明を受けていらしたようだった。
細かい事は省くけれど…。
真摯に向き合って歩調を合わせて介護なさっているのが見て取れた方である。

自分で文字を打ち込み介護している風景を一冊の本に纏められたこともある。表紙から閉じるまで全て手作り。
大切な一冊を会に戴いたのである。

他にも 在宅に戻す事は困難なので せめても1日家で過させたいと入院先から家にちょこっと家に連れて帰った方のお話も伺った。
家で過す半日のために 息子さんご夫婦が 車椅子ごと乗れる福祉カーをレンタルして 他の介護用品もレンタルして家に戻られたと言う。
家に入るためには10段の階段を上らなくてはならないと話されていたのだが皆で協力して踏ん張れた様子だった。
お孫さんの様子をニコニコ眺めて 辛そうな表情もせずに過せたと伺った。
4時に戻る予定だったが1時間オーバーして送って行かれたそうだ。

介護の終えた人も自分の介護を振り返り 足りなかった所良かった所等率直に介護を振り返られていた。

看取り終えて 多少の悔いは残るかもしれないが それも糧として過されている姿に 自分の看取り終えた後をイメージできたりもした。
皆さんに教えられて今があるとつくずく感じた1日だった。
皆さん口を揃えて話されることは 介護をしていればこそ受け止めてもらえる場所だと話されていた。

他にも終わり近くに滑り込んで見えた方の話も印象的だった。
独身女性で介護なさっている方。
いろいろのジレンマを抱えていて 医師が当事者の方だけ向いて語られて自分が誤解されているといきり立つ想いを抱えて見えた。
とても硬い表情で見え 肩に力が入って同じ言葉を繰り返された。
「どうしましょうかね?」と自分に問うような 皆に意見を求めるようなそんな疑問を投げかけれた。
皆さん それぞれの想いを伝えていた。
勿論基本は 其の方に同意なさっていた。

気持ちが治まりそうになくて…そうっと席を立って其の方の肩から背中にかけてをそうっと撫でて差し上げた。
見る見るうちに緊張が解けて 表情に緩みが生まれた。

人の介護に「ああしろ」「こうしろ」なんて言えない。
「充分がんばっているのは みんな判っているのよ」「医師の考えにも多少の道理はあるのよねぇ…」とやんわりと伝えた。
「そうですね」としみじみ言われてた。
何も解決はしてないと思うけれど 気持ちが解れれば きっと自分で何かを考え出せると思うのだ。
帰り際 みんなが「よく がんばっているねぇ」と次々に一言話されていた。

それより後に滑り込まれた方もいる。
自分の親と嫁ぎ先の親が終末期に入っていてねぇ…と話されてた。
介護模様も様々です。


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