母のタイムスリップ日記
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2010年04月14日(水) あわわわ!!


夫は 仕事で早朝に出かけた。
目が覚めてしまったので 昨夜仕込んでおいた昆布や鰊をクツクツと煮た。

いつもの時間に母をトイレ誘導し 起床。
朝食介助。
その後トイレ誘導し「大」排出。

このトイレ誘導時 トイレの前に来たら…。
「こさ はいんのか?」(ここに入るのか?)と言った。

母は移動のたびに 言葉にしなくとも予測をたてているのだろうか?
それを言葉にしたということなのだろうか?
介助の時には 出来る限り「立ちますよ」「座りますよ」「ご飯ですよ」「お芋ですよ」とつどつど先に呼びかけてはいるのだけれど…。
思いがけない言葉が 嬉しかった。

そして 後はお鍋の火加減を見ながら 母と1日ゆっくり過ごせる筈だった。

午前中は 小さなボールをテーブルで転がしたり 古いアルバムを見たり…。
昼食後は訪問リハビリを受けた。

母の寝室でビーチボールでキャッチボール。
気が付くと臭う。
あちゃ!!
午前中で「もう大丈夫」と思っていたが…どうやら緩めの様子。
そして ちょっと悲惨な状態が予測できた。

とにかく お湯や布や廃棄するための袋等準備してから手当て。
ところが 気持ちが悪いので母の手は動く動く。
「あぁ〜!!!」と思わず大きな声が出てしまった。
その瞬間 母の手が私の腕をぴしゃりと打った。
意識的である。怖い顔をしていた。
こういうことは 殆ど起きないのだが…。

「ごめんごめん。でもほらばい菌が付くでしょ」と謝り つどつど手を拭いた。
それから 汚れが拡散しないように先に手当てをしてから お腹に残っている物を排出して貰った。
誰でも トイレ外で排出する時は我慢している筈だから残っている筈と思ってのことである。

手当て終了後「お掃除するから待っていてね」と寝室の椅子に座ってもらう。
いつも「大」終了後はこんな風なのだが…。
今日は 下洗いも含めてすっかり長くなってしまった。
母は ちゃんと頷いて じっと待っていてくれた。

いやはや 母のサインに気が付かなくて悪かったなぁ。
それにしても 急な対応で慌てて ついつい声も大きくしちゃって…。

暫くして母にそれ以上のことが起きないと判ったので 介護仲間の所へ。
毎日夕食少し前に 我が家の夕食の副菜を勝手に届けている。
いくら覚悟していても デイもなく家に篭りきりになるし 人に逢う事もないだろうし…。
昨日立ち寄った時は 訪問看護の方が見えているところで早々に帰ってきたのだが やはり 今は小康状態のようだ。
訪看の方も「まだ 大丈夫そうですね」と話されていたそうだ。

医師がいくら命を推し量っても 人の命は計算通リにならない事は これまで親戚や父のこと等で経験している。
父なんて「年内に…」と宣告されてから 特別の処置もしていないのに7.8年命を延長させて貰ったのだもの…。

彼も少し体調に変化が出てきているようなので 何らかの手助け…と思っている。
ショートもデイもなく1人で向き合うのは 疲労度もかなりの物だろうと思うから。

家に戻ると母は 出て行った時の儘で一安心。
急いで母の分の食事を作った。
この所「大」硬めで量もやや少なめなので 水分と繊維物を意識して多くしてたので 元に戻す事にした。

明日からショートだし 大量排出は丁度良かった。
明日は 昼から会議ふたつ 明後日も午後・夜と予定が入っている。
ショートはそのために組んである訳で…。
もう少し手厚い対処して貰えるなら1週間ほど使いたいけれど 致し方ないのだわ。

それより 明日からまた冷えるっていうから風邪引かないようにしなくちゃね。


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